風が吹き荒ぶ日
「全員、出撃準備は出来たな? ……三人しかいねえけど」
《クロウ》のコクピットの中で、虎門は苦い表情を浮かべていた。
流星がいないのはいつもの事だが、今回は隊長である衣月すらいない。あの状態で戦えという方が無茶なのは分かっていたが、それでも心の何処かで待っていた自分があった。
何より、
『…………』
『あの、翔華さん、大丈夫ですか?』
「凹むのは分かるが、あまり気負いすぎんな。衣月がいない今、俺達がしっかりしなきゃならない、だろ?」
『…………了、解』
翔華はヘルメットを被る。落ち込んだ表情を隠す様に。
衣月はどうしているのだろう。あの時自分がしっかり庇えていたら、そもそもあの時、自分がナンバーズを墜としていたら、衣月はあそこまで責められることはなかったのではないか。
そして、あの青年がこの部隊に来なければ、彼女は追い詰められなかったのではないか。
「……お、俺達の番だな。さぁ、出撃するぞ」
虎門の合図と同時に、三機は飛び立った。
いつまで経っても、ヒカリは来ない。
整備士達が必死に《雷導》の出撃準備を進めているが、そのペースは明らかに遅い。
普段はヒカリの指示で整備を行っている上、《雷導》は元となった《燕》よりも複雑な構造になっている。千歳基地の整備士達はまだ勝手が分からないのだ。
これでは出撃出来ない。
「……仕方がないか」
流星はコクピットに乗り込む。するとそれに気づいた整備士の一人が慌てて引き止めた。
「待ってください! まだスラスターが調整不足なんです! 機体の駆動に問題が出る可能性が……」
「待てる時間はない。早くしないと、奴等何をするか分からないぞ。次こそ全機墜としてやる」
「だったら……」
整備士は指を三本立てる。
「三十分も待てっていうのか?」
「三分、下さい。最低限の整備だけはやってみせます……!!」
出撃した三人、そして基地から遅れて飛んで来た十数機の《燕》は最大限に警戒しながら飛行する。以前の様な不意打ちを仕掛けてくるかもしれないからだ。だが今は真昼。青い海が太陽の光を跳ね返す今、奇襲が可能だとは思えない。
「だからって油断すんな。あの射程からぶっ放して来る様な化け物を常識で測ったら死ぬ事になる!」
虎門が駆る《クロウ》は編隊から離れ、後方の切り立った岩場に立つ。波が岩場を打ち付ける中狙撃銃を構え、遥か遠方を目視確認する。
「…………いたぞ! 大体五キロ先、敵は……三機か!? 一つ見覚えがない奴がいる!」
スコープを覗く《クロウ》は敵の全容を捉えた。以前見た異形の頭を持ったSWと、巨腕のSW。そしてもう一機。ドス黒い血の様に禍々しい色の装甲、細い手足とくびれた身体。つるりとした頭の中、不釣り合いなほど巨大なモノアイがギラギラと輝いていた。
「予想だと砲撃機の射程は四キロ。散開して一網打尽にされるのだけは避けろ!」
虎門の指示に従い、翔華と天間は機体を大きく旋回させる。
だが部隊のうちの数機は、加速しながら直進し始めた。
「な、何をしてるんですか!? 散開しないと砲撃機から──」
『死んだ仲間の仇討ちだ!!』
「馬鹿っ!! そんなことしたら」
直後、悲劇は起こった。
太陽の下でもはっきり見える程の熱線が走り、《燕》を飲み込んだ。近くにいた数機もビームと爆発の余波に巻き込まれ、錐揉み回転しながら空中を舞う。
「ちきしょう、ライフルの射程にギリギリ入ってねえ! 天間、翔華ちゃん、注意を逸らしてくれ。方法は任せる!」
『了解!』
『了解!』
ビームガン二丁を引き抜き、《ハミングバード》が先行する。
すぐにビームの狙いが《ハミングバード》の方を向く。しかし翔華の身体は以前と違い、機体に慣れていた。
側転する様にビームを回避。そしてすぐに飛行。続いて飛来するビームを上方向へ回避する。まさに花の蜜を吸うハチドリの様に軽やかな動きで翻弄していた。
すると前方から、ビームソードを携えた巨腕のナンバーズ、《グラッパー》が現れた。間髪入れず振り下ろされた一撃を、宙返りで躱す。翔華はすぐさまビームガンを連射するが、やはり肩の角らしきパーツに引き寄せられ、散らされてしまう。《ハミングバード》の武装では歯が立たない。
