2話「……こ、ここは?」
「だから突然消えたのよ!!」
「そ、そうはいいましても……」
数分後、残された花笠は電柱にあたり凹んだトラックの隣で警察官に怒鳴り散らしていた。
「あんたも見たでしょ! 学ラン着ている私と同じくらいの身長の中学生みたいな顔の男子高校生!」
「た、確かに……」
トラックから出てきた運転手は花笠の迫力に押されるようにして肯定した。
「ほら! ぶつけた本人が言ってるじゃないの!」
「はぁ。ではどこに行ったのですか?」
「それが分からないから、捜索しろっつってんでしょ!! もう、本当どこに消えたのよ……」
*****
一方、有栖は気がつくと背面全面と全て光に包まれたような白い空間にぽつんと倒れていた。
「……こ、ここは?」
『気がつきましたか』
「のわっ!?」
突如として声をかけられたことに驚き、有栖は辺りを見回した。
『申し訳ありませんが、こちらのお仕事もあるため口頭のみで説明させていただきます』
よく聞くと何かスピーカーを通じて話しているらしい。
有栖は黙ってると声の主は肯定とみなしたのか続きを話し始めた。
『まず、私は貴方の世界と違うもう一つの世界の創世神のティルスと申します』
有栖は訳も分からないまま次の言葉を聞く。
『まずここは天国ではありません。つまりは貴方はまだ死んでいません』
「……そういえば、トラックにはねられたと思ったけど体に衝撃とかはなかったな」
『接触する一寸手前で呼びましたので、体の方は問題ないと思われます』
有栖はそれ以上どういう意味かを理解しようとするだけ無駄だと思い、余計なことを言うのを諦めた。
とりあえず相手に聞こえているか否かは置いておくとして、答えが返ってくるであろう質問をする。
「じゃあここは一体どこなんですか?」
『そうですね。言うなれば私の世界と貴方の世界へのインターチェンジといったところでしょうか』
「(高速道路かよ)……もう少し分かり易くお願いできますか?」
『……簡単に言えば、私の世界に入る扉の前です』
有栖はなんとなく事情が分かり、一人で納得した。
「……なるほど。なんとなく状況は把握しました」
『納得できるのですか?』
「出来るわけないです。とりあえず今は夢オチということを強く望んでいます」
有栖は頭を軽く掻くと、神と自称する声は気にすることない様子で反論するようなことはなかった。
正直なところ有栖が夢だと思っているのは半分希望も含まれていた。が、自身を納得させる方法は夢扱いしかなかったのである。
「……で、その異世界の神様が僕に何か用があるのですか。単純に助けたわけではないですよね」
有栖は敬語を崩さすに早く帰らせろという皮肉を含めた言葉を投げるが、神の声はますます色を帯びた。
『話が早くて助かります。実は私事ではありますが貴方様に我が世界を救っていただきたいのです』
「帰らせろ」
バカバカしくなり、つい我慢していた言葉を発してしまう。
「……すいません。でも、まさか僕自身そのままの状態で現実のルールが通らない世界に勝手に飛ばすわけではありませんよね?」
『そこは配慮して、事前に私からステータスの振り分けをさせていただきましたので問題はないと思われます』
ステータスの振り分け?
