10/彼女の愛したもの
他人が死んだ寂しさを紛らわすように、屋敷には華美な装飾品が増えていった。
それらがキリアの心を慰める事はなかったが、そこには心遣いがあるものだと彼は信じていた。……少なくとも、借金取りが屋敷に現れるまでは、だが。
「――は? 俺に借金?」
初耳の言葉を並べられて、キリアは困惑に眉を顰める。
向かい合っている黒服の男は、彼のもっていた力を知ってか、やや卑屈な態度をとっていたが、仕事を放棄する気はなさそうだ。
彼は丁寧な口調で説明を続け、いつまでに支払って欲しいという旨を伝えて去っていった。
それからすぐにキリアは自分名義で散財をしていた、ネッサの元に向かう。
「これで、仕事に専念する気になったでしょう?」
キリアの表情で状況はすぐに理解できたのか、開口一番にネッサは言った。
「貴方に今足りないのは、がむしゃらになって痛みから目を逸らす事だと思ったのよ」
「……それは、たしかに、そうかもしれないけど」
「あらら、そんな言葉を信じちゃうのね」
相手の勢いに呑まれるように、怒りの姿勢を軟化させてしまったキリアを見て、アイノアは呆れたように間延びした声をもらす。
「違うのか?」
「……いや、違うに決まっているでしょう?」
相棒の節穴ぶりが、ちょっと怖い今日この頃だった。
我々の世界に詐欺師というのはなかなかいないが、詐欺師に引っ掛からない術は、しっかりと教えておいた方がいいのかもしれない。
「だが、有効な手にも見えるぞ? 人間はよく仕事に逃げるというし、それに彼女には後ろめたさなどが感じられない」
「……じゃあ、これを見てどう思うかしら?」
ため息をつきながら、アイノアはある場面をみせる。
イーリスがおかしなことを言いだしたので急遽見繕った、この日の夜のワンシーン。
「繁華街の酒場か。ネッサがいるな」
「他には?」
「ガラの悪そうな奴等と酒を飲んでいるようだな。バーテンダーとは仲がよさそうだ」
「それだけ?」
「他に何があるというんだ?」
真面目な表情でイーリスは言う。
これにはさすがのアイノアも、軽い頭痛を覚えた。
「ちょっと、記憶力大丈夫? いくら人間の顔が判別しにくいと言ったって、ついさっき見た顔ばかりでしょう? ほら、もっとよく見て、思い出して」
「…………あぁ、そうか。こいつら最初にこの女を追いかけていた奴等か」
「ええ、そうね。思い出してくれて幸いだわ」
「つまりは、グルだったということだな」
やや気を引き締めた表情で、イーリスは言った。
「みたいね」
と、アイノアは疲れた声で同意する。
「目的は金銭か?」
「今度は察しが良くて何よりだわ。キリアくんはあの段階でも、それなりのお金持ちだったしね。投資相手としては百点だった」
「出会いは自体が、作意だったわけだな」
「けれど、神の恩恵でお金よりもキリアくんが優先されてしまっていた。……或いは、彼がずっと稼ぎ続けていられるのなら、同じ事だったのかもしれないけれど。借金の件で、彼にはもうその能力がないことが露見する事になるでしょう。さて、そうなったら次はどうなるのか」
「……」
想像に容易い事態に、イーリスは押し黙る。
「それにしても、あれね。私達が処理した神様は、こういう問題を抱えた人間を手懐ける事が好きだったのかもしれないわね」
だとすれば、最後の幼馴染はどんな感じになるのやら。
それは想像するだけでも、ゾクゾクする愉しみでもあった。
が、当然というべきか、イーリスにとっては正反対の味わいとなっているのだろう。
「もしかして、後悔していたりする?」
と、アイノアは何気なしに訊いてみた。
「……なにがだ?」
「こうなったのは、ある意味で私達が原因でしょう? 私達が神様を殺さなければ、彼女たちはまともで居られたかもしれないわけだし」
「自身の存在を否定するつもりは毛頭ない。…………なにも感じないわけでもないがな」
満足な解答だった。
この遊びをやった価値は、これだけでもう十分といえるだろう。
「そう、それはよかった」
「……貴様は、もしかして――」
邪気のない微笑みに何を感じたか、イーリスが躊躇いがちに口を開いたところで、場面が変わった。
部屋を染める朱。
血飛沫の熱と、鉄の匂い。
そして崩れ落ちるネッサと、それを見下ろす少女。
「……さてさて、一体どのような結末になるのかしらね? 彼等の物語は」
返り血を浴びて、泣きそうな顔で笑っているケイトを見つめながら、アイノアは静かな声でそう呟いた。




