表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/40

22 救済

※※※2021/3/21より、本作の大幅改稿版『最愛なる猛毒、致死量の慈愛。』を連載しております。大まかな展開は変わりませんが、【演出】【構成】【台詞】【一話あたりの文字量の改変】等、読みやすさを重視した改稿となっており、また、本作では描かれなかった【糸子と星史のはじまり】を書き下ろしております。読まれる際には改稿版のほうを強くお勧めいたします。※※※




 どういうことなんだ? 何が起こっているんだ?


 どうして百香が、名塚月乃の子として拡散されている?


 画面上の、隠し撮りらしき百香の姿に混乱した。身体は強制停止状態なのに、脳内はぐちゃぐちゃにごった返してしまう。



 どういうことなんだ。何が起こっているんだ。

 ひのでと行動を共にしていたことで、見誤られたのか?

 それとも、これが、ひのでへの真の報復なのか?

 この画像は一体? 盗撮じゃないか……こんなの。

 誰が、一体、なんのために……



 静寂に充ちた教室内では、軽蔑と、疑惑と、畏怖が、混雑する。その三つの負は一つの塊となって、百香に襲いかかる。僕なんて、まるで、無視して。


(百香じゃない、僕なんだ。その塊に、押し潰されるべきなのは。)


 ぐちゃぐちゃな脳内をまっさらにして、僕はその主張を選んだ。声に、声にしなくては。今すぐ。それを告げればこんな誤報、無価値だ。百香への疑念も晴れる。

 これは間違いだと正さなくては。


「こ―――――」



「やだーっ、なにこれえ? 百香、超有名人じゃん!」



 僕が声を出す寸前で、百香が明るい声をあげた。

 教室中がどよめく。


「ないない、ありえないよー。ネットこわっ。ていうか、どーせならもっと可愛い写真、使ってほしかったなあ。」


 張り詰めた空気など物ともせず、百香は朗らかに振る舞い、笑顔で否定した。



「じゃ、じゃあ、デマ……なんだな?」

 男子生徒のほうが物怖じして、再度尋ねる。

「当然でしょ。百香、この人の子だったら、もっと美人なはずだもん。」

「そ、そうか……」

 悪かったな、と苦笑を添えて、男子生徒は百香から離れた。


「っていうか、これ普通に名誉毀損だよねー。超困る。このサイトの管理人さんに問い合わせれば、削除してくれるのかなあ? ちょっと、先生に相談してくるね。」


 淀んだままの教室で、始終にこにこしながら、百香は出て行った。退室する直後、一瞬だけ無表情になった彼女と目が合った。

 無言の威圧だった。

『何も言うな』……百香は確かに、それを訴えかけてきた。



「なにあれ。超わざとらしくない?」



 百香が去ってから、誰かが呟いた。

 皮切れに、続々と負の言葉が飛び交う。


 なんか怖い  あたしも  よくあんなへらへらできるよね  逆に怪しいし  前から思ってたけどあの子ってちょっと  ねー  わかる  プロなんでしょ調べてるの  ネットもばかにできないよ  火の無い所にって言うし  やばいやばい  なんで笑ってんの  まともじゃないじゃん  怖い怖い怖い



「人生終わりでしょ、人殺しの身内とか。」



 僕も教室を飛び出した。

 正確には、逃げた。


 本当ならここで一喝して、幼馴染の無罪を、誤った情報を、主張すべきだったのに、逃げた。逃げるしかなかった。

 もしかしたら、一つ間違えれば、歯車が狂っていなかったら、自分(ぼく)に浴びせられていたかもしれない言葉の数々に、恐怖して逃げた。


「皆口くんっ、関わらないほうがいいって!」

 クラスメイトの助言が聞こえたけれど、それどころじゃなかった。


 百香を追うふりをして、とにかく逃げた。







「百香っ、」

 非常階段でようやく彼女に追いついた。お互い、息を切らして汗だくになっている。嫌な汗だ。

「なん……だよ、あれ。どういう、つもり……だよ、」

 呼吸が整うよりも先に、僕は詰め寄った。

「今なら、まだ、誤解、とけるから……戻るぞ。俺も、ちゃんと、説明する、」

 うまく息が出来るようになってきて、頭も冷静になってきた。百香に着せられた濡れ衣をなんとかするには、やはりあの場で僕が、真実(ほんとう)の関係者であると公表するしかない。証拠品として、母子手帳という最終兵器だってある。


