02/二人目は奴隷
「さて、では次に行きましょうか? ……ええと、次はたしか奴隷の少女だったかな。これも多いわよね。反則し放題で好き勝手に出来るのにわざわざ奴隷を選ぶ理由は、よく判らないけれど」
「……」
「また、顔が強張っているわよ」
「当然だろう」
表情以上に硬い声で、イーリスは答えた。
「まあ、その気持ちは分からなくはないけれどね」
神は自分が管理する世界の時間を操れる。だからこそ、奴隷だから可哀想ではなく、可哀想にするために奴隷にされるなんてケースもそれなりに多かった。
そしてそんな哀れな人間を、素敵な力で救う事で、物凄く安易にそいつに媚を売らせるのだ。
恩義が恋慕とイコールにされる。もちろん、感謝から恋に発展する事はあるのだろうが、あまりにその方式に頼り過ぎているのは、アイノアから見ても気持ち悪いものではあった。
「どうしましょうか? これは視ないでおく?」
「……いや、視るさ。付き合うと決めた以上はな」
凄く嫌そうにだが、イーリスは言う。
こういう律儀なところは難儀だとは思うけれど、大変好ましい。
「そう、それはよかった」
聞くまでもなく解っていた解答にそれでも安堵を覚えつつ、アイノアは次の場面に移動する。
薄汚れた廃墟のような場所。
一人の少女が複数の男に囲まれてリンチされている。
加減を知らない暴力だ。放っておけば数分で息絶える事だろう。
「彼女の名前はリコ。物心がつく前に親に捨てられて奴隷になって、最初に彼女を買った悪い人たちに使われて盗みを強要されているみたい。キリアくんとの関係は彼のものを盗もうとしたところから始まったようね。で、今は盗みをやめたいって言いだしたあと」
そんな痛ましい光景を前に、アイノアは実に間延びしたトーンでは説明をする。
どうせ助けられるのは解っているわけだし、そもそも人間が一人死ぬかどうかという程度の光景で動揺する理由もないので、この反応はある意味自然だ。
ただ、イーリスにとっては見過ごせない類なのか、彼女の表情には怒りともどかしさが滲んでいた。良くも悪くも、彼女は理不尽というものが嫌いなのだ。
(疲れないのかしら?)
理不尽こそが世界の常だというのにそこにいちいち過敏になって、ただでさえ物事を重く受け止めるくせに、と自分が元凶であることを棚にあげつつ、アイノアは少しだけ彼女の事を心配する。
そのついでに、本当は等速でキリアがやって来るまでの光景を眺めておこうと思っていたのを、倍速に変えて救助の瞬間を早めることにした。
(結構大事なシーンだから、堪能したかったのだけど。まあ、仕方がないわよね)
結果、奴隷の人生を変える男はすぐに登場する。
息を切らせた必死な表情。
情報を得てからここまで、心不乱で駆けてきたのだろう。
「止めろ!」
叫び声にも余裕はなかった。
激しい怒りと焦りも感じられる。
「こいつは俺たちの所有物だ。俺たちがどう使おうが、てめぇには関係ねぇだろう? わかったらさっさと消えな」
男たちの一人が、うんざりした調子で言った。
有無を言わさず黙らせるのではなく相手に一応の選択を与えているあたり、彼等はキリアのこれまでの活躍を知っているみたいだ。
といっても、彼のやったことは怪物退治くらいなもので、英雄的な成果はまったくとっていいほど出せてはいないようだったが。
「ふざけるな。そんな理屈な通ってたまるか! 人を物のように扱うなんて、許されていいはずがない!」
拳を握りしめ、この世界では埒外に強い魔力を放ちながら、キリアは吠えた。
見事な恫喝だ。
どれほど鈍感な奴でもこれだけの魔力差を前にしたら、委縮してしまう事だろう。
「そうさ、奴隷だなんて糞みたいな制度、俺がぶっ壊してやる!」
それに気を良くしたのかどうかは知らないが、キリアはまくしたてるようにそんな宣言をした。
「……ご立派な思想だな」
ぽつりと、イーリスが呟く。
「あら? 貴女好みの台詞だと思ったけれど」
「それが社会にとってどのような役割を持っているのかを知る者が立場を顧みずに言うのであれば、感銘も受けたかもしれないがな。こいつの台詞は約束されたものでしかないだろう?」
「そうね。必ず勝てる、必ず成功する。その保障の元にあるものではあるわよね。だからこそ、何一つリスクなく大見得を切れる」
「そしてそれが出来なかった奴を否定するわけだ。偉そうに」
「あぁ、そういえばそんなケースもあったわねぇ。たしかにあれは酷かったわ」
奴隷を買って好き放題犯してペットにしていた男が、奴隷をもっている相手に奴隷の人権を説いた時は、心の底から凄いなと思ったものだ。
自分はよくて他人は悪いというのは、神の玩具であるこの手の操り人形の多くが持つ特徴でもあるが、はたして彼等はどういう選考基準で選ばれているのか……まあ、まったくもって興味もないので調べる気にもなれないが。
「でも、今回はそうでもないみたいよ」
