33 回帰
※※※2021/3/21より、本作の大幅改稿版『最愛なる猛毒、致死量の慈愛。』を連載しております。大まかな展開は変わりませんが、【演出】【構成】【台詞】【一話あたりの文字量の改変】等、読みやすさを重視した改稿となっており、また、本作では描かれなかった【糸子と星史のはじまり】を書き下ろしております。読まれる際には改稿版のほうを強くお勧めいたします。※※※
僕らが、出逢わなければ。
それは、誰のための言葉だったのだろう。
僕らが、出逢わなければ、
星史は、学年の人気者、仲村星史として、順風満帆に高校生活を送れていたのだろうか。
雨宮は、彼女の本能のまま、仲村星史の糧として、欲望をまっとうできていたのだろうか。
僕は、関係のよくない妹と依存だらけの母相手に、
適度な距離を保って、時々、庇うふりをして、首を突っ込む素振りを見せて、
多少、殴られて、結構、泣かれて、
結局、うやむやにして……
それでも、それなりに平凡な人生を歩めたのだろうか。
卒業して、働いて、大人になって、
もしかしたら誰かと恋に落ちて、結婚なんかもして、子供が産まれて、
家族を持って……
……家族?
ぼくが? 結婚、して……家族を……?
「……おにいちゃん、」
「おねがいが、あるんだ。」
…………思い出した
妹の 最後の 「おにいちゃん」 を……
『僕らが、出逢わなければ、』
それは、彼女との未来にも、言えたのかもしれない。
布団に戻るときも忍び足で、一応、配慮は欠かさなかった。
「トイレ?」
心遣い虚しく星史は起きていた。毛布から首から上を覗かせて、なぜか嬉しそうに、にひひと声を潜ませている。
「まあ、そんなとこ。」
適当に話を合わせながら布団に入る。寝そべったところで、大きく背伸びをして一呼吸おいた。
「いい人だよな、ここのひとたち。」
出し抜けに、仰向けのまま言う。
「そだね。ド田舎唯一の取り柄。」
ひどい言い様だな。天井に放った笑いが、星史の笑いと混じって部屋に響く。
「みんなのこと、好きか?」
仰向けのまま、僕らは話を続けた。
「うん。おじさんとおばさんは、おれの両親とは真逆の夫婦だけど、「ザ・お父さん&お母さん」って感じで好きだよ。」
「あー。すっげわかる。」
「千意姉とはケンカばっかだけど、なんか馬は合うんだよね。あのひと精神年齢低いし。」
「だから合うんだろ。」
「ひど。んで、ミチオは言うまでもなく、」
「天使だよな。」
「おや? きみも骨抜きにされちゃいました?」
まざった笑い声が、また天井にぶつかって部屋を満たした。
「本当、いいひとたちだよな。」
だね。星史は清々しいくらいに即答する。
僕はもう一度、布団の中で寝そべったまま、背伸びをした。
今度は少し長めに、一呼吸、おく。
「前さ、おまえ言ってたじゃん。」
そこから、天井を向くのをやめた。姿勢を仰向けのまま、星史のほうを向く。
「俺がいれば、なんにもいらないって。」
気配に気づいて、星史も僕のほうを向いた。
並んだ布団の上、寝転んだまま、見据えあう。
「親と、朝丘の人達と、ぜんぶひっくるめて家族、捨てられるって言えんの?」
まじめに聞く。
星史も、真面目な顔になる。
しかし寸秒として表情は切り替わった。わざとらしく眉間に皺をよせ、目をすわらせ、漫画みたいな顔を作る。
「うわ、すっげー意地悪な質問。性格わるっ。」
案の定、おちゃらけて言う。しまいには頭から毛布を被って籠城した。「ひどいよーこの人ー。陰湿だよー」毛布の小山からスピーカーみたいに、篭った文句をたれ流した。
僕は黙って身を起こした。あぐらをかいて、不平不満の流れるスピーカーを眺める。
眺めるうちに、音がぴたりとやんだ。
「言えるよ。」
