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12 友達

※※※2021/3/21より、本作の大幅改稿版『最愛なる猛毒、致死量の慈愛。』を連載しております。大まかな展開は変わりませんが、【演出】【構成】【台詞】【一話あたりの文字量の改変】等、読みやすさを重視した改稿となっており、また、本作では描かれなかった【糸子と星史のはじまり】を書き下ろしております。読まれる際には改稿版のほうを強くお勧めいたします。※※※




「すごいすごいっ。」

 バイクを見るなり仲村は目を輝かせた。

「これ乗るの? やばい、不良デビューだ。」

 不良のハードル低いな。はしゃぐ彼にスペアのメットを手渡すと、ためらい無く被った。それどころか早く早くと急きたてる。

「あれだね、パラリラパラリラってやつ。」

「古っ。あ、絶対手離すなよ。死ぬから。」

 拳をあげてふざけていたので忠告すると、素直に下げて肩に置いた。

「もち。離さないって。」


 杞憂していたけれど、晴れてよかった。梅雨もそろそろ明けるのだろう。乾いた地面に感謝してエンジンをかけた。

 仲村はちゃんと肩に摑まっている。摑まるところ、後ろにもあるんだけどな。説明しようと思ったけどやめた。雨宮や百香なら腰辺りに手を回していたから、そうじゃないだけよしとした。


 今夜は、約束の日。僕は彼の『お願い』を叶える。





 母さんには事前に伝えておいた。

「金曜、知人の家に泊まる。」「家には戻らず直接行く。」「同じ学校の生徒だから。」「男だから。」「百香に聞けばわかるから。」あらゆる場合を想定して、言い訳も協力も用意していたのに、母さんは意外にもあっさり了承してくれた。

 ほんの少しいたずらな笑顔で、ほんとうは彼女なんじゃないの? とからかわれたくらいだ。


「彼女って言っちゃえばいいのに。」

 仲村が軽口をたたく。親に見栄張ってどうすんだよ。

「この場合は見栄じゃなくて、優しさになるんだよ。俺に対しての。」

「俺、真面目だから見栄張れないんだわ。」

「つれないなあ。」



 案内されたマンションは、世帯数の多い大規模タイプで、(ふもと)ともいえるほど近くに、区立公園が広がっていた。駅を使用する際にはここを突き抜けると近道なのだと、謎の自慢をしてくる。


公園(そこ)、ほとんど桜だからさ、春になると上から花見ができるんだよ、うち。」

 これはそこそこちゃんとした自慢だと思う。

 マンションの一階部分は全面駐車場になっていて、そこにバイクを停めた。


「今夜、親いないから、」

 エレベーターに乗り込むなり仲村は言った。目をほそめて、挑発的な視線を送ってくる。


 さようですか。僕は背筋をのばす。

「スルースキル、上げすぎじゃない?」

 おかげさまで。あしらいつつ鼻で笑った。

 僕らなりの馴れ合いも、恒例化してきた。



 今でこそ進展したけれど、一ヶ月前はこんなふうになるなんて、想像すらできなかった。

 あのときの僕だったら、きっとこの状況を殺伐と過ごしていたに違いない。隙を見て逃亡していたかもしれない。最悪、仲村を乗せたまま事故を起こしていたかも。

 だけど実際は、こんなにも平和だ。良い傾向なのかは判らないけれど、少なくとも楽ではある。



 (へや)の鍵を取り出すようすを見て、本当に誰もいないのか。と、さすがに警戒の二文字がよぎった。

 学校ならともかく、こいつの陣地で二人きりは危なすぎると、今更になって気付く。忘れていたが、仲村星史は一筋縄ではいかない危険人物だ。


 後悔に溺れていると、突然足元に、黒い塊がまとわり付いてきた。


「うわっ、」

 思わず声をあげてしまった。

 犬だ。真っ黒な犬が、ドアを開けてすぐ飛び出してきた。尻尾を振りながら擦り寄ってくる。


「犬……、飼えるマンションなんだ、」

 驚きのあまり変な感想を口走った。仲村は笑いながら犬を引き寄せ、両手でぐしゃぐしゃと撫でた。

「ほら、あっち行ってな。」

 指さしで退散させる。ようやく靴を脱いでリビングに通されると、今しがたの犬が女の人に撫でられていた。



「ただいま、」



 仲村が声をかけると女の人は振り向いて、きょとんとした。


「おかえりなさい。」

 三十半ばくらいだろうか。灰色の縞模様の着物に割烹着を合わせた、古風ないでたちをしている。僕のことを物珍しそうに見ていた。


「連れてきたよ、友だち。」

 仲村が得意げに紹介すると、更にまじまじと見てきた。観察に圧倒されながら、おじゃまします、と頭をさげる。女の人は、微笑みにも無表情にもみえる微妙な顔で、いらっしゃい、と静かに返した。そして仲村に目を向けるなり、


