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空への想い

 

 格納庫を出た衣月は、当てもなくただフラフラと艦内を歩き回っていた。

 交流してみろ、とは言われたものの、元々人見知りな衣月にとってそれがどれほど困難な事か。それは自分自身が一番よく知っている。


 一先ず外の空気を吸おう。そう思い立った衣月は甲板への道を歩き始めようとした。


 その時、廊下に並んでいた扉が突然開き、人が通路に現れた。

「ひゃっ!?」

「わっ!?」

 衣月とその人物は同じタイミングで声をあげ、同じタイミングで退いた。


 かなり大人びた女性だ。衣月よりも背は高く、艶のある黒髪とメリハリのついた身体つきが色香を漂わせている。顔立ちは整っており、同性である衣月ですら一瞬心臓が高鳴ってしまった。


「す、すすすみません! 考え事してて……!」

「わ、私こそすみませんでした! ……あれ? えっと、貴女は……?」

「あ、そ、そうでした。私は千歳基地第二部隊隊長、桐城衣月です」


「はい。私は討伐部隊所属……白田(しろた)恵良(えら)です。よろしくお願いします、桐城隊長」


「た、隊長だなんて、そんな……」

「えっ?」

 自分の部隊員以外から隊長と言われる経験が乏しく、衣月は思わず照れてしまう。それを知る由もない恵良は小さく首を傾げていた。

「え、白田さんはおいくつですか? 凄く落ち着いている方なので……私と同じ二十代──」

 こういう時に、どのような話をすればよいのだろう。衣月の少ない引き出しを懸命に開け、この話題を振った。

「えっと、十代です」

「へぇ、ってえぇっ!? 私より年下!?」

「は、はい、そうですが……桐城隊長は?」

「に、二十歳です……」

 急に恥ずかしくなり、声も体も小さくなる。明らかに雰囲気も身体つきも自分より大人だというのに、年下だったとは。華も色香もない自分が恨めしい。

 しかし恵良は、

「桐城隊長、二十歳で隊長だなんて凄いです!」

「えっと、隊長はいらないよ……衣月、って呼んで貰えれば」

「分かりました、衣月さん。なら私のことも恵良、と」

「うん、よろしくね恵良さん」

 二人は笑顔と、握手を交わした。


「ところで、恵良さんは何を?」

「あぁ、えっと、その…………」

 恵良の頬に小さく朱が混ざる。少し言い辛そうに身体を揺らしていたが、やがてポツポツと話し始めた。

「勇気…………同じ部隊にいる、男の子がいるんですが…………これから会いに、行こうかなと……」

「…………デート?」

「ち、違います違います!! そんなんじゃ……!!」

 頬の朱色は瞬く間に真っ赤になって顔全体を染める。衣月までもほんの少し照れ臭くなってしまうほどの狼狽っぷりだ。

「大切な人なんだね」

「…………はい。勇気は、私に光をくれた人なんです。何にもなくなってしまった私に、生きる意味をくれたんです」

 噛みしめるように話す恵良の言葉に、衣月は静かに頷きながら耳を傾ける。


「私にもいるんだ。変わるきっかけを貰って、それでも燻っていた私に……火をつけてくれた人。その、ちょっと乱暴な人なんだけどね」


「……恋人、ですか?」

「はぇぇっ!? ちがちが、違うよ! む、向こうはそんな事、全然興味なさそうだし……」

 先程と立場が真逆になる。その事に気がついた二人は、再び笑い合った。

「衣月さんは、この後何を?」

「ちょっと風に当たりたいなと思って。これから甲板に」

「私も一緒に良いですか? もしかしたら勇気がいるかもしれないし、いなければ…………気持ちを、整えられるので」



 〜〜〜〜〜〜


 甲板ならば誰もいないだろう。そう踏んだ流星は、甲板へ繋がる扉を開いた。


 人口の明かりから、自然の明かりへと切り替わる。海が太陽の光を反射し、眩し過ぎるくらいだ。千歳に比べるとやはり横須賀は少し暑い。そんな中海猫達は元気に鳴いている。



 光に目が慣れ始めてきた頃、甲板上に誰かいる事に気がついた。流星は少々うんざりしたような顔をしたが、衣月と雪音に言った事は決してその場しのぎの嘘というわけではない。あの人物がもしも討伐部隊所属ならば、ナンバーズについて有益な情報を得られる。



