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私の願い

 

「……神剣が、やられたらしいな」

 白髪混じりの黒髪をした壮年の男が静かに切り出した。

 今この場には男と七海のみ。神剣の駆る《ヌル》の反応が消失してから数日経ち、つい先日、死亡認定を受けたのだった。

「有人制御の《ヌル》と随伴機を倒した千歳基地、彼等も討伐部隊に並ぶ脅威と、認識を改めなければ……」

「いいや、彼等はしばらく動けないよ。投入された大半の戦力を、零奈ちゃんがやってくれたからね。千歳基地はしばらく、他の基地に力を貸す余裕なんてない」

「無駄ではなかった、と」

「少し違うかな。無駄にしちゃいけないんだ、咲宮君の命も、零奈ちゃんの命も。彼等が戦い抜いた記憶を」

 いつになく真剣な表情の七海に壮年──由利(ゆり)浅葱(あさぎ)は頷いて返す。


 元々テスト用に開発され、《2》から《5》が完成すると同時に解体、廃棄が決定した四機のSW。

 その四機を家族と言って救った幼い少女もまた、世界と家族から棄てられた者であった。


 由利は忘れられない。話す機会こそ少なかったが、会う度こちらに笑顔を向けていた神剣を。

「あの子には話したのか? 真実を」

「話したさ。分かっていなかったけどね。……本当は分かっていないフリだったのかも」

「真実をありのまま受け入れるには、まだ若かった。我那覇も、本当は……」

「さて、僕は失礼するよ。まだ彼女へ手向けを送っていなくてね」

 由利との話を打ち切り、七海は部屋を去ろうとする。


「チーフ、聞かせてくれ」


 七海の足が止まる。



「この『革命』の先には、我那覇や神剣のような子供が生まれない世界があるのか? 俺達のような人間が生まれない世界に変わるのか?」



「……それは、『革命』を成し遂げた後に分かることだよ」



 いつものように軽く言ってみせた七海の顔は、笑っていなかった。




 我那覇はクマのぬいぐるみを手に抱え、空になった部屋に立ち尽くしていた。

「……? どうしたの?」

 そこへ通りかかった赤城が気づく。部屋の中は元々物が少なく、赤城も神剣の死を知らされた後に片付けをしていたのだが、そこに我那覇の姿はなかった筈だった。

「そのぬいぐるみ……」

「私ね、正直、彼奴が苦手だった」

 赤城が声を掛けると、我那覇は独り言のようにポツポツと話し始めた。

「いつもニヤニヤしてて、こっちの話は聞かないし、SWのことお父さんお母さんって…………でも、さ。いなくなったら……なんか、モヤモヤして」

 我那覇の顔は赤城からは見えなかった。だが微かに震えるクマのぬいぐるみが、彼女の感情を代弁していた。

「そうだよね。だって仲間だったし。死んだら悲しいに決まってる。でも……なんだろう、この気持ち」


 悲しい、とは違う、胸に異物がつっかえたような気持ち。


「もっと彼奴の事、零奈のこと、分かってあげられたのかなって……」

 赤城は目を伏せ、静かに我那覇の肩に手を置いた。慰める言葉は必要ない。

「あの子の事を思うなら…………前に進みましょう」

「…………」

 赤城の言葉に我那覇は大きく頷くと、クマのぬいぐるみを部屋の中央に置き、部屋を後にした。

 暗くなった部屋、閉められる扉の先でクマのぬいぐるみは二人を見送り、やがて暗闇の中へ消えていった。







 時は過ぎ去り、ナンバーズが討伐部隊によって壊滅。残ったメンバーが降伏したことにより、真の意味で事件は収束したかのように思えた。





 しかし、ある者から撒かれた『革命』の種が一斉に芽吹き始めた。


 何処からか流出した様々な情報が、マスコミによって一斉に報道され始めたのだ。『白金』や『日本自由の会』が犯した不正や汚職、更には沖縄で起きた事件まで。ありとあらゆる真実が、抑えようのない本流となって日本を呑み込んだ。


 事件に関わった『白金』の経営陣は軒並み逮捕。事態の収束と信用の失墜を抑える為に新たな経営陣へと一新される事となった。しかし国民や軍からの信頼はほとんどなくなり、また一からの始動になることだろう。

