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本編



 ※ ※ ※



 全身が粟立(あわだ)つような感覚。

 それは本来感覚として受けるにはあまりにも(かす)かなはずの魔力の波動。



「用意は出来ましたよ。いつでもどうぞ」



 そう言いながら、彼の周りを尋常でない魔力の魔法陣が展開されていく。

 それはつまり展開中ということであり、用意が済んでいるようには見えない。


 同時に、彼の魔法陣から二人分の荷物が吐き出された。

 彼自身と姫さまの荷物だ。


 最大展開すると自動的に中身が吐き出されぐちゃぐちゃになるので、僕らは自分で持っている。

 ……まあ、入れてくれと頭を下げても彼は入れないだろうが。



 彼――カルツ・トロジカルツリー


 眼鏡で短髪。知的さと明朗さを同時に印象付ける彼は、どんな状況下でも己が信じるモノだけを見据えている。


 彼が僕らのパーティの最も重要な部分、《銃》で言うところのマガジンとグリップを担っている。

 彼がいなければ弾丸は装填されない。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



略称:カルツ


属性:収納(しゅうのう)


魔力量:桁違(けたちが)


追放パーティ:××××研究会(プライバシー保護)


追放理由:ゲテモノ趣味がいき過ぎており、味方の精神衛生に良くない。あと協調性に欠ける。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 吐き出されたバッグの近くに、人影が差す。



「遅いっすよ」



 そう言いながら、またも超常的とも言える魔力が発生する。

 明らかに展開し切ってるようには見えないカルツの魔法陣に好き勝手に激烈な魔力が流れていく。


 彼の姿は今の今までここにはなかった。

 作戦開始ぎりぎりまで居合わせなかった癖に、自分の出番となるとややフライング気味に行動する。


 別にいつものことではないのだが、彼の行動原理は余人(よじん)(おか)しがたい謎がある。



 彼――キャロットル・オールオレンジ


 少女と見間違うような華奢(きゃしゃ)な体型に、あつらえたように似合う女性的な服装。

 その上から何本もの無骨なベルトにポシェットを下げ、最小限の荷物を小分けにして運んでいる。


 彼が僕らのパーティの最も重要な部分、《銃》で言うところのバレットを担っている。

 弾丸が無ければ銃に意味はない。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



略称:キャロ


属性:爆烈


魔力量:桁違い


追放パーティ:××××遊撃隊(ゆうげきたい)(プライバシー保護)


追放理由:自爆に近い攻撃により味方にも被害が出る。さらに孤独癖の傾向が強く、よくいなくなる。つまり協調性に欠ける。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 魔法陣に魔力が注入された始めたところで、



「おら、指示しろ。俺様が聞いてやる」


「威圧的に命令を乞わないでよ。というか、普通に命令したら聞かないでしょ、シップは」


「それはしようのないことだな。つまりはしょうがない」


「ボクにはそれが一番どうにでもしようのあることだと思うけれどね。まあ、しょうがないか」



 僕が裏方に回っていると、残りの二人の適当な会話が聞こえて来た。


 そろそろ準備が終わる。

 準備と言っても、四人とも割りと好き勝手に発動するからほとんど時間はかからないのだが。



 彼ら――シップスとシロップ。


 名前の似ている二人だが、その在り方から性格から、おおよそ全ての要素が丸逆(まるぎゃく)と言っていい。

 一つだけ似ている点が"分かりにくい魔法属性"である。



 彼――シップス・ボトルネック


 端正な顔立ちを野性的に歪ませている青年。服装自体は普通だが、魔法具なのかお洒落なのか、バッジの様な物で装飾している。

 尊大な態度とそれに見合うだけの魔力量を誇るが、その系統が独特過ぎて、その性格が独特過ぎて、活躍できない不遇の男。


 彼が僕らのパーティの最も重要な部分、《銃》で言うところのバレルを担っている。

 銃筒(ほうしん)が無ければ弾丸は真っ直ぐに飛ばない。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


略称:シップ


属性:順逆路(じゅんぎゃくろ)


魔力量:桁違い


追放パーティ:××××騎士団(プライバシー保護)


追放理由:偉そう。騎士団の指針にそぐわない。換言すると協調性に欠ける。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 そしてもう一人。


 彼――シロップ・ハットドリップ。


 指名手配中の殺人鬼。


 こいつだけはフォローのしようがない。

 現在、とある呪いで僕らを殺せないし、一定以上離れることもできないので呉越同舟(ごえつどうしゅう)中。


 見た目は一番普通。没個性的と言っても良い。

 しかし彼の中心には死が蔓延(まんえん)し、彼の周囲には死が稠密(ちゅうみつ)する。



 もっとも、彼も僕らのパーティの、《銃》で言うところのサイトを担っている。

 照準が無ければ外れる弾も出てくるだろう。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



略称:シロ


属性:索綜的(さくそうてき)


魔力量:普通


追放パーティ:××××旅団(プライバシー保護)


追放理由:仲間の殺害。柔らかく言うと協調性に欠ける。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 三人分の桁違いの魔力と、一人の照準によって、一つの大きな非実体的な魔法装置が完成する。


 言うなればそれは、無形の魔砲(まほう)


