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18 朝日

※※※2021/3/21より、本作の大幅改稿版『最愛なる猛毒、致死量の慈愛。』を連載しております。大まかな展開は変わりませんが、【演出】【構成】【台詞】【一話あたりの文字量の改変】等、読みやすさを重視した改稿となっており、また、本作では描かれなかった【糸子と星史のはじまり】を書き下ろしております。読まれる際には改稿版のほうを強くお勧めいたします。※※※




 真夜中を走る。

 見覚えのある道だけを選んで、あての無いふりに酔う。まるで推理ドラマの再放送を、犯人を知っている上で視聴するような、手応えのない不敵さ。そんな器の小さい快感がどうしようもなく必要で、走る。ただただ走る。

 白み始めた空に、気づかないふりをする。

 喉の乾きも無視する。

 でも、どうしても、頭は空っぽになってくれなくて、要領なんて良くないくせに、無駄に考え込むことだけに特化したこの意識は、何が何でも邪魔し続けて、自然と家路を辿り始める。


 帰るしかないんだ、我が家に。


 バイクを停めて、ようやく諦める。車庫を出たときには夜が終わっていて、空の向こう側では淡い紅色が広がっていた。手前にくるほどに碧天へと染まるうつくしさに、しばし目を奪われていた。


「朝焼けね。」


 気づくと母さんがいた。

 玄関先で佇んで、同じように空を見上げている。いつから居たのだろう。僕は聞かなかった。母さんも、息子の朝帰りを咎めなかった。



「五月十三日、午前四時二分。」

 かわりに、唐突に日時を唱えた。僕はその日時を知っていた。



「あなたの出生時刻。」

 満ち足りた微笑で言う。知ってるよ。僕も薄い笑顔で返した。

 知ってて当然だ。耳にたこができるほど、聞いた話なんだから。







 男の子なら、旭。

 女の子なら、ひので。

 まさか明け方に産まれるなんて、運命としか思えなかったわ。二人とも。


 これまた幾度となく聞いた話を、母さんは揚々と語った。夏の早朝のリビングは、灯かりを点けるには明るくて、点けなければまだ薄暗い。そんな不便な時間帯に、僕ら親子は向かい合って席についた。どちらともなく、久方ぶりの団欒を設けた。


「何か飲む?」母さんが聞く。

「いや、いいや。」僕は首を振る。


 やはり要領の良くない男だな、僕は。断ってから間の持たせ方を悩んだ。母さんも気まずそうに座っている。



「離婚、いつするの、」



 開き直って僕は尋ねた。空気を読んだところで、もう意味なんて無い。

 母さんは今まさに、最も触れてほしくない部分を刺されたような、露骨な顔をした。瞼と眉が堅く身じろいで、睫毛を伏せる。


「できるだけ、早めに。」

 早めに?

「ええ。早めに。」


 彼女のいう『早め』が、僕らが成人するほんの数年後を指すのか、はたまた、なんなら明日にでもを指すのかは判らない。ただ少なくとも、此度の決断が思い付きとか刹那的な衝動ではないことだけは、見受けられた。

 それならそれで、別の疑問が出てくる。


「反対するつもりは無いんだけどさ、」

 彼女がどういう経緯でその決断に至ったのか、だ。もとより、籍を離さないほうが不思議だった両親(ふたり)だ。別居生活も、もう十年以上。その月日の中で決断したのが、どうして今なのか。


「どうして今になって、離婚なの、」

 僕はありのまま聞いた。母さんの睫毛が、ゆっくり動く。

「そうね。……理由、たくさんあるから、一つずつ話すわね。」

 しばらくの沈黙のあとに、母さんは口を開いた。深呼吸みたいなまばたきと同様、ゆっくりと話し始める。


「まずは、旭。あなたの今が、とても輝いて見えたから。」

 輝いてって。僕は鼻で笑った。

「以前の旭って、あんまり、毎日が、楽しそうじゃないように、みえたの。」


 母さんの目に映る僕は、まるで、しがないサラリーマンだったという。

 趣味も無く、夢も無く、人付き合いは浅く留め、充実なんて高望みはしない、自宅と学校を往復するだけの毎日。十七歳だから高校生をしている、といわんばかりの姿勢をしている僕が、母さんは常に気懸りだったらしい。


