3話「HPもMPも低すぎるだろ……」
「え? 街に入れないんですか?」
有栖の悲しそうな声に衛兵は困り顔で見あった。
「いや、今シアトゥーマは西の勢力と戦争中でな。身分証のないものの立ち入りを遠慮してるんだ」
「もし旅人なら、旅人という証拠も見せてもらわないと……」
門前に立つ衛兵二人は困った様子でそう告げた。
「……どうしよう」
「……これは……ちょっと想定外だわ」
衛兵に聞こえないように有栖とバニラが呟くと、突然シルビアが割り込んできた。
「マスター、私ならなんとかできる方法あるけど」
「え!? そんなあるの?」
「えっと、衛兵を惨殺する方法か平和的な方法かどちらがいいと思います?」
「平和で」
シルビアは我が主の即答を聞くと衛兵に向かい合った。
「ん? なんだ?」
「あのですねー。実は私、この子を森で保護してきたんですよー。だから子供たちだけでも入れられませんか?」
「……とはいっても規則だしなぁ」
衛兵の言葉を聞き、シルビアは目を光らせて返す。
「こんな幼い子が敵国の刺客と?」
「……むぐ。確かに、それはありえないか」
「……よし。では子供たちだけ通そう」
その言葉を聞き、シルビアは勝ち誇った表情を有栖に見せた。
「……えっとシルビアさん、いいの?」
「構わないわ。マスターに尽くすことができて、また名前呼んで召喚してもらえたなら私はそれで満足。じゃあね、マスター。頑張ってね」
*****
一旦シルビアと別れた有栖とバニラは、石畳の町を歩いていた。
「凄いなぁ。こんな町は初めてみたよ」
「あんたの世界にも似たところあるでしょ。確かヨー……ヨー……」
「ヨーロッパね。でもあそこは僕の国からはだいぶ離れてるから……」
そんなこんなで暫くすると、通行人にゴツい装備をした人が多くなってきた。
「この人たちが所謂冒険者ってやつね。クエストをクリアしてお金を稼いでいるの」
「そこは僕の知識と変わらないな」
「それにしても……」
有栖は周りの自分を見る視線が気になった。
「……まあその格好じゃ目立つわよね」
有栖はローブのようになった制服の裾を引っ張ると「お金が手に入ったらまずは服を買おう」と心に決めた。
数分後、有栖とバニラは冒険者が多く出入りする建物を見つけた。
「デッカいなぁ。これがギルドホール?」
「そうよ。でももっと都会の方だと、町一つ分ギルドホールっていうところもあるから、この程度で驚いてられないわよ?」
*****
ギルドホールの中は忙しそうな声と楽しそうな笑い声と喧騒でとても賑やかな様子だった。
有栖は肩身を狭くしながら木造の床を突っ切ると、受付へ向かった。
「次の方……あれ?」
「し、下です!!」
受付の女性がカウンターの下を覗き込むと、そこには背伸びをする有栖がいた。
有栖は他の冒険者から親切にも木箱を置いてもらうとそこに乗り、改めて受付の女性と顔を合わせた。
「……えっと、君、どうしたの?」
「あ、その……ギルドカード作りたいんですけど」
「……。うん、分かったわ。じゃあこれに名前書いてくれる? それだけで他のデータも増えるから」
受付の女性は快く有栖の書面を許した。というのも過去にも冒険者に憧れを抱く少年がギルドカードを作りたいと申請することが多々あったのである。
ギルドカードを作ること自体は年齢制限がないので、大体の少年たちは家に持ち帰り部屋に飾るようなことがよくあったのだ。
「……えっとバニラ。代筆お願いできる?」
「ダメよ。ギルドカードの申請は本人の直筆じゃないとデータが出てこないから」
「……じゃあさ。どう書くのだけ教えてよ」
「……仕方ないわね」
受付の女性は二人のやりとりを微笑ましく思っている間に、有栖は拙い字で名前を書き終えた。
(文字の勉強もしないといけないな)
「はい、確かに受け取りました。では、カードの完成までしばしお待ちください。
*****
有栖たちはカードの完成までの間、受付の脇にある休憩所で今後の方針を考えることにした。
「そういえばさっきそこで地図もらったんだけど……なんか凄い日本に似てるね。シアトゥーマってどこ?」
「ここ。……っていうか気づいてないの? ここって日本を基にして作った世界よ?」
「えっ!? うそ!……じゃなくて今後の方針だって」
有栖は首を横に振ると、戦争を終わらせる方法について考えた。
「とりあえずは和平条約結ぶことだよね」
「でも、それなら遠征するために仲間を集めないといけないわ。それにその前にお金だって必要だし……」
「仲間、お金……ねえ」
有栖はボヤいたあと、思い出したように話した。
「そういえば石まだ一つも集まらないんだけど……」
「当たり前じゃないの。あんたソシャゲで石が簡単に手に入ることなんてめったに無いことくらい知ってるでしょ」
(やっぱソシャゲなのか)
すると突然目の前に瓶がゴトンと置かれた。
有栖が驚き後ろを見ると気の良さそうな青年が立っていた。
「坊主、隣いいか?」
「あ、はい」
「すまんな。あ、ジュースはやるよ」
どうやら渡された瓶の中身はお酒かと思いきやただのぶどうジュースだったらしい。
「坊主、冒険者っていうのは大変だぞ? 金稼ぐのも食いつなぐのも命がけ。今から農家になれと言われたら絶対農家を選ぶだろうよ」
「はぁ」
「坊主はどうして冒険者になろうと思った?」
青年の言葉にギルドカード目当てとは流石に言えないので、適当にはぐらかす。
「前から憧れを抱いてて……」
「ふぅん。俺さ……あ、名前な、ライドっつうんだけど、ちょっと前まではただの傭兵だったのよ。でもな、戦争で亡くした仲間を思うとさ。無駄死にじゃねえかなって思うこともあったんだ。それで冒険者になったんだよ。……多分レベルの高い冒険者ほどそれぞれ思うことはあるもんだろうよ」
ライドは愚痴って悪いなと後付けすると、タバコに火をつける。
すると突然外で大きなサイレンのような音が鳴り響いた。
Uhhhhhhhhhh!!