 見た目に分かりにくいので、僕はバッグにしまっていた小さな拳銃をその魔法装置にリンクしてから姫さまに渡す。



「ええっと……?」


「こうして握って、撃つ時はここを引く。連動しているから、発射されるよ」


「あ、ありがとうございますっ!」



 姫さまはやや緊張した面持で僕から拳銃を受け取る。



「しかし本当にいいの? トリガー……じゃなかった、引き金を引くってことは責任を負うってことだ。別に姫さまがそれを受け持つ必要があるとは思えないんだけれど」


「いいんですっ。私もあなた方の一員ですから。それに」


「それに?」


「今回、対象は一応害獣(がいじゅう)指定されていますし、人類のためという名分がありますから。かわいいですけれど」


「可愛い、ねえ」



 相槌(あいづち)ながら平原を眺める。そこにいるのは小動物だった。


 兎のようだけれど、胴体はやや細長く、動きは魚のように蛇行するように、まるで地面を泳ぐように移動している。

 体の流れに遅れて耳が揺れ、見た目も動きも非常に可愛らしい。



「ま、その可愛らしさが問題なんだけれどね」


「はい。人間以外にもその動きは異質、もっと言えば異質な"かわいらしさ"により捕食されることはない、ん、ですよね」


「そ、捕食されない、つまりは天敵のいない小動物なんて、いつかは環境そのものを破壊するさ」


「そう言われるとかわいらしくないです」


「それ、どういう意味を持つ発言か分かってる? 印象を理由によって、つまりは感情を理性によって(くつがえ)せるってことは人間性の否定だぜ?」


「だぜ?」


「あ、いや、語尾に引っ掛かられても……」


「大丈夫ですっ! 私はちゃんと見てますから! あなた方が本当は色んなことを考えての行動をしているってことはっ!」


「そうかねえ。ゲテモノ趣味のカルツは私情だし、天邪鬼(あまのじゃく)のシップはただの天邪鬼だろうし、シロは考えての行動だろうけれど殺人鬼であることには変わりないし、キャロは何考えているか分からないし……というか、力説しているけれど当然のように人間性の否定の原因を僕らに求めたよね?」


「そそそ、そんなことあまりませんっ!」


(あま)りません?」


「あまりありません……じゃなくって、ありませんっ!」


「まあ何でもいいや。じゃあよろしく、姫さま。覚悟が決まったら適当なときに適当に撃って。害獣と言おうと何と言おうと、僕らがこれからやることは他種の絶滅なんだからさ」


「え、一緒にいてくれないんですか?」


「ちょっと野暮用でね。いずれにしても、呪いがあるからそんなに離れることはしないさ」


「そういう意味で言ったんじゃないですけれど……いいです、好きにしてください」


「ふうん? じゃあ行ってくるけれど、最後に訊きたいことはある?」


「うーん……あ、覚悟って何をしたら決まったことになるんです?」




 ※ ※ ※




「覚悟決めるの早過ぎだろ」



 僕は想定の八倍くらいぎりぎりになった作業を終えて一息つく。


 適当に覚悟の決め方を教えたが、まさか簡略したんじゃなかろうな、あの姫さま。

 

 ともあれ完了は完了だ。

 怪しまれない内にアリバイ作業に移らなくては。


 僕が(にな)っている工程は二つ。


 一つ目の具体例を上げれば最初、カルツの魔法陣が出来上がってないのにキャロが魔力を充填(じゅうてん)し始めた時に求められる。

 あの時、無駄に長いリンクで繋げて遅らせると言ったように、彼ら四人の適当で無理矢理でデタラメな魔力を一つの魔法装置として成立するように繋げること。


 二つ目はその派生、リンクの切断による急速な瓦解。

 《銃》に(なぞら)えて言えば、冷却装置……いや、銃に冷却装置はないけれど。


 ともあれアリバイ作りは簡単だ。


 彼ら四人は僕の魔法の範囲を誤解しているが(それは僕が仕向けたことだが)、ここまで離れていてもリンクを繋げっぱなしにできるし、切断もできる。

 トリガーを姫さまが請け負ったのは、そういう意味ではラッキーだった。


 ここからでもリンクを切って冷却が終わるまでに姫さまのところくらいまで戻れば、怪しまれるはずがないし、万が一怪しまれても証拠はない。



「まあ当然、他の四人も他の四人に対して全てを開示をしているとは思っていないけれど」



 適当に一人ごちながら姫さまのところまで戻ると、そこは地獄絵図だった――ということもなく、平原は平和なままだった。


 ただ、先程までたくさんいたあの兎のような可愛らしい小動物が一匹もいない。



「あ、お帰りなさい」



 見ようによってはやや気落ちしたような姫さまが出迎えてくれた。

 バレルを握って、こっちにグリップが来るように拳銃を差し出してくる。


 それを受け取りながら、


「どうだった?」


「みんな消えちゃいました。まるで最初からいなかったみたいに」


「まあ、あの程度の生物だったら魔力抵抗がないから、一匹一匹の魂核に合わせてキャロの魔力を撃ちこめば消えるからね。だから物理的破壊は起こす必要ないんだよ」


「……はあ」



 姫さまは分かったような分かってないような相槌を打つ。


 しかしながら、げに恐ろしきは数えるのも馬鹿々々(ばかばか)しくなるその一匹いっぴきに照準を合わせるシロと、その通りに銃口を増やして角度を合わせるシップと、その数をまとめて消し飛ばすだけの破壊を生み出すキャロと、その火力を内包(ないほう)できるカルツたちだ。