「絶対だめ。」


 僕の捨て身の訴えを、百香は一蹴した。それどころか、続けさまに耳を疑うようなことを言ってくる。


「……糸子ちゃん、まだ来てなかったよね? 旭、お願い。糸子ちゃんを、百香に近づけないようにして。……それと、旭も、クラスでは百香に話しかけちゃだめ。一緒にいると、何言われるかわかんない。」


 この期に及んで何を言ってるんだこいつは。長年の付き合いであるはずの幼馴染が、理解し難い。わかってはいるんだ。百香は、優しい女だ。お節介が過ぎるほどに。

 すぐに僕の心配をする。いつも僕を守る。……でも、だからって、こんなの、


「……ふざけんな。」


 心の底から言えた。百香の優しさはお節介の域を超えている。

 無実の彼女を生贄にして、このまま順風満帆に高校生活を送れるほど、図太くなれるわけがない。しかもそれが、彼女の善意のうえに成り立つなんて、まっぴらだ。またそうやって、善意で僕を殺すつもりなのか。後ろめたさなんかよりも、怒りに似た感情が声になった。



「ふざけてるのは旭のほうだよ。」



 感情むき出しの僕に対して、百香は至って冷静に、また一蹴してきた。

「おちついて、よく考えて、旭。」

 思わぬ返しにたじろぐ僕を、百香は宥めるように諭しだした。


「百香に掛けられてる疑いは、結局、ただの()()なの。……これって、逆にすごいチャンスなんだよ? 誰がどんなに調べても、絶対に真実なんて出てこない。だからマスコミだって動けないし、週刊誌に取り上げられることだって、絶対に無い。」


 百香は淡々と続けた。


「でも、旭は()()なの。名塚月乃が、本当に絡んでるの。メディアやマスコミが動けば、あっという間にいろんなことが明るみになる。……言ってる意味、わかるよね?」


 ……わかりたくなんかないのに、わかってしまう。彼女のいうことは、全部正論だ。すべて現実だ。淡々と、優しく、宥めるように、残酷な現実を叩きつけてくる。



「旭の言動一つで、ひのでも……仲村くんも、最悪の事態になり得るんだよ?」


 僕が置かされた立場から、百香は逃がしてはくれなかった。



「いい旭? 今は、くだらないプライドなんて捨てて。きついこというけど、旭に百香は守れないの。でも……ひのでと仲村くんのことなら、守れる。旭がこの件に関して、事なかれに徹すれば、あの二人だけは旭にも守ることができるんだよ?」


 そこからの僕ときたら、もう情けないことこの上なかった。反論なんてできやしない。更なる案出などあるわけもない。百香への、配慮の言葉さえ、みつけられない。

 絶望する。なさけない。どうしてこんなに、出来損ないなんだ。



「百香なら、だいじょぶだよ。」

 立ち尽くすだけの僕に、百香はまた、麻酔薬のような「だいじょぶ」を投じる。



「影響があるのなんて学内までだろうし、平気ヘーキ。もし何かされても、堂々と訴えられるし! 出るとこ出てやるんだから!」


 だから、だいじょぶ。

 百香はふたつの拳をきゅっと作って、僕を麻痺させた。出来損ないのままでいいのだと、思わせるように、僕は黙って、絶望して、従った。







 妹と星史のせいにするつもりはない。でも、(はかり)にはかけてしまった。


 僕は自分と、妹と、星史を守るために、無実の幼馴染を犠牲にするのを、選んだ。百香にそうしろと言われたから? 違う。僕が自分で決めたんだ。

 怖かった。クラスメイトの、百香に対する視線や言葉が、自分に向けられるのが。世間がまた、名塚月乃に注目するのが。十七年前の事件を、掘り起こされるのが。

 僕とひので、そして星史が、可哀想な子どもだと、憐れみや、好奇や、畏怖の目に、曝されるのが。





 百香の目論見どおり、その後彼女に記者が付き纏ったり、週刊誌に取り上げられたりする事はなかった。状況から察するに、今のところ、普通科の生徒たちにも広まってはいない。


 しかし、特進ではそうはいかなかった。

 今やクラス内での百香の立場は、最悪だ。


 判り易いいじめとは違い、クラスメイトの誰もが彼女と距離を置いた。軽蔑だったり畏怖だったり、何かしらの異質として遠巻きに眺めつつも、そこに『桂木百香』なんて人間は存在しないかのように、無視に徹したのだ。