「だけど、最近のあなたって、すごく、その、青春を謳歌、していると思うの。良いお友だちにも恵まれて、成績も申し分、なくて。夏休みも、満喫してるみたいで、お母さん嬉しいわ。もう、お母さんだけじゃなくても大丈夫なくらい、大人になったのよね。」



 ……正気か、この人は。


 どの口が言ってるんだ。僕は出かかったことばを我慢した。



「次に、ひので、かしらね。あの子は、本当に落ち着いてくれたわ。ほんの少し前までが嘘みたいに、ちゃんとした子に、なってくれた。」


 無断欠席はしない。暴力沙汰は起こさない。親を学校に呼び出させない。家族と会話を交わす。母親の弁当を持って学校へ行く。……母さんの妹に対する「ちゃんと」の基準は、呆れるくらい当たり前のことばかりで、僕は、今度は落としかけた溜め息を我慢した。


 そこから、母さんの目が泳いだ。手なんかこすりあわせて、挙動不審になる。


「だから、その、ひのでとも、関係、よくなったし、旭も、立派になったし、その、家族のかたち、みたいなのが、安定したっていうか、」

 区切りながら、おぼつかないようすで話す。


「まだ他にあるよね、理由。」

 できるだけおだやかに、僕は尋ねた。


 いやな特技だ。僕は母親のことがある程度、わかってしまう。

 思考、好み、魂胆、心情。きっと知らなかったことなんて、過去くらいだ。



 ほら、やっぱりその顔、図星か。母さんは睫毛を伏せるのをやめて、口を結んだ。



「お母さん……ね、結婚、考えてるの。」

 やがて怯えるように言った。



 僕は肩の力を抜いて椅子にもたれた。降参みたいな顔をして、静かに溜め息をおとす。

 それは、いつか見た父さんのしぐさを真似たものだけど、なるほど、この反応は実にやりすごしやすい。自制するには、とくに。


「彼氏、いたんだ。」

 もう一度、できるだけおだやかに言った。


「彼氏なんてそんな。」

 はにかむ母さんがいじらしかった。いじらしくて、おめでたくて、なさけなくて、ばかばかしくなった。それでもなお、おだやかに徹した。次第に、母さんの表情が柔らかくなってゆく。

 僕はこの人のことをある程度知っているつもりなのに、この人は僕に対する「つもり」すら無い。


「それで、その、それでね、」

 表情が完全にくだけると、今度は明るさも取り戻し始めた。声もはつらつとしてくる。


「入籍の日取りはまだ決めてないの。来年再来年と、あなたたちの受験もあるし、色々と立て込むでしょう? ()ったらね、新しく家を買おうなんて言ってるのよ。お母さんはこのお家で充分って断ったんだけど、じゃあせめてリフォームだけでもですって。……()、早くに奥さんに先立たれて、まだ小さい息子さんがいるの。お兄ちゃんとお姉ちゃんができるのがよっぽど嬉しいみたいですごく張り切っているのよ。あ、やだ、あたしってば。まだお互い顔も合わせてないのに。まずはみんなでお食事くらいしないとよね。」


 ほんの数分前のおぼつかなさとは打って変わって、母さんは饒舌にはしゃいだ。一方的にべらべらと、今後を語った。

 食事会の席は中華がいいか料亭がいいかだの、()に頼めば良いお店を押さえてくれるだの、夏休みで予定が合わせやすくていいだの、しまいには、交際後に初めて貰ったプレゼントについての自慢まで始めた。よくわからないブランドのブレスレットは、おそらく高価な物なのだろう。


