作戦の結末
「お兄ちゃん! 何で戻ってこないの、早くお母さん達を助けて、お兄ちゃん!」
いくら呼ぼうと、いくら戻ってくるよう指示を下しても、《ウインド》は戻ってこない。
その間にも、《グラッパー》と《メビウス》は傷ついていく。
弱っちい癖に。雑魚敵の癖に。
そんな奴らに、自分の家族を傷つけられるのが悔しくて、悲しくて、許せなくて。
神剣は泣き出す。思い通りにいかない現実に涙を流す。
「お前達なんかぁ……お前達なんか!! きゃあっ!?」
飛来したビームが《ヌル》の頭部を掠める。今まで動く事なく、三機に指示を飛ばしていた機体が初めて、首を動かした。
その方向には太陽に照らされて輝く、メタリックオレンジの装甲を纏ったSWがこちらに迫っていた。
「そんな……お兄ちゃんを、振り切って……ありえない、ありえないよぉ……!!」
神剣はすぐに《ウインド》のモニターに繋ぐ。そこで見た光景は、信じられないものだった。
ワイヤーとネットに絡め取られ、四肢が千切れるギリギリまで引っ張られている。まるで磔刑に処されているかのようだった。
「一機じゃ何も出来ないのか……? 悪いが、変なことをしでかす前に始末するぞ」
片手にビームライフル、もう片方の手にビームソードを握り、《雷導》が《ヌル》へ肉薄する。
「ひっ…………やだ、やだぁ! 来ないで!!」
振り下ろされたビームソードを、《ヌル》の右腕から伸びたビームソードが受け止めた。しかし拮抗は一瞬。《雷導》の一閃が《ヌル》の胴体に一筋の傷を刻む。
「浅いか、なら!」
すぐに突きを繰り出す流星。またしてもデタラメに振られた《ヌル》のビームソードとかち合うが、一点に力を込めた一撃は容易にそれを弾き飛ばし、深々と《ヌル》の左脚を穿った。流星は胴体を突くつもりであったのだが。
「やだ、やだやだやだ、負けたくない! 負けたら、負けたらきっと……」
捨てられる。
誰に?
七海お兄ちゃんに?
お兄ちゃんに?
── ごめんな、零奈……もう俺、お前と一緒にいるの、疲れたんだ。だから ──
先に、父さんと母さんに、逢いに行くよ。
「ーーーーっ!!!? ーーーー!!!!!!」
割れるような悲鳴。
神剣は機器に自らの頭を執拗にぶつけ始めた。何かを必死に忘れようと、しきりに叫びながら頭を叩きつける。
異変は《ヌル》にも起きていた。ビームソードを出した右腕を見境なく振り回し、残った左手で頭を押さえている。
そして異変は伝播する。
天間と交戦していた《グラッパー》の目が、突如輝きを増した。そして何故か天間を無視し、《ヌル》がいる方向へと飛び立とうとする。
「!? 待て、逃すわけないだろ!!」
《コンドル》が《グラッパー》の足にしがみつく。しかし様子がおかしくなり始めた。
しがみついた《コンドル》を振り払おうとするまでは理解出来る。しかしその方法がおかしい。
ひたすら《コンドル》を踏みつけるばかりで、攻撃しようとして来ないのだ。何かに焦っているかのように。
「一体どうして……うわっ!?」
とうとう《コンドル》のマニピュレータが破損。《グラッパー》は飛び去っていった。
更に《ウインド》の方にも異変が起こっていた。同じく目が発光を強めたかと思うと、重りを振り切る勢いで暴れ始めたのだ。《鷲羽》は大きく揺れ、船員の体勢も崩れる。
「きゃっ!?」
「大丈夫ですかヒカリさ……うぅっ!? 一体、何が……!?」
衣月は《ヌル》の様子を観察する。
まるで何か大切なものを求めるように、その頭は天を仰いでいた。
「……?」
当然、虎門達が交戦していた《メビウス》も様子が急変していた。
集中砲火から身を守っていた電磁シールドを解除し、一目散に何処かへ飛び立とうとしたのだ。
「逃げられる!」
「お前達は射撃を続けろ! くそ、イレギュラーがこんな所で起こるかよ!!」
虎門は《クロウ》のライフルを肩にマウントさせ、急いで《メビウス》の後を追う。
鈍重そうな見た目ながらなかなかに速い。しかし背後からの射撃が機体を掠めるおかげで、追いつくのは容易だった。
「何処行く気だテメェ!!」