「あなた、友達いたのね。」


 と、感心した。


「やだなあ。イヨさんと一緒にしないでよー。」

 仲村はけらけらと笑い飛ばす。

「弁当箱、出しちゃいなさいよ。」

「わかってるって。ごはんもうできる?」

「もう少しだから、お風呂済ませて。お客さんが先よ、」

「わかってるって。」


 女の人は、丁寧に畳まれた服の山を渡してきた。仲村がそこから数枚取って、僕に渡す。これ、着替えね。あ、その前に荷物置かないとか。こっちこっち。引っぱられて別の部屋に移動した。



「誰もいないんじゃなかったんだ、」

 彼の自室に入るなり僕は聞いた。

「もしかして期待しちゃってた?」

 またいやらしい目を向けてくるので、んなわけねーだろと小突いた。

「姉ちゃん……じゃないよな、あの人、」

 小声で女の人についてきいてみる。

「あのひと? イヨさん。」

 いや、そうじゃなくて。反応に困っていると、仲村はあっけらかんとふざけながら、

「イチノセ イヨさん。三十六歳、独身。」と付け足した。もっと反応に困る。


 きこえてるわよー。リビングのほうから声がした。仲村はやべっと身じろぎして、僕は笑いをこらえた。




 イヨさんは仲村の叔母で、彼の両親である兄夫婦が不在の際、家の手伝いをしに来てくれる人だという。

 昔から家事全般が得意らしく、夕食の献立も見事なものだった。

 筑前煮、鶏の梅しそ揚げ、小松菜の海苔和え、出汁巻き玉子、つみれの澄まし汁、炊き込みご飯。我が家では滅多にお目にかかれない、和の品々が並ぶ。


「さっさと食べてゲームしようよ。」

 有り難味の欠片もないことを言いやがる。味わわせろよ、せっかくのご馳走なんだから。僕はマイペースに箸を動かした。


「だってさイヨさん。貰い手候補みつかったじゃん、」

 対面キッチンで水仕事をしている彼女に向けて、仲村は茶化した。


「あなたみたいな甥っ子持つなんて、彼が気の毒だわ。」

 すばらしい反撃だ。ごもっともです。強く頷くと、イヨさんはわかりやすい笑顔をみせた。


「星史とは同じクラスなの?」

 そのまま小首を傾げてきいてくる。

「いえ、クラスは、違うんですけど、」

 僕は、どぎまぎして答えた。

「面倒くさいでしょ、こいつ。」

 え、ま、まあ。視線を泳がせると、イヨさんはまた笑った。

「正直者ね、彼。」

「だから好きなんだ。」

 自慢げに、仲村ははにかんだ。




 食事を済ませ、彼の希望どおりゲームに付き合っている間に、イヨさんは帰った。帰る直前に本日最後の仕事として、鍋に温かいカフェオレを作ってくれていた。

「この時期にホットとか、ありえなくない?」と、仲村は氷を入れて牛乳で割って飲む。せっかく作ってくれたのに悪いだろ。僕はホットのまま頂いた。


「いいのいいの。俺たち、遠慮と嘘は無しって関係だから。」


 話に気をとられた隙に、画面ではキャラクターが大ダメージを負った。

「あーコンボ切れちゃった。」

 コントローラーをかざして仲村が嘆く。


「おまえこそさっき取り逃したんだから、おあいこだろ。」

「ていうか条件厳しすぎない? ここのレア武器。」

「じゃあキャラ変える?」

「やだ。絶対取る。」

 唇を尖らせて仲村は意気込んだ。


 誰かとゲームをするなんて、久しぶりだ。

 中学は途中から勉強漬けだったし、今じゃそんな友達もいないし。百香もひのでも、こういうのには疎いし。せめてひのでが妹じゃなくて弟だったら、違ったのかもしれないけれど。


 まあまあ楽しいはずなのに、どうも集中できない。たぶん、この空間のせいだ。

 仲村家のリビングには、絵に描いたような幸せな家庭が映し出されていた。


 とにかく写真が多い。

 七五三、入学式、卒業式、家族旅行らしきもの、写真館で撮った家族写真、すべて上等な額縁に嵌め込まれていて、棚や壁を飾っている。まるで、仲村星史のちょっとした年代記だ。

