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09/愛しい温もり

 キリアの不幸は続く。

 今度はお抱えの料理人が死んだのだ。服毒死だった。

 自殺として処理されたが、遺書や理由は見つからず、他殺の線が拭われる事もなかった。

 人当たりのいい男性で、葬儀では多くの者が涙を流した。

 彼の料理をもう食べられないと思うと、キリアも堪える事が出来なかった。

 温かい料理は、生前の彼にはなかった幸福の象徴だったのだ。

 だが、それでも彼は人前で涙を流す事はなかった。自分以上に泣いている子がいたからだ。

 奴隷だった少女であるリコや、他の使用人の少女たち、それに幼馴染のケイトなんかがそうだった。

「……一連の死には、なにか関係性があるのか?」

 口元に手を当てて、イーリスが訪ねてきた。

「立て続けに起きている事には大抵、関係というものがあると思うわよ。たとえそれが模倣であったとしても、無関係ではないでしょう?」

 と、アイノアは言葉を返す。

「模倣なのか?」

「それは例えよ。それに、私も未来は見ないようにしているんだからまだ判らないって、さっきも言ったと思うけれど?」

「それは、まあ、そうなんだが……」

 しょぼくれた様子がちょっと可愛くて、アイノアはフォローを並べる事にした。

「多くの涙から見てわかるように、料理人の彼の素行は大変良かったわ。恨まれる理由は見当たらなさそうね」

「つまり怨恨などが理由ではないということか」

「もちろん、金銭という可能性も低いでしょうね。殺すのなら、キリアくんを殺すでしょうし。そもそも本当に自殺という線も残ってはいるわ。まあ、ほぼ間違いなく他殺でしょうけれど」

「何故そう思う?」

「その方が面白いから」

「……」

「仕方がないでしょう? 貴女が死んだわけではないのだから。他者の死なんて娯楽にしか出来ないわ。それとも、上辺だけでも悲しんだ方が貴女は好み?」

「いや、その方が不快だ」

 刺すように強い口調で、イーリスは吐き捨てた。

「でしょうね」

 くすくすとアイノアは微笑み、それから言葉を紡ぐ。

「それに、面白いというのは愉快ということではないわ。興味深いということよ」

 他者からすれば些細な違いなのかもしれないが、アイノアにとってそれはとても重要な差異だ。他のどうでもいい奴等ならともかく、彼女には間違えられたくはなかった。

「……一体、なにを興味深いと思うんだ?」

「もちろん、動機よ。怨恨でもなく金銭でもなく、なぜ殺したのか。それは実に、その誰かの心というものを表現している事態だと思わない?」

「殺しは、まだ続くのか?」

「続くでしょうね。絶対に」

 そう断言すると、イーリスは短く息を吐いた。

「貴様には、その動機がもう見えているんだな」

 悔しげな響き。

 或いは、恥じるような声色だろうか。

「さっきの光景を、もう一度よく見てみるといいわ。そこに答えがあるから。或いは、最初に死んだ使用人の葬儀を見てみるのもいいかもしれないわね」

 実を言うと他にもっと重要なシーンはあったのだけど、それはイーリスには見せられないので、まあ、そのあたりが一番の情報源になるだろう。

「……そうだな、見てみよう」

 ずいぶんと素直に、イーリスはこちらの意見に従ったようだ。

 場面が変わる。

 葬儀。神父の文言。泣いている関係者たち。

 そんな彼等を気遣うように、声を掛け、頭を撫で、慰めるキリア。

(……下手をしたら、自分が一番哀しかったのかもしれないのにね)

 使用人の彼女とは別に関係をもっていたわけではないが、それでも彼が屋敷を手に入れてからずっと一緒にいた相手で、自分を温かく迎えてくれる存在だった事が、彼にとっては何よりも大きな喜びだったように見えた。

