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01 兄妹

※※※2021/3/21より、本作の大幅改稿版『最愛なる猛毒、致死量の慈愛。』を連載しております。大まかな展開は変わりませんが、【演出】【構成】【台詞】【一話あたりの文字量の改変】等、読みやすさを重視した改稿となっており、また、本作では描かれなかった【糸子と星史のはじまり】を書き下ろしております。読まれる際には改稿版のほうを強くお勧めいたします。※※※




 遺伝子による風評被害、及び直接的被害を、僕は日々こうむっている。

 これはどのメディアも取り上げてくれない、実に深刻な現状だ。


 もし、『この世で限りなく自分に近い存在』を問われた場合、誰しもたいてい、答えは同じだと思う。


 父の遺伝子が母の(なか)で構築される過程を、ほぼ同じ材料、同じ経緯を踏んで生まれるのは、無論、兄弟姉妹しかいない。

 (なら一人っ子はどうなるのか、と考えてはみたが、少なくとも僕は一人っ子ではないので、そこは省かせていただく。)


 でもまあ兄弟姉妹がいない一人っ子の存在が、なんら珍しくないのと同じように、僕には兄、弟、姉がいない。僕にいるのは妹だけだ。

 つまり、二人兄妹の片方しかいないのだから、彼女は正真正銘、この世で最も限りなく僕に近い存在なのである。



 いい迷惑だ、ほんとうに。




「虫唾が走るんだよ。おまえなんかと、」

 血も肉も骨も同じなんて。



 それはこっちの台詞だ。妹の靴底を額に乗せたまま、声にならない威嚇をした。

 最初に受けた一撃からか、口のなかが血なまぐさい。うまく言い返せないのもそのせいだ。結果的に無抵抗な僕は彼女の評価通り、喧嘩の一つもまともにできない、男の出来損ないだ。

 ふざけんな、相手が悪すぎんだよ。


 暴虐的で幼稚。激情家で傲慢。

 短い制服姿で大股を開き、彼女は兄を頭から踏み躙る。



 こんな妹が、

 この世で限りなく近い存在、だなんて。









『科目別 数学  一位 皆口ひので』

『科目別 英語  一位 皆口ひので』

『科目別 化学  一位 皆口ひので』

『科目別 世界史 一位 皆口ひので』

『一学年総合成績 一位 皆口ひので』



 掲示板上列に連続して並ぶ妹の名に、眉をひそめた。


 新年度早々行われる学力診断テストは、成績に直接響かない。ましてやここは進学校でもないし、たとえ結果が芳しくなくても危惧する必要なんてない。けれど、多かれ少なかれ教師からの待遇や、生徒自身の立場を決める材料には、なりえたりする。


 去年、僕はこの高校の特進クラスに補欠合格で滑り込んだ。『特進』なんてたいそうだけど正直名ばかりのレベルで、身も蓋もない言い方をすれば、滑り止めの集まりみたいなクラスだ。

 つまり僕は、そんな滑り止めに滑り込んだのだ。

 そして今月、妹のひのでは入試成績首席の肩書きを堂々と掲げ、同じ特進の生徒として入学してきた。

 冗談じゃない。風評被害だ。


「ひのでってば本当にすごいよね。(あさひ)も負けてられないよー?」


 穏やかでない胸のうちをえぐるように、百香(ももか)は茶化してきた。

 彼女の、無神経と紙一重な明るさには、いつもうんざりさせられる。特に今日は、順位表の貼り出しもあったから逃げてきたというのに、校門あたりで捕まってからはご覧のありさまだ。


