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01/始まりはツンデレ


「さて、じゃあさっそくどうなるのかを見ていきたいところだけど……私、まだ彼の事をよく知らないのよね。それって、つまらないと思わない?」

「別に――」

「償い」

 イーリスの言葉を遮って、アイノアは言った。

 すると彼女は、うっ、と一瞬言葉を詰まらせてから、

「……そうだな。そうかもしれない」

 と、やや萎んだ声で同意した。

「賛同が得られて嬉しいわ。やっぱり感情移入が出来ないと駄目よね。だから、まずは彼がどういう人物なのかを見てみましょう」

「吐き気のする過去しか出てこないと思うがな」

「それならそれで貴女にとっては望ましいことでしょう?」

「……」

「嫌いなものが酷い目にあう。それが嬉しいって、そんなに恥じるような事? 貴女って本当潔癖よね。そういうの、いいとは思うけれど」

「するなら早くしろ」

 不機嫌そうにイーリスは言う。

 図星を突かれたと物語っているような反応だが、さすがにそれを指摘したりはしない。

「はいはい。では、そうね、最初にひっかけた相手のところから見ていきましょうか」

 適当に方針を決めつつ、アイノアは過去の世界に跳躍する。

 小さな世界に属する者にとっては荒唐無稽もいいところの超常だが、全ての世界で神殺しという特権を持つ彼女にとって、それは片手間で行えるような簡単な行使だ。だから失敗するような事はない。

 ただ、いい加減な認識で跳躍したために、正確な時間からは少し外れてしまったようで、跳躍を終えた先にはまだ、目的の人物たちの姿は見当たらなかった。

「ええと……ここは五年前か」そこで、アイノアは落胆のため息をついた。「そう、また途中からなのね。ほんと、ある程度成熟した身体から始める子って多いわよねぇ。そのくせ本当の意味で大人である者が選ばれる事は少ない。どうしてかしら?」

「その方が色々と都合がいいからだろう。子供であっても大人でもあっても出来る事は制限されるものだからな。中途半端な時期というのは一番幅がきく。要は免罪符の数だ。誰のための免罪符なのかは知らんが」

「つくづく身勝手な話ね。さすがは神様というべきかしら。まあ、どうでもいいんだけど。不正をするならするで、もっと上手く、もっと徹底的にしてほしいものだわ。出来が悪いっていうのは、あらゆる意味で罪なのだから」

「……言っておくが、出来がよくても罪だからな?」

「なにもしないって宣言までしたのに、信用がないのね。……哀しいわ」

 目蓋を僅かに落として、アイノアは傷ついたふりをする。

 だが、そんな適当な演技はお見通しだとばかりに、

「来たようだぞ」

 と、イーリスは話を進行させた。

 戯れに構ってもらえないのはちょっと寂しかったが、その手の遊びはいつでもできるので、今はここ限定の娯楽を優先するべきだ。

 アイノアは数秒後に視界に触れる対象が、一体どんな姿をしているのかを少しだけ想像して、

「……あぁ、これはまた見事な美男子ね」

 微かな落胆と共に、短い息を吐いた。

 キリア・オブライト。それが今回神にご都合を与えられた人間の名前だった。

 大通りに面した宿屋からやや辛気臭い顔で出てきて、きょろきょろと周囲に視線を流している。なにかを探しているようだが、その点に興味はなかった。

「……人間の顔は、違いがよく判らないな。こいつは特にそう感じるが」

 まじまじとキリアを見つめていたイーリスが眉を顰めて言う。

「そうでしょうね。だからこその美男子ですもの。左右対称で特徴のない顔。平均点の寄せ集め」

 要はつまらない顔である。

「それが美男子の定義なのか?」

「そういうものらしいわよ。まあ、美醜なんてものは世界や時代でいくらでも変わるけれど、少なくともこの世界を含めて多くの世界ではそうみたい。……あぁ、でも、ちょっと珍しいわよね。こういう対象者って元の姿のままを望む子が多い印象だけど、自分の顔にコンプレックスでも持っていたのかしら。貴女はどう思う?」

「整形は別に処罰対象にはならない。どうでもいい事だ」

 本当に興味がないのだろう。

 イーリスは外見に対して無頓着なのだ。だから、いつも同じ格好をしているし、見た目にも全く気を遣わない。それは質素という言葉で飾る事も出来るが、アイノアから言わせてもらえばある種の怠惰でもあった。

(外見ほど大事なものもないのにね)