 百香も、その扱いに準じた。


 むりに友人たちの輪に入り込もうともせず、理不尽な扱いに怒りも悲しみも見せず、自分に原因があると認めるかのように、孤立者に徹した。

 そして僕と雨宮さえ、一切寄せ付けなくなった。




 誤報の日、僕と百香が非常階段でもめていた頃に登校してきた雨宮は、僕と同じように、クラスメイトから一連の報せを受け、しまいにはこんな『助言』も貰ったらしい。


 殺人犯の身内だって 雨宮さんも気をつけな


 その助言も無下に、雨宮は教室に戻ってきた百香に声をかけた。

「桂木、おはよ。」

 百香はそれに応えなかった。


 それは休み時間でも、昼休みでも、放課後でも同じだった。

 雨宮が近づこうとするものならば、百香は逃げるように姿をくらます。そして授業が始まるぎりぎりで、教室に戻る。終礼が鳴り次第、一目散に逃げてゆく。着信にはでない。メッセージには返信しない。


「超感じ悪くない?」

 百香の雨宮に対する態度について、全く関係の無い女子生徒が聞こえる音量で呟き、それに賛同した別の女子生徒が、「ねー。雨宮さん。」と、賛同に雨宮を巻き込もうとしたけれど、雨宮は雨宮で、彼女たちを無視していた。



 翌日から、雨宮は再び孤立者となった。百香は、新しい孤立者となった。そして僕もまた、孤立者に戻りつつある。

 三人とも、クラスでの扱いはそれぞれ違うけれど、孤立者として、ばらばらになった。





「で、どうする気よ、あんたは、」


 騒動から翌々日、僕と雨宮は久しぶりに映写室に集合した。正確には、集合、じゃなくて、居合わせた、のだけど。お互い孤立者に戻って、お互い以前の行動にでた結果だ。

「どうする……たって、」

 本を開きながら素っ気なく質問してくる雨宮に、僕は真剣に向き合うべきか、適当にふざけるか、対応に悩んだ。少なくとも後者を選んだら、それこそクズだけど。


「俺だってどうにかしてーよ。」

「だったらさっさと行動に移しなさいよ、クズ。」

 どちらにしてもクズ認定は受けてしまった。ぐうの音も出ない。


「悠長なこと、言ってらんないわよ。」


 口調だけは素っ気ないまま、雨宮はどこか険しい目つきで、スマホ画面を向けてきた。もう何度も見た、あのスレッドだ。見飽きたくらいなのに、また心臓が止まりそうになる。スレッド内の続報に、百香の新たな画像が載せられていたのだ。


