一緒
《サンダーコメット》が出撃し、皆がナンバーズとの決着を固唾を呑んで見守る中。
第二部隊が乗艦する《鷲羽》には、あるSWが静かに眠っていた。
密かに修復された《ウインド》である。
武装と装甲は全て取り外され、剥き出しのフレームも未だに傷跡が残っているが、重力粒子生成装置はほぼ完全な状態に復元されていた。
その《ウインド》へ、数人の兵士が近づく。いずれも第二部隊やこの艦の隊員ではなく、他の部隊の者達である。
兵士達が《ウインド》へ触れようとした時だった。
「やめた方がいいよ」
突然響いた声に、兵士達は驚いた様に振り向く。
「何か不都合な事があるんだろうけどさ、そのSWを好き勝手するのはダメだよ」
その場に現れたのはヒカリだった。いつも笑顔を浮かべている彼女の表情が、今は冷徹な印象を与える無表情。
兵士達はヒカリの方を睨み、無言で近寄ってくる。
「貴方達、『白金』から依頼されて調べに来た人達でしょう? よほど重力粒子生成装置について興味があるのかな?」
返答はない。余計なことを口走らない様にしているのだろうが、それが逆に答えのようなものだ。
「はぁ、雪音から聞いたこと、本当だったようね。…………思う存分調べれば? 適当な罪で私を拘束して取り上げてもいいよ?」
ヒカリの言葉を聞いた兵士達は互いに頷きあい、二人がヒカリの側につき、残りが《ウインド》へと再び近づいていく。
「それを彼が許すならね」
次の瞬間、《ウインド》のカメラが輝きを取り戻し、立ち上がる。付近にいた兵士達は慌てふためき、態勢を崩しながら逃げ惑う。
怯んでいる隙にヒカリは走り出し、ハッチの緊急開閉ボタンを押した。
凄まじい暴風を巻き起こしながらハッチが開く。
《ウインド》が飛び立つ寸前に立ち止まり、僅かに頭部がヒカリの方を向いた。
「……………………いいよ、行って」
ヒカリが頷くと同時に、《ウインド》は飛び立った。
渾身の一撃がぶつかり合う。
《サンダーコメット》が振るうビームソードと《ヌル》が振るうビームソードは互いに揺るがず拮抗する。
《サンダーコメット》は一旦鍔迫り合いから身を引き、再び突進。重力粒子生成装置を搭載したバックパックが生み出すエネルギーによる超加速、その速度が乗った一撃。対する《ヌル》は全身を覆う電磁シールドで防ごうとするが、機体が大きく吹き飛ばされてしまった。
『《ヌル》と互角……』
神剣は一瞬焦りを感じたが、左手のビームガトリングをばら撒いて牽制。《サンダーコメット》は大きく側転するように躱すが、神剣には分かっていた。
あの超加速は直線にしか活かせない。あの速度で変則的な動きをすれば中のパイロットは肉塊と化してしまう。だからこそ無人機の《ウインド》に搭載されたのだ。
「まさか、お兄ちゃん…………ううん、《ウインド》のバックパックをつけるなんて」
神剣はビームガトリングを撃ちながらビームソードを構えて接近。
流星は躱す事を半ば諦め、被弾覚悟で迎え撃つ覚悟を決める。背部のバックパックスラスターを全開にし、速度を乗せた一撃を振り下ろした。
しかし《ヌル》は打ち合う寸前で腕を引き、電磁シールドを展開。《サンダーコメット》の一撃の威力を減衰させた。
「ま……ずいっ!!」
急な減速による強烈な反動が流星の体を押し潰そうとするが、苦しんでいる場合ではなかった。勢いが消えた《サンダーコメット》へ、《ヌル》は一度引いたビームソードを再び突き出そうとしているのだ。
急ぎ後退しようとする。しかしバーニアが点火するより一瞬早く、ビームソードが迫って来た。
「やらせないっ!!」
《ヌル》のビームソードは堅牢な盾に防がれ、軌道が逸れた。その後至近距離からのビームライフルが放たれ、左脚のブースターユニットが破壊された。
「っ、きゃっ!?」
神剣の驚きと爆発の衝撃が合わさり、《ヌル》は大きく退いた。
「……衣月」
『今度は私も戦えるから……足手纏いかもしれないけれど、戦う』
「十分だ。彼奴を、止めるぞ」
《サンダーコメット》と《スワロー》が並び立つ。流星が助けた際に《スワロー》の右腕は半ばから絶たれているが、まだ戦う事は可能。ビームライフルを左手に携え、《サンダーコメット》から少し離れた場所へ移動、援護態勢をとる。
神剣は笑った。
何処までいっても、自分は一人なのだと。
だがこれが終われば、自分にも帰る場所がある。待ってくれている人達がいる。
コクピットのパネルを叩く。
「ごめんね、七海お兄ちゃん……悪いことしちゃうけど、許してね……?」
