心を覗かせて
無事に予定していた期間に作業は終了。千歳第二部隊は第三者に目をつけられぬうちに帰還する事となった。
《鷲羽》に乗艦する間際、衣月は雪音から別れの握手を求められる。
「ありがとうございました、水城隊長。貴女のおかげで、無事にあのSWを完成させる事が出来ました」
「私の方こそ、貴重なデータを得る事が出来た。あのSWの改修で得たものも、これからの開発に応用出来そうだ」
固く交わした後、軽いハグで締める。そして雪音は隣で知らぬ顔をしていた流星の方へ歩み寄る。
「やんちゃはほどほどにな。ヒカリも心配していた。無茶な戦い方ばかりで、この前なんて死にかけたらしいじゃないか」
「普段はあんなことしない。あの時はただ……」
「本当に気をつけろよ。皆が心配するんだ」
見た事のない真剣な眼差しで見つめられ、流星は小さく頷いた。有無を言わせない言葉の重みがあった。
「煙草も、だぞ」
「少なくとも千歳に帰るまで吸えない。あんたん所のメンバーに取り上げられた。こいつと交換でな」
流星は黒い包み紙に包まれたガムを口に放り込む。
甲板を離れた後、《オーシャン》の休憩室にて煙草を吸おうとした時だった。横から箱と煙草を取り上げられた。
「っ?」
「ここ、禁煙なの。辛いだろうけど我慢してね?」
隣を見ると、黒い長髪の女性が立っていた。白衣の懐から黒い包み紙を取り出し、流星に手渡す。
「ガムか……」
「眠気覚ましにも暇つぶしにもなるわ。煙草よりも、そっちがオススメよ」
そう言ってニコリと笑い、女性──柊澄佳は去って行った。偶然通りかかっただけのようだった。
「買ったばかりだったんだが……」
恨めしそうな表情でガムを噛む流星に、衣月と雪音は小さく笑い合った。
「ふっふふ……うっふふふ〜」
ニヤニヤしながら手すりにもたれかかる翔華。偶然通りかかった衣月は、怪訝な表情で見つめる。
「どうしたの……?」
「う〜ん? いやぁ……ちょっとね〜」
「……?」
そう言われてしまったら気になってしまう。衣月は翔華の隣に立つ。
「何か辛い事があったなら相談に乗るよ?」
「違う違う。実はさ……ほら!」
翔華が差し出したスマートフォンの画面、そこには黒沢賢の文字があった。
「あっちにいる間、少しずつ挨拶したりお話ししたりして……昨日連絡先交換して貰ったんだ〜!」
「あ、はは……いつの間に……」
中々強かだと、衣月は苦笑いを浮かべる。
その時、《鷲羽》格納庫内の整備クレーンが2人の前を通り過ぎて行く。
「私の《ハミングバード》も修理が終わったし、次はもっと頑張らなきゃ……ところでさ、アレ誰が乗るの?」
翔華が指差した先、それは整備クレーンが辿り着いた場所。そこに見覚えのないSWが立っていた。
ハミングバードよりも小さく、バックパックのウイングは鋭利で流麗。ホワイトの装甲が純潔なイメージを抱かせる。頭部の角からベースが《劔》だと分かる。そして何より目を引くのは、両肩に備え付けられた分厚いシールドだ。
「えっと……私が、乗るんだ」
「ふーん、って、えええぇぇぇっ!?」
「うわぁっ、あ、危ない!?」
手すりから滑り落ちかける翔華を、衣月は慌てて引っ張り上げる。
「あ、ありがと……って、それよりも! 大丈夫なの!? コクピットに乗ったら……!」
「ま、まだ完全に克服した訳じゃないんだけど……流星君が《ウインド》と戦って海に落ちた時、私……」
「衣月ちゃん、整備途中の《劔》に乗って流星助けに行ったんだよね〜!」
突如後ろからヒカリが口を出し、衣月の肩が跳ね上がる。
「ヒカリさんっ!?」
「まぁおかげで《劔》がポンコツになっちゃってさ…………愛は盲も──」
「やめ、やめて下さい! 翔華ちゃん違う! 断じて違う!」
「いや何も言ってないし、今のでむしろ確信した」
翔華とヒカリがにやけるのを見て、衣月はグッタリと手すりに寄りかかった。
「まぁ、衣月ちゃんはコクピット恐怖症をもう少しで克服出来るって訳で……あのSWをね。あっちにいる間に同時進行でやったの。おかげでめっちゃ寝不足」
目の隈を指差す。その瞼は今にも落ちそうだ。
「まだ《サンダーコメット》と《スワロー》の最終調整が終わってないけど……もう寝まーす。じゃあね」
ヒカリはフラフラと格納庫を去っていく。
「《サンダーコメット》……彼奴とその愛機の名前を合わせたって事か」
「うぅ…………私も戻る……作戦考えなきゃいけないし……」
同じ様に覚束ない足取りで衣月も去っていった。翔華は小さく溜息を吐き、衣月の《スワロー》の隣に鎮座するSWを見つめた。
「彼奴の何が良いんだか…………って言うのはあんまりよね。影ながら応援するわ、衣月」
