夜の嵐に
窓を叩く雨の音を聞いていた。
精緻な彫刻のなされた椅子は、高級品とあってか流石に座り心地が良い。深く腰掛けて、ゆっくりと紫煙を吐き出す。一仕事終えたあとの休息としては、それなりに上等な部類。もっとも、この椅子が脚の揃わない粗末なものだったとしても別に構わないけれど。
この別荘のオーナーである男は、私にもすくなくともこの磨き抜かれた椅子ほどの価値を見ていたらしい。そうでなければ、たぶんこの別荘へ招かれることはなかっただろう。肘掛に凭れかかって、部屋を見回してみる。たしか、壁はなんとか調の造り、姿見はどこからか取り寄せた品だとか言っていた。寝室の内装を凝ることに何の意味があるのかは分からないけれど、それを自慢気に語る姿はすこし面白いなと思う。嵐の夜に迷い込んだ貧乏くさい格好の女に対しては、たしかに何かしらの効果が見込めるだろう。こんなものは見たことがないだろうという過信、それに軽蔑は余裕として表情に現れる。女の髪を、肩を撫でるときの男の優しげな顔は勝者のものだ。一晩で使い捨てるか、それともしばらくの間は飼ってやろうかなどと思っていたかもしれない。そして、彼は警戒を忘れていた。
そんな男は、今は乱れたシーツに裸の身体を埋めて、真っ白だった生地を血に染めている。真正面から肋骨を避けて心臓へ刃を滑らせる。何度か同じ手を使ったことがあるけれど、まともな抵抗をされたことはない。
どこか遠くで雷が落ちる。まあ、長居などして良いことはない。煙草を咥えたまま私は立ち上がり、見慣れない文様の描かれた絨毯の上に放り出されたままになっていたジャケットに袖を通す。妙に艶のある扉を開けて、一度だけ振り返る。趣味の悪い部屋だと思っていたけれど、こうして見ると悪くないかもしれない。