出陣
慌ただしくなる基地内を衣月は駆け抜ける。人通りが激しく、たまに誰かとぶつかってしまうが構っている暇はない。
所属不明機。その単語を聞いた瞬間、衣月の頭の中ではあるものが浮かんでいた。
(ナンバーズ……!?)
かつて猿ヶ森での演習で見たことがある。
異形の姿をした恐るべき機体。あの時は横須賀の部隊が交戦していたのを援護しただけだが、今回襲撃してきた機体がナンバーズなら。
それを見ていた自分達がこの戦いで重要になるかもしれない。
格納庫に着くと、既に集合していた翔華、虎門、天間と合流する。
「状況は?」
「既に何機かが斥候で出ている。俺達二番隊は出撃準備だそうだ」
「分かりました。ではみなさん、パイロットスーツに着替えて出撃準備をお願いします」
『了解!!』
互いに敬礼をし、解散しようとする。
その時衣月はあることに気がついた。
「あ、あれ? せ、仙郷君は?」
「知らないわよ。ま、遅刻でしょ、ほっときなさいよ」
「でも出撃……」
「あ、あの、僕、彼から言伝預かってます」
と、天間が少しだけ前に出る。困ったような表情をしているあたり、あまり良い知らせではなさそうだ。
「こっちはこっちで勝手にやらせてもらうから、お前らも勝手にやれ、って」
「はぁ!? 何言ってんのよあの馬鹿!!」
翔華は足を踏みならし、怒りを露わにする。衣月はというと、どうしたものかと困り果ててしまっている。
すると虎門は手をパンパンと鳴らし、場を諌める。
「ほっとけ。むしろ良い機会だと思え。これで彼奴の実力も分かる。そうすりゃ、今後の作戦や役割も決めやすくなる。無理言ってんのは分かるが、今は状況が状況だ。俺達はいつも通り、俺達の戦いをすればいい」
「虎門さん……」
「……って、衣月隊長が心の中で申しておりました」
「えっ!?」
突然話を振られて驚く衣月に、三人は小さく吹き出した。
信頼が生み出せる、戦闘前の景気付けだ。
斥候に出た3機の《燕》。
千歳基地から少し離れた海上を飛行しているが、今のところ所属不明機には出くわしていない。
「こちら一番機、敵影無し」
「こちら二番機、同じく敵影確認出来ず」
「こちら三番機、異常はな…………ん?」
三番機のパイロットがあることに気がついたのか、燕の動きが止まる。
「どうした三番機?」
「いや…………一瞬なんだが………………」
「どうした、早く言え」
「空が、光ったように見えーー」
直後、高速で飛来した一筋の光条に撃ち抜かれ、三番機は爆散した。
「馬鹿なっ!? 何処から!?」
慌てて一番機は周囲を索敵する。だが敵の姿は見えない。レーダーには反応すら確認出来ない。
またしても一瞬の光が瞬く。今度は一番機の上半身を消し飛ばし、小さな爆発と共に海に没した。
「何処だ、何処にいるんだ!? 何もいないのに何処か…………ま、まさか…………」
残る二番機にも見えた。自らの死を告げる、一瞬の光が。
「狙撃している……!? この距ーー」
最後まで話すことすら叶わず、最後の爆発が海上に煌めいた。
「……斥候部隊の通信が途切れたか」
「えぇ。最後に本部に送られて来た言葉……これで既存のSWじゃないのは確定ね」
「ナンバーズ。……彼奴らが仕切りに警戒しろと言っていたが、さて、どれほどのものか」
「調子に乗らないでよ。君の乱暴な操縦のせいで、何度ボロボロになったことか」
「だから、今の俺とこいつがいる」
流星は格納庫の手すりから飛び降り、自らの愛機の前に立つ。
メタリックオレンジに紅いラインが入った機体。天を衝くブレードアンテナ、各部に増設されたバーニアやブースター。
元の機体が《燕》だと言っても、誰も信じないだろう。
