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私とあいつ。

作者: 菜乃葉
掲載日:2009/01/22







いらいらする。


沙耶さや!話を聞いているの!?」

あんたのばかでかい声が聞こえないはずがないじゃない。


「なんであんたはこうなのよ……」

泣かれたってなんとも思わないよ。

あえて言うなら水と塩分の無駄遣い。


「もっとしっかりしなさいよ……!」

ばかの一つ覚えみたいに何回も繰り返し繰り返し。

もう聞き飽きた。


「ちょっと! どこにいくのよ!」

あんたの姿を見なくてすむところ。

これ以上つきあってられない。




私は毎日のように繰り返される、世間一般的には「母」と呼ばなければいけない人の小言を聞き流しながらいつもの場所へとくりだした。












「たのもー!」

「…………またお前か」

こっちを見ずにやつは言った。

「いいじゃない。こんなにカワイイオンナノコが遊びにきてやってあげてるんだから」

「どこが」

……わざわざそんなこと言われなくたって自分の容姿ぐらい分かってるわよ。即答しなくたっていいじゃない。

「あーいらいらする」

そう言いながら私は人の部屋へとあがりこんだ。

「カルシウム足りてないんじゃないの?」

私に失礼なことを言ったこいつは一応幼なじみと呼ばれる男。

幼稚園から高校までずっと同じ所に通っている。

気心が知れているし、こいつは一人暮らしをしているからつい勝手に部屋にあがってなんでも話してしまう。

……腹立つようなことしか言わないけど。

「だってさー。あの人がうるさいんだもん」

冷蔵庫から『さや専用 絶対飲むなよ!』と書かれたペットボトルをとりだし、ベッドの上へ座る。

まるで自分の家にいるように振る舞える。

それほどここには通っているのだ。

「自分の母親だろ? そんなこと言うなよ。お前が部屋を片づけないのが悪い」

私の頬は知らない間にどんどんとふくれていく。

ベッドの上に置かれたウサギの抱き枕をぎゅっと抱きしめ、ペットボトルの中身を飲んだ。

いっつもそうだ。「母」と呼ばれる存在に頭にきてここの部屋に逃げ込んでも、こいつは私の意見に賛同してくれない。

なによりも腹が立つのはやつがこっちを一度も振り向かないことだ。

こっちを向いたってどうせどこかさめていて、無表情で、クラスの女の子達が「硬派って感じでいいよねっ」なんて言っているような顔をしていることは分かってる。

でも、同じ興味がないでも、振り向いてくれて話をきいてくれるのと、振り向かないで話を聞いているのかどうかよくわからないのとじゃ雲泥の差だ。

だいたい机に向かって勉強ばかりしているなんて、やつの気が知れない。

きっと、どっかがおかしくなっちゃったんだ。

だって勉強ほどつまらないものはないもの。そんなものを好きこのんでやるなんて。

「お前なー、勉強は学生の本分だぞ。ちゃんとやれよ。なんでわざわざ学費はらって高校なんかに行ったんだよ。勉強したくないなら行かないで働けばいいだろ」

おっと。どうやら考えていたことを口に出してしまっていたらしい。

「だって、みんな高校に行くっていってたし。だから私も行くことにしたの。じゃなきゃわざわざ……」

「自分の人生なんだから自分で何をするかぐらい決めろよ。そうやって周りにあわせてるみたいないいかたをして人に責任押しつけるな。お前の責任だろ?」

その言葉が胸にぐさっと刺さった。

どんどんと抱き枕を抱きしめる力が強くなっていく。 ぴょんた、ごめん。

『母』に言われることはなんか言葉が軽くて聞き流しちゃうんだけどこいつが言うことはさらっと聞き流せない何かがある。

しかも胸に重くしこりとして残っていく。

「だって……」

「だってだってって、いつもお前はそればっかりだな。ちゃんと自分で受け止めろよ」

はあーっとため息をされた。

やっぱりあきれかえっているのか。

それはそうだろう。なにかあるたびにここに駆け込んできて、しかも愚痴ばっかり。

私だって同じことをされたらきっと嫌がる。

分かってる、分かってるけどそれでも来てしまうなにかがココにはある。

ココはこいつみたいな部屋だ。

すっきりとモノクロで統一してあり、整頓されてなにひとつ乱れてない。

だからか少しだけ冷たい感じがする。

けれど、私が勝手に持ち込んできた『さや専用』と書かれたペットボトルを捨てないでおいていてくれたり、いつの間にか部屋にあった――私のお気に入りの抱き枕がおかれていたり。