「お金持ちなんだね、」

「そんないやらしい所に目つけないの。」

 そう言って注意する割には、頬が緩んでいる。

「お母さん、今度はちゃんと人間性で選んだんだから。」

 前置きした上で、また饒舌に喋りだした。


「たしかに、今より裕福になるのは保障するわ。()ったらね、家族になったお祝いに、旭に新しいバイクを贈りたいんですって。今の中古でしょう? 新車のほうが絶対安全だしお母さんも大賛成。ひのでにも何か贈りたいんだけどあの子の好みって難しいし、何が喜ぶかわからなくて困ってるのよ。やっぱり無難にアクセサリーがいいのかしら。」


「母さん、」

 延々と喋り続けそうな母に、僕は声をかけた。


「よかったね。」

 真似ていただけの降参顔が、いつしか自前になっていた。

 母をまっすぐ見据えて、僕は僕の顔で、嘘のない表情で、嘘じゃない言葉をおくる。

「幸せになれるね。」

 言葉を選ばない。雰囲気を守らない。嘘をつかない。顔色も窺わない。



「勝手に幸せになってろよ。あんただけで。」



 母に本音で向き合うのは、はじめてだった。



 へ? 母の表情が笑顔のまま停止する。


「なに? え……なに? どうしたの、旭、」

 やがて笑顔をひくつかせて、動揺しだした。言葉のままだよ。僕は淡々と答えた。


「俺は、皆口姓から外れるつもりはない。」

 瀬田にはならない。強調して僕は言った。

「それって、お母さんに、ついてきてくれないって、こと?」

 途切れ途切れに母が尋ねる。わかりやすく身震いしながら、訴えてくる。ぜんぶ無視して僕は頷いた。時間が止まったみたいな沈黙のあと、母は突然立ち上がって、両手で机を叩いた。


「あたしを捨てるの?」


 早朝の静かな空間に、母の声が響く。

 見据えたまま口を閉ざす僕に、母は続けさまに詰め寄った。


 旭はあたしの味方でしょう? いつだってあたしと一緒だったじゃない。あたしを助けてくれたじゃない。あたしだって旭を護ってきたわ。誰よりも何よりも旭のために生きてきた。それなのにあたしを捨てるの? あたしと一緒にきてくれないの? あたしよりあの人を選ぶの? ……あの人に何か吹き込まれたのね? 騙されてるのよあなたは。あの人はあなたが思うような親じゃない。そうよ、親なんかじゃないのよ。平気で子どもを捨てるような人間なの! それなのにあの人を選ぶの!? あたしを捨てるの!? 



 声はどんどん激しく、怒号へと変わった。



「どうして? ……ねえ、……どうして、」

 やがて湿り気も帯びてきた。どうして、どうして、どうして……。(はな)をすする音と共に、卓上にはぽたぽたと涙が落ちた。


「昔のままなんだよ。父さんの、家。」

 僕は、母のぐしゃぐしゃな顔に向けて言った。


「テーブルも棚も、まだ同じ物使っててさ、家具の配置なんて、俺たちが住んでた頃のままなんだよ。俺とひのでが描いた下手くそな絵まで壁に貼りっぱなしでさ、不憫でならなかったよ。」


 涙で濡れたまま、母の形相が変わってゆく。


「そんなの自業自得よ。未練がましいだけじゃない、情けない。あんな男が家庭に憧れる自体間違っているのよ。……ねえ旭、わかってちょうだい。お母さんはあなたのために言ってるの。あの人と離れたのも、再婚を決めたのも、ぜんぶあなたたちのためなの。」