「な、なに?」
「西の勢力が街に向かってるらしいな。こっからはレベルと高い冒険者の出番だな。坊主、お前はここにいる限り安全だから、レベルの低い冒険者と待機しておけ」
「えっと、ライドさんは大丈夫なの?」
「おう。これでもAランク冒険者だ。前衛/騎士だから早めに出とかないと……なんてな。じゃ、また話そうぜ!」
ライドは有栖に別れを告げると装備を整え、ホールの外へ走っていった。
「心配しなくても大丈夫よ。あいつ結構強いっぽいし」
「……ならいいんだけど」
…………
……
暫くするとギルドホールにはレベルの低い冒険者が集まっていた。
どうやら高レベルは外に出て応戦、中レベルは街の中で衛兵とともに待機しているらしい。
「アリスさん、カードできましたよ」
名前を呼ばれ有栖はカードを取りに向かった。
「……えっと、今はこんなことしてる場合じゃないんですけど、色々気になるところがあるので呼ばせていただきました」
受付の女性に渡されたギルドカードはゼノグラシア的な何かでこう書いてあった。
☆☆☆☆☆
name:アリス age:17
HP:800 MP:30
job:【召喚術師】
summon now:《nothing》
exjob:【異世界人】【神託者】
skill:【平和主義】
☆☆☆☆☆
「えっと、まず名前は……」
「可愛いでしょ。本名ですよ」
「……フルネーム書きなさいよ」
「……下の名前が嫌なんだよ」
バニラのボヤキに有栖はボヤキ返した。
「あと続いて年齢がおかしかったのでやり直させて欲しいのですが……」
「……あー、えっと……その、それはどう言えばいいのか……間違いじゃないんですよ……ね?」
「……いやいや、君、どうみてもまず2桁ないでしょ」
「……うーん、不治の幼体化の魔法を浴びたといいますか……そんなとこです」
アリスはそれっぽいことを言うと、自分でも冴えてると感心した。
……まあそういうことでいいでしょう。年齢なんて大きなことじゃありませんし」
本当は充分に大きなことなのだが、アリスは黙って聞き過ごす。
「続いて……【召喚術師】なんですけど……。これも流石に嘘……ですよね?」
「えっ? いや一応本当ですけど(本当にいつの間になってたみたいな感じだけどね)」
「……えっと、じゃあもしかして……本当に【神託者】!?」
(その異名はなんか嫌だけど)
受付の女性は慌てた様子で何処かへ飛んで行った。
「なにか変なこと言った?」
「……そういや言いわすれてたけど、この世界で【召喚術師】って一人しかいないのよ」
「……え? それってまさか」
「……そう、ティルスから神託を受けたあんただけ」
説明が終わり逃げようとするアリスをバニラが抑えていると、受付の女性が戻ってきた。
「……お、お待たせいたしました。ギルドマスターがお呼びです」
「……えっ?」
*****
数分後、アリスは社長室さながらの木造のドアの前に立っていた。
「ギルドマスター、お連れしました」
「そうか、入れ」
ドア越しに凛とした声が聞こえる。
「では、アリスさん。どうぞ」
アリスはドアを開けるとそこにいたのは……
(……女性?)
「……ふむ。話通り幼いように見えるが17というのは真か?」
「は、はい。 事情は少し説明し難いのですけど……」
「まあ、訳など聞かずとも疑っているわけではない。しかし、このタイミングで神託者か……」
ギルドマスターと呼ばれていた皮装備をした赤毛の女性は真っ直ぐな胸の前で腕を組んだ。
「このタイミングとは?」
「……いや、実は近ごろ戦争が激しくなっていてな。最初は軍同士だった戦争も市民を巻き込むようなスケールになってしまって……」
「なるほど。確か神が召喚するのって天災前でしたからね……」
アリスは日本の戦争のイメージを想像した。
「……そこでだ。お前にはこれから前衛を命ずる。新人だからといって遠慮はいらんぞ」
「……ええっ!? そ、それはあの、遠慮とかじゃなくて本当に無理です!」
「なぜだ!?」
「……えっと、こ、これ、僕のギルドカードなんですけど……」
ギルマスの女性はカードを見て頭を抑えた。
以前からアリスが思っていたこと。
それは……
「HPもMPも低すぎるだろ……」
「……そうなんですよ」
HP:800、MP:30という他の比べなくとも低いとわかるステータス値だった。