「明らかな盗撮よ。しかも、教室での物ばっかり。……桂木のこと、まだ普通科には広まってないんでしょ? つまり、」


 雨宮の冷静な見解は、盗撮してネットに上げている人物が、クラスメイトの中に存在することを示唆していた。



「ずいぶん楽しんでるみたいね、あいつら。」



 声に宿る軽蔑の影は、クラスメイトが百香に向けるものなんかより、ずっとずっと濃かった。

 雨宮のことばに後押しされるかのように、僕は躊躇うことなく、百香へのメッセージ画面を開いた。



 一応言っておくけど、早まるんじゃないわよ。

 心配ご無用。わかってるって。



 僕らは彼らに心底軽蔑しながら、おそらく、憤りも携えながらも、いつもの調子で会話を交わした。きっと考えていることは、同じだったから。






「つーわけで、この度ぼっちが増えました。」

 転入生を紹介するかのように、僕は百香を隣に並べ、雨宮に披露した。


「そう。」

 彼女は相変わらず、ぶれずに素っ気ない。


 一方百香は、半ば無理やり呼び出された放課後の映写室に、戸惑うばかりだった。

「旭、これ、どういうこと?」

 少々不機嫌に、大分気まずく、頬を膨らませて睨んでくる。


「ここさ、ぼっちの社交場みたいなもんだから、まあ気軽に来いよ。昼休みとかさ。」

「ちょっと、低脳な名称つけてんじゃないわよ。」

「俺たち前からここで逢引しててさー。」

「無視してんじゃないわよ。ていうか、あんたが勝手に居ついたんでしょ。ていうか逢引きって辞書引いてみろ、たわけ。」

「すげーだろ? こいつ、ここだとめっちゃ喋るんだ。んで、すっげー口悪い。」


「ちょ……ちょっとストップ!」

 僕と雨宮のやりとりを遮って、百香は困惑した表情をみせた。


「……だめだよ。百香と仲良くしてると、二人にだって迷惑が、」

「だから、映写室(ここ)なら堂々とできるだろ、」

「で、でも、どこで誰が見てるかなんてわかんないし……」

「つか、もともと俺のせいじゃん。」



 そこまで話すと、百香は息を飲んだ。ちらりと雨宮へ視線を配る。



「雨宮は俺と名塚月乃のこと、知ってるから。」

 百香の憂いを晴らすつもりで、さらっと告げた。思わぬ事実に一瞬驚愕した様子の百香だったが、すぐにまた意見してきた。


「それじゃ……なおのことだめだよ。糸子ちゃんまで巻き込めない。」

「こいつ元々ぼっちじゃん。痛くも痒くもねーよ。」

「なんであんたが威張んのよ。」


 決着のつかない僕と百香の間に、ようやく雨宮が入ってきた。


「桂木、」

 厳しめな声音で百香を見据える。

「正直、あたしはこのバカの計画に反対なの。」

 そしてまさかの主張をしてきた。


 おいおい何言ってくれてんだ。ここまで無理して飄々と振舞っていた僕だったが、つい口を開けて固まる。百香もさすがにショックだったのか、言葉を失って目を潤ませた。

 今にも泣きそうな百香と、気まずく固まる僕を順番に見たあと、雨宮は呆れるように溜め息をついた。



映写室(こんなとこ)じゃなくても、堂々と教室で話せばいいじゃない。」



 ……え? 別々の表情をしていた百香と僕は、一瞬にして同じ顔になる。


「あんたの好きにしなさいよ。」

 素っ気なく、雨宮は続けた。


「あたしに迷惑かかるのが嫌ってんなら、無理に一緒にいなくていいわ。独りでいようが距離置こうが、あたしは余計なこと言わない。全然気にしない。でも、あんたと一緒にいることで周りが何言ってこようが、それも全然気にしない。」


 だから好きにしなさいよ。言い終わりにはまた本を開いて、普段どおりの雨宮糸子を貫いた。

 その姿に、僕は変な笑いが出た。嬉しいような、安堵したような、単純に、ぶれない彼女が面白いような。とにかくツボに嵌ってしまって、にやけ顔が治まらない。



 雰囲気が回復したところで百香を見ると、これまた面倒くさい状況になっていた。


「……! ちょ、ちょっと、」

 さすがの雨宮も動揺の声をあげた。百香が黙ったまま、ぼろぼろと涙を溢している。

「なっ……なななに泣いてんのよ!」

 僕らに注目されたところで、百香はいよいよ声を漏らして泣き出した。何かがぷっつりと切れてしまったみたいに、涙も泣き声もしゃっくりも止まらない。


「……っく、ごっ……ごめ、……っく、なさいっ……いっ、いとこ、ちゃん、すっ……好きぃ……っく……」


 泣きながら、わけのわからない告白までしてくる。雨宮は更に慌てふためく。その光景がますますツボに嵌ってしまい、僕は声を殺しながらしばし二人を眺めた。

「わ、笑ってないで、なんとかしなさいよっ、」

 当然、理不尽な苦情を貰う。


「俺もー、イトコちゃん好き~。抱いて~。」

「……くたばれボンクラ。」


 文庫本でも顔面に直撃すると、けっこう痛かった。





 これで良かったんだ。

 百香の気持ちを無下にせず、出来損ないの僕なりに、彼女を救う方法。半分……もしくは大半、雨宮の手助けあってこそだけど、それこそ今はくだらないプライドなんて捨てるベきだと、自分を納得させておく。

 まだクラス内での、百香への疑念は晴れないけれど、僕か雨宮が常に近くに居ることで、盗撮への抑制には繋がるだろう。僕らも目を光らせるつもりだ。


 そしてすっかり忘れていたが、この度、ひのでが休学中で本当によかった。

 もし、今の百香の状況を妹に知られでもしたら……と想像すると、血の気が引く。きっと二学年特別進学科の教室が、惨劇に見舞われていたことだろう。


 不幸中の幸い、なんて軽薄な言い方だけど、起きてしまった事態のなかで、僕はぎりぎりの平穏を保った。

 百香には、本当に申し訳ないことをした。彼女の件に関しては絶対修正するつもりだ。時間は掛かるかもしれないけれど、もう一度、百香の日常を取り戻す。

 その際にはちゃんと、僕なりの言葉を、この、優しすぎる厄介な幼馴染に、捧げよう。





 クラスメイトと距離を置き、百香への視線に目を光らせ、三人で映写室に集う日々が、定着しつつあった。



 『昼休みあいてる?

  話したいことがあるんだ』



 星史に呼び出されたのは、そんな折だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