 同じく『日本自由の会』の議員達もバッシングに晒され、支持率は急落する事態へ陥った。再び国民から支持を得る為に、どれ程の時間と成果を必要とするのか。それは誰にも予想できない。


 そしてその影響は、千歳基地にも表れていた。


『白金』が内部対応に追われ、SWの供給などに難が現れ始めていたのだ。更にはナンバーズによって被った被害の立て直しもほとんど終わっていない。未だに未修理なSWも多数存在している。


 そして、千歳でのナンバーズ討伐の功労者である第二部隊はというと、重なる事情聴取によって疲労困憊となっていた。


「……あの政府から来たお偉いさん、街で会ったら間違ったふりしてズラ剥ぎ取るかな」

「馬鹿なこと言わないで下さい虎門さん。いくらヒカリさんがまだ帰ってこないからって」

「だってもう四時間だぞ? 何だってヒカリちゃんだけこんな……」

「《ウインド》を逃したのが余程気に入らなかったんだろ」

 流星、天間、虎門の三人は待機室のベンチに仲良く並んで座り、疲れ果てたような溜息を吐き出した。

 かれこれ交代で何時間もまともな休憩も取れないまま尋問が続いていた。第二部隊に聞かれる内容は同じ事である。


 何故、《ウインド》を逃したのか。

 重力粒子を用いた機体がこの千歳基地にあるというのは本当か。


 それに対する流星達の返答も同じ、


 知らない。

 余裕がない。

 覚えていない。


 シラを切り続ける第二部隊と政府の高官。どちらが先に折れるかの我慢比べと化していた。

「つっても、お偉いさんなんてつい最近入れ替えられたばかり。まだ長時間業務なんて慣れてないだろうさ、気長に待……」

「虎門さんダメです! 寝落ちしちゃダメですってば!!」


「あ〜、はい…………みんな分買ってきましたよ〜」


 白目を剥いて倒れかけた虎門の前にブラックコーヒーが差し出された。見るとそこには自販機から大量のコーヒーやエナジードリンクを買い込んだ翔華がフラリと立っていた。しかし瞼は下がりかけている。

「お疲れ様です……」

「随分眠そうだな。……っと、コーヒー貰うぞ」

「何であんたと衣月は平気そうにしてるわけ……?」

 恨めしそうな目を向け、翔華はエナジードリンクを一気に飲み干した。

「そういえば衣月さんは会議でしたっけ……」

「何なのよもう〜! 私達はただ必死に……!」


 その時、取調室の扉が開く音が聞こえた。ヒカリと誰かが話す声が少しの間続き、そしてひょっこりとヒカリの顔が皆の前に現れた。

 しばらく無表情で流星達を見ていたが、やがていつもの笑顔を浮かべた。

「みんなお疲れ様〜! 事情聴取終わり! 私達は何にも知りません、日本の為に全力で戦いました! 《サンダーコメット》なんて機体存在しません! 終わり!」

「やっと終わった〜!!」

 虎門は突っぷすと同時に昏睡。天間と翔華も目を擦りながら自室へと戻っていった。


「あとは衣月だけか……」

「心配?」

「当たり前だ」

「もう、隅に置けないなぁ流星ったら」

 嬉しそうに肘で流星の背中を突くヒカリ。うんざりした顔をしながらも、流星は衣月の無事を祈るばかりだった。




 大圓寺が席に着くと同時に、議論が開始される。各部隊の隊長達や上層部の者達など、千歳基地に所属している全ての人員が召集されている大会議。

 その中に、まだ所々包帯を巻いた衣月も出席していた。


 次々と飛び交う意見。しかしそれらは全て基地の予算削減やSW再配備、修理費の予算調整についてがほとんど。

 それらも早急に対処しなければならない案件であることは確かだ。しかし実際に戦闘へ赴いた隊長達の思いは上層部とは少し違っていた。

『ナンバーズ』との戦闘で散っていった隊員達。もう二度とあのような悲劇を生まない為にはどうすれば良いのか。それを知りたかった。

 しかし不用意な口出しは自分、更には部隊員にまで飛び火する可能性がある。黙っている他なかった。



 と、そこで大圓寺が新たな話題を切り出した。


「あー、その話題についてもだが、一旦私の話を聞いてくれ」

 その一言で、部屋が一気に静まり返る。

「つい先程、千歳を襲ったナンバーズのパイロットの情報が届いた。名前を神剣零奈。……僅か十歳の、少女だったそうだ」


 続く言葉に部屋が再び騒がしくなる。何故そんな歳の子供が、一体何の理由で。


 その時、ある言葉が衣月の耳に届いた。



「そんな子供に手こずっていたのか!?」

「何をやっていたんですかね、この基地の隊員達は」



 隊長達の目の色が変わった。

 あの場にいなかったお前達に何が分かると、仲間達を失った辛さが分かるのかと、あの機体の恐ろしさを理解していないのかと。しかしそれらを口に出せない今の状況に、自分の歯を砕かんばかりに食いしばる他なかった。


