勝利の選択肢
「新たに確認されたナンバーズを《ウインド》と命名。圧倒的な機動性を有し、現在千歳基地にて確認されたナンバーズの中では最大警戒機体として対策を考案中……か」
「虎門さんはそのナンバーズを見たんですよね? 何か気づいたこととかありませんか?」
「あるわけねぇだろ。無茶苦茶速い、これしか分からん」
虎門と天間の二人はコーヒーカップを片手に新たに配布された資料を読み込んでいた。
二人が基地司令から言い渡された指令は、次の襲撃に備えてナンバーズを攻略法の立案。本来なら隊長である衣月と協力しなければならないのだが、流石にこの状況で彼女にこの話題を振るのは無神経だと判断し、天間に協力を仰いだのだ。
「攻略法……現状一番速度が出せる《雷導》でも敵わなかった奴、どうすれば……」
「速さで張り合えないなら罠でも仕掛ける……ダメだ、常に《メビウス》からの援護射撃やら、《グラッパー》からの妨害やらが来るかも分からない状況で罠に誘導なんて現実的じゃねえ……」
「翔華さんが見たという、もう一機はどうです? あれが指揮官機の可能性は……」
「《ヌル》の事か」
《ウインド》の他に、もう一機確認されたナンバーズ。それは《ハミングバード》のレコーダーに映っていた。
つるりとした頭部に、赤黒い装甲。脚はそれ自体がブースターとなっており、顔の中心では煌々とモノアイが光っている。
あまりに特徴が少なく、戦闘中も《メビウス》に守られてばかりで、ただただ宙に浮いているばかり。そこからヒカリが《ヌル》、「虚」と名付けたらしい。
「確かにその可能性はあるかもな。ただ何もしていないのに、《メビウス》はあいつを必死に守っていた。《ヌル》が有人機……とまではいかなくとも、何らかの指示を飛ばしているのは間違いない」
「なら、《メビウス》を引き離してそいつさえ討ち取れば……!」
「そうだなぁ、良い案かもなぁ。さて、メビウスを引き剥がすまでに何人死ぬかな」
「あ……」
虎門の一言に、天間は口を閉じる。
ナンバーズとの二回の戦闘で生じた被害は、甚大なものだ。人員やSWにも限りがある。おいそれと補充出来る訳ではない。
迂闊な作戦では、いたずらに被害を出すだけになってしまう。
「あーあ。こりゃ八方塞がりか。もういっそのこと横須賀基地の討伐部隊に救援要請送ってみるか?」
「あっちはあっちでナンバーズの対策に追われているでしょう。こっちに来る余裕はないかと」
「そうだよなぁ……」
「何を困っておられるのかな、お二方」
と、近くに見慣れたメニューと金髪が二人の目に入る。
いつもの整備服とは違い、今日は私服だ。
「ヒカリさん。こんにちは」
「おぉ、ヒカリちゃん。助けてくれない〜? 野郎二人じゃ良い作戦なんか浮かばねーよ」
情けない声で懇願する虎門を見て、天間は何とも言えぬ表情になる。
ヒカリの方はというと、フィッシュサンドにかぶりつきながら話し始める。
「私としては鹵獲して欲しいかなー、なんて」
「前にも言ってましたねそんなこと」
「倒すのも無理じゃねとか言われてるのに、捕まえろは無茶言いすぎだよヒカリちゃん」
「やっぱり若い脳味噌に頼らなきゃならないのかもねー。……そうでしょ、衣月ちゃん?」
ニコリと笑いかけた少し先。
そこにはもじもじと立ちすくむ衣月の姿があった。
「衣月さん!」
「お、隊長復活か? そいつは心強い」
「さ、作戦、少し、考えてみたんです。わ、私のなんか役に立つか分かりませんけど……それでも、今の私に出来る事から、始めたくて」
「良いんだ。今はどんな意見だって聞きたい。……何より、こうして顔見せてくれただけでも、俺たちとしちゃ嬉しいからさ」
虎門の言葉に、衣月はほんの少しだけ笑顔を見せた。
