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虚無の崩落

 

 《ヌル》の腹部にある発射口が閉じ、背部バックパックから大量の蒸気が排気される。


 相対する《スワロー》のシールドも黒い跡が残っている。元々《メビウス》のビームキャノンにも耐えうる様設計されたシールドなのだが、それに焼け跡を残すほどの出力。

「あんな隠し球が……!」

 《ヌル》の巨大なモノアイが《スワロー》へと向けられる。


「次は……あいつ」


 右腕からビームソードを発生させ、高速接近。衣月もすぐさまビームライフルで応戦するが、ブースターと一体化した脚部による変則的な機動によって全て避けられてしまう。

 ビームソードが迫る。衣月は咄嗟に機体を捻り、肩のシールドで受け止める。そのまま至近距離からビームライフルを撃ち込むが、すぐに《ヌル》も全身に電磁シールドを張り、ビームを弾いた。

 離れ様に《ヌル》は左腕のビームガトリングを乱射して牽制。《スワロー》のシールドを前面に構えて防ぐものの、中々隙を見せない。

「ただの時間稼ぎで終わらせない、少しでも!」

 意を決してシールドを構えたまま突進。ビームソードを抜き、射程に入った瞬間突きを放つ。

 神剣は一瞬怯んだが、再び電磁シールドを展開する。ビームソードとシールドが衝突し、行き場を失ったエネルギーが辺りを飛び回る。

「もう…………さっさとやられちゃえばいいのに!! 早くお父さんとお母さんと合流しなきゃ……!」

 二機の状況を確認しようとした時だった。


 甲高い警告音と共に、二機の状態を知らせるアイコンに赤い文字が表示された。


『Destroyed』


「え……?」

 神剣に英語は読めない。

 しかし赤く表された文字、耳にこびりつく様な警告音、名前の上に覆い被さる赤いラインは、神剣に非情な事実を伝えるのに十分だった。


『衣月ちゃん!』

「ヒ、ヒカリさんどうしたんですか!? 今は……」

『虎門さんと翔華ちゃんから連絡が来たの! 《グラッパー》と《メビウス》、撃破したって! ちゃんと三人とも無事だよ!』

「っ! 良かった……」

 胸を撫で下ろしかけたが、まだ敵は残っている。衣月は再び《ヌル》へと目を向けた。


 しかし様子がおかしい。


 電磁シールドを張ったまま項垂れ、動かないのだ。

『どうしたの、衣月ちゃん?』

「《ヌル》の、様子が……」



「どうして…………ねぇ、どうして…………」


 どうして皆、自分を置いていってしまうのか。どうして、自分だけがいつも。


 あの時だって。


「…………あの時?」


 あの時とは、いつ?



 思い浮かぶのは、幼い時に見た両親の笑顔、そして兄の笑顔。


 そして、宙に浮かんで項垂れる兄の背中。


「…………お父さんも、お母さんも、お兄ちゃんも、私を置いてったの…………」


 ドッと流れてくる、忘れていた記憶。しかし神剣の頭は何故か冷静に、事実として受け止めていく。


 壊れていた心が戻ったのか。


 違う。


 元々ヒビだらけだった心を守っていた幻と妄想の瘡蓋が剥がれたのだ。

 今、神剣の心はおぞましい現実を思い出し、完全に壊れてしまった。



 全てを思い出し、現実へ帰った神剣は回線をオープンにする。範囲を限定した為、今、この通信を受け取れるのは目の前にいるSWだけである。



『…………ありがとう』

「っ!?」


 衣月は息を飲んだ。


 今送られて来た通信は、千歳のSWのものではない。


 あまりにも幼すぎる声だった。


 そして千歳の機体でないのなら、この通信を送っている相手は。


「嘘……嘘…………だって、そんな…………!!」


『ようやくね、思い出した。私のお父さんとお母さん、お兄ちゃんは、あの三機のSWなんかじゃない……もう、とっくに天国に行ってたの。貴女達が気づかせてくれた、貴女達が私を現実に戻してくれた』


 何を言っているのか、衣月には理解が出来なかった。ただひたすら、頭の中をある言葉が巡っていた。


 何故、子供がSWに乗っているのか。

 何故、子供がナンバーズにいるのか。


「どうして、こんな事……」



『そんなの!! 私から家族を奪ったこんな世界に復讐するために決まってるでしょ!!!』



 怒号は衣月の頭の中で反響する。


『全部全部全部、皆から聞いたんだから!! 沖縄で起こった事故で私のお父さんとお母さんは!! でも嘘を吐いてそれを隠した! 嘘吐きは舌を切られて死んじゃえばいいのに!!』

「沖縄……?」

『偉い人達がやったのも知ってるんだから! ズルイ人達ばかり…………私達が苦しいのを見て見ぬ振りして!!』

「そんなの何を証拠に……!?」

『お兄ちゃんは私の為に働いて働いて…………最後は死んじゃった……!! でもね、私には新しい家族がいる…………ナンバーズの、みんながいる!!』


 《ヌル》のモノアイが再び強い光を取り戻した。《スワロー》のシールドを掴み、無理矢理本体を露出させる。


「もうやめて!! それ以上戦ったらもう貴女は取り返しがつかなくなっちゃう!!」

『どうなったっていい!!』

 《スワロー》は必死に抵抗するが、凄まじい膂力で掴まれたままもがく事しか出来ない。


 《ヌル》の腹部装甲がゆっくり展開する。


 そして衣月は、最悪の状況を思い知らされる。

「…………っ!? この軌道じゃ《鷲羽》も巻き込まれる!!」



『こんな世界消えてなくなれぇぇぇっ!!!』

「やめてぇぇぇぇぇぇ!!!」



 発射口が輝きを増した瞬間、




 空から降り注いだ一筋の光が二機を引き離し、そして巨大な光の軌道を天へ逸らした。


『あれ、は……!?』


 神剣が天を見上げた時、地平線から太陽が昇り始めた。

 夜明けの光に照らされ、その姿が映し出される。



 眩しいくらいに輝きを放つメタリックオレンジの装甲、そして翼のような美しいバックパック。全身に走る赤いライン。




「決着をつけるぞ……《ヌル》」


「ようやく来た…………オレンジの奴!!」




 バックパックから大量のスラスターが露出。


 飛翔した後の重力粒子の揺らめきとスラスターの残火が空に複雑な軌跡を刻み、、それはまるで雷を纏う彗星(サンダーコメット)の様に飛翔した。



続く

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