「言っても相手はナンバーズの機体かもしれないよ?その機体で出来る?」
「やってみせるさ。俺の腕より、あんたの整備技量が問われると思え」
「大した自信ね」
ヒカリは半分呆れ、半分嬉しそうに息を吐く。
「他のみんなはもう出てるよ。早く行ってあげて」
その言葉には答えず、流星はコクピットに乗り込んだ。
ヒカリは小走りで機体から離れ、中の流星に向かって叫ぶ。
「発進許可はもう出てるよー! いってらっしゃーい!!」
母が子を見送るように、手を振る。
カタパルトに接続され、ハッチが開く。
「さて、と。仙郷流星、《雷導》、発進する」
カタパルトから射出され、流星のSWーー《雷導》が空を舞う。
月明かりに照らされ、その機体が美しく輝いた。
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鷲羽から先に発艦した天間と翔華は、指定されたポイントに到着する。
「斥候部隊の反応がロストしたポイントに到着しました」
『状況はどうですか?』
「何にもいないよ。レーダーにも反応無し。近くにはいないみたい。虎門副隊長、そちらは?」
「あ〜、ちょっと待ってな」
虎門はスコープを覗き込み、遠距離の目視確認を行なっていた。
彼の乗機は《蓮華》を改造したオリジナル。嘴のようにシャープな形状をした頭部、黒い装甲、そして腰部とサイドアーマーにスラスターを増設した機体。その出で立ちから第二部隊内で《クロウ》と呼称されている。
「しっかしヒカリさん凄いわ。《蓮華》のスナイパーライフルより高倍率で見えるもん」
『敵は近くにいないみたいですし……私が先行しますか』
「ダメだよ衣月! 隊長は前に出ちゃダメ、動くのは私達の仕事だよ!」
『でも……』
自分もSW、しかも隊長機である《劔》に登場しているのだ。戦わずに指示だけ飛ばすのは落ち着かない。
『無理は禁物です。ここは僕達が偵察に出ますよ』
『そーそー。何てったって、こっちは初陣の新型機なんだから!! どーんと任せなさいっ!!』
翔華は機体を見せびらかすようにぐるりと回ってみせる。
翔華の機体は《燕》の改装型。元の燕よりも装甲を削ったおかげでその機体は細く小さい。エメラルドグリーンの装甲、バックパックや脚部には小さなバーニアが大量に設けられている。コードネームは《ハミングバード》、ハチドリである。
そして反対に、天間の機体は大柄だ。《燕》よりも更に分厚いブラウンの装甲と、背中に接続された外付けの追加バッテリーユニット。燕の改造機で、コードネームは《コンドル》だ。
《クロウ》、《ハミングバード》、《コンドル》、共にヒカリが千歳基地に訪れてからそれぞれの機体に改良を加えた機体である。
翔華の《ハミングバード》と天間の《コンドル》が先行する。
夜の海を照らすのは月明かりのみ。依然レーダーに反応はない。
「いないな〜。本当にこのあたりなんだよね?」
「その筈ですが……やはり何かおかしい様な気がします」
「おかしい?」
「何となくなんですけどね。感、と言いますか……何かに見られているようなーー」
その時、暗い空間に一瞬の閃光が走った。
「っ!? 翔華さん、回避!!」
「え、うわっ!?」
咄嗟に二機は上へと回避。
すると先程まで二人がいた位置を太い極光が通過した。それだけではない。
少し先で浮遊していた一機の《燕》を貫通し、撃破したのだ。
「嘘……!?」
「視認は愚かレーダーに映らない距離からこの威力、この精度……虎門さん!! ビームが来た位置が見えますか!?」
『あぁ、バッチリ見た!! ……推定距離、四千メートル先だ!』
「四千……!?」
その通信を聴いた衣月は目眩がした。
