悲哀の輪廻
《グラッパー》との激戦の最中、《メビウス》と虎門達の戦いも苛烈さを増していた。
《メビウス》と相対した《クロウ》と《蓮華》達。《クロウ》や《蓮華》の狙撃は《メビウス》の電磁シールドの前に弾かれてしまう。対して《メビウス》が放つ二筋のビームキャノンは彼らがシールドを展開しようと一撃で消し炭になってしまうだろう。
「衣月の《スワロー》なら防げたかもな……」
だが無いものねだりをしても仕方がない。
先程衣月から入った通信により、《ヌル》の撃墜を担当していた部隊の大半を墜とされた事を知った。流星が来るまでの間、衣月が単騎で《ヌル》を抑えると言っていた。
彼方がたった一機で首魁を抑えると言われたら、こちらは何としても《メビウス》を倒さなければならない。
「狙撃手としちゃアレかもしれないが…………狙撃部隊に通達、《クロウ》、対象との距離を詰める。電磁シールドを突破出来る距離まで援護頼む!」
スナイパーライフルを肩に懸架、腰と足のスラスターを同時噴射し、水上を滑走する。
動きを見せた《クロウ》へ《メビウス》の視線が向き、ビームキャノンの狙いが移る。いつ発射されるか分からない、チキンレースのような状況。
「俺苦手なんだよなぁ……こういう心臓に悪いの」
虎門の額には汗が浮かぶ。動き回っている相手に対してピンポイント射撃を行うのはいくらAIでも至難の技だろう。ならば《メビウス》は確実に仕留められる方法を用いる筈である。
虎門がそう考えた瞬間、ビームキャノンが発射された。海に直撃するがそれは消えず、海面を蒸発させながら《クロウ》へと迫る。
「だよなぁっ! 照射すりゃいずれは当たるだろうさ! けどよっ!!」
照射態勢に入った《メビウス》へ、《蓮華》部隊からの狙撃が大量に降り注ぐ。《メビウス》は電磁シールドを展開しようとしたが、ビーム照射の中断と放熱によって上手くいかず、脚部とレドームに直撃。破損と同時に煙と火花が散る。
《メビウス》はすぐに《蓮華》部隊へビームを照射しようとする。
「こっちは弱い分勝つために必死なんだよぉ!!」
肩に懸架したスナイパーライフルを発射。側頭部を撃ち抜き、レドームは完全に大破、大きく仰け反る。
しかし、ビームキャノンに収束する光はまだ消えていない。
「砲撃来るぞっ!!」
虎門の叫びと同時に、ビームキャノンは発射された。ほとんどの《蓮華》が回避するが、数機が巻き込まれてしまった。
『一機大破! 二機が小破しました!』
「レドームは破壊した! 目が潰れたも同然だろうが油断はするな! 無事な奴は大破した奴等を連れ帰ってくれ! 《ヌル》にやられた機体も回収してやれよ!」
『第二部隊副隊長は!?』
「心配すんなって! 目が見えねぇスナイパーに負けるほどヘナチョコじゃねえ!」
『……了解、一時撤退する! 武運を祈る!』
《蓮華》達は傷を負った兵士達を連れ、基地へと戻っていく。逃すまいと再びビームキャノンのチャージを開始する《メビウス》。
しかしそれを遮る様に、虎門は《クロウ》の射撃を畳み掛ける。またしてもビームのチャージの中断を余儀なくされ、苛立ちに満ちた様にモノアイが凶悪な光を放つ。
「機械の癖に…………そんな眼出来んのな」
《メビウス》はビームライフルを取り出し、《クロウ》目掛けて乱射。虎門はそれらを無理に避けようとせず、シールドで防ぎながら距離を詰めていく。
「なんつー威力してやがる……近づいてもきついなんて無敵じゃねぇかよ……」
シールドも徐々に破壊され、あと二、三発防ぐのがやっと。しかし背部のビームキャノンを撃たれるよりも、ビームライフルの方が遥かにマシである。
「こうなりゃどっちが先にバテるかの勝負だ!!」