言える。スピーカーから、小さくも芯の通った音が、一片の濁りもなく届く。
その透きとおった音色に、僕も応えた。
「じゃあ帰ってこいよ。」
帰ろう、星史。この声も、彼に濁りなく届けばいい。
「俺も捨てるから。星史以外。」
スピーカーが、ただの毛布の小山になって数秒、毛布を捲って、ただの星史が出てきた。
「なにそれ。」
はにかむように、少々、小ばかにするように笑う。
つられて、僕もはにかんだ。はにかみついでに咳払いをする。姿勢を正し、あらためて星史と向かい合った。星史……その、さ。ひとつ、頼みが、あるんだ。真面目と打って変わって、羞恥が表情を覆う。
「最後に、仲村星史として、雨宮に会ってほしい。」
なんでこんなに照れ臭くなるのか、自分でも理解し難かった。だけど正真正銘、羞恥に塗れていた。
膝を抱えて正面に座った星史が、例の漫画みたいな顔のあくどいバージョンで、容赦なく僕をみつめた。
「でたでたでたー。出ましたよそれー。」
そして容赦なくからかってくる。僕は口を結んで俯いた。余計なことを口にしても、墓穴を掘る以外の未来が見えない。ここは、慎重に話を進めなければ……。慎重に、慎重に……
「旭くん、あのブスのこと好きなの?」
「好きだよ。」
慎重になんてなれなかった。
咄嗟に言い返してしまったのは、星史があまりにも明け透けだったせいだろうか。それとも、ただの開き直りかやけくそか。もしくは、完全に反射的だったのか。
雨宮が、好きだ。
ごまかすことも、聞き流すことも、否定することもできなかった。
言ってしまってから赤面が襲う。真夜中の、常夜灯は案外味方になってくれない。羞恥は星史に筒抜けで、悪い笑顔で舐め回すように眺めてくる彼を、僕は毛布で覆って上から押さえつけた。強制的に籠城させる。
「痛い痛い! えー? 何なに? なんなんだよー」再び完成したスピーカーからは、今度は愉しそうなからかいの声が流れてくる。
「……選択肢、やるよ、」
彼を隠したまま、言った。
「雨宮の願いを叶えるか、俺の願いに唾を吐くか、見極めろよ。」
仕返しのつもりで、いつかの彼を模した。これもなかなか、恥かしいものだけど。
やかましかった毛布が、しんと静かになる。やがて、くすくすと意地の悪い音を奏でた。
「旭くん、悪役似合わなーい。」
顔を覗かせた星史が、僕を見あげて笑う。
「小物感半端ないもん。中ボスだね、中ボス。」
指をさして、やはりにひひと嬉しそうに声を潜める。無敵かよこいつ。僕が逆の立場だったら、顔から火が出るレベルなのに。
「いいよ。」
敗北感に打ちのめされる僕へ、更に追い討ちみたいに、星史は事無く快諾してくる。
「文句の一つくらい言ってやりたいし。」
どこまでも気さくに、ただの『会話』を繋げてくれる彼に、悔しくて恥かしい反面、感謝もしたくなった。
現在進行形の彼を模して、意地の悪い顔をしてみる。
「おまえ連れて帰ったら、デートしてもらう約束なんだよ。」
「なんだそれ、当て馬かよー。」
絶対おれのほうが100万倍可愛いのにー。
どこからくるんだよ、その自信は。
最後のほうは実にくだらない、なかみの薄い言い合いを繰り広げたまま、どちらともなく、いつの間にか眠りについていた。
星史の東京帰還は、驚くほど円滑に事が運んだ。
朝丘家への説明。東京に残っている両親への連絡。以上の二項目に、反対と説得がワンセットで最大の障害になると覚悟していたのに、全然そんなことなかったのだ。
実際のところ大方は察していた。
円滑の裏にあったのが、イヨさんの介入か、もしくは、僕という人間が訪れた時点で、朝丘側にも予感や覚悟があったか、だ。もしかすると両方かもしれない。
