天空の覇者
ナンバーズは凄まじい速度で飛行。《雷導》も必死に食らいつくが、付いていくのがやっとなほどの速度だ。その姿は正に、吹き荒ぶ暴風だった。
「最初から飛ばすぞ、《雷導》!!」
流星はブースターを全開にする。悲鳴にも似た爆音が轟き、《雷導》の速度が飛躍的に加速。ナンバーズの胴にビームソードを突き立てようと迫るが、ナンバーズはすぐさまそれをビームランスの穂先で受け止めた。
それを打ち払い、《雷導》を蹴り落とす。流星は咄嗟に空中で体勢を立て直すが、ナンバーズは追い打ちをかける様にビームライフルを乱射。
流星もビームライフルで応戦する。しかしなんとナンバーズは加速しながらそれらを躱し、《雷導》へと肉薄。再びビームランスを突き出した。
「化け物だな……!!」
本来なら避ける場面を、流星はブースターを全開にナンバーズへと突進。
ビームランスの穂先は《雷導》の頬を掠め、《雷導》のビームソードがナンバーズのアイラインを掠める。
そのまま通り過ぎ、二機は急反転して振り返る。そして更に刃を重ねる。
だが単純な力比べではナンバーズの方が上だった。ビームランスを振り抜き、《雷導》を吹き飛ばした。流星は一度ビームソードをしまい、ビームライフルを撃ち放つ。
するとすぐにナンバーズは飛翔。凄まじい速度で《雷導》から距離を離す。
「そうだ……鬼ごっこに付き合ってやる!」
スラスターとブースター全てを点火、《雷導》は一筋の流星の様に飛ぶ。
ナンバーズは確かに速い。だが全ての推進力を発揮した《雷導》を振り切るのは不可能だ。身体が砕けんばかりの速度で、その背に迫る。
ビームソードが、突き立てられようとした時、
ナンバーズの首が僅かに。こちらを向いた。
次の瞬間、ナンバーズのバックパックがスライド。小さなスラスターが大量に露出し、胴体と噛み合うような音が響く。
そして、その姿が忽然と消えた。
「…………」
流星が周りを見渡そうとした時より早く、ナンバーズが《雷導》の背後からランスを突き出した。
「何っ!?」
咄嗟に機体を翻したが、左のマニピュレータを貫かれた。速度が乗った一撃に、《雷導》の機体は回転し、海面へと落下していく。
すぐに流星は操縦桿を切り返し、体勢を整えた。
だがナンバーズの猛攻は止まらない。突き出されたビームランスをビームソードでいなすが、反撃の隙は見つからない。高速で飛び回りながら繰り出される一撃に、《雷導》の装甲に焼け跡が刻まれていく。
このままでは拉致があかない。流星が《雷導》を飛翔させようとブースターを全開にした瞬間だった。
突如背部のブースターが暴発、それに続くようにスラスターの出力が下がり、機体が海へと落下したのだ。
「こんな時にガタが来たか!!」
空中を華麗に飛ぶ《雷導》も、海に落下すればただもがく事しか出来ない。幸いまだ浸水はしていないが、それも時間の問題だろう。
何より今は、自らを高みから見下ろす脅威がいる。
ゆっくり、ビームライフルの銃口が向けられた。
しかしそれはすぐに下げられた。
そしてマニピュレータをヒラヒラと左右に振りながら、風のように去って行った。
バイバイ、といった風に。
通信から、他のナンバーズも撤退したようだった。
「……見逃してやる、ってか」
流星の心境は複雑だった。
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格納庫に運び込まれた《雷導》を、流星は静かに見つめていた。
機体に染み付いた焼け跡、グシャリとひしゃげたバックパック、かつて負った傷の中でも一番酷いものだった。
その時、背後から歩み寄る人物に対し、流星は小さく呟いた。
「これは、お前のせいでもあるんだぞ、ヒカリ」
「…………」
