革命の序曲
少しの間、コール音が鳴り続ける。相手が出るまでそう時間はかからなかった。
「もしもし、ヒカリです」
『あぁ君か。連絡を入れたということは……例の件だな』
「はい、お返事を頂きたく思いまして」
訛りのない英語に対し、ヒカリも英語で返す。
『答えはイエスだ。君達が前金として送ったこの設計図……私の国ではまだ実装はおろか考証すらされていないだろう。機構を知りたい』
「なら契約は……」
『結ぼう。我々も新たなSWの開発に協力させて欲しい。……ところでMs.ヒカリ、我が社以外にもいくつか企業と契約を結んでいるそうだが……』
「はい、もちろん技術は共有の財産として取り扱います」
『素晴らしい! 我々のような中企業では大企業と軒を連ねる事は難しかった。君達のおかげで、私達は奴等より先を歩める!』
「貴方達中企業や小企業が大企業に勝てる武器こそ技術力です。それらを結集させれば、大企業を超えることも不可能ではありません。……それではこの日に本契約の為の会合を」
やがて日程が取りまとめられ、また一つ企業との契約を取り付けた。
「ありがとう雪音。貴方が世界に蒔いた革命の種、私達が育て上げてみせる」
『白金』や『日本自由の会』の不正や汚職が明らかになった際、実は世界にも同様の情報がばら撒かれていた。しかしスキャンダルに食いついたのはマスコミだけ。各国の政府はもう一つの情報に釘付けとなっていた。
ナンバーズが使用していたSWや艦の情報である。軍事大国となった日本に遅れを取っていたことに焦りを感じていた政府は、すぐさま国の大企業にこれらを与えて盛んに開発を進めた。
だが世界の大企業はこの情報を他の企業へ明らかにはせず、共有しようとしなかった。何も知らされずに用途の分からない部品を作らされ、自分達が今までに整えた兵器の生産ラインは一気に削減される。中小企業らは元々抱いていた不満や妬みを膨れ上がらせる事となった。
そこに衣月は目をつけたのだ。
「ちゃんと匿名にしてたみたいだけど、分かっちゃうんだな〜。《ウインド》を再起動する時に使ったのをちょっと弄ればね」
《ウインド》の再起動に用いた技術は元々、雪音達の元を訪れた際、皆に内密で解明したもの。《ウインド》の機能の大半が故障し、内部データをプロテクトするプログラムが破損していた為に出来た、偶然の産物である。
その時、ヒカリは《ウインド》のAIが他の物と違うことに気がついた。《ヌル》からの指令を傍受していないにも関わらず、《ヌル》の元へ戻らなければという内容の信号を発していたのだ。
義務ではなく、意思。ヒカリはそう思った。だからあの時《ウインド》を逃したのだ。様々な情報と引き換えに。その中には機密情報を保護したり、逆にそれを解除するためのものも含まれていた。
当然ナンバーズがこんな仕掛けを意図的に仕組む筈がない。だとすればこれを、ナンバーズは想定していなかったのだろうか。
AIがプログラムを無視するだけの自我を持つことを。
「どうしてあんなことが起きたのか、まだ分かってないんだけどね……でも一つや二つ、科学では分からない不思議なことがあったって良いと思わない?」
ヒカリは語る。今だに音信不通の、かつての友人に向けて。
《ウインド》が見せてくれた情報の中には、神剣が語りかける動画や、ナンバーズの面々が整備を行う動画などもあった。そしてその中に、彼の姿も映し出されていた。
ヒカリは彼の姿を大学で少し見ただけだった。いつも雪音と一緒にいて、とても仲睦まじい様子だった為だ。あの中に入る事は出来ない。だが彼が優秀な事は人伝てに聞いて知っていた。
「まっさか、ふふ、彼がナンバーズにいたなんて……彼ならこの日本に、世界に、革命を起こせたかもしれない……」
だがもう彼は、七海空哉はいない。
だからこれからは残された者達が彼の意志を、夢を継いでいくのだろう。
自ら望んで彼の意志を継いだ雪音と、知らず内に彼の理想の実現を志した衣月。
望んでいるのは、この国の変革。歪んだ日本の破壊と新たなシステムの構築。
ヒカリも、流星も、意思は同じ。
