コロニーアウレカ消滅事件顛末
「今日、私は、此処を塵の一つも残らず消滅させる」
伝説の少女は、その長髪を風に靡かせ、コロニーの太陽に黒い髪を映えさせながら、世界に向けて己の決意を宣誓した。
「クラスA、マスターモードA、Originalオーエス、Traduzirオン、起動」
極秘裏に開発した、世界で唯一つの新型世代機、その主基に火がつく。
少女はコックピットの中、ただ状況を鑑賞していた。
計画は必ず成功する、この戦場に彼女の認識外の、戦場不確定要素は無い。
自分を妨げるに値する、規格外に値する盤上の駒は、少なくとも此処には一切でないのだ。
超高層のガラスのビルに突き刺さり、散り散りに破砕されていく旧型機の群れ。
その光景は余りに馬鹿げている。
例え一世代の差でも、これほどの物量を単機で押し返せるのか? 疑問が沸かずにはいれない。
彼女は投射されるビームを、全て紙一重で避け、ミサイルの群れも同様にかわす。
そして彼女の方は、その攻撃の一つ一つが必中、いやそれ以上、攻撃が連鎖して次々と被害を拡大させるのだ。
コロニーの空は、病んでゆく青空のよう。
様々な爆発とその余波で、あちこちで火災が発生、灰色がかった鳩血色ビジョンブラッドに染まっていた。
雲の切れ端から、何かが飛来してきた、緊急回避。
それが、地上に落下する、先ほどとは比較にならない大爆発が生じた。
「なるほど、地上の被害など、どうでもいいのですね。
いちいち貴方たちらしい、そういう一貫して、ぶれない姿勢だけは評価すべきなのでしょうか、、。
いいえ、地上にいる、そのほとんどの人間が、宇宙起源だから。
ただそれだけの理由で、貴方たちはそこまで冷酷になれる、そちらを評価するべきなのでしょう」
少女は冷え冷えした声と瞳で、空を迎えた。
過去に地球で起きた、悲劇的なだけの殺戮が再来していた。
有人都市に、大規模な総計1999メガトンの熱量が叩きつけられたのだ。
宇宙ステイションを挟んで、敵の艦隊・機動兵器群は惑星にいる彼女を攻撃していた。
ステイションに備え付けられている防御フィールド、更に各迎撃武装が防衛陣地として、強固な盾となり、彼女を阻んでいた。
「確かに、事前に彼が言っていたように、多少手強いぃっ、でも、抜けない壁じゃない!」
少女は機体内部、格納されていたキーボードを乱暴に引っ張り出す。
そして酷く歪んだ指捌きで、神速でピアノを弾くようにキーを打つ。
卓上でキーを打ち鳴らしつつ、身に纏うは、ただの一人の純真、純潔な少女時代には無かった輝きだった。
彼女は既に決意していた、全てを変革、レジストする、レジスタンスとして、悪たる悪を成す己自身を。
その輝きは暗いながらも、潔い凛とした美しさがあった。
「最後の、夢という希望も、儚く消え去った。
私が求めてやまなかった、可愛いあの子は、もういない。
どこにでもある、そんな同義の愛じゃなかった、だからこそ、私は絶対に許さない」
機体中枢にある、特殊な機構が、その少女の溢れて止め処ないその念を、反映するかのように光り輝きだす。
俗にこれは、賢者の石などと様々にこの時代呼ばれうる、希少金属よりもよほど貴重で数少ない超物質による。
その超高エネルギー体は、その瞬間、この宇宙時代においてさえ、桁が外れてどうしようもない出力を一瞬間の間に放出した。
しかしこれは、誰でも可能な事象ではなかった。
少女の類稀な才による、異相空間調整能力の成せる技だ、本来なら、莫大なエネルギーを抽出などできないはずなのだが。
「それでは、さようなら、下らない人生を送った事を、地獄で永遠に後悔していてください」
冷酷な台詞と共に、毒のような色合いの、幾万の光の線が、少女の機体を中心に敵の方角に伸びる。
一雫だけ、この時点でも、なおも優しい少女は、切なさの篭った顔つきで涙を流した。
己の器一杯に盛ったはずの、憎悪も殺意も、決して少女を完全には悪にも狂気にも堕としていない、それが証左だった。
「時代は変わる、Wonder Landとは言わないまでも、今よりは良くなる、そうでなければ悲しすぎる」