全てのコマンドを入力し終えた瞬間、《ヌル》のモノアイに血走った様な赤いラインが張り巡らされ、体の各部から重力粒子の揺らめきが溢れ始めた。
全ての兵器にはリミッターが存在する。過ぎた力は敵だけでなく、己をも破壊する。それを防ぐ為に。
たった今、神剣はそれを外したのだった。
『流星君……《ヌル》の様子が……!?』
「まさかリミッターを外したのか!? おい、《ヌル》のパイロット! そんなことしたら何が起こるか──」
「分かってるよっ!! だってこの子達の事はよく知ってるもん!!」
《ヌル》の腕からビームソードが出現する。しかしその長さも、太さも、異常な程増大している。
「負けられない!! もう私達は…………棄てられたりなんかしない!!!」
振り下ろされる一撃を《サンダーコメット》は高速で回避。しかし一瞬のうちに間合いを詰められ、鍔迫り合いへと持ち込まれる。
「片足が無いのにこの機動性は……!?」
『墜ちろぉっ!!』
徐々に追い詰められていく。距離を取ろうとするも、ピッタリ張り付いたまま逃がそうとしない。
「流星君!」
衣月はすぐにビームライフルを構える。しかし《ヌル》はそれに気づいた瞬間、《サンダーコメット》を突き飛ばし、ビームガトリングを掃射。連射速度が飛躍的に速くなり、即座に弾幕を形成。
両方のシールドを前面に構えて防御するが、その隙に近距離までの接近を許してしまう。
「そんなっ!?」
《ヌル》のビームソードが一閃。《スワロー》の強固な盾を溶融し、向こう側の本体ごと斬り裂こうとする。
しかし背後から、今度は《サンダーコメット》のビームライフルが襲いかかる。
だがそれさえも電磁シールドで防ぎ、二機より高い位置へ飛翔。
腹部の装甲が展開し、間髪入れずにビームを発射した。
ガトリングとは違い単調な軌道を描くビーム。避けるのは容易い。
だが腹部のビームはこれまでと違い、排熱を挟まずに連射して来たのだ。
「それ以上やったら機体が暴発するぞっ!!」
『暴発させたくなかったら早く私を殺すか…………フフ、私に殺されて?』
「ふざけるなっ!!」
残った脚目掛けてビームライフルを放つ。しかし腹部ビームによってそれすら阻まれ、逆に掠めたビームによってライフルを破壊されてしまった。
「どうしてっ!?」
と、背後からビームソードを携えた《スワロー》が割って入る。
「どうして貴女みたいな小さい子が、ナンバーズに……!?」
『教えない。だってお姉ちゃん達に分かるはずないもん…………私の辛さなんて!』
「でもこんな事したって何も変わらないよ!! 貴女みたいな人が増えるだけ! お願いだからその機体から降りて!!」
『無理だよ! だって《ヌル》は私自身なんだから!!!』
ビームガトリングを至近距離から発射。衣月は咄嗟にシールドを構えようとするが、ビームソードを握ったマニピュレータが破損。とうとう武器すら握れなくなった。
「私を助けたいならさっさと死んでよ!!」
神剣の慟哭と共に振り下ろされたビームガトリングの砲身。至近距離からの一斉掃射に、遂に右肩のシールドに穴が空いた。
「早く私達を楽にしてよ……!! っ、早く!!」
振り上げられたビームソード。しかしそれが下されるより早く、《サンダーコメット》が体当たりで突き飛ばし、ビームソードで鍔迫り合いを仕掛ける。
『まだ手加減するの!? 私は本気で、死ぬ気で戦ってるのに! 何で──』
その時、《サンダーコメット》が一瞬退き、《ヌル》の態勢を崩した。
すぐさま加速、放たれた突きの狙いは、《ヌル》のコクピットだった。
「やっと…………本気になったんだ」
右腕のビームソードで突きの軌道を逸らすが、《サンダーコメット》は二振り目のビームソードを抜刀。機体を捻り、回転させ、《ヌル》の左腕を斬り飛ばした。
『今までも本気だった。だがな……』
通信機から響いた声は冷たかった。だが、何かを堪えているかのように、絞り出したような声でもあった。
「お前の願いを、叶えてやる」
喉元にへばり付いた血反吐を吐き捨て、流星は最後の攻めを開始する。
激しく打ち合う応酬。《サンダーコメット》のビームソードが《ヌル》の脇腹を抉り、《ヌル》のビームソードが《サンダーコメット》の喉元を突き刺す。
俺は一人だった。
私は一人になった。
でも今は守りたいと思える人達がいて。
その人達の為に世界を、
守りたくて。
変えたくて。
「だから俺は……」
「だから私は……」
「「負けられないんだぁぁぁっっっ!!!!」」
二本のビームソードが《ヌル》の右腕を斬り裂き、同時に右腕のビームソードが《サンダーコメット》の左腕を斬り裂いた。
しかしそこからの対応は《ヌル》が早かった。