四千メートル先から、この暗闇の中、SW一機を撃破する出力と精度のビームが飛来する。
どう攻略しろというのか。
『大体距離は見いだせたな。衣月隊長、どうする?」
「え……? えっと、あ…………」
頭が真っ白になる。
どうするのが最善策か。どうすれば犠牲を少なく敵を倒せるか。
こんな時、隊長はどうしていたか。
『衣月、私が囮になる! 《ハミングバード》なら見てから回避余裕だよ、だから……』
「そんなの駄目だよ!! そんな危険な作戦……」
『でもそうでもしないと皆撃たれるよ! 他にどうすればいいの!?』
「それを今考えて……!!」
口論になろうとした時、またしても放たれたビームが《燕》を撃ち抜いた。
このままでは被害が増えるばかりだ。衣月は覚悟を決めて指示を伝える。
「全部隊に通信! 敵からの狙撃を、私が囮になって引きつけます! その間に皆さんは出来る限り大回りで目標地点まで進んで下さい!!」
『衣月!?』
翔華が止める間もなく、衣月の《劔》が鷲羽の甲板から飛び立つ。
翔華と天間がいる位置を過ぎると、ビームライフルを数発発射。勿論当てる為ではない。
衣月の予想通り、敵の狙撃が自分へ向かう。最初の一射を回避する。
「虎門さんは狙撃可能距離まで移動して下さい!」
『いや、いいけどさ……ってちょっと待て!? 衣月、そっちに一機向かってるぞ!!』
衣月がレーダーに目を向けると、既にすぐ近くまで迫っている。
前を向いた瞬間、闇夜に煌めくモノアイと目が合った。
アンバランスな程巨大な腕、肩から突き出した太く湾曲した角、月明かりを反射して輝くシルバーの装甲。
その両手には、長大なビームソードが握られていた。
『逃げろ衣月!! 一機じゃ勝てねえ!!』
『衣月ぃ!!』
虎門と翔華の声が響くと同時に、ナンバーズはビームソードを振り下ろした。
衣月も咄嗟にビームソードで防ぐ。しかし力の差は歴然。どんどん押し込まれ、《劔》の頭部に鍔迫り合いで生じる火花が焼け跡を刻む。
「う……あ、あぁ……!!」
『衣月さん!!』
天間の声が聞こえると、背後から現れた《コンドル》がビームソードを振るった。しかしナンバーズは寸でのところで《劔》を突き飛ばし、その一撃を受け止めた。
「背後がガラ空き!!」
隙を狙い、《ハミングバード》が背後を取る。腰からビームガンをドロウ、連射する。
だがその時、予想を上回ることが起こった。
放たれたビームはナンバーズの両肩の角に引き寄せられ、飛散したのだ。
「な、何よこれ!? ビームが!?」
「それだけじゃない、こいつパワーが桁違いだ……」
互角の体格を持つ《コンドル》でも、ナンバーズに押し負けそうになる。
最悪の報せは続く。
『こちら虎門、こっちの方も狙撃機に気づかれた。他の部隊の奴らも応戦してるが、正直ジリ貧だ。どうする衣月隊長』
「…………」
『お、おい衣月隊長? 衣月!?』
声が出ない。操縦桿から手が滑り落ち、自然と自らの肩を抱く。
震えが止まらない。
『衣月!? 衣月ぃ!?』
翔華の声が聞こえる。
『ぐっ、おい何処に……っ、衣月さん逃げて下さい!! ナンバーズがっ!!』
『やめろぉっ!!』
動かぬ衣月に、ナンバーズは狙いを変えた。《ハミングバード》のビームガンは両肩に吸収される。
振り上げられたビームソードと輝くモノアイを見た時、衣月は掠れた声で呟いた。
「お、願い…………誰か…………助け…………」
直後、ナンバーズの上から現れた一機のSWが、その頭を踏みつけた。大きく体勢を崩したナンバーズは錐揉み回転しながら落下していく。
涙を浮かべた目に映ったそのSWは、美しかった。
「ナンバーズ…………だな」
流星は問う。
お前は俺を満足させる敵かと。
続く