ヒカリは何も言わない。謝罪も、言い訳さえも。それが流星の感情を滾らせた。
「何とか言ったらどうだヒカリ!! 《雷導》の整備を出来るのがお前だけなのは、お前自身が一番よく分かっている筈だ!! 何で来なかった!?」
「……衣月ちゃんを、放って、置けなくて…………」
弱々しく告げられたヒカリの言葉に、流星は一瞬黙り込み、やがて小さく笑った。
「…………ハッ、放って置けない、か。親友が撃墜されたのを知って、彼奴も戦場に出る気になれば良いんだがな」
「流星、そんな言い方……!!」
「お前が言えた事かよ!! ……誰彼構わず構いたくなるのは、昔から変わってないんだな! 」
流星は吐き捨て、ヒカリの元を去っていく。
後を追うことは、ヒカリには出来なかった。あそこまで流星がやられたのは、自分にもある。流星が言ったことは正しい。
昔からそうだった。
目先の困った誰かを助けようとしてばかりで、何度も大事なものを失いかけた。
今回だってそうだ。あの時自分が《雷導》の整備を万全に行っていれば、流星も、翔華も、危険な目に遭わなかったのかもしれない。
だからといって、あんな状態の衣月を放っておく事、自分には出来ない。
ヒカリは手すりにもたれかかり、身体を縮めるように座り込んだ。
「怪我の具合はどうだい、翔華ちゃん?」
「ちょっと右手が痛いくらいですよ! それよりもこんなところで寝てる場合じゃ……あ、いったた…………!」
立ち上がろうとした翔華は包帯で固められた右腕を抑え、ベッドに倒れこむ。
無理もない。右腕の関節がありえない方向に曲がっていたのだ。命に別状はないとはいえ、その痛みは想像を絶するものだろう。
「なんか欲しいもんあるか?」
「特には。というか虎門副隊長はこんな所にいて大丈夫なんですか?」
「ナンバーズの動向は探りようがないからなぁ。神出鬼没なのもそうだが、今回は前より被害自体少なかった……あの新しいナンバーズも気になる」
「…………次会った時は、必ず……!」
拳を握りしめる翔華。
虎門は口にこそ出さなかったが、それは難しいと感じていた。
現状、一番の実力者であった流星が敵わなかったのだ。単機の実力、少数のチームワークでは、あのナンバーズの個の力にすら届かない。
何か、大多数の部隊を用いた作戦が必要になる。
「……そういえば、衣月は来たのか?」
「あぁ…………まぁ、はい。まだ少し調子が悪そうでしたけど、きっと衣月なら大丈夫な筈です!」
「? そう、か。なら良いけど。…………さて、俺はもう行くかな。ヒカリちゃんとデートしに行くわ」
「オッケー貰えるといいですね」
虎門はニヤニヤ笑いながら、部屋を後にした。
言える筈がない。あんな状態の衣月の様子を。
「衣月……! お見舞い来てくれたの!?」
「翔華ちゃん、腕…………」
「こんなのすぐに治るって! それより衣月、色々お話ししよ! そういえばこの前天間さんが……」
「私のせいだよね……私が、戦いに出なかったせいで、ちゃんと指示出さなかったから…………」
「い、衣月……?」
消え入りそうな声でひたすら懺悔の言葉を話し続ける衣月。その目には一切の光がない。
不安がよぎる。
「そ、そんなこといいからさ……」
「ごめんなさい……翔華ちゃん……ごめんなさい…………許して…………」
「許すも何も、私怒ってなんか……!!」
「許して翔華ちゃぁん……う、くぁぁ…………私、私ぃ…………ごめんなさい、ごめんなさいぃ……」
そこから先は、何を語りかけても無駄だった。
泣きながら、求められていない謝罪をひたすら続ける衣月。
何が彼女をここまで追い詰めたのだろう。
ナンバーズなのか、流星なのか、それとも、知らず内に自分や誰かが?
翔華の中で、疑問は渦を巻きながら大きくなっていった。
続く