「いいえ」



 姫さまは首を振る。



「それを全て一つの装置へと変えるあなたが一番恐ろしいですし、凄いのですよ。謙遜(けんそん)は美徳ですが、その対象が危険性であればそれは隠蔽(いんぺい)と言いますから」



 気を付けて下さい! とビシっと指差して気丈に姫さまは笑った。


 それに対して僕は答えない。


 無力の身の上でありながら、あらゆる意味で危険人物であるそんな僕を含めた五人と恙無(つつがな)く同行している姫さまが一番凄いと思っていることを口の()(のぼ)らせない。

 折角の笑顔を困った顔に変える理由はない。



 そうして、それぞれの居場所から追放された僕らは互いを凄いと思いつつ、それ以上に恐ろしいと思いつつ、旅を続ける。

 解散するその日まで。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



偽名:クラス・クラックラック


略称:クラス


属性:リンク


魔力量:桁違い


追放パーティ:××××(プライバシー保護)


追放理由:■■■■■■■■■■。そして協調性に欠ける。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



偽名:ラルフ・ラフドロール


通称:姫さま(byクラス)


属性:なし


魔力量:なし


追放パーティ:出身国


追放理由:■■■■■■■■■■。しかし協調性に長ける。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 ※ ※ ※




【side:カルツ】



 ゲテモノ趣味が高じて追放された、収納魔法の使い手、追放者パーティの一人。

 カルツことカルツ・トロジカルツリー。


 彼は宿に帰ってすぐ、一階にある待合室と休憩所を兼ねた(ひら)けた場所でどこかへと連絡を取っていた。


 奇妙な造形の、電話のような魔法具である。

 マスクのように口を完全に覆っているので声が()れないが、例え洩れたとしても、このパーティに一々(いちいち)休憩中に他のメンバーの動向を気にするやつなんかいない。



「第二十五次報告。《()()らされた兎魚区(うぎょく)》の殲滅(せんめつ)完了です」


「ええっ! 今日? 今日やっちゃったの?」


「はい。むしろ今日が限界でした。私は守らなくてはならないのですから、《毒沼(どくしょう)()びる山椒魚(さんしょううお)》を」


「ええ……でもカルツには悪いけど、別に片方が殲滅されたからって、あたしたちがもう片方を討伐(とうばつ)しなくていい理由にはならないような……」


「そこはそれ、ライルが根回しをすればいいのです。具体的には調査報告書を改竄(かいざん)すればいいのです」


「いいのですって!? ばれたら懲戒免職(ちょうかいめんしょく)じゃすまないんだけど!?」


「その時はその時です」


「助けてはくれないんだね……」



 カルツは追放者パーティにありながら、未だ自身を追放したライフス研究会と繋がっていた。


 スパイというには、元より追放者パーティに仲間意識というものはないのだが……

 というか、『追放者パーティ』という名称からして、すでに俗称(ぞくしょう)の域を出ない適当なものである。


 それと繋がっていると言ってもライフス研究会の、元同輩の女性一人だけだ。

 しかも情報の改竄を打診(だしん)しているあたり、スパイというのはどちらかというと相手の女性の方である気もする。



「罰として実験体になって、寄生性の顫動虫(せんどうちゅう)温床(おんしょう)になったら助けてあげますよ」


「うえぇ……」



 ゲテモノ趣味と周囲から言われるカルツは、今回の討伐対象の選定に怒っていた。


 《飼い馴らされた兎魚区》と《毒沼を帯びる山椒魚》。


 どちらも長期的に見ると環境に対する危険性が高く、しかし喫緊の危険性が低いことと、その割りに討伐難易度が非常に高いこと。

 対処すべき危険生物など他にいくらでもいるということで今まで放置されてきた二種類だ。


 しかしこの度、長らく冷戦状態を保っていた某両国が、和解とまでは言わなくとも歩み寄りをするというアピールに、この長らく手付かずだったどちらかの討伐を行うことを決定したのだ。


 そして、見た目には可愛い《飼い馴らされた兎魚区》と、見た目から怖気の走る《毒沼を帯びる山椒魚》、当然討伐対象は後者になる。


 怒ったのはカルツのような極々一部であり、ほぼ全ての人々が賛成した。



 しかし、山椒魚へと両国協力の元、討伐隊が派遣される前日、()()()()()()()()()()により兎魚区から生物が根絶した。


 同時に、兎魚区が消えた謎により、その近くに棲息(せいそく)していた山椒魚にも変質が認められた。

 よって、明日の討伐は中止し、再調査を要するものとする。



「みたいな感じでお願いします」


「みたいな感じって……肝腎(かんじん)なところがふわっとしてるし……」


「お願いしましたよ、ライル。言うことを聞いてくれなかったら顫動虫の苗床(なえどこ)にしますからね」


「そんな真っ直ぐに脅迫しないで……というか、温床と苗床って何が違うの……?」


「そちらからは何か連絡はないのですか?」


「うーん、あ、そうだ。兎魚区とか山椒魚を調べていた市井(しせい)の研究者が、どうも失踪しているらしいです」


「疾走?」


「あの、いえ、走る方ではなく……」


「ふむ、まあ普通に考えて山椒魚に()まれたんじゃないのですか?」


「どうでしょう……研究室を兼ねてた自宅の方も(もぬけ)(から)になっているようですし」


「分かりました。頭の片隅に置いておきましょう。そろそろ一時間ですので、これで」




 ※ ※ ※




【side:シップ】



 傲岸不遜(ごうがんふそん)が高じて追放された順逆路の魔法の使い手、追放者パーティの一人。

 シップことシップス・ボトルネック。


 彼は宿に帰ってすぐに、屋上へと足を運んだ。

 屋上であることに意味はなく、誰もいないことが主眼だった。


 宿の部屋から近ければ近いほど良い。

 基本的に、普段の彼は物臭(ものぐさ)だ。



「調子に乗るなよ、主様(ぬしさま)