「まず作戦を提案する前に……これはナンバーズの鹵獲、そして《ヌル》の撃破、双方が狙える作戦であること、そして……現状戦力で行うには全部隊との連携が必要不可欠な事。そして何よりこれを知って置いて欲しいです。……成功する確率は、決して高くありません。それでも、良いですか?」
虎門と天間は、何の迷いもなく頷いた。
「……分かりました。それでは説明します。まずーー」
〜〜〜〜〜〜〜〜
「と、いう訳で、作戦考えてきましたよ、基地司令官殿」
虎門は纏まった報告書を基地司令のデスクに置く。
千歳基地司令官、大圓寺収蔵。細い眼光にたっぷり蓄えた髭。元パイロットらしく、年老いているようには見えない体つきだ。
大圓寺は報告書に目を通し始める。しばらくの静寂の内、鼻で笑った。
「桐城隊長。君は、本当にこの作戦が成功すると思っているか?」
「……っ」
笑ってはいるが、その鋭い目が笑っていないのは分かる。思わず怯んでしまった。
「確かに、面白い作戦だ。若いからこそ思いつく独創的な発想だと思うね」
「ではーー」
「だが実戦で通用するかどうかは別だ。ただでさえ相手は未知の存在。どれだけ被害が出るかも分からない、それでもやるか?」
凄まれた。
手の震えが止まらない。呼吸が浅くなる。
だがもう逃げたくない。逃げ出したらきっと、隊長にも、あの人にも、追いつけない。
ーー 真っ直ぐな目だ。今時珍しい。将来良い隊長になるぞ、君は ーー
「ええ、やります……やらせてください!! 責任は全て自分が負います!! だから、だからどうか…………!!!」
「何全部背負おうとしてんだお前は」
突如ドアが蹴り開けられた。後ろを見ると、衛兵に組み付かれている流星の姿があった。
「流星!? 何やってんのお前!?」
「止まりなさい!! 謹慎処分を下しますよ!!」
「大圓寺の爺さん、あんたなら分かるはずだ」
衛兵を振り払い、虎門を押しのけ、衣月の肩を引っ張って大圓寺の前に立つ。
「この作戦が成功する確率が低いのは知ってる。これ以外に案があるなら言ってくれ。結局のところ、決定はあんたが下すんだ。だが敢えて言わせてもらう。爺さん、こいつの作った作戦が、ただ一つの、ナンバーズに勝てる勝利の選択肢だって事を俺は確信した。責任なら、こいつの作戦に賛成した、第二部隊全員で取る。さぁ爺さん、今すぐ、この場で、あんたの選択を聞かせてくれ!」
しばらく静寂が続く。
そして、大圓寺の口元が動いた。
「……ふ、ふはは、はっはははははは!!! 言ってくれたなぁ、仙郷の坊主!! ったく、そこまで言われたらやるしかない!! 良いだろう、お前達の作戦、採用だ! 準備は私がやっておこう、下がってよし!!」
豪快に笑う大圓寺と、安心したように息を吐く流星。二人以外は、一体何が起きたのかよく分からずに呆気にとられていた。
「え、え? 流星と基地司令官殿、知り合い?」
「大圓寺の爺さんは、俺の……養父の親友だ」
「あぁ、私の部下だった仙郷の養子だってのは、流星が移ってきてから知ってはいたんでな。まさか、ここまで大物になるとは思わなんだ! はっはははははは!!」
「……あ〜、俺もうついていけねえや…………」
衝撃的な出来事の連続に、元から青白い虎門の顔が更に青くなっていく。
「どうして……?」
「あ?」
「どうして、私の作戦に……あそこまで言ってくれたの?」
「単純だ。この作戦が一番成功する確率が高いと判断しただけ。……物量戦で行くよりはマシ、程度だが」
最後の一言を言う前に、流星は不自然に顔を背けた。まるで何かを誤魔化すように。
「流星君……」
「さて、賽は投げられた。ちゃんと成功させろよ、桐城隊長」
「っ! ……うん!」
続く