中一日を使って、帰還の意図を告げ、荷物をまとめ、その他手配に、夜にはまた送別会という名の賑やかな団欒が開催された。
三人で乗ってきたセダンに、星史を加えて発つことになったのは、僕がこの地を訪れてから二日後だった。
「星ちゃん。また、いつでも……いらっしゃいね。」
出迎えてくれたあの明け方から、一貫して明るく振舞い場を和ませてくれていた千寿さんが、笑顔とは不釣合いの湿っぽい声を震わせたのは、このときが初めてだった。
「やだあママ。なに? 星史死ぬの? ウケんだけど!」
横から、どこかで聞いたような台詞で笑いながら、千意子さんが千寿さんの肩を叩く。そこで堪えきれなくなったのか、千寿さんは顔を覆った。千意子さんは「あーあ」と言いながらも、そのまま母親の肩を摩った。
「で、あんたもまた来んでしょ?」
摩りながら僕に問う。突然の質問にどぎまぎした。
「え……と、また来ても、いいんですか?」
「は? むしろ次が無かったら超謎なんだけど。」
間髪入れずに、声にどすを利かせる。
「脅してどうするのよ。来てくれるものも来てくれなくなるじゃない。」
「もお冗談に決まってるじゃん! 依世ちゃーん、ほんとに帰っちゃうの? 超さーみーしーいー。」
「………。……伯父さま、本当にお騒がせ致しました。」
「いいや。顔が見られて良かった。先方にも宜しく伝えてくれ。」
元希さんとイヨさんが律儀な別れを告げあう。その流れで、元希さんは佐喜彦さんとも談笑を含んだ別れの挨拶を交わした。
「……星史、」
一通りが済んだところで星史を呼ぶ。堅物な視線が、まっすぐ彼に向いた。
「毎日、楽しくすごしなさい。」
お説教のように、穏やかに言い聞かせる。
星史はまばたきを二回ほど挟み、目を細めてにっと歯をみせた。
「もち。」
手をひらひらさせて後部座席に乗り込む。
僕も隣に乗り込もうとしたところ、元希さんが続けて「皆口くん、」と、呼びかけてきた。慌てて乗るのを中断し、振り返る。
「本当に、ありがとう。」
元希さんは深々と頭をさげていた。
僕も、負けないくらい深々とさげた。充分すぎるくらい時間をかけて、ゆっくりと頭をあげたところ、気づけば道臣くんが隣にやってきていた。小さな両手で僕の手をとり、か弱く握って、小首を傾げる。
「あさひさん、また、ね。」
最後の最後まで骨抜きにかかってきた天使の頭を撫でて、今度こそ後部座席に乗り込んだ。
セダンが軽やかな動きで走り出す。
あっという間に、『せきと』の暖簾が小さくなっていった。
行きはほとんど夢の中だったせいか、帰りは新潟から東京という長距離をいやに実感できた。距離にして300キロと少し、近いようで遠い。
「新幹線なら二時間ちょっとなんだけどね。でもおれ、嫌いじゃないよ。高速道路。」
星史は疲れも見せずにずっと喋っていた。高速道路の山だらけな辺りでも、もの凄く長いトンネルでも。
星史のお喋りは雑談以外の何物でもなかった。
テレビの話、スポーツの話、僕らが訪れるまでに起きた朝丘家の出来事、一昨日のゲーム大会の話題。それらから各々、更に派生させてゆく雑談……
よくもまあ話題が尽きないものだ。僕はもう慣れたものだし、佐喜彦さんは聞き上手だし、イヨさんに関してはがっつり身内だし、彼が喋りやすい環境といえば納得もできるのだけれど。
ただ、僕にはなんとなく違和感が生じていた。
星史にじゃない。イヨさんだ。
もともと、口数が多いって人ではないけれど、今日の彼女はどことなく無口だ。それは機嫌が悪いとか、元気が無いとかじゃなくて、しいていえば傍観に徹しているような……
「佐喜彦さん、コーヒー飲みたい。」
傍観者のような彼女を観察していると、突然口を開くものなので驚いた。今日のイチノセイヨの中で、一番声が張っていたような気もする。