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千歳第二部隊は基地に戻った。重力粒子生成装置を搭載した《サンダーコメット》の存在を知られない様、第二部隊の《鷲羽》は普段の停泊地から少し離れた場所へ停泊している。
それでも目をつけられている事に変わりはない。他の部隊が探りを入れに来ない様、虎門と天間、翔華が艦に滞在する事となった。
そして衣月は、
「すぅ…………んんん〜!!」
久しぶりに与えられた休息。しかし何をするにも気力が湧かず、ほとんどを寝て過ごしてしまっていた。偶には外食でもしようかと、こうして歩いているのだが。
「あぁ…………潮風、気持ちいいな……」
港から見る海。その果ての地平線に、今まさに太陽が沈もうとしている。海が反射する宵の光から《雷導》の色を思い出す。
「珍しいな。こんな所で何をしてる?」
振り向けば、同じく休みを貰った流星がいた。口元に煙草は無く、代わりにガムを噛んでいる。
「流星君……煙草は?」
「良い機会だから止めることにした。ガムの方も……存外悪くない」
隣に立った流星からは煙草の匂いではなく、フローラルの香りがする。イメージとかけ離れていた為に、衣月は思わず吹き出してしまった。
「何がおかしい?」
「いや、ごめん、ちょっとね……フフ」
目に見えて不機嫌になる流星。以前の衣月なら怖がっていただろうが、流星の事を少し知った今、そんな彼の愛嬌も分かるようになった。
「奴等が次に来るのは、いつだろうな」
「そう、だね。観測隊はまだ見てないらしいけど……」
「……正直な話、不安なんだ」
「不安?」
珍しい、といった具合に衣月は聞き返す。
「何が不安なの? 流星君ならきっと……」
「俺じゃない。次はナンバーズも本気で向かってくるだろう。……二番隊の誰かが、犠牲になる事だって考えなきゃならない」
「流星君…………」
衣月は流星の気持ちを察して切なくなる一方、喜びも感じていた。流星の口から、仲間の事を思いやる言葉を聞くことが出来た。それがただ嬉しかった。
どうにかして、彼の気持ちを前に向かせてあげたい。どうすれば良いのだろうと、自分に聞いてみる。
答えが出るのは、早かった。
衣月は流星の手を握り自分の胸の前まで持ってくる。太陽が沈み暗くなっていく中、ただ真っ直ぐに、流星だけを見つめて。
「流星君と一緒なら、絶対に大丈夫。私が皆を守るから……流星君は思いっきり、空を飛んできて!」
「お前……」
「私、好きだから! 流星君が飛ぶ姿、大好きだから!」
自分の気持ちを、最大にぶつけた。遅れてくる気恥ずかしさを誤魔化すために、限界まで顔を俯かせる。恐る恐る、顔を上げてみると、
「……はっ、ははは。こいつは面白いな」
「うっ……」
「そうか。俺はただ空を飛べばいい、か。分かりやすい指令で良い」
「し、指令じゃなくて励まし……んっ!?」
衣月の体が引き寄せられ、流星の体と重なった。軽く、優しいハグだった。
「あ、あわ、あわわわ……!!?」
「ありがとう衣月。けど、お前が第二部隊を守るだけじゃない。俺達がお前を守る」
「……っ。うん……」
ほんの数秒のハグは終わり、二人は再び元の位置に戻った。
「そ、そそ、そうだ! 流星君、ご飯は!?」
「いや、まだだが……」
「じゃあさ! 今から何処か……食べに、行こう?」
「あぁ。だが何処に……」
「前に翔華ちゃんと一緒に行ったレストラン、あそこなら何でもあるよ!」
「彼奴の子供舌が信用出来ないんだが……」
二人が歩き出す頃には、太陽は地平線の彼方へ沈んでいた。
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「スーツはどうだい、零奈ちゃん?」
「きつい……」
かつて咲宮雷鼓が《ペニーウェイト》に搭乗した際に着用していた物と同じスーツ。それに違和感があるのか、神剣は体のあちこちを見回し、体を伸ばしたりしている。
仕方がない。もともと虚弱体質気味な彼女に有人制御を強いるのは七海の本意ではない。しかし千歳基地の予想以上の抵抗、そして試作段階の有人制御のデータの収集状況。その二つの現状を擦り合わせて出した結論だ。
難色を示していた赤城も、承諾した神剣の固い意思を見せられてしまっては、何も言えなくなっていた。
「怖いかい?」
「皆がいるから怖くない。必ずお兄ちゃんを助けて帰ってくるよ!」
両手を大袈裟に振り回し、アピールする。怖くなんかない、そう自分に言い聞かせるように。
「…………そうか。作戦開始は深夜二時。眠い時間だろうけど頑張ってね。約束は?」
「船は撃たない! お兄ちゃんを連れて帰る! 邪魔する悪い人達はみんなやっつける!」
「ふふ、大体正解。じゃあ時間になったら起こすから今は…………おやすみ」
続く