07/壊れだした日常
キリアは大きな屋敷で、ツンデレ娘と、元奴隷と、胸の大きな女と、貴族と、幼馴染と、複数の使用人をかかえて生活していた。
それは神が失われる前と何一つ変わらない営みだ。
正直、すぐに破綻すると思っていたアイノアとしては意外もいいところではあったが、納得できる部分もあった。
金や地位は力によって得たものではあるが、所詮付属品だ。
まして、ただの金持ちで、そこらの地方の地主程度の地位というものは、世界の情勢にそれほど大きな影響を与える事もない。
つまりは、削除対象からは外れる。それらがいきなり消えることはないのである。
(とはいえ、いくらなんでも変化が無さすぎるわね)
強要された好意という麻薬はすでに解けているというのに、それに踊らされた者達まで、なぜ今もキリアと共にいるのか。
(美談にするのなら、彼の本質を好きになったからといったところかしら)
神が行った不正自体が露見することはないので、彼女たちは自分の感情のカラクリには当然気付けない。
それに、その間に積み重ねてきた感情というものもまた本物だ。神の都合抜きに抱いた好意は正しく残る。
ちらりといくつかの過去を覗いてみたが、キリアの素行に大きな問題もなかった。
手に入れた瞬間冷たくなることもなければ、神の都合で消された一晩だけの女たちに対してすら、彼は寂しいと感じていたようだ。
この事からも、彼自身、いわゆるヤリ逃げを望んでいたわけでもないのがわかった。
万人に愛されたいという感情はそれ自体が醜悪とは思うが、それでも彼はその願望に誠実で、それ故に彼女達を大事にしてきたようだ。
それが実を結んだと考えることは、それほど抵抗があるものでもなかったが……だが、全員というのはやはり引っ掛かる。
ましてキリアがいる国は一夫多妻制ではないのだ。この状況が異常で、望ましくないという常識は誰の中にもあるはず。
「平穏な日常だな」
見たまんまの感想を、イーリスは口にした。
「そうね……」
「期待外れだったか?」
語尾が沈んだのを聞き取ったのか、イーリスはちょっとだけ嬉しそうに言う。
「いいえ、むしろ興味が湧いた」
と、アイノアは言葉を返して観察を続けたが、どうやらその言葉は早々に撤回しなければならないようだった。
貴族の娘であるルチが、彼の元を去ることを選んだのだ。
恋の終わりを告げたのである。
「いえ、やっぱり期待外れね」
どうやら、事が起きるのが少し遅かっただけのようだった。
これならまあ納得だ。そういう意味では別に残念というわけでもない。他者の激情というものは好みだが、殊更不幸が好きというわけでもないのだ。
というより、幸福も不幸も愛せるのがアイノアである。
だからこうなった以上は、いっその事、力を失っても幸せに幕を閉じるという珍事を見たい気もするが……
(お金と地位というものには、それを許してくれるだけの価値があるのかしら?)
今まで人間を見て来た者の認識としては、どちらかといえばそれらは落とし穴の部類にも思える。
(これは、本当に判らなくなってきたわね)
ちょっとだけ未来を覗きたい衝動に駆られながら、それをぐっとこらえて、アイノアは彼等の動向をいっそう注視する事にした。
そして、ある場面に遭遇する。
「あぁ、あとは俺が持つよ、ありがとう」
買い物を終えて帰ってきた使用人の女から荷物をすくって、キリアがキッチンに歩き出すシーン。
それを見送る使用人は、恐縮しながらも感謝の気持ちを抱いたようで、花のような微笑みを浮かべていた。
翌日、その使用人が死んだ。
死因は階段からの転落による、頭部の強打だった。