空間に、自堕落の象徴、空を傲慢に残酷に支配するステイションの威容は既になかった。
無残に破壊された美貌は、自ら直接に殺した、あの少年の死に顔を想起させた。
「ふっふ、人形愛ピグマリオンとは、人形が主に抱くものだったのかしら、あああぁ!!」
少女は頭を抱えて、露骨に見えるほど錯乱し、狂乱したような声をあげる。
「いやだぁ!」
(生まれた瞬間から常に、追われるように生き、夢ばかり見ていた。
愛情不信で、愛に餓えていて、何も信じられない中で巡り合った少年。
宇宙の落とし子である、ただそれだけで迫害され、人間扱いしてもらえない自分を、何でもないように普通に扱ってくれた。
だが、この都市とかいは、彼すら変えた、修復不可能なほどに。
月のように辛うじて灯っていた心の火は消え、影は濃くなり、迷走。
終わりのない迷宮に迷い込んだように、絶望のラビリンスを必死で生き続けたのに。
どんなに時が過ぎても、変わらないものがあると思っていたのに。
知っていた、変わらない現実は存在すると、あの闇を生きてきた日々が、途方も果てもない実感と共に私に確信させる。
必ずあると信じた救いは打ち砕かれて、もう何もかも壊したかった)
少女の指が触れた、そのトリガーは、軽く既に握られていた。
目標は、人口数百億人のコロニー。
彼女の規格外れの砲撃を受ければ、これまでとも比ではない、それこそ全てが崩壊する衝撃に至る。
それを、彼女は知っていた。
知っていて、何の気兼ねもないように、ただただ冷酷な殺人者の瞳の先に、己の復讐者を幻視して、激情のままにそうした。
それが様々な因果の最後の、一つの結果だった。
「そっと、絡め合って、私達は、存在として一つで二つ、二つで一つ」
古代に生きた人類は、このような悲劇を生む事を予想しえただろうか。
余りにも悲惨すぎる光景に、少女も自ら成した事に呆然として、夢と現を彷徨うように空ろな瞳で虚空を見つめて、何事か呟いている。
「野を駆ける獣けものになりましょう、何も考えずに生きていけたら、それが無上の幸せって、いま、私は、、、気づけたの」
ある意味で満ち足りた心、少女自身を照らす月は、少女の中で形を成していなかった思いを明瞭にした。
ゆくゆく夜毎、痛みだけを少女に与える罪の源泉、その断罪は少女は当然、世界全体にすら向けられた。
「、、、の月も、またすぐに欠ける運命よ、ならば、こんな世界はいらない、必要ない、在る事が、それ自体が罪。
(ああ、確かに、あの人の言っていた事は、酷く正しい。
なぜあれほどの激情と憎悪を、抱けるのか、正直不思議だった。
でも、この瞬間に、私は始めて彼に真に共感できた、志を同一にする、同士足りえるんだわ)
「ならば、速く、彼のところに行かなきゃ、、、。
たぶん、彼だけ、わたしが抱くこの痛み、傷を舐めあうだけかもしれない、だけど、いい。
最後の最後で、自分と同一の心を抱える存在と、共に生きる、それだけが救いで、望みを叶えるにも適う、はず」
今だ錯乱し狂乱する心を抱えて、少女は無残に破壊され、用を成さない無機物、コロニーの残骸を見ないように離脱した。
少女は、通信を開いた、ようやくといった風情で、語りかける。
「愛ヲ、毒薬のようなモノでもいいです、くださる事を、私は望みます。
雫を唇に受けて、甘く蕩ける、そんな、感覚を麻痺させるくらいの。
確かに、何かしら満ち足りた今を、永遠に引き伸ばすような。
わたしは、このどうしようもない今でさえ、生きたいと強く願います、それは、多分貴方ですら、そうなんだと思います。
だから、お願いします、ただ苦痛に喘ぐだけのこの時を、僅かでも、熱い時にしたい。
貴方にはできることです、違いますか?
誰よりも、悪に相応しく、その悪の性質ゆえに、誰よりも美しく映える、魔性のカリスマを持つ人だと、私は信じます。
宵の月も、またすぐに欠ける運命、ならば、どうか引き伸ばして。
私は、もう貴方の、絶対に忠実なるシモベ、それ以外に生きる道の最善なんて、見当がつかないのですから」
少女の、告白にも似た、甘い長台詞の終わり、通信越しに、男の嘲笑を幻聴したのは、果たして聞き間違いか、少女自身にも分からなかった。