 扉が閉まる音で、その人物も流星に気がついた。


「えっと……貴方は?」

「あの隊長から聞いていないのか? 千歳基地第二部隊、仙郷流星。お前は?」

「討伐部隊所属、灰田勇気です」

 勇気は握手を求め、手を差し出す。しかし流星はその手を取らず、勇気の隣に並び立つ。

 流星は煙草を取り出した時、勇気の表情に一瞬陰りが見えた事を見逃さなかった。

「煙草は苦手か?」

「あ、いや……」

 誤魔化してはいるが、流星には分かっていた。


 あの表情は煙草の煙を嫌っているのではない。でなければ無意識の内に、痛みに耐える様な表情は見せないだろう。本人に自覚は無いだろうが、トラウマというものは全て拭い去る事など出来ないのだ。


 流星は煙草を箱に戻し、視線を空へと移す。

「ナンバーズと戦ったらしいな、お前達」

「はい。……それが何か?」

「千歳もナンバーズに襲撃されたんだ」

「えっ!? そんな、だってこれまでに襲撃してきたナンバーズは全機……」

「お前達討伐部隊が撃破した。その事はここに来る前に衣月……うちの隊長が調べたから知っている。だがそれらとは違う、これまでに確認されていないナンバーズが現れたんだ」

 勇気は信じられないと言った様子で流星の話を聞いている。

「だがあの動き方は明らかに無人機だった。あの性能の機体、有人制御で暴れ回ればあっという間にパイロットは挽肉になる。お前達が戦ったナンバーズもそうだった筈だ」


「いいえ……一機だけ、有人制御の機体と戦った事があります」

「何だと?」


 話す勇気の表情は暗くなっていた。流星はそれを見た時、全てを知る事は不可能だと察したが、出来る限り情報を引き出そうと質問をぶつける。


「一体どんな奴だったんだ?」

「性能、反応…………パイロットの腕。全て、今までのどのナンバーズよりも優れていました。自分も必死で……何と話せばいいのか……」

「…………そうか。無人タイプよりも強力だと分かれば十分だ」

「すみません…………あまり役に立てなくて……」

「万が一に備えて知っておきたかっただけだから、構わない」


 勇気は流星に、何か不思議な雰囲気を感じていた。似通った点は見当たらない筈だというのに、他人の様な気がしない。

「その、流星さんは──」

「呼び捨てでいい。いや、そうしろ。敬語もいらない。慣れない」

「っ、あぁ、流星。出身は、何処?」

「知らん。生まれた時から施設暮らしでな。それに興味も無い」

「俺も、施設出身なんだ。物心つく前に両親が他界して……顔は覚えていない」

「俺は親に捨てられていたらしい。……どっちがマシかなんて、考えるだけ無駄だがな」


 流星も勇気も分かっている。

 過去がどうであろうと、今を生きなければならない事。そしてその今が、過去よりも満ち足りたものだという事も。


「お前は…………何の為に戦っている?」

 ふと気になった事を、流星は尋ねる。

「俺は……この国を守りたい。それだけで十分戦える。どんな事があっても……これだけは絶対に揺るがない」

「……理由がデカすぎやしないか?」

「そ、そういう流星はどうなのさ?」

 少し照れた様子で勇気は質問する。すると流星は人差し指を立て、雲一つない青空を指した。

「この空を飛び続けたい。だからいつまでも綺麗な空であって欲しい。それを汚す奴は、誰であろうと戦う」

「…………流星の方が大きいじゃないか」

「そうか?」

 とぼけた様子の流星を見て、勇気は思わず吹き出した。


「灰田勇気、一つ伝えておきたい事がある」

「ん?」

「次に会った時、手合わせを頼みたい。シュミレーションで、だがな」

「あぁ、もちろん──」


 その時、扉が開く音が二人の耳に入る。そして、

「あ、いました。勇気もここにいたんだ」

「だって流星君、煙草吸う人だから…………って、吸ってない?」


「あ、恵良……と、隣にいる人は?」

「さて、俺は帰るとするか」

 恵良と衣月だと分かった途端に、流星は逃げる様に走り去って行った。勇気が止める間もなかった。


「あ、ちょっと…………一体何なんだろう、あの人は」



続く

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