未来の為の協力
衣月が指定したとあるポイントにて、無事に《オーシャン》と《鷲羽》の合流は無事果たされた。
《雷導》は速やかに《オーシャン》格納庫に移送され、早速それぞれの艦の整備員たちが作業に取り掛かる。
隊長である衣月に挨拶を任せ、他のメンバーは《オーシャン》内部を見学すると行ってしまった。流星を除いて。
「…………流星君は、行かなくていいの?」
「興味が無い。色々と改装はしてあるようだが、基本的な事は俺達の《鷲羽》と変わらないだろ」
「言ってくれるなぁ坊主」
流星にとっては知らない、衣月にとっては憧れの声が聞こえてきた。
「あっ、あぁ! み、水城た──」
「何でここにガキがいるんだ。一丁前に白衣なんて着やがって」
「りゅ、流星君!!?」
上擦った悲鳴が衣月の口から飛び出す。
確かに一見すると子供に見えるだろう。長い髪に童顔、おまけにその背は流星の腹と胸の間くらいしかない。だがその不敵な笑みと風格は、間違いなく水城雪音その人だ。
「流星君!! この人隊長さん、隊長さん!!」
必死に発言を撤回させようと流星に知らせるが、隊長だという事を聞いて尚、流星のふてぶてしい態度は変わらない。
「あんたが横須賀の隊長か? 随分まぁちんちくりんというか……」
「わー! わー!! やめて!! み、水城隊長、違うんです!! 流星君、いやいや、流星少尉に悪気は決してなくって!!」
「ヒカリから聞いた通り、中々の悪ガキだな君は。私は水城雪音。横須賀基地ナンバーズ討伐部隊の隊長を務めている。少しの間だが、よろしく頼む」
雪音が差し出した右手と、衣月は小さく礼をしながら、流星は少し乱暴に握手を交わした。
「ヒカリから聞いた、と言ったが何の話だ?」
「いや何、彼女は意外とお喋りでね。会う機会に反して沢山の話を聞いたんだ。例えばそう……」
雪音の笑みが、途端に悪戯なものへと変わった。
「ニンジンが嫌い、とか」
「何っ!?」
「えっ」
流星の表情に焦りが現れた。呆気にとられる衣月をよそに、次々と雪音は暴露していく。
「幽霊も苦手らしいな? 後はヒカリがいるのに英語も苦手」
「…………だからなんだ。もう過去の話──」
「そして大好物はヒカリが作った唐揚げ。これは今もそうなのか?」
それを聞いた途端、流星の目が不自然に泳ぎ始めた。煙草を懐から取り出すが、指が震えていてライターの火に中々当たらない。
「…………衣月。この基地の奴らからナンバーズについて話を聞いてくる。情報は多い方が良いだろう」
「私、それを水城隊長にこれから聞こうと思ってたんだけど……」
「実際に相対したパイロットの意見も必要だ」
「あ、ちょっと……」
衣月が引き止める間も無く、流星は二人の前から去って行った。煙草には、未だに火は付いていなかった。
「今度、彼奴に唐揚げを作ってやればいい。喜ばれるぞ」
「えっと……?」
「それはそうと、改めてようこそ。改修作業が終わるまでの間、ゆっくりしていてくれ」
「はい。こちらこそ、ご協力感謝致します」
二人の後ろでは、《雷導》に続き《ウインド》が搬入されている。この二機が融合し、ナンバーズに対する切り札が生まれるのだ。
「あれが、君達が戦ったナンバーズ……」
「千歳基地では《ウインド》と呼称しているSWです。生身の人間では到底耐えられない超高速機動を行う機体でした」
「ここにくる前に送られたメールを見たが、他に三機いたらしいじゃないか。大したものだ」
「皆が頑張ったおかげです。私の無茶な作戦に……」
「それでもこうして、結果が出ている。…………そうだ。丁度いい機会だ、君も私の隊員達と交流してみるといい」
「えっ、あの、ナンバーズのお話は……」
「夕食の時にでも良いだろう? ほら、行った行った」
軽く背中を小突かれ、衣月は戸惑いながら雪音を見る。
「話してみれば分かるさ」
チラチラと雪音を伺いながら、衣月は格納庫を後にした。
見送り終えた雪音の元に、今度は新たな影が走り寄ってくる。
「雪音〜! 久しぶり〜!」
ヒカリからの強烈なハグ。丁度雪音の頭が豊満な胸に埋まる形となる。
「おおぉう、この質量……ヒカリだな」
「どう〜? 日本語上手になったでしょ〜?」
身体を思う存分重ねた後、改めて二人は握手を交わす。
「まさかこのタイミングで会う事になるとはな……」
「雪音が設計した機体を作れるんだから、私もうテンション上がっちゃって! 設計図を見たけど、衣月ちゃんから話を聞いただけで、よくあそこまで形に出来たね?」
「あれはあくまで予定だ。本体を見ながら臨機応変に作業するしかないな……見たところ、報告より何とかなりそうな状態だったが」