それらはこの部屋ではなんだか異質なものだ。明らかに私のためのもの。

そういう些細な優しさがちりばめられていて。

その少しの優しさにすがりつきたくて通ってしまう。

私はなんだかんだ言ってこいつにずっと甘えてきた。

昔からそうだった。

私は危険を顧みずに遊ぶ子供だったから、一緒に遊んでいたこいつが全部フォローしてくれていた。

今だってそう。私はこいつに助けてもらっている。

そんな自分が情けなくなって、ふいに泣きたくなった。

視界がにじんでくる。目の前に広がる白黒な世界がゆがんでいく。

まだカリカリというシャープペンの音をさせて勉強しているこいつには気がつかれたくなくて、抱き枕に顔をうずめる。

嗚咽がもれそうになる。でも、そんなことをしたらこいつにばれる。

「……おい、めずらしいじゃないか。ここにきてずっとしゃべり続けていないなんて。…………!」

息をのむ音が聞こえる。

どうやら気がついてしまったらしい。

視線を感じるけど私は泣いている顔を見られたくなくて顔をあげられない。

「……ヒッ……こっち…………みない……ック……で、よ」

うまく喋れない。

よく考えてみると、長年一緒にいるけどこいつの前で泣いたのは初めてだった。

勝手に部屋にあがりこんで、愚痴言って、挙げ句の果てに泣いて。

私は一体何がしたいんだろう。


すると、ふわりと優しく包み込まれるような感覚がした。

驚いて顔をあげてみると、やつが私を優しく抱きしめていた。

いつも表情が変わらなくて何考えてるのか分からないのに、今は眉を寄せていて、明らかに困った!って顔をしてる。

「……悪かった。俺も言い過ぎた。お前が泣くなんて思わなかったから」

私が泣いているのは別にこいつのせいじゃないのに。

「おばさんのこともちゃんと考えてやれよ。今は反抗期かもしれないけど、大きくなればお前だっておばさんの気持ちが分かるよ。俺は二人で話し合うことも大切だと思うけどな」

確かに私は『母』にいらいらしてここにきたけど……。

気がついたらすっかり忘れていてこいつのことばっかり考えていた。

だから、的はずれなことを言って励まそうとしているこいつが妙に笑えた。

一応私にも状況が分かっているのでここで笑ったらやばいなって思ってるけど我慢できるようなことじゃない。

つい、クスクスと笑ってしまった。


「な、お前笑うんじゃねえよ! ったく、なんの為に励ましてやってると思ってるんだ」

不機嫌そうな顔になったが真っ赤なので迫力がない。

こんな表情もするんだと思うと、目の前のこいつが妙に可愛く見えてきた。

なんか撫で撫でしてあげたい。

「はあーっ。心配なんてしてやるんじゃなかった」

そう言いながら、ぎゅっとさっきよりも強く私を抱きしめた。

体が密着する。余裕だった私も顔が真っ赤になってしまい、やつの腕の中でおろおろしてしまう。

「お前、顔真っ赤。大丈夫か?」

なんて耳元で囁かれてしまい私はさらに真っ赤になる。

やつを見てみるとどうやらもう落ち着きを取り戻したらしくにやにやしてる。……最悪。

どんなにもがいたって離してくれない。その余裕な顔が腹立つ。

ううっ、どうしよう……。






ピンポーン………………。






天の助け!


「……誰かきたっぽい」

こいつの声はすこし落胆していたような気がするけど、そんなことに構ってられなかった。

腕の力がゆるんだのをいいことに素早く離れてそのまま玄関へダッシュした。

「あっ! おい!」

後ろからあいつの声が聞こえるけど無視する。

急いで靴をはいて、ドアを開けた。

そこには観覧板らしきものを持ったおばさんがいるが、気にしないでそのよこをすりぬけて走っていった。


「…………は、一体……………………?」

「……ですね………………」

後ろでなにか話している声が聞こえるが、どうせやつが私が走り去ったことについて説明しているのだろう。

なにか誤解が生じていようがやつが困ろうが気にしない。

だって抱きしめられて私はずいぶん戸惑って顔が真っ赤になったし、にやにや笑われて腹が立ったし。

もうあんなやつのところになんて行かないんだから!

心臓がまだどきどきしてる。

心臓の音をごまかすように私は走り続けた。

今日はやつのいろいろな顔を見た。

こんなにいっぱいの表情を見たのは初めてかもしれない。

ときめくな、私の胸!

空を見上げる太陽が沈みかけていて、きれいなあかね色に染まっていた。

……まだ顔が赤いのはきっと夕暮れと走っているせいだと自分に言い聞かせた。








「ただいまー」

そのまま走って家に帰ってきた。

……忘れていたのだ。

「沙耶っ! あんたって子は!」

この状況を。なんでわざわざあいつの家に行ったのかを。





「…………はあ」

どうやらこれからもあいつの家にお世話になりそうだ。







久しぶりに小説を書きました。

かなり短いお話になってしまいましたが気にいっていただけたら嬉しいです^^

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