 僕はゲームをする傍ら、あらゆる年代の仲村をちらちら見た。

 やんちゃで天真爛漫な物もあれば、かしこまった精悍な物もある。一緒に写る父親は、穏やかそうな眼鏡の優男で、母親は小柄で若い感じの人だった。

 どっちかといえば父親似か? 雰囲気が似ていた。


「写真、やばいでしょ、」

 画面を見据えたまま、仲村が声をかけた。

「別にやばくはないけど、数がすごい。」

 コントローラーをかちゃかちゃしながら正直に答えると、仲村は、記念とか大事にしちゃう人たちでさー、ほんと。と、照れと呆れの中間くらいで笑った。



「めっちゃ愛されてんだよね、俺。」



 みたいだな。僕は納得して頷く。

「なにより夫婦間の愛がやばいから、うち。」

 やばいってなんだよ。聞くと、「恥ずかしいくらいラブラブ。」と溜め息をついた。

 全然やばくはないだろ、と言ってやりたかったけれど、慎んだ。


「今日どこ行ってんの、親。」

 代わりに質問してみた。

「日曜までデート旅行。今夜、母親が帰国するからさ。」

 帰国? 画面に目を向けたまま質問を続ける。


「うちさー、父親が主夫やってて、母親が働いてんの。たまに出張あってさ、帰国する日は迎えに行った足で、そのまま夫婦水入らず、旅行するのがお決まりなんだよね。」

 なんかいいな、そういうの。僕は素直に感心した。


「そうかな。いい年して普通じゃないでしょ、」

「ふつうってことにしてやれよ。」


 画面の中では二人の武将が武器を振り回して、群がる敵を次々倒していた。着々と撃破数を増やしてゆく。僕が309人、仲村はもう428人目だ。協力プレイだから数を争う必要はないのだけれど。


「うちなんて、とっくに破綻してるくせに、離婚しないような親だし。」

 350人目を超えたあたりで、僕は言った。説教ではなくて、どちらかといえば愚痴っぽく。ついでに、「まじ、意味わかんね。」とも付け加えておいた。


「ま、夫婦って、当事者にしかわかんないもんだしね。」

「まあな。」

「わかりたくもないけどね。」

「だよな。」

「でも、反抗するのもめんどくさいよね。」

「ほんとにな。」


 同意を繰り返しているうちに、撃破数は400人を超えていた。これ、現実だったらとんでもないことしてるよね。話を脱線させて、仲村はカフェオレを飲んだ。


「家族のこと、すき?」

 隙を突くように、また話を捻じ曲げる。

「あんまり好きじゃない。」

 僕もカフェオレを啜りながら、いちおう答えた。


「けど、最近はそうでも、ない。」

 そしてちょっぴり気まずく、言い添えた。


「好きになってきてるんだ?」

 仲村が画面から目を離して、意地悪く笑う。

「わからない。」

 一番つまらない返答を選んだ。



「じゃあ、また嫌いになるかもね。」



 二人揃って撃破数が500を超えたところで、ようやく敵総大将が現れた。意気込んで突撃したところ、あっけなく返り討ちにされて、責任をなすりつけ合って、笑った。






 きょうだいって、こんな感じなの。

 床のほうから仲村は尋ねてきた。体を起こして隣を見おろすと、夏毛布を半分捲った状態で、寝転びながら肘をついている。

 まもなく午前四時。ゲームに白熱するあまりこんな時間になったのに、まだ寝たくないみたいだ。お客さんなんだからとベッドを譲ってくれたのはいいが、客人に睡眠の自由は与えてくれないらしい。


「俺、一人っ子だから新鮮でさ、こういうの。」

 オレンジ色の常夜灯の下で、まだ喋り足りないとばかりに、会話をせがんでくる。


「いや、どうだろ。」

 ぼんやりしながら答えた。

「皆口くん、お兄ちゃんじゃん。妹さんいるじゃん。」

 返答に、満足いかなかったらしい。


 一緒に遊んだりしないの? 買い物とか、おでかけとか。テレビ一緒に観てあーだこーだ言ったり、彼氏できたーとか、彼女と喧嘩したーとか、そういうのないの? いろいろ。

 ……想像するだけで鳥肌が立つ話をまくしたててくる。妹に幻想を抱きすぎだ。


「年子だし、あんまり兄貴って意識無い。」

「なにそれ、つまんない。」


 不満の色を消さない仲村に、ついかちんとなって、今度は僕がまくしたてた。


 あのな、妹なんて、そんないいもんじゃないからな。生意気だし口悪いし、すぐ手も足も出てくるし。無駄に色気づいてばっかで猛獣だよ、あんなの。仲良く遊ぶなんてまず無い、絶対無い。だいいちあいつなんて俺を見下しまくってるから。実際あいつのほうが背高いし、つか、勉強も運動も喧嘩も、勝てないし。