 百香も妹とはまた別枠で、昔から厄介な女だ。いつだって僕と妹を同等に扱い、そのくせ比べたがる。しかも彼女自身は決して性悪な女ではないので、余計にたちが悪い。


「わざわざ下級生の結果まで見てきたのかよ、暇だな。」

「旭だって見てたじゃん。百香、暇じゃないもん。」


 最近では、無邪気な彼女に煩わしさを覚える度、自分は大人になれたのだなと、諦めがつくようになってきた。所詮相手は、高二になっても自分を名前呼びするような女だ。


「その様子じゃ、二学年(じぶん)の結果なんて見てないんでしょ、」

 空気も読まず、あどけない表情を浮かべる百香相手に、まともな返事をするのが面倒になった。

「今回の一位、誰?」

 話題の矛先を変えられそうな返事を選ぶ。


「いつもとおんなじ。仲村(なかむら)雨宮(あめみや)のツートップ。仲村くんはともかく、雨宮さんは一緒のクラスじゃん。冷たいなあ。」

「だって喋ったことすら無いし。」

「んー。まあ、雨宮さんって静かなタイプだもんね、」


 静か。百香のこの表現は、どちらかといえば優しい類いのほうだ。それは彼女にしては優しい、という意味合いではなくて、百香自身が優しいほうの人間である、という意味で。

 度々うんざりはするけれど、やはり百香は性悪な女ではないと実感した。



「ねえ、アイス食べていこうよ。」

 テストの話題をぶった切るように、百香は提案してきた。女子のこういう、会話の方向転換が縦横無尽なところは、ある意味すごいと思う。

「嫌だ。」

「えー。奢ってあげようと思ったのにい、」

 屈託のない笑顔がいたずらに阻んだ。

 気分転換には甘いものが一番だよ? あどけなく、鞄をくるくる回すしぐさに不覚にも、従う以外の選択肢を失ってしまった。



 肩を並べて駐輪場までたどり着いたところで、スマホが震えた。母さんからの通知画面に嫌な予感が走る。


 数分後、それは的中した。

 通話が終わるのを不安げに見守っていた百香に、僕は電話を切るなり開口一番、謝罪した。


「悪い百香、アイス中止。」

 きっと同じ予感を察していたのだろう。彼女の、またたく間に曇ってゆく表情に、僕は先手を打った。



「ひのでが、やらかした。」





 日が長くなったというのに、玄関も廊下もどんよりと薄暗くて、今日がろくでもない一日で終わるのだと確信させた。

 母さんは、これまたいっそう薄暗いリビングで、テーブルに顔を埋めるように伏せていた。

 帰宅して間もなくひのでの一報を受け、各所飛び回ったのだろう。彼女の横には、まだ中身の詰まった買い物袋が無造作に横たわっていた。



 ただいま。



 静かに呼びかけると、母さんは針でも刺されたかのように、びくっと顔をあげた。


「……あさひぃ、」

 情けない顔が救いを求めてくる。


「もう嫌あ……なんでなの、またこうなるの。あたしは、間違えてないのよ、絶対。だってあなたを育てたもの。……ちゃんとしてくれれば、ちゃんとした子なのに。あの子は、いつもそうなの。何度も裏切るの、いつもよ。あなただけなのよ、あたしには、」


 母さんは震えながら饒舌に、支離滅裂な言葉を並べた。瞬きを忘れて頭を抱え、髪をぐしゃぐしゃ掻く。

 こうなってしまうと扱いづらいもので、下手なフォローをしたところで逆効果だ。僕は母の背中を摩り、

「俺もひのでと話すから、母さんは少し休みなよ、」と、自室へ促した。


「お疲れさま、大変だったよな。夕飯(よる)は適当にやるからさ。」


 あえて軽薄に笑うと、母さんは「ありがと」と「ごめんね」を交互に繰り返し、洟を啜りながら退散した。母さんを部屋に閉じ込めてすぐ、ため息をひとつ落とす。



 ……さて、ここからだ。

 覚悟を決めて、僕は階段を踏んだ。





 結論から言うと、妹のひのでが暴力沙汰を起こした。

 電話口で取り乱す母の説明だけでは事態が把握しきれなかったので、直接生徒指導室へ尋ねたところ、ようやく状況が飲み込めた。


 ひのでと揉めたのは他校の男子生徒三名で、声をかけてきたのは彼らだが、先に手を出したのは、ひのでらしい。

 声を掛けてきた要因も、手を出した原因も詳細は不明だが、ひのでが無傷なのに対して、相手側がそれぞれ顔面とみぞおちを殴打されている様子から、非は彼女にあると判断された。


