前夜の語らい
作戦の内容は基地司令に認められ、すぐに物資の準備が進められた。SW、および作戦参加パイロットを付近の基地から招集し、着々とナンバーズを迎え撃つ態勢が整いつつあった。
「確かに一大事ではあったが……」
虎門は次々と《鷲羽》に積み込まれていく資材を見つめながら語り出す。
「よくもまぁこんなに貸してくれたもんだ。基地司令が認めたとはいえ、一兵士の作戦が通るとは正直思ってなかった」
「酷い事言いますねぇ、虎門さん」
偶然通りかかった天間に聞かれてしまっていた。虎門はいつも通りのにやけ面のまま右手をヒラヒラと振った。
「別に衣月の事を信じてなかった訳じゃないぜ、言っとくが。ただ頭が堅い上層部がよく首を縦に振ったなって思っただけだ」
「縦に振らせたんでしょう。千歳はこの地域で一番力が強い基地です。それに、上層部もナンバーズが何なのか知りたそうですしね」
「所在も、目的も、製造元も不明。この作戦が成功すれば、間違いなく軍事力は大躍進するだろうぜ」
そう。自分達はこれから、未知の相手を生け捕りにしようとしているのだ。力の差は、二回の戦いで既に分かってはいる。まともなやり方では全滅するだけだ。
「だからこそ、こいつの役目って訳だな」
虎門と天間が見上げた視線の先。ワイヤーで吊るされて《鷲羽》に積み込まれる巨大なランチャー。
「比喩表現無しに、俺たちは漁に行く。……まったく、海の上で空を飛びながら漁だってよ。ギャグみたいだな」
口ではそう言っていたが、虎門の目は真剣そのものだった。
作戦の成否、その最初のターニングポイントは自分にかかっているためだ。
「ここを…………よし、あと少し」
複数人の整備士と共に、ヒカリは《雷導》の修理、及び作戦用の改修を施していた。
今回渡された改修案は流星からのものではなく、衣月からのものであった。高速で飛行するナンバーズ、《ウインド》の攻略、そして作戦の成功に導く為の改修。それは元から機体構造とパイロットに大きな負担を強いる《雷導》を、正真正銘「殺人的な兵器」に変えるものだった。
本来ならば機体構造から見直し、じっくりパイロットに合わせたかった。だがそんな猶予はもう無い。いつ再びナンバーズが襲撃するのか分からない以上、一日も早く準備をしなければならないのだ。
「ヒカリさん、《雷導》の進捗はどうですか?」
「もうちょっと。あと一徹すれば完成なはず」
「今、何徹目ですか? あまり無理はしない方が……」
「二徹。余裕余裕、衣月ちゃんは優しいね」
頬に油を付けた笑顔。自分より年上の筈なのだが、いつまでも無邪気で、輝いた笑顔だった。
「んで、流星は何処?」
「流星君は……多分、先に行ってるかな……」
「え、何処に……あっ」
そこでヒカリは、衣月が手に持った袋に気づいた。無邪気な笑顔が一転、ニヤニヤと悪戯なものへ変わった。
作戦の内容は医務室の兵士達にも伝わっていた。あるものは、否、ほとんどの兵士達は、作戦に対して悲観的だった。本当に成功するのか、今度は何人死ぬのか。そんな話ばかりが聞こえてくる。
翔華はうんざりしていた。周りの話が聞こえない様にイヤホンで耳を塞ぎ、陰鬱な表情を見ない為に雑誌を読む。怪我が治ったら、衣月と一緒に行く店を決めているのだ。
「衣月には気分転換させなきゃ。気負いすぎて、追い詰められちゃったから……」
と、突如医務室のドアが開かれた。だがイヤホンをしていた翔華は、その人物が目の前に来るまで気がつかなかった。
雑誌が取り上げられる。一瞬驚いたが、すぐにイヤホンを外し、無礼者に向かって翔華は吠える。
「ちょっと!! 誰よいった…………」
それは翔華の天敵、流星だった。相も変わらず無愛想な表情で翔華を見下ろしている。
「……何しに来たのよ」
「その様子じゃ、まだ戦いに出るのは無理か」
「わざわざ、それ言いに来た訳? ほんっとうに嫌味な奴。出ろって言われれば今すぐにでも……っ!」