 ……妹の実体を明かしているつもりが、いつの間にか個人的な嘆きになっていて、情けなくなった。


「あはー。不憫なお兄ちゃん。おーよしよし。」

 へこむ僕に、仲村は心にもない慰めの声をかけた。笑い事じゃねーよ。


「イヨさんもさ、けっこう不憫なひとなんだ。っていうか、痛い女。」

 からかう延長で、笑いながら仲村は言った。

「痛い?」

 僕は首を傾げる。


「十代のころ失恋してさ、そのとき好きだった男をずっと引き摺ってんだよ。見たでしょ、あの恰好。あれって、片想いしてた男の好みに合わせてるんだって。」


 本人不在にも関わらず、潜めた口調で話す。ここだけの話、と、たまらなく面白そうに、活き活きと。


 それは……、たしかに痛いかも。

 想像以上のエピソードに、僕はつい顔をひきつらせた。でしょでしょ、と、仲村は声を潜めたまま笑う。こういう甥を持ってしまったのも不憫の一つだなと思ってしまったのは、秘めておいた。


「でもそういう執念深いところ、嫌いじゃないんだ。正直尊敬っていうか。」

「とても尊敬してるようには見えないけど、執念深い、とか言ってる時点でばかにしてるよな、じゃっかん。」

 これは秘めず口にした。

「いやいやいや、最高の褒め言葉だよ。」

 やはり彼は動じない。


「だから彼女には遠慮したくないし。嘘もつきたくない。」

 そこまで話すと仲村は、よいしょと上体を起こし、僕のほうを向いて正座した。

「だけどね、今日、久しぶりに嘘ついちゃったんだ、」

 反省したように告げる。

 うそ?



「きみのこと、友だちって言った。」



 それが、嘘?

 間をおいて尋ねると、うん、としっかり頷く。


「だって、皆口くんは、友だちだなんて思ってないでしょ、」

 まっすぐに見据えて口角を上げる。


 やっぱり、見透かしてしまうんだな、こいつは。

 今一度、仲村星史という男に打ちのめされる。

 この日常が、すべて彼の手中なのだと思い知らされる。

 それなのに、いつからか消えていた脅威が戻ってこない。彼が全然、怖くない。


「俺とさ、しようよ。」


 正座したまま、表情だけが人懐こいかたちに崩れた。なんだよ、やぶからぼうに。


「妹さんとしてなかったこと、ぜんぶだよ。晩くまでゲームしたり、テレビ観たり、遊び行ったり、好きな人の話も、しよう。十七年分、ぜんぶ。」


 夢を語るように、一つ一つ指を折る。ひらめきは止まらなくて、仲村は次々やりたいことを挙げていった。

 一晩中バイクに乗るのもいいなあ。海見に行くとか青春っぽくない? もうすぐ夏休みだし旅行とかもしたいね。どんどん指を折る。


「友だちじゃなくていいからさ。」


 薄暗い、オレンジ色の灯かりの下で、屈託のない笑顔に囚われた。


「一晩中って、運転すんの俺じゃん。」

「そこはほら、おいおいお返ししますんで。」

 折っていた指をぱっと広げる。なんだよ、おいおいって。寝転がって天井に向かって、笑った。



 気づけば外が白み始めている。もう五時じゃん、いい加減寝るぞ。枕に顔を伏せた。

「夜更かしはお泊りの醍醐味なのになー。」



 床のほうから寝息が聞こえ始めたのは、それから十分と経たないうちだった。


 隣を覗き込むと、仲村が無防備に安らいでいる。

 散々付き合わせておいてそれかよ。明るくなってきた部屋で、僕はしばらく彼を眺めた。



 時間ってのは厄介だ。

 共有していると、自然と、いろいろなことがわかってしまう。新しいものがやたら美しく、反対に、古いものはもういいのかもって。

 厄介だな、おまえは。忘れたくなかったことに、蓋をしてしまう。


 都合がいいな、僕は。都合がよくて、賢明で、大人だ。


 瞼が重くなってきた。視界がぼんやりする。彼が、白く霞んだ。

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