 怪我の程度こそ大事には至らなかったものの、騒ぎの途中で警官が仲裁に入ったため、ひのでが起こしたのは暴力沙汰から警察沙汰へと発展してしまい、彼女は入学一ヶ月目での停学を余儀なくされた。……とのことである。





 軽いノックを二回、反応は無かったが扉を開けた。香水とシンナーの混じったにおいが鼻をつく。妹の手にしているマニキュアからだ。


 妹は一瞬だけ手を止めて僕に視線を走らせたが、すぐにまた爪をいじりだした。


「何してんだよ、」

「ネイル。殴ったとき割れた。」


 清々しいくらいに反省の色が見受けられない。

 その様子と、彼女の若さを謳歌した風貌に、僕はいっそう深いため息をついた。


 ひのでは、兄の僕から見ても目を惹く類いの女だ。

 『女子高生』ではなく『女』のにおいを醸す女なので、たちが悪い。今回の件は「声を掛けてきた要因も手を出した原因も詳細は不明」らしいが、正直、真相はそれとなく推測できてしまう。


「やっちまったもんは仕方ないけど、母さんには謝っておけよ、」


 無視。マニキュアをなぞる指だけが動く。


「母さんさ、おまえがちゃんと進学してくれて、本当喜んでたんだからさ、」


 めげずに説教を付け足したところで、指が止まった。代わりに大きな眸が鋭く動く。

 睨みつけながらゆらりと立ち上がる彼女の威圧に、凍りついた。



「おめでたい奴だな、てめえは。」



 避ける間もなく、胸ぐらを掴まれて壁に叩きつけられた。気道が押し潰され、声を失う。


「私に命令できる立場かよ。」


 そこまで吐き捨てるとひのでは、僕を廊下に突き飛ばすかたちで解放し、またネイルのやり直しだと言わんばかりに舌打ちをして、扉を閉めた。



 そう、妹はこういう女だ。



 容姿だけは端麗、成績だけは優秀。そして暴虐的で幼稚、激情家で傲慢。

 暴力が原因の騒動も、他人との諍いも今回が初めてじゃない。中学時代から度々あったのだ。


 その存在感から上級生には目をつけられ、他校生に絡まれることも日常茶飯事で、それらすべてを返り討ちにしてまた別の騒動に発展させるまでが、恒例だった。


 ちゃんとしてくれれば、ちゃんとした子なのに。


 ひのでが問題を起こす度に、母さんが吐く口癖だ。「ちゃんと」なんて漠然としすぎているけれど、概ね同感できる。しかし、それを声にあげてひのでを諭せる資格なんて、僕には無い。