「なら僕がやります!!」
二機の間に割って入った《コンドル》がビームソードを振るう。《グラッパー》はすぐに対応して受け止めるが、拮抗する力で競り合うビームソードから火花が降りかかる。
『翔華さん、《メビウス》ともう一機を頼みます! こいつは僕が抑えますから!!』
『分かりました!!』
飛行する《ハミングバード》。すぐに砲撃機、《メビウス》からビームが襲い掛かる。
その時背後からのビームが、《ハミングバード》を狙ったビームに衝突し、打ち消した。
『援護は任せとけ、翔華ちゃん』
虎門の声と共に、《クロウ》のビームスナイパーライフルから撃ち出された熱線が横を通り過ぎる。少し離れた場所で火花が散っているのを見るに、全て命中させている様だ。
自分も負けていられない。
《ハミングバード》を加速させ、《メビウス》へと肉薄する。
そして遂に辿り着いた。レドーム状の頭部から小さなモノアイがこちらを睨み、携えたビームライフルを向ける。
「させるわけないでしょっ!!」
すぐにビームガンを乱射。高速でばら撒かれるビーム弾は《メビウス》の巨大な頭に焼き跡を刻む。更に《クロウ》からの援護射撃。それを両腕の電磁シールドで弾くが、二機の猛攻にいっぱいいっぱいのようだ。
翔華は一つ、引っかかっていた。
仲間がこれだけ追い詰められているにも関わらず、後ろにいるナンバーズはそれを傍観するばかり。助けはおろか、逃げようとすらしない。
意図が分からない。
「このまま押し切ってやる……衣月をあんな目に合わせたあんた達を……!!」
『退がれ!! 上から来るぞ!!」
突如響いた、流星の声。
言われるまま上を見上げた翔華の目に映ったのは、
「あ……!?」
装甲が斬り裂かれる鈍い音。
右腕から右足を貫かれ、そのまま蹴り落とされる。三半規管が狂いそうなほど機体が回転し、海へと落下した。
着水の衝撃と同時に、翔華は頭を強く打ち、腕が鈍い音を立てる。意識が暗転、抗う術もなく機体が海へと沈んでいく。
「遅かった……!!」
流星は《雷導》の腕を伸ばし、海に沈みかけていた《ハミングバード》を引っ張り上げた。項垂れたまま動かない機体をすぐさま担ぎ、旗艦へと戻ろうとする。
だが翔華を襲った機体が目の前に立ち塞がる。
胸部の巨大なV字アンテナ、頭部に走るラインの中心で煌々と光る眼、翼にも見える大型のバックパック。その手には穂先からビーム刃を発する、槍の様な武器を携えている。
「こいつを抱えて戦うのは無理だな……」
恨めしそうに呟く流星。しかし《ハミングバード》を掴む手を離そうとはしない。
『流星! 翔華連れて逃げてくれ! 俺が援護する!』
虎門の声が響くと共に、ナンバーズの背後からビームが飛来する。狙いは胴体。パイロット、又は動力を狙ったつもりだった。
だがその時、信じられない事が起こった。
ビームが当たるその瞬間、ナンバーズの姿が消えたのだ。後に残ったのは残光のみ。
「嘘だろ……!? 消えやがった……」
「……いや、消えたんじゃない」
上を見上げる。
そこでは先ほどと変わらぬ姿勢でこちらを睥睨するナンバーズの姿があった。
ナンバーズは挑発する様に右手を招く。
「……こいつを頼む。彼奴は……俺が狩る」
「おい流星待て! 奴はやば……おっと!?」
言い切る前に、投げられた《ハミングバード》をキャッチする。
雷導のブースターが点火、高速で上昇する。衝撃波で海面が波立ち、《クロウ》の機体が煽られる。
「……邪魔は無しにしてくれよ、なぁ?」
ビームソードを二本引き抜き、真っ直ぐ突っ込む。
ナンバーズのブースターから、発光する粒子の量が増えていく。
「…………勝てるわけないのに」
少女は笑う。
「私のお兄ちゃんは、誰よりも強いんだから」
ナンバーズのブースターが煌めくと共に、雷導に向かって突進する。
ビームソードの刃とビームランスの穂先が、激突した。
続く