「ああ? 何のことか知らんが、調子には乗るもんだろう。俺様の調子なんて、俺様が乗ってやるしかねーんだからよ」


「そうやって自己を適当に乖離(かいり)させるからオレのようなもんが生まれたんだ。そっちに関しても自重(じちょう)しろ」


「自重なんて常にしてるだろう。(みずか)らを(おも)んじていることにかけて俺様の右に出る(やから)はいねえよ」


「言葉で遊ぶな」


「禁止ばっかしてつまらくねえの? お前」


「主様が奔放(ほんぽう)過ぎるからオレが(いさ)めてやるしかないのさ」



 シップに負けるとも劣らない居丈高(いたけだか)な彼女はシップと言葉を交わす。彼女の姿はシップにしか見えない。


 彼女――ネイクス・バトルシップはタルパである。


 大凡タルパとは(それが本来において正しい意味であるかはともかく)、イマジナリーフレンドのことを指す。

 ただしシップの場合特殊なのは、彼女が意図せず自然発生的に出てきたことと、彼の魔力量が莫大(ばくだい)過ぎて精霊化しそうな気配があることである。


 しかし精霊を生み出したとなっては面倒な事態になることは目に見えているので、シップはこうして人目のない場所で会話する。

 彼女はシップの指揮下にないので、別に話し掛ける場を問わないのだが、今のところは空気を読んでいるようだ。


 別人格であると同時に彼女は彼自身でもあるので、シップが唯一不遜を許す相手だ。



「で? 何の件で俺様が調子に乗ってるって?」


「生物種一つ絶滅させたくらいで高揚(こうよう)してるなよ、主様」


「別にそういう意味で機嫌が良いわけじゃねーよ。単に政府の決定の逆を突いたからな、ざまーねえぜと思ってるだけだ」


「《飼い馴らされた兎魚区》と、《毒沼を帯びる山椒魚》か。あれらは別に人間が思っているほど環境に(あだ)なす存在ではなかったのだがな」


「ん? そうなのか?」


「二つの種は相互減殺(そうごげんさい)していたのだ。兎魚区が一定量増え過ぎると、地形的にある一点に流れ込む。しかしそこは山椒魚の影響下だった」


「ああ、それで死ぬのか」


「いや、そこまでの毒性はまだない。それにあれらの"可愛さ"は最早呪いの域だ。もし死んでいると知ったら山椒魚は別の場所へ生息域を変えるだろう。ただ――」


「ただ?」


無性(むせい)奇形児(きけいじ)が生まれるのだ。よって、そこから先は増えない。同時に、山椒魚の方もその影響下の拡大によって自身の毒性を増すが、」


「そっちはそっちで兎魚区に食われている訳だ」


「そう。本来、放っておいても環境を破壊する類にはならん」


「はあん。しかし俺様たちが片方殺しちまったぜ? いや、どうせ俺様たちが何もしなくとも、もう片方が明日殺されていたんだが」


「それについては心配ない」


「あ?」


「山椒魚の方も、なぜか死んでおる」


「なんで? いや、そんなことはどうでもいい。お前、何故そんなことを知ってる?」


「何となくな。オレには生物の生死が伝わってくる。魔力回路があるほどの大きな生物だけだがな。一応、大抵の人間も含まれる」


「いよいよ俺様の手を離れたもんになってきたな、お前。まあいいけど」


「ふむ。近くで、また二つの命が死んだようだ。町中だから、人間だろう」


「どうせシロあたりだろう。そろそろ時間だから戻るわ」




 ※ ※ ※




【side:シロ】



 音もなく鮮血が飛び散り、肉片が舞い踊る中、刃毀(はこぼ)れした廉価(れんか)なナイフの捨てる音だけがカランと響いた。

 死体は二つ。


 生体は一つ。


 殺人癖が高じて追放された索綜的の魔法の使い手、追放者パーティの一人。

 シロことシロップ・ハットドリップ。


 彼は宿に帰ってすぐ、再び夜の町へと消え、今路地裏で人間二人を殺害したところだった。



「神よ。生け贄を捧げる愚行をお許し下さい」


『許すも許さないも何も、あたしはそのようなもの求めていないのですが』



 壁をすり抜けて、少女のような姿の()()が現れる。

 それは光輝くような神々しさも、神秘を体現するように浮遊してもないが、明らかに次元の異なる存在だった。


 影の付き方が、路地裏に差し込む光を無視して落ちている。

 声の響き方が物理現象を介していないように響く。


 しかしシロは驚くことも(かしこ)まることもなく、少女の姿のそれに普通に話し掛ける。



「言ってみただけです」


『いつも聞いていますが、その殺人に意味はあるのですか』


「今日はあると答えてみます」


『ならば問いましょう、どのような意味があるのですか』


「あなたに捧げる贄です」


『最初と同じことを言ってますよ。言ってみただけだったのでは』


「言ってみただけですと言ってみただけです」


『神を小馬鹿にするのはやめた方がいいですよ、貴方の運命的に』


「ボクの運命なんて気にするあなたじゃないでしょう」


『そうでもありませんよ。ほら、この前教えてあげたではありませんか。二つの種族の相互減殺について、研究者の名前を』



 ここで言う二生物とは、言うまでもなく《飼い馴らされた兎魚区》と《毒沼を帯びる山椒魚》のことである。



「珍しくキミが名指しで教えてくれたから、殺すついでに痕跡抹消(こんせきまっしょう)したけど、結局あれって何だったの?」


『口調が崩れてますよ……まあ今日は持った方でしたか』


「少女の姿だとどうしてもね」


『あと、別にあたしは殺せと言ってはいません。研究資料の隠滅を(ほの)めかしただけです』


「どうしてそんなことを? というか、それをボクに言った時点で研究者が死ぬことは分かっていたと思うけれど」


『あの二生物はあたしの管轄(かんかつ)ではありませんから。人間の近くに生息しているのが目障りだっただけです。研究者の方は必要経費です』


「目障りって……キミ絶対神じゃなくて悪魔か何かでしょ。いや、いっそ合わせて邪神とかなのかな? そもそも、人間を愛している風なのにボクに()(まと)う理由って何?」