《クロウ》もビームガンと肩のビームスナイパーライフルを連続で撃ち放つ。《メビウス》は空いた腕から電磁シールドを展開するが、機体全てをカバーすることは出来ず、焼け跡を機体に刻んでいく。
そしてとうとう、《メビウス》のビームライフルが《クロウ》のシールドを破壊した。展開した腕ごと吹き飛ばされるが、虎門は怯まない。
「もっと来いよぉっ、ナンバーズゥ!!!」
ビームを躱し、体当たりすると同時に破損した部位へビームガンを連射。《メビウス》は電磁シールドを展開した腕で振り払おうとするが、肩のビームスナイパーライフルがその腕を撃ち抜き、破壊。
しかし《メビウス》は至近距離から無理矢理ビームキャノンを発射。突如放たれた不意の一撃には対応出来ず、《クロウ》の頭半分が消失した。
《メビウス》はそのままビームキャノンを連射。砲身が焼けるのも構わず《クロウ》を鉄屑に変えようと暴れ回る。
「デタラメな撃ち方してるとなぁ、身を滅ぼすぞ!! こんな風に!!」
虎門はこちらへ向いたビームキャノン砲身目掛けてビームガンを発射。
キャノンに比べあまりにもか細い光条は、発射口に吸い込まれた。
やがて収束するビームの発生源へ到達し、砲身の一つは大爆発。残った腕も吹き飛ばされた。
しかし残るビームキャノンは発射され、《クロウ》の右脚を破壊。爆煙が二機を遮った。
煙が晴れ、《メビウス》は大破したメインカメラからサブカメラへ変更。目の前から消えた《クロウ》の探知を開始する。
まだ終わっていない。バラバラになった機体を確認しない限り、戦いは終わらない。
そうしている《メビウス》へ向け、ビームスナイパーライフルを向ける《クロウ》が、海上に浮かんでいた。
自分を見失っている今なら、確実に葬ることが出来る。発射時に気づかれても回避が出来ない弾速、最大出力での発射ならば。
腕一本での最大出力発射はハイリスクであることは、虎門自身にも分かっていた。腕どころか機体が反動で砕ける可能性もある。支えとなる推力を放つバーニアも既にボロボロなのだ。
「でも、やるしかねぇよな…………勝つ為なら、どんなに汚くったって足掻かなきゃ…………今までお前達に殺された奴等が浮かばれねぇ」
ビームスナイパーライフルのリミッターを解除。銃口に収束していく光を、浮遊する《メビウス》へと差し出す。
その時、《メビウス》が《クロウ》の存在に気がついた。流木のように漂う《クロウ》へ、最後に残ったビームキャノンを発射しようとする。
「そりゃ気づくか…………結局賭けなきゃならないってわけだ」
《クロウ》のビームスナイパーライフルより先に、《メビウス》のビームキャノンのチャージが完了した。
一瞬の収縮の後、砲身からビームが発射された。
「…………っ!!!」
その瞬間虎門は踏み砕かんばかりにペダルを踏む。《クロウ》の背中から爆発した様に炎が噴射。一気に海上を飛び出し、発射されたビームの上を飛翔した。
「賭けに勝ったのは俺だったな……」
空を裂く光が走る。
光は真っ直ぐ《メビウス》を撃ち貫き、巨大な熱球を生み出した。
直後、最後の一射を放った《クロウ》のスナイパーライフルが爆発。発射反動で限界を迎えていた機体も残る腕と脚が崩れ去り、静かに海へ着水した。
コクピットハッチを開け、虎門は《メビウス》がいた方角を見る。
熱球の中からいくつかの破片が海へと降り注ぎ、やがて焼け焦げた本体が落下する様が見えた。
しかし何故だろうか。
勝利の喜びも、誇らしさも、感動もなく。
むしろ海へ沈んでいく様が酷く哀れで、哀しくて、寂しくて。
「…………あぁったく! 何でこんな気分になるんだよ……つくづく嫌な敵だったぜ…………」
虎門は知る由もない。《メビウス》達が本来辿る筈だった末路を。それをたった一人の幼い少女が救った事を。
燃え尽きた《メビウス》はやがて、波に飲まれ、姿を消した。
続く