「そんな事を話している場合なんですか」



 そう、隊長席から誰かが発したこの言葉が響くまでは。

 誰が発言したと上層部の人間が言う前に、発言者は立ち上がった。


「君は……第二部隊隊長、桐城衣月少尉」

「勝手に発言してしまい、申し訳ございません」

「勝手に発言した事もそうだが、私達が問いたいのは発言内容についてだ」


 声は穏やかだが、静かな苛立ちがその目に現れている。他の上層部の人間も同じだ。

 しかし衣月は全く怯まない。かつては発言すら出来なかった彼女の姿はそこにはもういなかった。


「言葉の通りです。私達が議論しなければならないのは、今回のような事件を再発させない事の筈」

「それだったら今やっている、君はその邪魔を──」

「今している議論は、日本を以前の状態に戻す為のものじゃないですか? それじゃこの日本は全く変わらない。またいつか、第二のナンバーズの様な集団が現れるかもしれません」

「君の様な若造には分からないかもしれないがね、世の中というものは複雑な絡み方をしている。容易にシステムを組み替える事など……」



「それでも!! 私達は、変わらなくちゃいけないんです!! そうじゃなきゃナンバーズとの戦いで散った人達の命も……ナンバーズの人達の想いも無駄になる!」



 衣月の言葉に上層部の人間達は気圧され、隊長達は息を呑んだ。ただ一人大圓寺だけが、黙って衣月の話に耳を傾けている。


「私はナンバーズとの戦闘の折、僅かですがパイロットの話を聞きました。幼い少女でさえ、その複雑なシステムの犠牲になってしまう国で良いんですか!? 彼女達がこの国の『革命』を望んだ理由を、私達は考えて、引き継がなくてはいけないんです!」

「君はテロリストの思想に傾倒しようというのか!?」

「彼らのやり方が正しいとは思いません、でも私はその想いを、願いを、全て否定する事なんて出来ない!」


「桐城少尉」


 白熱する衣月と上層部の議論に、とうとう大圓寺が口を開いた。その目は鋭く、衣月の真意を汲み取ろうとしている様に見える。


「君の考えは伝わった。それで、具体的にどうすればこの国を変える事が出来るのか。是非とも聞かせてくれないか」

「大圓寺司令!? 何故このような者の戯言を──」


 大圓寺は上層部の方を見ず、衣月の返答を待つ。


 やがて覚悟を決めたように、衣月の口が開かれた。



「『白金』に並ぶ新たな軍事企業の設立、政府、軍の審査を行う第三機関の設立と拡大……未熟ながら、現在浮かぶ案はそれだけです」

「ば、馬鹿な……それだけ、それだけだと!? 自分が絵空事を言っているのを理解しているのか!?」

「今話しているのは私と桐城少尉だ! あとで文句はいくらでも聞くから黙っていてくれ!」

 話に割って入ろうとした上層部は大圓寺の怒号に口を閉じる。


「話は分かった。第三機関の強化は今政府が行なっている。世間からの目が厳しくなったからな……。しかし、『白金』に並ぶ新たな軍事企業の設立か……面白い、実に面白いがな…………」


 大圓寺は静かに語るが、その目には衣月を試す様な色が見え隠れする。以前、《ウインド》の鹵獲作戦を提案した時と同じ。


「それを実行するには莫大な時間と予算がいる。宛はあるのかね? 先に断っておくが、千歳基地は無理だぞ、SWの再配備や人員補充で揉めに揉めているからな」

「もちろん、宛はあります」

「ほぅ、何処だ?」

「今はお教え出来ません。まだ確実ではないので……このことを快く思わない方々もいらっしゃるようですし」

 衣月の言葉にまたしても上層部は怒りを露わにする。しかし二人はそれに目もくれない。


「ですが私達には『切り札』がある。それが私の絵空事を、現実に近づけてくれる筈です」

「はは、随分な啖呵を切ったな。面白い、どうなるか先が気になるが……私達としては認めるわけにはいかない。実現すれば少なからず世はまた混乱に陥る。それこそ少尉が言っていた、第二のナンバーズになる可能性がないわけじゃない。……話は聞かなかったことにしてやる。部屋から出ていきたまえ」