『今更な質問ですね。それに、わたしは人間を愛してはいませんよ。管轄内の生物群だから一応守ってあげてるだけです』


「愛のない台詞だね。ボクの殺人を許容しているのはじゃあ、面倒だからってことなのかな」


『いえ、許容も何も貴方も守るべき人間生物なのですから、そんな貴方の行動を制限したら意味が分からなくなりますよ』


「ああ、善悪ではなく総体としての人類って訳か」


『それに、貴方は見ていて面白いです。どうしてあたしの姿が見えるんでしょうね』


「さあね、キミが分からないことはボクには分かるはずないじゃないか」


『そうとは限りませんが』


「じゃ、そろそろ時間だから。この死体二つとも食っちゃっといて」


『食べませんよ。貴方はあたしを何だと思っているんですか』


「でもキミと喋ってるせいで処理できなかったんだから、任されてよ」


『神を顎で使おうとは。本当に貴方は貴方の運命に興味がないようですね』


「凄まないでよ。怖いなあ……あ、そうだ。二生物って言ったけどさ、ボクたちが殺してない方って本当に討伐隊に殺せるの?」


『その心配はしなくていいですよ。もう死んでますから』


「へ?」


『貴方たちのパーティの肥溜め、クラス・クラックラックが裏でこそこそと殺してました』


「肥溜めって……何でクラスだけそんな辛辣(しんらつ)なのさ。確か、前に管轄が違うって言ってたけど、あれ? もしかしてクラスって人間じゃないの?」


『人間ですよ。ただ、わたしの管轄外なだけです』


「ふうん?」




 ※ ※ ※




【side:クラス】



「あの、すみません。折角の休憩中なのに」


「いいよ、別に。やることもないし。それで、話って何?」


「ええっと……」



 姫さまは後ろを振り返る。

 つられて視線を移すと、そこにはキャロが眠っていた。宿に帰るや否やすぐに荷物を置いてベッドに横になったのだ。


 孤独癖が高じて追放された爆裂の魔法の使い手、追放者パーティの一人。

 キャロことキャロットル・オールオレンジ。


 普段大体いないのに、自由行動中にはこうして拠点で寝ていたりする。


 ……しかしこうやって見ると本当に女に見えるな。



「いいんじゃない? 寝てるから聞いてないだろうし、もし聞いていたとしてもキャロなら吹聴(ふいちょう)しないでしょ」



 それは信頼というより、何かを風聞させるほど他者と会話する姿が想像できないという意味だ。

 しかし姫さまは僕の発言をどう取ったのか笑顔になり、



「はいっ!」



 と答えた。



「それより、呪いは大丈夫なの?」



 姫さまと僕らに掛けられた呪いは全部で三つ。と、括弧書(かっこが)きで一つ。


 一つ、僕らから()()()()離れると姫さまは死ぬ。


 漠然(ばくぜん)とした呪いなので一定以上と言う他ないが、五人全員が姫さまから離れると死ぬのだ。

 しかも範囲には波がある。


 今夜みたいに珍しく範囲が広がると(それもまた姫さまの感覚的な感覚なのだが)、休憩と言って五人はばらばらになる(今日は僕とキャロが近くにいるけれど)。

 それも近辺かつ一時間と取り決めているが。


 括弧書きで一つ、姫さまが死ぬと僕らも死ぬ。


 これは、まあ厳密には呪いじゃない。

 僕が一つ目の呪いを無理矢理、二つ目の呪いにリンクさせて僕ら五人を巻き込んだだけだ。


 こうでもしないと、キャロあたりはお構いなしにいなくなるし、シロあたりは姫さまを殺すだろう。


 ともあれ二つ目、僕らは姫さまに嘘が()けない。


 まあこれは別に真実を話さなければならないということでもはないので、それほど気にしなくていい。黙っていればいいのだ。

 僕以外は。


 そして三つ目は――



「大丈夫です! 今日は調子が良いのです」



 胸を張って答えた声で、僕は適当に考えていたことを打ち切る。



「それは重畳(ちょうじょう)。でも無理しちゃ駄目だよ」


「はい。負担はほとんど感じません。それより、あの、さっき小動物の殲滅中に裏で何をしていたか訊いてもいいでしょうか……?」


「構わないよ」



 僕は快諾(かいだく)する。

 これが僕にとって二つ目の呪いが例外的に気にしなければならない点。


 簡単に言うと、『僕』と言うパーソナリティは、姫さまに問われれば答える。

 答えてしまう以上、嘘を吐けないという縛りが非常に()(つか)うことになる。