《クロウ》の肩にマウントされた狙撃ビームライフルが熱線を吐く。
その時、《メビウス》が反転した。二門のビームキャノンには既に光が収束しきっている。
「っ!?」
咄嗟に虎門が横に避けようとするのと同時に、ビームキャノンが発射された。
《クロウ》の肩を呑み込み、背後の《蓮華》二機を巻き込み、それでもビームは勢いを弱めない。
向かう方向には、
「やべぇっ!? あっちには《ウインド》が!!」
放たれたビームは艦の底を掠め、そして《ウインド》の右手に突き刺さったワイヤーを焼き切った。
「そんなっ!?」
「すぐに新しいワイヤーを発射して下さい! このままじゃ逃げられます!!」
衣月が急いで指示を下すが、それより早く《ウインド》が動いた。
自由になった右手でビームソードを抜き、あろうことか残った自らの左腕、両足を斬り裂いたのだ。ネットも振り払い、完全に自由を手にした。
近くにいた《燕》達はネットランチャーを撃とうとするが、《ウインド》はビームソード一本で全て斬り払い、一機の《燕》を胴体から両断。包囲網に穴を空けて脱走した。
向かうのは、間違いなく《ヌル》のがいる場所。
衣月は無線をすぐに繋いだ。
「流星君!! 《ウインド》が来る!! 早く《ヌル》を倒してっ!!」
「《ウインド》が? ……あっちでも何かあったか」
狂気に囚われた様な動きを見せる《ヌル》を警戒していたが、そうも言っていられないようだった。
「ケリつけてやる、《ヌル》!!」
ビームソードを構え直し、全てのスラスターを噴射して突撃する。
切っ先が迫る中、神剣は悲痛な叫びを上げた。
「嫌ぁぁぁぁぁっっっ!!! 一人は嫌、暗いのは嫌ぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
何の偶然か。
神剣が暴れた時に無線のチャンネルが偶然流星が乗る《雷導》のものと繋がったのだ。
「子供……!?」
そのせいで一瞬だが、一撃を繰り出すのを躊躇した。
それが命運を分けた。
突如《雷導》と《ヌル》の間に影が割って入った。目の前で強い光を放ったアイレンズと、目が合う。
「《ウインド》!?」
そしてそのまま、突き出されたビームソードが《ウインド》の腹を貫いた。
激しく火花が散る。
だが《ウインド》の手に携えられたビームソードは、同時に《雷導》の首を貫いていた。
「お兄、ちゃん……?」
「流星、君……?」
2人の口から、2人の名が零れ落ちた。
「流星!!」
ヒカリは通信兵から通信機をひったくり、チャンネルを繋げて叫ぶ。
「流星!! 返事しなさい、流星!! 流星!!」
いくらヒカリが叫んでも、全く返事はない。その様子を見た兵士達が慌てて動き出した。
「早く救援を出せ! 衣月隊長、隊員への指示を……隊長?」
既にこの場に、衣月の姿はなかった。
「お兄ちゃん!!? 嫌だ、私、私、嫌だぁ!! お兄ちゃん!! あああぁぁぁぁぁ……!!」
神剣は泣き叫ぶ。返事はない。
その時背後から伸びた手がボタンを押す。それは強制帰還ボタン。押した瞬間、残った三機は撤退を開始する。それにすら神剣は気がつかなかった。
「ここで《ウインド》がやられるのは痛いかな……次からはこっちにも、もう少し目をかけるべきか」
七海は神剣に聞こえないほどの小さな声で呟いた。
ゆっくりと落下して行く中、流星はただ茫然と無線から聞こえた声を反芻していた。
暗いのは嫌だ。一人は嫌だ。
目の前では《ウインド》が力強く《雷導》にしがみついていた。そのせいでコクピットが開かず、脱出も出来ない。
たった一人。海に落ちればたった一人で、暗い場所で死ぬのだ。
「……………………暗い場所で、一人は嫌だな」
海に落ちる音を最後に、流星の意識は深淵へと沈んでいく。
「……?」
暗い世界の中、たった一つだけ輝くものが見えた。
細い指をした誰かの手。頼りなさそうに見えるが、何処までも綺麗な光を放つその手は、流星を引きずり込もうとする世界の中でハッキリと見えた。
流星は迷わずその手を掴む。
優しい温かさが、心地良かった。
続く