台詞はありきたりだし、一見すると他の奴等と大差はないが、キリアの声には力があろうがなかろうが関係ない、強い意志が感じられた。同時に、今の自分に対する疑問のようなものも滲んで見える。
そのどちらも、この世界に転生する前の彼の背景を想像させる感情だ。
それが少し気になったのか、冷ややかなだけだったイーリスの瞳にも微かな関心が芽生えていた。
「負い目みたいなものがあるんでしょうね。彼には」
「……あれば許されるとでもいうのか?」
「なければもっと酷い事になるわ」
「珍しいな、肩を持つのか?」
やや戸惑い気味に、イーリスは眉を顰めた。
それに艶やかな微笑を返しつつ、アイノアは言う。
「ただのゴミは捨てて終わりよ。見どころがあるから観察するの。それに、貴女は彼等を嫌っているけれど、彼等もまた被害者なのだから、多少は優しい目で見てあげないと可哀想じゃない?」
「娯楽にしている奴の台詞とは思えないがな」
「それは仕方がないわ。他者の不幸はそれ自体が娯楽なんだから」
どこまでも甘い声で、アイノアは嗤う。
猛毒の微笑みだ。誰であってもぞくりとするほどの色気。
「……貴様のそういうところが、私は嫌いだ」
苦々しげにイーリスは吐き捨てた。
言いたくない言葉を、それでも言わなければと口にするその感じは、たまらなく愛おしい。
だからこそ、アイノアは心を込めて言葉を返す。
「私は、貴女のそういうところが大好きよ」
「……」
自分がもし人形のような存在でイーリスもただの人間であったなら、ここで彼女は顔を真っ赤にして狼狽えたりしたのだろうけど、残念ながら我々は神殺しである。
そこで得られたものは、不理解という溝だけだった。
(酷い話よねぇ)
神殺しであるアイノアよりも、神の玩具である人形の方が、神の掌の上とはいえ世界を好き勝手に出来るというのだから、つくづく世界というものは出来が悪いと思わざるを得ない。
「……いざこざ、終わったみたいね」
キリアはごろつき共を皆殺しにして、少女の命は助かった。
そして少女は神を視るような目で、キリアを見上げる。
「もう、大丈夫だから」
そう言って、キリアは少女の頭を撫でた。
「……また、頭を撫でられた途端に顔が赤くなったな」
うんざりした様子でイーリスがぼやく。
「まるで様式美ねぇ。それにしても――」
そこで、アイノアはちらりと死体の山に眼を向けた。
「どうかしたか?」
「いえ、なんでもないわ。彼女にとって、彼等はどういう存在だったのかって、ちょっと思っただけ」
どんな相手であったとしても、長い時間共に過ごしてきたのだ。
それがどのような感情に醸成されたにせよ、決別となればけして淡泊にはなれないだろうに、しかしリコの眼差しにはもうキリアしか映っていない。
(……本当、許しがたい話よね。神の暴挙というものは)
内心でため息をつきつつ、アイノアはいそいそと気持ちを切り替える。
不快を提供してくれた神は自分の手で処理したのだから、この感情の始末はもうついているのだ。引きずったところで仕方がない。
「そんな事より、次はおっぱいね」
「おっぱい?」
きょとんとした表情で、イーリスが鸚鵡返しをした。
普段の彼女からはなかなか聞けないワードを吐きださせたことにちょっとした勝利を覚えつつ、アイノアは嗤う。
「無駄な脂肪を詰め込んだ子ということよ」
「やけに毒々しいな」
「私の言葉ではないわよ? キリアくんに宛がう予定の女の特徴リストに、そう書いてあったから使ってみただけ」
「それはまた、ずいぶんと不快な内容だな」
「彼等が不快じゃなかったことはないからねぇ」
まあ、だからこそこちらも気兼ねなく処理できるわけだから、その点はむしろこの仕事においては美点でもあるのだが。
「……あと、何人いるんだ?」
「もう胸焼けしちゃった?」
「それは最初からだ」
「じゃあ、大丈夫そうね。主要なのは全部で五人だから」
「主要?」
「つまみ食いして終わりなのは、二十人位かしら。……あぁ、でも、それは彼が悪いわけではないのよ。別にやり逃げしたわけでもない。ただ、行為をしたあと、一切彼女たちが出てこなくなったというだけだし」
「ずいぶんと超常的な事態だな」
「ええ、見事なまでのご都合主義よね」
「……奴等は、こんなことをして何が楽しいのだろうな。私には到底理解出来んよ」
心底侮蔑した眼差しで、イーリスはそう吐き捨てた。
「そうねぇ、神様のするマスターベーションに関してはまったくもって同意するわ。でも、キリアくんの気持ちはちょっとだけ判る気もするかな」
「判る? なにがわかるというんだ」
「寂しいって気持ちとか?」
そう言うと、イーリスは不可解そうに眉を顰める。
それを寂しいと感じながら、アイノアは小さくわらった。
「貴女は一人で大丈夫な設計だものね。わからないか」
ともあれ、ここでのイベントは終了だ。
アイノアはせっせと次の場所を見繕い、そこに向かって跳躍した。