残った足を振り上げ、《サンダーコメット》の頭部を打ち据えた。
回転しながら落下していく。しかし距離を離すことが出来た。このままスラスターを全開にして突貫しようとした時だった。
いつの間にか展開していた腹部。そこには既に収束しきっていた光が待ち構えていた。
《サンダーコメット》は錐揉み回転から立て直したばかりでまともに回避など出来る状況ではない。
「さようなら」
視界を強烈な閃光が覆い尽くした。
このまま、この哀しい光に飲み込まれて消えるのか。そう流星が覚悟した時だった。
光を遮る影が、《サンダーコメット》の前に立ち塞がった。
小さな機体を精一杯前に出し、たった一枚のシールドと自らを盾にして。
通信機から、微かな声が届いた。
『流星君、あのパイロットを……助けてあげて』
巨大な爆発が巻き起こり、辺りに黒煙と破片が撒き散らされる。
「やった…………はは…………やったんだ、私…………!!」
しかし爆炎から落ちた機体を見た時、神剣の表情は喜びから驚きへと変わる。
落下したのは、燃え尽きた白い機体だった。
「オレンジの…………奴は…………!?」
その瞬間、煙を吹き飛ばし、揺らめきと一筋の尾を引く彗星が飛び出す。
「これで最後だ、受け取れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっ!!!!」
電磁シールドの展開すら許さない速度で突き出されたビームソードは、《ヌル》の腹部から背中を貫いた。
「あっ、ぐっ、あああぁぁぁっ!!」
コクピットにこそ届かなかったが、あらゆる機器が損傷。鉄の破片と火花が飛び回り、神剣の体を傷つける。
時間が静止したように感じた。
『…………コクピット、狙わなかったんだね』
「…………」
『ズルイよ…………ズルイ。何で最後に優しくするの……?」
「…………」
神剣の問いに、流星は答えない。答えられない。
『でもね、ダメだよ。もう…………』
流星には見えない。
神剣の体には無数の鉄が噛み付き、散る火花で火傷を顔に負っていた。
彼女の後を追うように、《ヌル》の機体も徐々に爆発を繰り返していく。
『残念…………だったね』
「…………」
『泣かないでよ……泣きたいのは、私なん、だから……!!』
神剣は涙を流す。
ごめんなさい、七海お兄ちゃん、みんな。
負けちゃった。
流星は涙を流す。
助けられなかった。自分が、弱かった所為で。
やがて、《ヌル》はゆっくりと海へと落下していく。
たった、一機で。
その時何かが《ヌル》へと接近し、抱きしめる。変わり果てた姿となっているが、流星はその姿を知っていた。
「《ウインド》……?」
「…………? 何で……? ダメだよ、一緒にいたら貴方も……」
神剣は引き離すことが出来ないため、《ウインド》へ必死に呼びかける。だが《ウインド》は離れるどころか、更に機体を寄せた。
「そ……か、一緒に、来てくれるんだ……。もう、しょうがないなぁ……」
涙が頬を伝い、血に染まったパイロットスーツへ落下した。
しかしその顔はいつも浮かべていた薄ら笑いではなく、満面の笑み。
「ありがとう…………お兄ちゃん」
その言葉を最期に、海へ落下した《ヌル》と《ウインド》は巨大な光球へ姿を変えた。
荒立つ並みの中、流星は海へ落ちた《スワロー》を引き揚げる。激しく損壊し、焼け焦げた機体を小さな岩場に乗せ、流星はふらつきながらコクピットへと向かう。
隙間から体を無理やり入れ、崩れたコクピットの中にいる衣月の元へ辿り着いた。
鼻や口から血を流し、瞼は重く閉ざされている。
「衣月!! おい、衣月!! 起きろ!」
頬を軽く叩き、力の限り叫ぶ。生きている筈だと信じて、名を呼び続ける。
「衣月、衣月!!」
「……………………うっ、ぐっ、げほっ!!」
衣月が激しく咳き込み、痰と血の混じった液体を吐き出す。
生きていた。生きていてくれた。
「流星……くん? ……っ、《ヌル》は、うっ、げほっげほっ!!」
「倒した、だからもう無理はするな! 今救助信号は送ったから安静に…………うぐ、ぐはっ!?」
衣月を落ち着かせようとした瞬間、流星は大量に吐血した。
《サンダーコメット》の機動力と《ヌル》との死闘は、確実に流星の身体を蝕んでいたのだ。
「流星君も……安静にしなきゃ、フフ、あははは!」
「……プ、ははは……!」
二人は笑いあう。戦いが終わった事を喜んで。
「あ、う、うぁぁぁ、あああぁぁぁ!!」
「う、ぐぅ、あぁぁぁ…………!!」
二人は涙を流しあう。
幼い少女を犠牲に掴み取った、勝利に。
続く




