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取引

 

 衣月は一人、自らの部屋に入る。


 扉に鍵をかけ、部屋の隅々に渡るまで盗聴や監視がないかを確認。


 先程大圓寺司令から連絡があり、電波傍受の心配はないらしい。このやり取りを白金の関係者に聴かれでもすれば、自分達だけでなく相手にまで被害が及ぶ。ここまでやって邪魔をされるわけにはいかない。


 受話器を取り、ある番号へ繋ぐ。数度のコール音と共に、やがて耳に相手の声が届く。




『こちら横須賀基地討伐部隊隊長、水城(みずき)雪音(ゆきね)です』

「もしもし、千歳基地第二部隊隊長、桐城衣月です。……お久しぶりです、水城隊長」

『桐城……確か、君は……』

「はい、猿ヶ森で初めてお会いしました。その節は、どうもお世話になりました」

 衣月は一礼する。向こうに見えないのは知っているが、普段の癖がそうさせる。

『……あぁ、あの時に第二部隊の隊長と一緒にいた。そうか、隊長になったんだな』

「はい、まだまだ未熟者ではありますが、同じ部隊の先輩や同期に支えられながら、なんとか。……それで、本題に移ってもよろしいでしょうか?」

 久しぶりに聞けた憧れの声に緩んでいた表情を引き締める。自然と声は小さくなる。


「私達千歳基地は、少し前に所属不明機の襲撃を受けました。数は計四機。機体が飛翔する際にバックパック付近が揺らめくなど、機体の特徴の多くがナンバーズと一致したことから、私達はその機体をナンバーズの同型機と結論付けました」

『ナンバーズ……そちらにも襲撃して来たのか。しかも四機……』

「甚大な被害を出しながらも、私達はナンバーズを撃退。内一機を鹵獲する事に成功しました。ですが、少々問題が発生しまして……」

 無意識に後ろを見やる。誰も聞いている訳がないのだが、今から切り出す話を考えると不安が次々と湧いて出る。


「白金重工、はご存知だと思います」

『……あぁ』

 雪音の声色が低くなる。静かな怒りを孕んだ言葉に衣月の心臓の鼓動が跳ね上がるが、悟られないように話を続ける。

「外部に漏れないように作戦を立案、決行した筈でした。ですが、それが何処からか白金の関係者に流出したようで……ナンバーズの鹵獲作戦に対し抗議を受けました。鹵獲対象の機体は海に沈んだと報告は済ませましたが、まだ疑惑の目は向けられている筈」

『きっと何かしらの対応はするだろう。それこそ君の部隊に押しかける事も考えられる』

「はい、私達は猿ヶ森、そしてここでナンバーズと接触しました。間違いなく白金の目は千歳基地に、いや、第二部隊にも向いている。私達の作戦の鍵になるSWを造るには、千歳では危険すぎる」

『作戦の鍵になるSW……?』


 衣月は大きく深呼吸をする。

 雪音達と白金との間に起きた出来事を、衣月は知る由もない。だから彼女が抱く白金への怒りの理由は分からない。


 だが、それは今回の交渉において、多少の追い風にはなる筈。



「水城雪音隊長、私達千歳第二部隊に協力をお願いします。再びこちらへ来るであろう、ナンバーズを倒す為に」



 暫くの沈黙。

 長い、長い、長い、沈黙


 やがて小さな雪音の声が、衣月の耳に届く。


『具体的に、何をすればいいのか。それが分からない以上、首を縦には振れない。君はさっき、作戦の鍵になるSWが造れないと言った。それと私と、どう関係が?』


「あるSWに、私達が鹵獲したナンバーズのバックパック……重力粒子生成装置(・・・・・・・・)を、取り付けて欲しいのです」

『っ。何故君が、重力粒子を知っているんだ?』

 雪音の声に、初めて驚きの色が混ざる。だが衣月に焦りはない。今までのおどおどとした気弱な少女の姿はなく、淡々と、交渉を続ける隊長の姿があった。


「鹵獲したナンバーズ……私達が《ウインド》と呼称していたSW内に、いくつかデータが残っていました。水没した際に破損したものも。無事なデータの中には、《ウインド》の内部機構データもあったんです。本体の重力粒子生成装置は稼働を停止していましたが、この機体にはもう一つ、小型の重力粒子生成装置と思しきものがバックパックに搭載されていました」

 受話器の向こう側からは静かな吐息だけが聞こえる。

「私達は重力粒子が何なのかは分かりません。ですが以前に、大学で重力粒子について研究していた貴女なら出来るのではないか、と」

『……私が何故、大学で研究していたのを知っている?』

「千歳基地には、ヒカリ・グランスという整備士がいます。基地内では旧姓を名乗っていますが、本名は仙郷ヒカリ。……ご存知ですか?」

『いや、知らな…………待て、仙郷? 仙郷……確か、何処かで……』

 雪音は目を瞑り、記憶の中を掘り返す。

 あれは大学時代、重力粒子についての研究レポートを書いていた時だった。



 自分が研究レポートを作成している時、一人の学生が背後からそれをじっと見ていた。最初は気にしないようにしていたのだが、仕切りに頷いたり、感嘆の声を上げられ、集中力が途切れてしまった。