 というのも、姫さまに嘘を吐いた時にどうなるのか誰も知らないからだ。

 そもそも吐けるのかすら知らない。こればかりは試してみるわけにもいかない(もし死んだらまとめて道連れである)。



枝葉末節(しようまっせつ)から話そうか。ほとんど知ってる情報だろうから、簡略化するけれども」


「はいっ、お願いします!」



 目をキラキラと輝かせているが、ここからする話に面白い点など一つもない。

 しかし僕は口を(にご)らせることなくつらつらと語る。


 これは一体どういう感情からの発露なのだろう?



「僕らが殲滅した《飼い馴らされた兎魚区》ってさ、"飼い馴らされた"っていうのは"兎魚"に掛ってるんじゃなくて、"区"に掛ってるんだよね。もっと言えば"区"に(かか)ってるっていうのかな。つまりは、()()()()()()()()という意味で、"土地"と言うのはそこに住む他の動植物を含んでいるんだよね」


「ふへー、そうだったんですか。飼い馴らすっていうのは、かわいらしさからですか?」


「そう、あれは殺すのを躊躇わせ、保護欲をそそり、罪悪感を与える。例え餓死しかけの狼を放り込んでも、狼は食うの躊躇って最終的には餓死を選ぶ。ほとんど常時発動している呪いと言ってもいい。例え奇跡的に狼が一匹殺せたとしても、その後、魔術回路を介して罪悪感を増幅してくるから性質(たち)が悪い。遅行性の猛毒みたいなもんだ」


「猛毒なら、魔術回路のない私はともかく、他の四人はどうして?」


「それはね、分担だよ。四人とも魔法装置を組み上げはしたものの、あくまで部品であって、その組上げと発動はこっちが()()ってる。そして請け負ってるはずの姫さまは、その効果を見るまでは知らなかった。まあ、そんな相手じゃ可愛らしさによる罪悪感の増幅も十分には通用しないさ。当然、それは彼らの非人情的さ加減が前提となるものではあるけれども」


「じゃあ、あの時私に覚悟云々の話を振ったのは、そっちに意識を逸らすためのものだったってことですか?」


「気休め程度だけれどね。あ、そうだ、あの時、明らかに覚悟を決めるまでの時間短かったよね」


「途中でくしゃみしてしまって引き金を引いちゃいましたから」


「ああ……なるほどね……」


「じゃあ、その事情を知っているあなたがあそこにいたら罪悪感で死んでいたからどっかに行っていたってことですか?」


「その可能性もないでもないけれど、それは副次的な理由。真の理由はもう一方の危険生物の方さ」


「もう一方と言うと《毒沼を帯びる山椒魚》の方ですか。カルツさんがその素晴らしさを語っていました」


「じゃあ説明は省略しようか?」


「早口でいまいちよく分かりませんでした」


「そっか。それはしょうがない。二重の意味で」


「なのでお願いします」


「まあ、そっちで寝ているキャロには聞かれてもいいけれど、カルツには聞かれたら殺されちゃうからね。僕が殺されるってことは姫さまが死ぬってことで、姫さまが死ぬってことは全員死ぬってことだから、みんなのために、ここから先は箝口令(かんこうれい)で」


「はいっ。黙っていればいいんですね!」


「そ。で、だ。兎魚区はそんな感じで、『殺せないけれど、殺傷能力はない』ような風潮(ふうちょう)があるけれど、実は罪悪感という強大な武器がある。殺せるまでいくことがあまりないから見逃されがちな点だけれど……いや、案外、政府はそれを分かっているから山椒魚の方に討伐対象を選んだのかもしれない。国だって馬鹿じゃないからね」


「それは、成功した方が被害が大きくなるという意味ですか?」


「そもそもどうやって討伐するのかから謎ではある。それに引き換え山椒魚は討伐成功したら問題ないし、例え失敗しても何人何十人が汚染されるだけで済む。しかしいずれにせよ、討伐難易度が高いのは兎魚区と同等だ」


「同等……とはいえ、そちらはかわいらしさではないんですよね」


「むしろ見るだけで精神が参るような生物だよ。喜ぶのはカルツくらいだろう。《毒沼を帯びる山椒魚》はね、概念的には生物ではなく現象に近い。意思を持った現象と言った方がいいかな。殺しても、毒によって汚染されていた場所から、()()()()()()()()()


「汚染そのものが存在としての山椒魚というわけですか」


「そ。一応やや小さくなるから、無意味ではないんだけれどね。放っておくと成長限界がないから、際限なく大きくなっていく。非常にゆっくりとだけれど……マリモみたいなもんだよ」