立ち上がろうとするが、翔華は右腕を押さえて再びもたれかかる。その様子を見た流星は、予想通りの反応だと言わんばかりに溜息を吐いた。
「あんたが、あんたが衣月を追い詰めなきゃ……衣月は戦えた筈なのに!!」
「今回の作戦は、あいつが考えたものだ」
「衣月、が……?」
「俺が思ってたより、あいつは強い人間だった……いや、違うな。俺が弱い人間だっただけか」
「な、何言ってんの……?」
翔華が抱いていた、流星のイメージとは大きく違って見えた。いつも他人に辛く当たり、認めようとしなかった青年の姿は、今だけは違っていた。
「あんた……何で衣月の事を…………」
とその時、ベッドの隣の棚に何かが乱暴に置かれた。
袋の中にはハンバーガーと炭酸飲料。いつも食堂で食べているメニューだった。
「衣月から聞いた。ピクルスは抜いてある。…………ガキみたいな舌してるんだな」
「な、ちょっ!? ガキって何よ!! ちょ、待ちなさい!」
流星は既に医務室を出ていた。が、代わりに衣月が入れ違いになる。去って行く背を目で追いながら
「やっぱりこっちにいたんだ流星くん。……どうかしたの、翔華ちゃん?」
「何でもない!」
ハンバーガーを口いっぱいに頬張りながら、翔華は憤慨する。
「やっぱり彼奴最悪……! 子供扱いするとかあり得ない……!!」
「あはは……」
「衣月もたまにはガツンと言ってやりなさいよ! 隊長なんだか…………あっ…………」
タブーに触れてしまったと気づき、慌てて口をつぐむ。しかしそれが逆効果だと気づいたのか、軽くパニックになったように目を泳がせる。
だが衣月の顔は、笑顔だった。
「そうだね。隊長…………だから。ちゃんと言っておく」
「あ、あの、私…………」
「さて、早く食べようよ。翔華ちゃんには美味しいもの食べて、早く良くなってもらわないと」
「へ? 衣月? っ、ちょっ!?」
目の前に置かれたのは、唐揚げや卵焼き、シーザーサラダや焼き鮭などが詰まった弁当。重箱クラスの大きさだ。
「久々に作ったの。ついつい夢中になって作り過ぎちゃったけど、これくらい食べなきゃダメだよね」
「い、衣月……さ、流石にこれは……」
「食べなきゃよくならないよ? さぁ、たくさん食べなさい……」
「ひ、ひぇぇ…………やだやだ、太っちゃう、太るの嫌ー!!!」
医務室に翔華の叫びが、木霊した。
「零奈ちゃん、入っていいかな?」
扉が叩かれる音、遅れて七海の声が聞こえる。神剣は昼寝から目覚めるが、やがて眠たげな声で告げる。
「七海お兄ちゃん……? いいよ、入って……」
ドアノブが回り、扉が開いた。
「お昼寝中だったかな?」
「いいよ……七海お兄ちゃんも寝る?」
「いや、またの機会に。……それで本題なんだけどね」
話を切り替え、七海は神剣まで目線を下げる。呆けた神剣の頭を撫でながら語りかけた。
「そろそろ、千歳基地を終わらせて次の基地を襲撃して欲しい。千歳基地も次は本気で抵抗するかもしれない」
「……?」
「あぁ、少し難しかったね。もっと簡単に言おう。……いっぱい、いっぱい、ロボットを壊すんだ。そうしたら、次の遊び場に連れて行ってあげる。でも、船は狙っちゃダメだよ?」
「ほんと!? たくさん、たくさんやっつけていいの!?」
「もちろん」
「やった、やったやったぁ!! たくさん、お父さんと、お母さんと、お兄ちゃんと遊べる!! ね、ね、七海お兄ちゃんも遊ぼ? 赤城お姉ちゃんも、青河ちゃんもーー」
「ごめんね。僕達はお仕事がある」
それを聞くと、神剣はしょんぼりしたように肩を落とす。七海はそんな彼女にこう告げた。
「零奈ちゃんが千歳基地を陥せたら、一緒に遊ぼう」
「本当?」
「うん、約束する」
七海は小指を出す。そして神剣の小指と絡め、指切りする。
彼女の心の内に秘めた恨みと傷跡は、誰よりも深い。だが同時に誰よりも純粋で、故に御し易い。
神剣にはもっと暴れて貰う必要がある。あの機体達に課せられた役目を果たす為に。
続く