 どんな社会であっても、それは一つの真理として機能するものだ。

 そういう意味では、生前の自分の姿を捨てて、別の自分を受け入れてもらいたいと願ったキリアの感情は好感のもてるものではあった。

 もっとも、姿を選ぶセンスはまったくもって退屈極まりなく、失望を禁じ得ないものでもあったが……

「ちょっと、離してって言ってんでしょう! ぶち殺すわよ! このキモ豚どもが!」

 どうでもいい事を考えている間に、待っていたイベントが発生したようだ。

 気の強そう少女の声が路地裏から響いてきた。

 結構な大声だ。だが、街を歩いている人間は誰もそれに気付かない。明らかに不自然な状況だが、そこは神様のお膳立てという奴なのだろう。

 つまりは、彼が彼女を救うためだけに用意された状況というわけである。

「今回は本当にこの手の干渉が多かったな」

 ややうんざりしたトーンでイーリスがぼやいた。

「それだけ思い通りに事を進めたかったんでしょう。きっと根は小心者だったのね」

「要は神の器ではなかったと言うことだろう? 試験はもっと厳粛にするべきだ。それが出来ていないから、こんな事がいつまでも続いている」

「そうねぇ、そうかもしれないわねぇ」

 投げやりな調子で相槌を打ちながら、アイノアは真面目な話に移行する前に、最初の犠牲者の元にさっさと転移することにした。

「まあまあ姉ちゃん、そう怖い顔すんなよ。俺たちはただ仲良くしたいだけなんだからよぉ」

「そうそう、俺たちが下手に出てやっているうちになぁ」

 身体に刺青をしたチンピラとしかいいようがない三人の男が、小柄な少女を取り囲んでいる。

 艶やかな金髪と、青い瞳が印象的な美貌の少女。

 荒事には自信がないのか、強がった表情に反して両足は恐怖で硬直していた。。

「……いかにもだな」

「そして、いかにもな登場ね」

 そうアイノアが呟いた直後、

「大の大人が、ずいぶんとみっともないことをしているんだな」

 という台詞と共に、キリアが颯爽と現れた。

 金髪の少女――レクナの目が驚きから大きく見開かれる。

「あぁ、そうだ。一応説明しておくけれど、キリアくんはこの出来事の前に彼女と一度揉めていたみたいね」

「そこは見なくていいのか?」

「多分見ない方がいいわ。混乱するから」

「どういう意味だ?」

「先にちょっと見てみたけど、よくわからなかったのよ。よくわからない独自の理由で彼女の方が絡んでいって、口論が始まって、物凄く強引に険悪な関係になっていたわ」

「なんだそれは?」

「きっと、上手い出会いを用意出来なかったんじゃない? 見切り発車な感じが凄かったわ。まあ、なんだっていいんでしょう。ただただ最初は嫌っているって感じが出したかったということのようだし。その方が落とした時の悦びが増すんでしょうしね」

「……感情操作まで乱発か。つくづく下劣だな」

 ぎりっ、とイーリスが歯を軋ませた。

 その余波で、周囲の空間に歪が発生するほどのエネルギーが漏れる。

 今見ているのはただの映像なので特に問題はないが、彼女がその気になればこんな小さな世界の過去くらいいくらでも弄れるので、そうなればちょっと面白そうではあった。

 もちろん、これは絶対に実行される事が無いというのが解っているからこそ抱ける、無責任さではあるのだが……

「余計な事してんじゃないわよ! なに、恩でも着せようっていうの!」

 イーリスの感情を味わっている間に、チンピラたちは倒されていた。

 雑魚相手に圧倒的な強さを見せつけて勝利したキリアは、若干上擦った声で叫ぶレクナの頭を撫でて、

「そんなに強がるなよ。助けたかったから助けた、それだけだ」

 と、穏やかな口調で言う。

 途端、レクナの表情に劇的な変化が生じた。

「む、急に顔が赤くなったぞ。何故だ?」

「惚れたんじゃない? か弱い女の子にとっては、カッコいい場面だったのかもしれないし」

 残念な事にか弱いとは永遠に無縁なアイノアにはよく判らない感情ではあるが、巷ではそういうこともあるらしい。

「……私は寒気がしたがな」

「それを恋と勘違いしたのかもしれないわね。ほら、恋って錯覚だし」

 それが永遠に続けば本物で、途中で切れれば偽物だ。

 そして九割九部が偽物であるからこそ、本物に価値があるものでもあるらしい。

 誰かの受け売りだ。特に信じてもいない。

 が、彼女の恋がほどなくして偽物になるのだけは、想像に容易かった。

(どんな風に壊れるのかしら?)

 ワクワクする。

 その胸の高鳴りを助長するように、助けるという用件を済ませてその場を立ち去ろうとしたキリアの胸ぐらをつかんだレクナが、その唇を彼のそれに合わせた。

「お、おい、こいつ、いきなり、せ、接吻をしたぞ。ど、どういう事だ?」

 ドン引きした表情で、イーリスが声を震わせる。

「大胆な性格なのよ、きっと」

「男の方も赤くなったぞ。それは何故だ?」

「いや、それは当然なんじゃない? むしろ真っ当な反応の一つだとは思うけど」

「そんなわけあるものか! 普通は引くだろう? 親密性の欠片もない相手の粘膜を押し付けられたんだぞ? 私なら卒倒しているぞ」

「まあ、たしかに貴女はそうかもしれないけれど。そういう願望をもった男だしね」

 誰からも愛されたい。

 誰からも特別に見られたい。

 それがキリアという男が転生の際に神に願った事だった。もっとも、神の方は女だけに特別に見られたかったようで、人類の半数はその不正による干渉をまのがれたわけだが。

「か、勘違いしないでよね! これはただのお礼であって、決して他意とかはないんだから!」

 キスを済ませたレクナが大きく二歩ほど下がってから、そっぽを向いて口早に言う。

「あ、ああ、うん、もちろんわかっているさ!」

 と、テンパった様子のキリアもまた口早にそう返した。

 そうして二人は別れる。

「とりあえず、一人目終了ね」

 なお、これ以降彼女とキリアの間に特別なエピソードは存在していなかった。

 今見ている対応が嘘みたいにキリアにベタベタして、最終的に身体を許して終わりである。あとはペットみたいに尻尾を振るだけなのだから、本当に見るべきものが無い。

「……つくづくインスタントだな」

 ぽつりと、イーリスが呟いた。

「インスタント?」

 一瞬、言葉の意味が解らなかったのアイノアは、そこらの世界に検索を掛け、その意味を理解して小さく笑った。

「ふふ、貴女にしては、ずいぶんと上手いこと言うのね」

 何処かの世界にはインスタントラーメンというものがあるようだが、それの待ち時間がちょうど、険悪だった彼等が口づけを交わすまでにかかったのと同じ三分だったのだ。




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