 彼女の言うとおり、立場じゃないんだ。

 僕が妹に勝る部分は一つとしてない。


 頭脳、容姿、精神面・物理的な強さ、身長さえも負けている。きっと此度の停学も、彼女の学力をもってすれば、さほどわずらう事ではないのだろう。

 反論できればどんなに楽だろう。反撃できればさぞかし痛快だろう。

 しかし現実は負け戦だろうし、何より母さんの精神状態に影響しかねない。それに、将来確立されるのであろう社会的地位の優劣も、恥ずかしながら把握している。


 つまり結論として、事なかれ主義に徹するのが、僕にできる唯一の英断なのである。



 と、頭では納得しているものの、やはり腹が立つものは立つ。


 バイクに跨って行く先も決めず走った。去年免許を取って以来、妹関連でむしゃくしゃしたときは、こうやってバイクに乗るのが僕の日課だ。

 原付二種というところがどうも恰好つかないし、期間限定ではあるけれど僕は今、十五歳の妹には出来ないことをやっている。そう思える瞬間だ。

 こんなしょぼいプライドでも、消化できれば気が軽くなるものだった。





 コンビニでパンを買って、学校の駐輪場で齧った。

 放課後とは一転、閑散としている。

 下校時刻はとうに過ぎているし、自転車も点々としか残されていない(たぶん、残業中の教職員の物か、ずぼらな生徒の置物なのだろう)。


 日が暮れるにつれて、灯かりを減らしてゆく校舎を眺めながら、時間が流れるのを待った。


 あの様子じゃ、ひのでも母さんも今日は部屋から出てこないだろう。顔を合わせる心配も無い。僕が家にいる必要も無い。まあ、いたところで何かできるわけじゃないけれど。



 家族への不満なんてあげればきりがない。

 でも、家庭崩壊に臆するほど深刻じゃないし、必死になってまで改善するなんて割に合わないし、抗うほうがハイリスクだ。ほとぼりが冷めるまで安全地帯まで逃げる。今はただ待った。





 空がすっかり夜に変わり、月も目立ち始めた。円に成りきれていない丸をしている。

 そろそろ頃合だろうとエンジンをかけた。

 先ほどまでは僅かに灯かりを残していた校舎も、いよいよ廃墟みたいで、僕は油断していた。



「―――………!」



 迂闊だった。まさか校門から人が飛び出してくるなんて。


 咄嗟にブレーキを踏み、間一髪で接触は免れたけれど、飛び出してきた人影は腰を抜かし、周辺には鞄、教科書、文房具、プリントが散らばった。


 ライトが、見覚えのある制服姿を照らす。同じ学校の女子生徒だ。

 よく見れば顔にも見覚えがあった。


 戸惑いながらもうらめしく睨みつけてくる彼女は、同じクラスの雨宮(あめみや)だ。


「ごめっ……大丈夫…?」


 同じクラス、とはいえ、彼女と言葉を交わしたことは無い。状況も状況だし、なんとももどかしい距離感で声をかけた。

 雨宮はこちらを睨みつけたまま、だんまりを決めこむ。

 気まずい沈黙の中、せめて散らばってしまった教科書を拾おうと近づくと、雨宮は慌てて教科書やプリント掻き集め、無造作に鞄に押し込んだ。



「……い、いいい粋がってんじゃないわよ、クソガキ! 」



 震えた声からの、しどろもどろな罵声。

 唐突な威嚇に、僕は茫然と立ち尽くすしかなくて、身を翻して逃げてゆく雨宮の背中を、追いかけることも呼び止めることもできなかった。



 ………よかった。怪我はさせていないみたいだ。


 でも、なんだ今の?

 怒ってたんだよな、きっと。まあ悪いのはこっちだし。しかし何なんだ今のは。ぶしつけ、とも違う。繰り返すが悪いのはこっちだ。でも一つ言わせてもらうなら、少なくとも粋がったつもりはない。しかもクソガキって。