「父さんは一度だって、子どものためなんて口にしなかった。」


 一度だって、あんたを悪く言ったことだって無かった。……謝ってばかりなんだよ、いつも。あんたの言うとおりだ。ほんとうに情けなくて、不憫な父親だよ。



「あんたに、父さんを悪く言う資格なんて無い。」



 身震いをしながら母は目を見開いて、そこから少しずつ、少しずつうなだれていった。やがて両手で顔を覆って泣き崩れた。


「だって、ほんとうに、あたしはただ本当に、旭のためを思っているのよ。あたしと一緒にいれば今より良い暮らしができるのよ? 新しいバイクだって買ってあげる。大学だって好きなところに行かせてあげる。………ねえ、だって、家族じゃない。やっと家族のかたちが、整ってきたじゃない。あたしたち、今度こそ幸せになれるんじゃない。今よりもずっと、もっともっと、何もかもうまくいくのに、」


 ああ。

 本当にもう、このひとは。



「おめでたい奴だな、あんたは。」


 僕も、目を見開いていた。

 言ってしまうともう止まらなかった。



「あんたはいつも自分だけだ。自分だけが可愛くて大切で、自分だけの幸せに俺を巻き込んでいるだけだろ。俺は、あんたの理想の息子なんかじゃない。動物園が楽しいなんて思ったこと無いし、ペンギンやウサギになんて微塵も興味無かった。甘い卵焼きもジャムサンドも本当は大っ嫌いなんだ。あんたの作る弁当が恥かしくて、いつも誰も居ない場所を探して一人で食ってたよ。」



 その生き方を選んだのは自分だと、諦めていた。

 母を惑わせていたのが、自分だったことも。



 だけど、それでも、止まらなかった。脱ぎ捨てた呪いが憎くて憎くて止まらない。



「愛してるだの、産んでよかっただの、便利な言葉だよな。……言えなくなること、教えてやろうか? ………今の俺の成績。あれは実力なんかじゃない。不正、だよ。退学もんのカンニングで学年トップにのし上がったんだ。あんたの自慢の……理想の息子は、平気で不正する卑怯者なんだよ。」