「はいはい。了解。」
佐喜彦さんはその一言のみで、次に通りかかったサービスエリアに立ち寄った。
「私たちコーヒー買ってくるから、ここで待ってなさい。」
駐車するなり、シートベルトを外しながらイヨさんが言う。「私たち」というところ、同じく降りる支度をしている佐喜彦さんを、同行させるつもりなのだろう。
「混んでるみたいだね。ちょっと、時間掛かるかも。」
相変わらず、二人は口調もしぐさに表情も対照的だ。棘のある口ぶりのイヨさんに比べ、佐喜彦さんは柔軟に、「待っててね」と添えた。
「星史、」
だからこそ、その呼びかけにはいつも以上の棘を感じた。
「彼みたいな人は、もう現れないわよ。」
叱りつけるような口調と、忠告のような言葉。
虚を衝かれて黙ってしまった星史を残し、イヨさんは一人、さっさと降りて行ってしまった。
サービスエリアに向かって足早に歩いてゆくイヨさんを眺めたのち、浅い溜め息を挟んで、佐喜彦さんは視線を星史に移した。
「今のを直訳するとね、「お礼は言ったの?」、だよ。」
既に彼女には届かないだろうに、声を潜める。
そのまま品の良い微笑を溢し残して、彼も行ってしまった。
きょとんとしていた星史が一転、ふて腐れた顔になる。シートの背もたれに、どかっと踏ん反り返った。
「なんだよ偉そうに。俺に説教垂れる前に、自分こそ早く相手みつけろっての。」
聞かれていないのをいいことに、大きな愚痴をこぼす。その様子があまりにも子供じみていて、不覚にも微笑ましかった。
「そうだな。」
笑い混じりに一応同調する。
「やだねー。性格きつい女は。」
「そうだな。」
「だから佐喜彦以外友だちいないんだよ、あの人。」
「はは。友だちなんだ。」
「友だちっていうか、友だちみたいな家族、的な……まあ、家族寄りの、ともだち。」
「はは。こじれてんのな。」
幼い子供と調子を合わせるような会話を繋げるうちに、気づく。
「……でもさ、なんかそれって、」
そういや、来るときにも言われたな。
「近いな、俺たちと。」
会話がそこで途切れた。
僕は星史を見るでもなく、背を向けるでもなく、フロントガラスの向こう側に広がるサービスエリアを、ぼんやり眺める。
視界の片隅で、踏ん反り返っていた星史が背もたれから背中を離した。
座席の上で体育座りをする。……あーあ。上質そうなシートに靴のまんまで……指摘したかったけれど、やめた。
「……。コーヒー、買ってくるって、おれたちのも、コーヒー……かな。」
やがてぽつりと、新しい会話を始めた。
「どうだろ。」
「……おれ……カフェオレが、いいな。」
またもや不覚にも笑ってしまった。
「そうだな。おまえ、寿司でもカフェオレで大丈夫な奴だもんな。」
今度は結構遠慮なく、吹きだすように笑う。
星史はまた、すこし、黙った。
「……あさひくん、」
おう。
あえて素っ気なく僕は返事をする。
「……その、……むかえ、きてくれて………ありがと。」
おう。
あえて、星史を見ないようにする。
なのに、やはり片隅には、どうしたって彼が映る。
高級そうなシートの上で、靴のまんま遠慮なく膝を抱えて、見間違いじゃなければ、ふるえている。空耳じゃなければ、洟をすすっている。
隣から、ぐしぐし、きこえてくる。
「……たっ……たらい……まぁ……」
ただいま、のつもりなのかな。
子供じみていた十七歳が、ただのこどもになる。車の中が涙の音でいっぱいになる。
「おう。おかえり。」
僕だけは大人ぶって、素っ気なくを貫いた。
いつもありがとうございます。
予定以上に33部が長くなってしまったため、続きを明日、34部として投稿いたします。
連投で申し訳ありませんが、お付き合い頂けると幸いです。
物語もあと一山です。




