03/露骨な反応
腰まで届くふわふわとした髪を振り乱して、一人の女が大通りを駆けている。
その背中を追い掛けて、三人ほどの男たちが続いていた。
必死な表情の女の額には汗が滲み、荒々しい息遣いには余裕が感じられない。そして、激しく上下する胸。
「本当に大きいわね」
間延びした声で、アイノアは緊迫した場面に対する感想を述べた。
「動くのに邪魔になりそうだな」
微かに眉を顰めて、イーリスも呟く。
他人事ここに極まりといった感じだが、どうせ彼女は助かるのでなんの問題もない。
「人間は肩も凝るらしいわよ」
「マイナスだらけだな」
「でも、多くの男には強力な作用を齎すとも聞くわ」
そんな会話をしている間に、角を曲がった女の視界にキリアが入ってきた。
他にも複数人が大通りにはいたが、女は一直線に彼の元に駆けていき、その胸に跳びこむ。瞬間、キリアの視線が吸い込まれるようにその豊満な胸に流れたのが、よく判った。
「ほらね、劇的でしょう?」
「……」
イーリスが何ともいえないため息を吐く。
呆れているのか侮蔑しているのか、或いは理解出来ないものを前にただ嘆いているのか、非情に興味深い反応だったが、今は目の前で起きている児戯を追うのが優先だ。
「お、お願いします。助けてください!」
胸元に縋りついた女――ネッサという名前の彼女が、微かに上擦った声で言った。
程なくして、女の足よりも遅い男たちが駆けつけてきて、
「おい、部外者はさっさと消えろ」
と、ドスの効いた言葉を吐き捨てた。
荒事の気配に周囲にいた者達が距離を取る。
「事情はよくわからないけど、穏やかじゃないな」
余裕綽々に、キリアが言った。
それを挑発とうけとった男たちが激昂と共に殴りかかる。
結果は見るまでもない。キリアは相手の力を利用した空気投げという技を用いて、チンピラたちを地面に叩き伏せた。
さすがに人通りという事もあり、いきなり殺すという選択は取らなかったようだ。
「あ、ありがとうございました」
そうして助けられたネッサは、やや顔を赤らめながら感謝を述べ、それから視線を数秒ほど落としてから、微かに強張った声で言った。
「あ、あの、お礼をさせてください」
「いいよ。そんなの。当然の事をしたまでだし」
「でも、それじゃあ、私の気が済まないから。お願いします。私にお礼をさせてください。なんでもしますから、ね?」
馴れ馴れしいというべきなのか、大胆というべきなのか、キリアの腕に胸を押し付けるようにして絡みつきながら、ネッサは食い下がる。
キリアの表情はますます赤くなり、その視線は女の胸に吸い込まれていた。
「……これで終わりか?」
「ええ、このあとは同じような流れね」
「そうか」
素っ気ないイーリスの口調。
さすがに飽きたのかと勘繰ったが、それにしては妙に口調が硬い気がした。
「なにか気になることでもあった?」
「いや、言っても仕方が事なんだろうが、なぜこの男に助けを求めたのかと思ってな。あぁ、本当に言っても仕方が事なんだろうが」
「そうねぇ、神様の都合って線を除いたら、なかなか難しい部分ではあるのかもしれないわよねぇ。周りには他に人もいたわけだし、キリアくんはパッと見強そうには見えないし。……でも、案外、此処に神様の都合は介在していないかもしれない」
「なぜそう思う?」
「彼女にとっては咄嗟の状況でしょう? だから、最初に目についた相手だったから助けを求めたって事もあるんじゃないかなって。まあ、どちらにしても大差はないのかもしれないけれど」
そう言いながら、アイノアは平伏した男たちを前に微かに目を細める。
「……先程の件もそうだったが、貴様は人形よりも脇の方が気になっているようだな」
どこか咎めるようにイーリスが言った。
それがおかしくて、アイノアは小さく笑う。
「なにがおかしい?」
「いえ、意外に私の事見ているんだなって思って。仕事でもないのにね」
「貴様が露骨なだけだろう? それこそ、誘導しているのではないかと思うくらいにな」
「その発言は、なんだか今までも私に対する不信感の表れのように感じられて、ちょっと心外かな」
「否定はしないぞ」
眼を閉じて、イーリスは素っ気なく言う。
「あら、それは残念ね」
実際はむしろ嬉しいくらいだだったが、形だけの不満をみせつつ、アイノアは視線を彼等からきった。
瞬間、世界が暗転する。
過去から過去に移るだけなら、このような事象は発生しない。
「ちょっと同じ展開が続いて飽きてきちゃったし、少し別の所によりましょうか?」
「別の所?」
イーリスが不審に眉を顰めた。
それを心地良く受け止めながら、アイノアは言う。
「彼の生前の世界なんてどうかしら? 地球の日本という場所みたいよ」
「……よく聞く名称だな」
その呟きには、この上ない苦々しさが滲んでいた。
「きっとセキュリティーがガバガバなんでしょうね。だから、簡単に余所の世界に干渉される」
そして自分たちの世界の人間を、都合のいい玩具にされているのだ。
「いったい、そこの神はなにをしているんだ?」
「さあ? 処分されて今はいない状態なのか、或いはそもそも管理が実行されていないような世界なのか。まあ、どちらにしても私たちには関係のない話よ。視るだけなんだから、問題もないわけですしね」
「だといいがな」
凄く嫌そうにイーリスは言うが、その予感はずばり的中する事をアイノアは確信していた。
その上で、彼女は嗤う。
「では、さっそく行きましょうか。彼の素晴らしい人生を愛でに」