 ── ……あの、私のレポートが、何か? ──


 ── いいえ。ただ、重力粒子の事について研究しているみたいだったから。ゴメンナサイ、邪魔してしまって ──


 少々片言が混じっているが、流暢な日本語が返ってくる。


 ── 君も、重力粒子について? ──


 ── ほんの触りだけ。前の家族に詳しい人がいたから。私はSWの設計を専攻してるの。……貴女、名前は? ──


 ── 雪音だ。水城雪音 ──


 ── 私は仙郷ヒカリ。もっと貴女と話したいけど、時間がないから私はこれで。何処かでまた会おう、ユキネ ──



『そうだ、仙郷ヒカリ。思い出した』

「彼女から聞いたんです。貴女が重力粒子についての研究をしている事を」

 衣月は言葉を畳み掛ける。

 彼女に協力を仰げなければ、この作戦は意味をなさなくなる。



「私達が得たデータが欲しければ差し上げます。場合によっては、ナンバーズをそちらに渡すことも……改めて、お願いします。ナンバーズを倒す為に……千歳の、日本の人達を守る為に、貴女の力が必要なんです!! 私達に…………協力して下さい!!」



 再び長い沈黙。


 このまま切られてしまったら。そう考える自分の心を底へ押し込める。高鳴る心臓。左胸を押さえ、呼吸が浅くなる。




 やがて、雪音からこんな言葉が返ってきた。



『…………猿ヶ森で君と初めて会った時、私が君になんて言ったか覚えているか?』

「…………?」




 数ヶ月前、衣月が隊長になる前。


 猿ヶ森での演習、そして予期せぬナンバーズ戦を終え、会議が終わった後。

 隊長の付き添いとして連れて来られた衣月は周囲をビクビクと見渡し、震えていた。自分はこの場にいてはいけない。そんな思い込みに囚われていた。

「おい、邪魔だ!」

「ひっ……!?」

 肩がぶつかり、威圧する声に驚いて衣月は転ぶ。隊長はいつの間にか何処かへ行ってしまった。


 何故こんなにも臆病なのだろう。


 立ち上がることすら出来ない衣月に、誰かが手を差し伸べた。

「大丈夫か?」

 自分よりもずっと小さな体。だが凛と通る声。小さな手に縋るように、ゆっくりと立ち上がった。

「君は確か……千歳基地所属の、桐城曹長か?」

「ど、どうして私を……?」

「千歳の隊長が話していたからな。次期隊長になる期待の兵士、と」

「…………そんな大層な人間じゃありません」

 目を逸らし、ごもごもと口籠もり、静かに雪音から離れようとする。礼すら言えない自分を、どうしようもないほど自己嫌悪する。

「いや、初めて会ったが確かに分かる。君は、彼奴と同じ目をしている」

「彼奴……?」

 雪音は笑い、衣月の肩を叩く。過剰なまでに肩を震わせるのも構わず。



「私の部隊の、若いエースだ。……そんなにビクビクしないで自信を持て」


 衣月は忘れない。隊長としての責務を背負い、それでも輝きを失わない、宝石のような目を。


 衣月は忘れない。くすんでしまった自分には勿体無いくらい、温かい言葉を。


「真っ直ぐな目だ。今時珍しい。将来良い隊長になるぞ、君は。もし君が隊長になって、何か困った事があったら私を頼ってくれ」




「……はい、覚えています。忘れはしません。貴女がかけてくれた言葉を」

『私の言った通りだった。でもまさか、ナンバーズを退けた挙句、私の事を調べて取引を持ちかけるほどになるなんて驚きだ』

「お、お褒めの言葉として、受け取らせて頂きます…………」


 急に照れ臭さと申し訳なさが衣月を満たし、声がいつもの調子に戻る。


『分かった、君達千歳第二部隊に協力しよう。そちらの基地がナンバーズに襲撃されたというのなら知らないふりをするわけにはいかないしな』

「……ありがとう、ございます…………!!」

 衣月は深く頭を下げる。

 それから先の話は順調に進んだ。《オーシャン》と《鷲羽》が合流する地点、日時も決まり、その為にそれぞれのスケジュールを調整。衣月の計画の地盤が盤石となっていく実感を得た。


『……ところで、一つ聞いてもいいか?』

「はい、何でしょう?」

『仙郷には弟がいる、と本人から聞いたのを思い出した。彼は何処にいるか、君は聞いたか?』

「弟…………流星く、仙郷流星少尉の事ですか? 彼なら私達第二部隊に所属しています。それが何か?」


『そうか……いや、会うのが楽しみだな、と』



 そう言う雪音の声は自分が知っているものとは違い、まるで悪戯を楽しむ子供のようだった。



続く

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