「…………失礼致しました」


 衣月は深々と礼をすると、会議室から出て行く。背後からは「当然だ、無礼者が」という上層部の悪態と、「彼奴、本当に桐城か……?」という隊長達の驚きの囁きが耳に入る。

 扉を閉める際、衣月は少しだけ振り向く。その先には大圓寺の小さな笑いが見えた。


 ── バレない様にやれよ ──


 そう言っている気がした。







 それから再び、時は少し過ぎて。



 隊長としての業務を終え、衣月は日課である場所に向かっていた。

 信号待ちの最中スマートフォンへ目を落とす。しかしある人からの返信は来ていない。


 除隊したと聞いて数ヶ月、一定周期で送っているのだが、どうやらメールを開いている様子すらない様だ。


 日本を取り巻く環境は、刻々と変わりつつある。


 世界では新たなSWの開発が進められ、この時期になり様々な機体が発表された。今はまだ日本の方が性能、パイロットの練度共に上だが、いずれ抜かれてしまうだろう。


 だが衣月は数ヶ月、何もしていなかったわけではない。あの会議で言い放った絵空事は着々と現実に近づいている。

 もちろん軍には内密に進めている。折角育て上げた苗木を摘み取らせるわけにはいかないのだ。


「……あれ?」

 衣月は辿り着いた先であるものを見つけた。


 この場所は基地に近い埠頭。大海原を望む場所。かつてナンバーズ達と死闘を繰り広げた場所がよく見える。ここに小さな墓が立っている。日本の複雑で、歪な流れに翻弄された少女の墓が。


 そこには既に、誰かが献花していた。ここに死者を悼む贈り物を供えるのは衣月と流星だけ。関係のない人間が供えるとは思えない。

「流星君…………だよね、きっと」

 そう結論づけ、衣月は菓子と花を隣に供える。

「零奈ちゃん……」

 何と声をかければ良いのだろう。

 もう何を言っても仕方がないというのに。日本が変わったとしても、それを見せてあげることは出来ないのに。



「先に来てたのか」

「わっ」


 後ろからかかった声に驚き、肩が跳ね上がる。

 流星が立っていた。その手には供えものらしき花がある。

「あれ、じゃあこの花は……?」

「何の話だ?」

「う、ううん、何でもないよ」

 衣月は笑って誤魔化した。

 入れ替わりになり、流星が花を供える。あまりにも小さい墓だが、それを慰める様に花が取り囲んでいる。

「……あの件は上手くいってるのか?」

「心配しなくても大丈夫。ヒカリさん顔が広いから、想定していたよりもスムーズだよ」

「そうか」

 ならば良いと視線を墓に戻す流星。その首元には、数日前に衣月が贈ったペンダントがかけられている。


 一人じゃない。沢山の仲間がいる。そして何より、自分を支えてくれるパートナーがここにいる。

 衣月はしゃがみ、流星を後ろから抱きしめる。寄りかかる様に。

「? どうかしたのか?」

「ちょっと疲れちゃった。……少しこのままでいい?」

「あぁ」


 互いの体温を共有し合う。


「流星君…………日本は変われるかな? 私はこのまま、進んでもいいのかな?」

「お前は迷わないで自分のやりたい事を貫けばいい。道を間違えた時のために、俺がいる」

「……流星君」


 衣月は頭を流星の方に委ねる。甘い香りに流星が戸惑い上を見上げると、暗くなってしまった空に一条の光が走った。



「そうだな…………不安なら流れ星に願えばいい。少なくとも気は晴れる」



 流星が呟くと同時に、夜空に次々と流星が現れた。


 今日は流星群が見える日。



 沢山の人の願いを乗せ、きっとそれは叶うと希望を振りまく。


 流星は小さな、小さな声で自分の願いを流れ星に託した。



「衣月の夢が、叶いますように……」



続く

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