「マリモって何です?」



 ここで僕は一瞬言い淀む。

 が、聞かれたからには答える。



「あー、姫さまは見たことがないんだっけ」


「はいっ!」


「小さな丸い苔の生えた球体で、湖の底で、何百年もかけてゆっくりと大きくなるんだよ」


「なんだか悠長な植物ですね」


「ま、大きくなり続けると言っても、大きくなりすぎると波の影響を受けやすくなって形が崩れてばらばらになるんだけれど」


「ほへー。見てみたいですっ」


「話逸れちゃったね」


「山椒魚についてでしたね。普通には討伐できないという話でした」


「そ、だから(から)()で殺すしかない」


「カルツさんが怒るって言った時から分かっていましたけれど、その言い方っていうのはつまり、あなたがいなくなった時……」


「裏で山椒魚をついでに殺していた。いや、ついでだから殺せたと言った方がいいかな」


「一体どうやって?」


「罪悪感」


「ん、ちょっと待って下さいね。考えます」


「どうぞ」


「うーん……罪悪感ってことは兎魚区を殲滅した責任を山椒魚に負わせたってことになるんでしょうけれど……あなたの魔法で繋げたんですか?」


「ほとんど正解。けれど僕の魔法はそれほど便利じゃないよ。あるものを繋げられても、あったように仕向けることはできない」



 再びの思案顔(しあんがお)、そして沈黙の後ぽつりと呟いた。



「私……ですか」


「そう。姫さまは魔術回路がないという極まった劣等だから、絶滅に対する罪悪感の増幅がスルーされる。で、僕はそれを山椒魚に繋げただけだ。元々、山椒魚のせいで兎魚区が広がらないことを、無意識的にせよ漠然と分かっていただろうから、極々ちいさな罪悪感が極限まで膨れ上がる。で、破裂する」


「ついでだから殺せた……」



 納得したように僕の言葉を繰り返す。

 その裏にある感情までは、読み取ることはできなかった。


 だから水を向けてみる。



「さて、勝手に罪悪感の増幅装置にされた姫さま。説明は以上です。感想は?」


「私の劣等を長所に変えるのは、とても素晴らしい事だと思いますっ」


「……いい子だね」



 僕は困ったように苦笑しようとして、失敗する。


 実際的な影響はなくとも、ほぼ不死身と言える危険生物、山椒魚を絶命させるような強烈な魔力の奔流(ほんりゅう)だっただろう。

 それは決して心地いいものではなく、無意識的にでも何か体内で(きし)むような違和感があったはずだ。



 あの時、見ようによってはやや気落ちしたような姫さまが出迎えてくれたのは、決して絶滅を見ていたからショックを受けていただけじゃない。



 その苦しさをおくびにも出さず、ただ、何があったのかを聞くだけの姫さまを利用する僕は、


 僕は――?



「困ったように苦笑しようと失敗して、悲しい顔になってますよ」



 姫さまが困ったような顔になる。



「そう言えばさ、人はどうして集まるんだろうね」


「はい?」


「魔法という無尽蔵とも言えるエネルギーを扱えるなら、わざわざ当然の顔をして集団を形成する必要はないんじゃないかって考えたことない? 魔法を扱える時点で人間は、窮屈な枠組みから離れてみても良いと思うんだよ」


「そういう人もいると聞きますけれど、」



 急に話を逸らしたのにも関わらず、姫さまは即答する。

 真摯な顔で。


 実際これは話を逸らすための設問であって解答は簡単だ。

 人類よりも魔力も魔法も長けた存在生物がいる時点で、むしろ人類はより強固に団結しなければならない場面が多いのだから。


 しかし姫さまの回答は予想とは別のモノだった。



「でも、人は必要だから集まるんじゃありません。人は寂しいから集まるんです」



「……ふうん、僕たちは必要だから集まってるんだよ」


「ふふふ、あなた方はそうかもしれませんね」



 笑った後、一つ気付いたように、



「それは私のせいなのでしょうか?」


「そうだとしても、気に病む必要はないよ。姫さまは指嗾(しそう)する楽しみでも楽しめばいいのさ、将来は人の上に立つ姫なんだから」


「そんなことしません。それに指嗾って、あなた方が私の思い通りに動くとは到底思えませんし」


「そんなことないさ」


「そうでしょうか……?」


「そうさ。そんなもんだ。さて、そろそろみんな帰って来る頃合いじゃないかな」


「そうですね」




 ※ ※ ※




 今回のオチ。


 翌朝起きると、姫さまが小動物と(たわむ)れていた。



「えーっと、姫さま。それは何?」


「この子ですか? 鞄の中に入っていたんです。すごい懐いてるんですよっ! ……毒あるっぽいから(さわ)れませんけれど」



 それは兎のようだけれど、胴体はやや細長く、動きは魚のように蛇行するように、まるで地面を泳ぐように姫さまの周りを回っている。

 体の流れに遅れて耳が揺れ、動きが非常に可愛らしい。


 しかし見た目の可愛らしさを感じるには、一つ、見逃せない点があった。

 毒々しく、毒々しく、極めて毒々しい模様が額にあって、それは体の毛色にもところどころ線を描いている。


 紛れもなく、それは《飼い馴らされた兎魚区》と《毒沼を帯びる山椒魚》の融合したとしか言いようのない生物だった。



「おお、これは素晴らしいですね」



 カルツが快哉(かいさい)を上げる。



「惜しむらくは、少し毒の部分が少ない点ですかね。これが全体に渡ったら、更に非常に素晴らしい生物となるでしょう。いや、いや(いな)、可愛らしい生物に混ざっているのが、より際立っていいとも言えますね……割合を逆にするのが一番いいかもしれません。溶けかかってるような意匠(いしょう)になるでしょう」