 覆っていた両手が離れると、泣き顔が驚愕に変わっていた。そして「……うそ、」と、一言もらす。


「事実だよ。答案用紙、盗んだんだ。」


 どの曝露に対しての驚愕かは定かではなかったけれど、きっと不正についてだと、これもまた、なんとなくわかってしまった。

 察しは大正解だったらしく、母はまたうなだれた。今度は落胆の面持ちでうなだれた。僕は静かに深呼吸をした。


「……わかっただろ。あんたの理想の幸せのなかに、俺はいない。幸せになるなら、新しい家族とやっててくれよ。別に、幸せになるなって言ってるわけじゃないんだ。」


 再び椅子にもたれると、沈黙が流れた。

 長い沈黙に感じた。言いたい事が(から)になると、静寂での身動きが難しくて、どうしていいかわからくなってしまった。


 かち、かち、と、唯一響く秒針と一緒に、母の啜り泣きが聞こえてきた。


「………だめ。……嫌よ、だめ。旭がいなきゃ……、」

 また涙を落としている。

「やっぱり、だめなの。旭がいなきゃ、お母さん……生きていけない、」

 涙はやむどころか、さらにぼたぼたと卓上を濡らして、ぬぐう手も間に合わないくらい、ぐしゃぐしゃにしてゆく。


「……いやよ、…いや……旭まで、いなくなるなんて、いや。……あたしの、あたしの子なの。……あたしが、……あたしだけは、あなたを、」


 母さん。



 子どもみたいに泣きじゃくる母と視線が合ってから、僕は言った。



「怖いんだね。また、子どもを手放すのが。……嫌なんだよね。また、子どもを捨てた親になるのが。」

「…………え……?」

「これだけはわかってほしいんだ、母さん。俺はあんたを母親失格だなんて思わないよ。母さんは間違いなく、俺の母親だよ。」



 母の姿を確認して、瞼を閉じる。

 そうなんだ、このひとは僕の母親だ。

 数秒前に映した顔を思い浮かべる。そっくりなんだ、結局。なにもかも。

 そして観念してから、瞼を開けた。



「でもあんたは、あの子の母親じゃない。あの子はもう、あんたの子どもじゃない。」


 僕はこの母を悪と呼ばない。でも、被害者とも呼ばない。



「なにを……言っているの、旭…?」

「俺は、あの子じゃない。」


 僕はあの子じゃないんだ。


 母さんの忘れられない、僕が忘れてはいけなかった、あの、こども。







 自室に戻るころ、日は昇りきっていた。母と見た朝焼けが遠い昔のように、早朝の母との時間が、まるで夢だったように感じる。

 完全に別世界だ。別の世界に、ようやく来られた。

 おもむろに引き出しをひく。目に飛び込んだ『それ』を、しばらく眺めてから両手で持ち上げた。


 軽い。すごく軽い、封筒だ。

 手のひらより一回りほど大きい、わずかに厚みのある封筒。口には何重にもテープが巻かれていて、固く鎖されている。


 一生開けないかもしれない。これを受け取ったとき、僕はそう言った。

 心変わりなんて素直なものじゃない。僕は鋏を取り出して、封筒に刃を入れた。



 中から出てきたのは、一冊の母子手帳だった。



 表紙を確認して、真実が現実なのだとようやく受けとめた。


 もう、あがかない、抗わない、背かない。心の底から受けとめた。

 ここはもう別世界。ようやくおまえを、みつけたよ。俺だけの力じゃ、無理だったけれど。





  みなぐち、きいて、


  あたし、あんたの知りたいこと、知ってるの。

  『あの子』は、あんたのそばにいる。


  ()の、なまえは………――――





 『愛媛県今播市 母子健康手帳 名塚星史』







 (はら)のなかに、いた。

 事件の日、僕は母の胎で、名塚月乃の凶行に遭遇していた。


 母とは文字通り、一心同体だったはずなのに、そのとき母が何を思ったのか、その目にどんなものが映っていたのか、わからない。わからないまま、胎から出てきたときには被害者になっていた。

 産まれた瞬間から哀れみの対象。僕を無視して世間は口々に、可哀想な子だと嘆いた。

 知らねーよ。覚えてねえんだから。どんなに否定しようと、声はきっと届かない。僕は産まれながらに、永遠に、可哀想な子どもであり続ける。



 彼も、同じだ。



 胎のなかにいた。事件の日、僕と同じように、彼女の胎にいた。

 殺人犯の息子として、この世に生を受けた。

 対極の位置で産まれたはずの僕らは、おんなじだった。







「どうしたの? 連絡くれればよかったのに、」

 予備校から出てくるなり、彼は駆け寄ってきた。約束も無く待ち構えていた僕に驚きつつも笑顔で、首を傾げる。なになに? 俺が恋しくなっちゃった? そしていつもどおり、ふざけたことを言う。僕は、恒例の馴れ合いが、いつもどおりにできなかった。



「………星史(セージ)、」

 彼のなまえを呼ぶ。ぼんやりと、文字を読むように、



「名塚……星史、」

 彼の生まれ持ったなまえを呼んだ。



 星史が声を呑む。瞬きさえ惜しむように、僕を見る。

 その眼差しがあまりにも澄んでいて、透きとおっていて、無垢で、無垢で、無垢で、怖くなった。

 映し出されてしまう。ありのまますべて見透かされてしまいそうだ。

 無垢な瞳を開いたまま、星史はしがみついてきた。

 僕の両肩に手を乗せてもたれかかる。



「ただいま………(あさひ)くん、」



 透きとおる声が、耳元で、子どもみたいに鳴いた。





 僕らはおんなじだ。


 あの日、胎のなかにいた。生まれ持った自分を失くした。十七年分、ぜんぶ。

 血よりも、遺伝子よりも、時間よりも、何もかも、ふたりは、



「……おかえり。」



 近くにいた。この世で限りなく近くに。

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