変わらなければならないのだ。歩みを止めてはいけないのだ。止まってしまえば、またいつか腐り果てた国へと戻ってしまう。世の中には流れがある。今までの流れを断ち切らなければならない。
その為には国を形作るシステムに干渉出来るだけの力が必要なのだ。かつての『白金』のように。
その方法として、衣月は新たな力とそれを提供する為の巨大な組織を作る事を選んだ。
『白金』や他国の大企業に並ぶ、多国籍企業連合の実現。絵空事、夢物語。聞いた誰もがそう言って嘲るであろう夢は、現実の世界に生を受けようとしている。
最初はどの企業も信用しなかった。しかしヒカリが様々なデータや設計資料をちらつかせると徐々に警戒心は薄れ、そしてある『切り札』の情報を取引条件にした瞬間、彼等は心奪われた。
今では賛同する中小企業が続々と集まり、中にはある程度力を持つ企業も同盟を結びたいと申し出ている。
皆が釘付けになった『切り札』、それは現状ヒカリか雪音にしか実現出来ないものだった。
《ウインド》が持つ重力粒子生成装置の連結機構。さらにはそれを応用した、《サンダーコメット》が持つ重力粒子生成装置と既存バッテリーの共有機構。
機構の不安定さ故にナンバーズが実戦使用を見送ったものを、重力粒子生成装置の安定性を増したナンバーズのSW──《フェイスレス》達のデータを用いて改修したのである。
現在、全てのナンバーズのSWは海へと没し、《サンダーコメット》は重力粒子生成装置とシステムに厳重なプロテクトを掛け、ある場所へ一時的に封印している。見つかる事はないだろう。これらの技術が漏洩する事はない。
本契約の際に渡す情報はコードでブロックされており、同盟者以外には決して中身を見れない仕組みになっている。仮に大企業のスパイが持ち逃げたとしても、こちらの許可がなければただの容量が大きいゴミでしかない。
この仕組みならば、国のシステムに干渉するだけの影響力を得るのに時間はそうかからない。
「衣月ちゃん達の計画は簡単には潰せない。誰にも邪魔されずに開発を行える。そうなれば……」
そしてもう一つ、ヒカリにとって最も重要な目的があった。
「次世代のSWを作れる筈!! その時日本は本当の意味で、世界有数の軍事大国になれる!」
衣月と雪音の夢が日本の革命ならば、ヒカリの夢はSWの革命。
日本の革命には力が必要であり、その力であるSWの革命には、軍事面で企業の一極化による偏りが生まれている日本の革命が必要。ただの情だけではない、利害の一致もあってこその協力なのだ。
衣月は現在第二部隊隊長としての激務をこなしながら、裏でこの計画を進めている。懸命な呼びかけもあってか、賛同した優秀な整備員やテストパイロットも徐々に集まってきている。この企業が設立すれば、世界に置いてきぼりを食らいつつある日本政府は、軍は、縋るしかなくなる。
いずれは『白金』すら呑み込んでみせる。ヒカリの目にはいつもの天真爛漫な光はなく、野心に満ちた凶暴な光に変わっていた。
「大国がSWに重力粒子生成装置を搭載するにはまだまだ時間が必要。私達が勝つか、大国が勝つか……楽しみ」
こちらにも課題は残っている。新たな試験機を量産する為の機構、装甲や武装の調整、試験場の確保、人員の補充、予算。生半可なものではないが、決して不可能な事ではない。
貴女はきっと、私の考えを、私達の目指す世界を分かってくれる。そうでしょう、雪音?
いつまでも待ってる。貴女を迎える新しい居場所と仲間達を用意して。
ヒカリの机に置かれた一台のデスクトップパソコン。その画面には一機のSWが映し出されている。
《燕》や《蓮華》とは全く異なる容姿をした機体は、微かに《サンダーコメット》と《ウインド》を彷彿とさせる姿をしていた。
『革命』の序曲は既に始まっている。
ヒカリは大量の資料と契約書が納められたUSBメモリを摘み上げ、恍惚とした表情で呟いた。
「どうか……この国の『革命』が成就しますように」
これにて、この作品は完結となります。
最後まで読んで頂いた読者の皆様、及び『革命ガ始マリマシタ』作者、XICS様へ心より感謝申し上げます。
ありがとうございました。