「なるでしょうって、好き勝手なこと言わないでくれよ。ボクは嫌だよ、そんな生物。気持ち悪いし、毒性生物は殺しても面白くないんだよ。これくらい可愛いいならぎり大丈夫だけれど」



 カルツの好き勝手な物言いにシロが反論をするが、好き勝手度合いで言えばどっこいどっこいだ。



「姫君が決めればいいんじゃねえの? 俺様は頼まれたってそんなの好きにしたくもねーけどな」



 カルツとシロがどうするかの話をしている中、誰かが何かを言えば逆を言うのが通例のシップが、やはり逆の事を言う。


 仮に姫さまの好きにするような論調で話せば、彼は何というだろう?

 『好きにしたくない』というのは本音っぽいから、売ってしまえと言うだろうか?



「鞄っていうのはあの時カルツの魔法陣から吐き出された鞄っすか?」



 キャロが会話に入ってきた。

 会話の途中でもふらりといなくなる時があるから油断はできないが。



「はい。早朝整理していたら、出てきたんです」



 姫さまはいつも誰よりも先に起きる。朝に強い姫さまである。



「あー、失敗したよ。そう言えばヒメの鞄は索敵外だった。あの一瞬で一匹入り込んでいたんだね」



 シロが頭を()きながら呟くが、そこに悪びれる素振りはない。

 横からカルツが首を傾げながら姫さまに問う。



「しかし謎ですね。どうしてこのような模様が出たのでしょう? 姫様の鞄はそのような毒性を与える(たぐい)の鞄なのでしょうか。でしたら私の荷物と共に私の魔法陣に入れておくのはできれば断りたいところですが」


「そんな危ない鞄じゃないよっ!」


「あー、そう言えば山椒魚が死んだって()()()が言ってたな。確か死んだら汚染先に発生するんだろう? それが失敗しちまったってことなんかねえ?」



 唐突にシップが山椒魚の死を暴露したので、僕と姫さまは一瞬固まった。

 しかしカルツは僕らの様子に気付くことはなかった。


 なぜならそのキメラを仔細(しさい)に観察してる最中だったから。

 カルツは観察しながらシップと会話している。



「どうしてそんなことを知ってるんですか?」


「どうでもいいだろ、そんなこと。第一、俺様が本当のことを言うとは限らねえんだからよ」


「まあ、たまたま生き残った一匹がたまたま突然変異種というよりは山椒魚が死んだという説を採用する方がいくらか現実的でしょう」



 実際、可愛らしさに特化した兎魚区がこうして警戒要素を(はら)むには、存在として矛盾する。

 ならば同等の危険生物からの横車(よこぐるま)があったと考えるのが正しいとしたのだろう。


 同等の危険生物とは、この場合、山椒魚の公算が大きい。



「兎魚区が一匹だけになる時を見計らって融合する為に自死したのでしょうか? 山椒魚の生態に唯一問題があるとすれば、繁殖力の低さですからね」



 都合の良いように解釈してくれたが、恐らくは僕が罪悪感で殺した時に、溶けかかった最後の一匹を生かすために魔力を全部使ったゆえのこの融合体だろう。

 それが姫さまの鞄に入ったのは、偶々(たまたま)なのか意味のある行動なのか不明だが。



「なんかカルツの仮説は違う気がするっすねー。ま。どうでもいいので、ぼくは出掛けてくるっす」



 キャロは何気に鋭い事を言いながら、珍しく退室を宣言して、いつも通り消えていった。

 呪いによって離れると姫さまが死ぬと言ってもそれはパーティからという意味で、一人くらいならいなくてもパーティはパーティとしてカウントされる。


 砂山を構成する砂粒を少しずつ減らした時、いつ砂山はなくなるのか?


 ただし当然、姫さまに負担がないわけではない。

 それを一切気にせずいなくなるのは、キャロのキャロらしさだ。


 何となく"キャロらしさ"で許してしまうあたり、彼は兎魚区と似たような洗脳染みた何かを帯びているかもしれない。

 爆裂の属性をどう応用するればそうなるのか想像も付かないが、そもそも僕らは互いに全ての能力を開示していない。


 シップがなぜ山椒魚の死を知っているのかも、そういう意味では不明だし。

 


 ともあれ下手人が僕であることを、カルツに露見しなければそれでいい。

 どうやら興味は、旧山椒魚ではなく現融合体の方に向いているようだし。


 表面的に何もなければ、世は全て事もなし。


 融合生物と戯れる姫さまを眺めながら、僕はそんなよしなしごとを思考した。


 と、



「あ」



 姫さまに融合生物がかする。



 こうして、僕らは互いにすれ違いながら、(たが)っても噛み合いながら、共に行動を続ける。

 呪いの解けるその日まで。


 あるいは、全滅するその日まで。


 それはあるいは、今日かもしれない。




(THE END)




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