 実際、彼は本当に使用人たちを大事にしていたのだ。

 その証拠に、一人になった時、彼は泣いていた。

「……葬儀というものを、それほど見た事があるわけではないが、特に奇妙なものはないな」

「自然であること。いえ、必然である事が重要なのよ」

 誰だって、親しい人間が死ねば苦しいし、慰めを求める。

 誰かに寄りかかりたくなる。

「まさか……」

 なにかしらの結論が出たのか、イーリスの表情が強張った。

 それが正解かどうかはまだわからないが、同じ考えに到ったのなら嬉しいなと思いつつ、アイノアは口を開く。

「……さて、この件ももう終わりそうね」

 場面を変わる。決定的なシーンがやってくる。

 三度目の凶行。

 狙われたのは、キリアの幼馴染だった。

 そして狙ったのは奴隷の少女。

 深夜、トイレに向かうために階段を下りようとしていたケイトを、リコが突き飛ばしたのだ。

 躊躇の無い行為。感情すらない暴力だった。

 ケイトは普通の人間だ。不意打ちに反応できる道理もなく、彼女は階段を転げ落ちた。

 ただ、それで死ぬことはなかった。

 もちろん、リコもまたそれだけで確実に殺せるとは思っていなかった。

 使用人の時と同じだ。トドメは自らが培ってきた卑しい小細工で、階段から落ちて死んだようにちゃんと見えるように繊細に、最小限の外傷で脳に致命傷を与える。

 ……それが防がれたのは、本当に偶然だったのだろう。

 ちょうどケイトが転げ落ちてきたその時を、廊下を歩いていたキリアが目撃したのだ。

「犯人を捜して巡回していたのかもしれないわね。それが運よく実った」

 或いは、運悪く実ってしまったといったほうが適切なのかもしれないが。

「……」

 こちらになにかを訪ねることもなく、イーリスは事態の決着を見守る。

「運が悪いな」

 トドメを指す寸前でキリアに見つかったリコは、悪びれた様子もなくそう呟いた。

 キリアの表情は、沈痛と驚愕に満ち満ちていた。

「……君が、どうして?」

 絞り出すように漏れた声。

 その疑問を前に、リコはにこやかに微笑んで言った。

「だって、嬉しかったから」

 胸に手を当てて、幸せそうに言った。

「嬉しかった……?」

「泣いてみせたらいつもよりも優しく頭を撫でてくれたでしょう。その夜、私が慰めたら凄く求めてくれたでしょう? それがね、凄く嬉しかったの」

 だから、またその経験を味わいたくて彼女は他人を殺したと答えた。

 そうすればリコはまた優しく頭を撫でてもらえるし、キリアを慰める事も出来る。自分がキリアにとって特別であることを強く噛みしめる事が出来る、と。

「……たしか、こういうのをサイコパスというんだったか」

 強張った声で、イーリスが言った。

「これはどちらかといえばソシオパスじゃないかしら? ほら、彼女って奴隷として人以下の扱いを受けて生きてきたわけだし」

 まあ、先天的なのか後天的なのかはこの際どうでもいい話だ。

 どちらにしてもそれらは反社会的なものであり、基本的には修正が効かない。まとも、なんて状態からは縁遠い。

「最初からか?」

「そうよ、彼女もずっとこうだった。でも、神様の計らいでまともにされていた。放っておけばすぐに破綻するのが見えていたし、彼女の性質はキリアくんには受け入れがたいものでもあったでしょうからね」

 そこで、アイノアはくすりと微笑んだ。

「自分というものを殺されて模範的なペットとして生かされる道と、反社会的な人間として自分らしく生きるしかない道。はたしてどちらの方が有意義な生なのかしらね?」

 キリアはリコを裁かなかった。

 二度とそんな事をしないようにと約束をして、それだけでこの件は片付いた。

 被害者の幼馴染もまた、それを呑み込んだようだった。

 彼等は、続ける事を選んだのだ。

 もう、どうしようもなく、終わってしまっている関係を。



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