雪音は大破した両機を見比べながら呟く。既に様々な重機や乗り物が二機の間を行き交い、破損した装甲などが剥がされていく。
「本体の重力粒子生成装置も完全に故障しているわけではない。これは良い取引だったかもしれないな」
「いけないんだー。衣月ちゃん一生懸命頑張ったんだから、《ウインド》は返してね?」
「分かってるさ。データを貰ったら返す。…………だが、アレをどうするつもりなんだ?」
「そりゃ上層部含めて皆興味あるし……個人的に、ちょっと……」
「すみませーんヒカリさーん! 手を貸して下さいっスー!!」
「はいはーい! 今行くよ舞香ちゃーん!」
何かを言いかけたところで、ヒカリは整備員の少女──黄瀬舞香に呼ばれ、そちらへ走って行ってしまった。
この短時間で《オーシャン》の整備員達とも打ち解けたようだった。
「数年ぶりに会ったが、やっぱり相変わらず凄いな彼女は」
〜〜〜〜〜〜
「やっぱりもぐもぐ、ぱっと見艦内はむぐ、うちと変わらないみたいですね、ゴクッ」
「あの、翔華さん……食べ歩きは良くないですよ」
ハンバーガーを片手に廊下を練り歩く翔華と、その少し後ろからついて歩く天間と虎門。
艦内を見て回りたいという天間の意見と、先に昼食を摂りたいという翔華の意見の折衷案として、虎門が提案した為である。
「空腹には勝てなくて……申し訳ありません」
「虎門さん、僕は別に昼食を先にしても構わなかったんですよ? これじゃ千歳の評判が……」
「誰ともすれ違わなかったし、もう翔華ちゃんも食べ終わったみたいだから良しって事で」
相変わらず適当な人だな、という言葉を天間は飲み込む。初めて一緒の部隊に配属された時から彼の性格をマジマジと見せつけられてきたのだ。今更どうこう言っても仕方がない。
「でもあまり人がいませんねー。ナンバーズを倒した部隊だって衣月から聞いてたけど、ちょっと拍子抜け……あうっ!?」
キョロキョロ見回しながら歩いていた衣月は、廊下の曲がり角から現れた人物とぶつかってしまう。不意の衝突だった為かふらつき、尻餅をついた。
「いったた……ご、ごめんなさい……」
「あぁ、こちらこそ。大丈夫ですか?」
「は、はい、ありが…………」
差し伸べられた手を掴もうと上を見上げた時、翔華は思わず見惚れてしまった。
優しげな顔立ちと知的な眼鏡。程よい高さの身長。その全てが翔華の好みと一致していた。
「すみません、注意不足でした。怪我は?」
「な、ないです、ないです! あ、あの、お名前は…………あぁ、私は千歳基地第二部隊所属、榊翔華であります!」
「はい、僕はナンバーズ討伐部隊所属、黒沢賢です」
真っ赤になった顔を隠すように俯く翔華。そんな彼女を押し退け、虎門が前に出る。
「あんたが……っと、後ろの方々も、討伐部隊で?」
「はい」
「どうした賢。誰とぶつか……っと、見慣れねえ顔がいるな?」
「…………」
賢の後ろからさらに二人の男が歩いてきた。一人は金色の長髪、もう一人は五分刈りの頭。
「ど〜もすみません。うちの若いのがボケ〜っと歩いてて。あぁ、俺は千歳基地第二部隊所属、虎門真一。副隊長やってますぜい」
「あんた顔に似合わず随分フランクだな……。俺は烏羽礼人。よろしくな」
礼人と虎門は互いに笑い、握手を交わす。
そしてその隣では、どこか風貌が似通っているようにも見える二人が挨拶を交わす。
「千歳基地第二部隊の天間日暮です」
「討伐部隊の星雪次だ。よろしく頼む」
「はい」
「…………」
「…………」
寡黙な雪次を前にし、天間は汗を流しながら目が泳ぎ始める。
「まぁあっちはあっちで任せるとして」
「お、おう」
「こっちの基地も、ナンバーズに襲撃されちまってな。それに対抗するための新兵器を、あんたらの所の隊長さんに協力してもらって作ってるんだが……」
虎門は自身の懐から小さな携帯電話を取り出す。古ぼけており、よく見ると折り畳み式になっている。
「ガラケーかよ。今時見た事ねえ」
「こいつは自前だ。何かのメモを取る時に使うんだよ。ちょっと弄ってるから録音機能もあるぞ」
「んで、俺達に何の話があんだよ? それにナンバーズ? 俺達が戦った奴等以外にもいたってのか?」
「そーそー。それでここからが本題だ」
虎門の表情が一転、気怠げな瞳に光が宿る。礼人もそれに感化され、表情を引き締める。
「交戦した時の状況、機体の特徴、撃破した時の動き、作戦。覚えている限りでいい、俺達に話してくれないか? 対価は、そうだな…………後でカニでも送るよ」
続く