 轢いていたかもしれない恐怖心や、怪我を負わせていたかもしれない罪悪感よりも、もっと別の、疑問符で塗ったくられた謎の感覚が邪魔をする。

 結論として僕が至ったのは、『賢いイコール余裕がある、ではない』という答えだった。



 雨宮(あめみや)糸子(いとこ)は、成績優秀な女子生徒だ。

 でも、それ以上は知らない。



「雨宮さんって静かなタイプだもんね、」

 昼間、百香は雨宮についてこう表した。僕にはその表現が優しいと思えた。


 『静か』なんて表現が褒め言葉になってしまうくらい、雨宮は浮いている。


 もう一年以上も同じ教室で過ごしているというのに、僕を含め級友たちと親しくしている光景を目にしたことなんて、一度も無い。

 無口で無愛想で、孤立しているし、かといって進んで交流しようとする素振りも見せない。

 授業以外の時間は、小難しそうな本を読みふけているような生徒だ。


 容姿もまた特徴的で、小奇麗にはしているがとにかく地味だ。長い髪は機能性重視の三つ編みだし、眼鏡も当世風な物とはほど遠い。


 ただし成績は申し分なく、期末でも中間でも、むろん此度の学力診断でも、上位者の常連として名を馳せていた。

 つまり、彼女を把握できる限りの情報を掻き集めるのなら、おちこぼれの僕とは別世界の存在なのである。


 賢いイコール余裕がある、ではないんだな。家路をたどりながら、先ほどの雨宮を思い出した。優秀な彼女でも、あんな言動を見せるのである。



 事故一歩手前だったという状況は、この際あてにならない(当事者が偉そうに言う事じゃないけれど)。

 余裕があるか無いかの判別は、今回みたいに回避できた場合にこそできる。


 僕は普段の雨宮から、彼女なら何事も無くすっと立ち上がって、無言のまま颯爽と闇夜に消える、みたいな人物像を描いていたのだけれど、現実は畏縮しながら柄にもない罵声を浴びせ、一目散に逃げてゆく少々哀れなさまだった。


 雨宮をばかにするつもりはない。きっと僕が彼女の立場なら、もっと滑稽な姿を披露していただろうし。

 成績上位者イコール賢い奴、と認識してしまう時点で、僕は優秀の域に達せない側の人間なのだから。





 家に戻るころには二十二時を回っていた。

 あとは風呂に入って、少しテレビでも点けて、寝る、それで本日は終了、のはずだったのに、出迎えた母さんの存在が、このまま予定通りに終わらせてくれないことを、示唆させた。


「おかえり。どこ行ってたの、もう。」


 母さんは夕方とは打って変わり、明るい声と笑顔を向けた。


「ごはんはどうする? 今日はハンバーグよ。明日のお弁当にも入れてあげるからね。」


 あ然とする僕なんか無視して、いやに機嫌が良い。


「もう大丈夫なの?」

 損ねないように聞くと、母さんは、もったいぶるように口角を上げ、目をほそめて、やがてぱっと顔を輝かせた。


「あのね、ひのでがね、謝ってくれたの。反省してるって。やっぱり間違ってなかったのよ、あたし。信じて良かったわ。あの子は本当はいい子なんだって。」


 饒舌な所だけは、取り乱している時とおんなじだ。本当にもう、このひとは。

 僕は呆れ半分安堵半分でおおよそを察し、二階へ向かった。





 ひのでの部屋を静かに開けると、思ったとおり、百香がいた。

 目が合うなり、しーっと人差し指を口元に立てる。ひのでは百香の膝枕で、すやすやと寝息をたてていた。


「にきびできてる、ここ、」

 百香は撫でるようにひのでの前髪をかき上げて、小声でくすくすと笑った。続けて、新調したてのネイルを指して、器用だよね、なんて感心した。


「悪いな、」

 隣に腰をおろして、僕も小声で言った。

 なにが? 百香はきょとんと聞き返す。


「こいつのこと。丸く治めてくれたんだろ、」

「おばさんにきいたの?」

「いいや。おまえが来てることも知らされなかった。」

「あはは、百香ってば影うすーい。」

「自分だけでいっぱいなんだよ、あのひとは。」


 息子ながら恥ずかしくなった。

 百香の手柄でしかないというのに、信じていただとか、本当はいい子だとか。まあ、そういう母親なんだってのは、とっくの昔から承知のうえだけど。


「でも珍しいじゃん、おまえが説教するとか。」

 百香はひのでを撫でながら、お説教なんてしてないよ、と笑った。

「ほら、高校生になると風当たり厳しいし、一応ね。」

 こういうところで、また僕は彼女の優しさを痛感してしまう。そこにはもちろん感謝もあるけれど、少々の煩わしさも、口にできない事実だったりする。


「こいつって、おまえの言うことだけはきくよな、」


 いくつか会話を交わすうち、いつの間にか小声ではなくなっていた。それにも関わらず、ひのでは目を覚ましそうにない。


「そういう言い方、好きじゃないな。」


 百香の膝で眠っているのは、ただの大きな子どもだった。

 無防備に安らいでいて、暴虐なんて微塵も見当たらない。女のにおいもしない。


「ひのでは話せばわかる子だもん。ちょっと賢すぎるだけ。」



 装飾をちりばめた派手な爪が、どうにも浮いてみえた。

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