星屑のお話
流星は、両親の顔を知らない。
付け加えると、自分の本当の姓すら知らない。
20年前の夏、丁度流星群が空を走る日、1人の赤ん坊が施設に引き取られた。
赤ん坊が入った籠には、ただ一枚の紙を除いて何も入っていなかった。幸い赤ん坊に目立った怪我や異常はなかった。
紙にはただ一言、「流星」と書かれていた。
その後流星は施設で育てられた。しかし彼は所謂、問題児だった。
他の子供と遊ぼうとはせず、誰とも話そうとしない。やがてそんな彼を施設のほとんどの子供達は近寄らなくなった。
一部の子供達が強引に遊びに連れ出そうとした所を返り討ちにし、その報復に来た年長組ですら、彼を止める事は出来なかった。
施設の大人が尋ねた。
「どうして君は、他の子と仲良くしないんだ」
流星は答えた。
「仲良くするやり方を、知らないから」
やがて流星が十歳になった頃だった。
引き取られて十年、ようやく流星の引き取り手が見つかったのだ。
「良かったね流星君、新しい家族だ。仙郷さん、という人だ。優しそうな男の人だったよ」
「…………」
「君も今日から名字を名乗れる。君にもこの場所以外の家族が出来るんだ。確か、仙郷さんが迎えに来るのは三日後だったかな? とりあえず準備を──」
「いらねえよ」
施設の職員の言葉を、流星はたった一言で切り捨てた。
顔も素性も知らない家族が出来る。何が嬉しいことなのだろうか。
家族がいない、家族に捨てられた自分には理解出来ない。この施設には世話になっているし、多少の恩は感じている。だが、ここにいる人間を家族などと思った事は微塵も無い。
流星は思っていた。
「あのまま誰にも見つからないで死んでいたら、一番幸せだっただろうな」
「初めまして流星君。私は仙郷星。君の新しい家族だ」
「俺に家族はいない」
星の言葉を開口一番否定した流星に、施設の職員は慌てて諌めようとする。しかしそれより先に、星が小さく笑った。
「失礼、確かに君の言う通りだ。まだ私達は始まってすらいない。これから少しずつ、時間をかけて築いていくべきだった」
「…………」
今まで見てきた大人達とは違った。
自分が意見を言えばすぐに否定してきた施設の大人とは違う。彼は初めて、自分の言葉を真正面から受け止めた大人だった。
「あぁ、あとはこちらの紹介もしなければ。……ヒカリ、出て来なさい」
星が呼びかけると、車の後部座席から一人の少女が現れた。
施設の少女達が遊んでいた、人形とよく似ていた。
「流星君に自己紹介を」
少女は星の背に隠れ、様子を伺うように顔を覗かせる。
そして小さな声で自らの名を発した。
「ヒカリ……私、ヒカリ、グランス、デス」
片言の日本語。
どこの国の人間かは分からない。ただ「ヒカリ」という名は、日本人の様な名前だった。
「ヒカリも両親を亡くした孤児でね。私が施設から引き取った。君よりもお姉さんだが、日本にいた時間は君の方が長い。色々教えてあげてくれ」
「何で俺が……」
星は答えなかった。
代わりに彼の背から姿を晒したヒカリが、おずおずと手を差し伸べた。
「私、Ah、big sister、お姉さん? 貴方、の、お姉さん、ナリタイデス」
「…………嫌だ」
しっかり通じる様に、流星は手でバツを作る。しかし、
「Oh、まだ、早い? Ah、じゃあまた、今度聞く」
「そういうことじゃなくて……」
一向に上手くいかない会話。
しかし流星自身も気づかぬうちに、既に距離は少しずつ、縮まっていた。
そして引き取られてから5年。
教育を星が雇った家庭教師から教わり、進路について考える時期となっていた。
「流星、やりたいことは?」
随分と流暢な日本語を話すようになったヒカリが流星に問う。
ヒカリは技術大学へと進学し、つい先日大学院への進学が決まった。SWの開発、整備を学ぶらしい。
対する流星はというと、何も決まっていなかった。何かをしたい、何かを学びたい、そんな熱意がなかった。
「何も。別に適当でいいだろ、高校くらい」
「駄目だよ。これが将来を決める第一の選択肢なの。しっかり考えて──」
「一々煩い」
流星の態度に、ヒカリは頬を膨らませる。
質問を変えることにした。
「流星、好きなものは?」
「は? いきなり何を……」
「趣味でもいいよ。聞かせて」
身を乗り出し、流星に迫るヒカリ。
あまりの気迫に思わず目を逸らす。その時、あるものが目に入った。
SWの模型。いつだったか、星が誕生日プレゼントとして買ってきたものだ。ビームソードを勇ましく構える《燕》が、窓から差し込む光で輝いていた。
「SW…………」
「ん? ……なるほど。よし、分かった!」
ヒカリは突然立ち上がり、流星の手を引いて走り出した。
「待て、どこ行くんだ!?」
「連れてってあげる! 流星の夢を教えてくれる場所に!」
連れて来られたのは、流星達が暮らしている屋敷から数キロ離れた場所。海を一望出来る高い崖の上だった。
「おい、何だってこんな所に……」
「いいからいいから。そろそろ……来たっ!」
「来たって何が……」
次の瞬間、凄まじい突風が流星の髪を巻き上げ、ヒカリのワンピースの裾がはためく。
手を伸ばせば届きそうな距離を、数機のSWが飛翔していった。
美しい白色の装甲が太陽を反射して輝き、金属の鎧を纏った巨体が悠々と空を飛んで行く。
「あっ! 確かあの角がある奴がお義父さんが乗ってる奴だよ! 手を振れば見えるかな?」
一生懸命に手を振るヒカリ。
空を飛ぶSWの雄々しい姿に、流星は心を奪われていた。
地面に足をつけた自分達を置いていき、空へと旅立って行くSWへ流星は手を伸ばす。
自分も行きたい。何もかもから解き放たれたあの空へ。
俺も空へ連れて行って。
SWに願う。流れ星に願いを言うように。
「俺……」
「ん?」
「俺、SWに乗りたい。空を…………飛びたい」
そうだった。思い出した。
自分の始まり。仙郷流星という人間が、何故SWに乗る事になったのか。
理由は本当に些細なものだった。時間が流れて行く中で忘れてしまうほど。
現実を知れば、願いの本質など変化してしまう。空への憧れはいつしか、独占欲に似た何かへ形を変えてしまった。
半端な奴にSWを、あの青空を飛ぶ資格なんかない。自分がそれを証明する。
それこそ、中途半端な考えのまま今まで戦い続けた故の、作戦の最後だ。
自分の手を掴んだ細い誰かの手は、ぐんぐん流星を引っ張り上げて行く。光が満ちる境界が見えてきた。
「…………ヒカリに何て言われるか。いやその前に……衣月になんて言えばいいんだろうな」
小さく笑うと同時に、視界が光に包まれた。
続く