有栖は少し首を傾げたが、やはり考えても仕方がないと判断し流しておくことにした。
「……で? なんで僕なんですか? というか元の世界で突然僕が消えたってことは騒ぎになってるんじゃ……」
『そこは問題ないです。記憶抹消の手続きを施しましたので、このような状況に……』
そう言うと、突然ブンという音とともに映像が浮かび上がり現世の状態が映される。
そこにはトラックの衝突事故と行方不明の少年の話がニュースになっているところが映っていた。
『……』
「……おい」
『ともかく、帰るにしろ私の世界を救っていただけなければいけません』
理不尽。
有栖の心にはその3文字が思い浮かんだが、あくまで顔には出さなかった。
「……世界を救うってどうすればいいんですか」
『手を貸してくださるのですね』
「まあ帰りたいですからね」
『何はともあれ感謝します。私自身、猫の手も借りたいほど忙しいわけですから』
有栖は少し言葉の選択について文句を言いたくなったが、帰るためだと強く思い込ませた。
『私の世界にて貴方にしてもらいたいことは二つあります。一つは大陸の戦争の平和的終結。一つは世界に生を持つモンスターと呼ばれしものの居場所を設けることです』
「……それを僕にやれと? そもそもそんなこと神が異世界人を召喚するほどの仕事ではないと思うのですが」
『もっともな意見です。が、それには然とした理由があります。……ただそれはまだ言えません、新世界にて自身で見つけてください』
「それっ……て………………」
お決まりのようなセリフを最後に突然有栖は強烈な睡魔に襲われる。
思わず立っていられなくなり、俯けの状態で眠りについてしまった。
『……そうそう。新世界についてからは代理のものに聞いてください。ではまたいつか逢える日を願います。新たなる神託者よ』
*****
…………
……チチチチチ
(……鳥の声。 そうかもう朝か。変な夢だったかもしれないけど、所詮夢。そもそもウミガメが内陸部の道ン中に居座っているわけなんてないし。うん、大丈夫のはずだ)
有栖は勇気を出して、おそるおそる目を開いた。
強い日の光に目が慣れると見えたのは、青い空、高くそびえる木々、白い雲。
体を起こすと丁度何かの祠が目に入った。
まるでアルファベットを千切って繋げたような感じの知らない文字だったが、意味を理解することができた。
『今世に禍の予兆が見られし刻、神託によって選ばれた者招かれる』
有栖は、祠を黙読すると両手を地面につくと……
「夢じゃないのかよおおおっ!!!!」
力一杯に叫んだ。
*****
数分後、気を落ち着かせた有栖はふと考えると携帯端末を起動させた。
「……圏外か。 となると、本当に異世界か……ただの電波の届かない森の中か」
「異世界よ。ここまで来て何言ってんだか」
「ぬおっ!?」
バシッ!
「ビャッ」
有栖は横を見ると当たり前のようにして浮遊していた謎の羽の生えた何かを払い除けるように叩きつけた。
叩きつけられた何かは地面に顔を突っ込むと、顔を上げて有栖を睨みつけた。
「……っもう! 何するの! 驚くのは仕方ないかもだけど、ぶっ叩くことないでしょ!」
「ご、ごめん……」
「もう初印象最悪。 帰らせろ帰らせろって私も帰りたいわよ……」
「え、えっと……そうだ。お詫びにこれ……」
有栖はポケットにしまっていた金平糖の袋を取り出すと、中から一粒出して何かに渡した。
「……なにこれ。甘い匂いはするけど。お菓子?」
「うん、お菓子」
何かは金平糖をボウリングの玉のように持ち、疑いながらも試しにチロッと舌を出して恐る恐る金平糖を舐めた。
「……甘っ! ……ふ、ふん。今回だけは許してあげる」
(……チョロい)
…………
……
「自己紹介遅れたわね。私はバニラ。この世界ではハイピクシーと呼ばれている種族で、創世神ティルスから神託者のナビをするように命じられたわ」
「はぁ……妖精さんですか」
「なんだと思い込んでたのよ」
確かにバニラは大人っぽい感じではあるが、小さな体と半透明な羽を持っているという部分を見れば確かに妖精である。
「まあいいわ。それにしてもティルスから聞いた話よりも随分あどけないのね」
「……あどけない?」
「こんな子どもが神託者になるなんてね。世の中何があるか分からないものだわ」
「ちょっと待って。 確かに童顔とはよく言われていたけど、そんなあどけないと言われるほど子どもっぽくは無いと思うんだけど?」
どことなく嫌な予感をしながら、有栖は言葉を連ねた。
バニラも何と無くだが違和感に気づき、冷や汗をかきながら質問をした。
「……あんた、年齢は?」
「17……だけど」
「17っ!!? そんなわけないでしょ! どう見ても小学生くらいじゃない!」
そう言いながらバニラは魔法で鏡を作り出すと、有栖に向けた。
「……な、なんで?」
鏡の中に映っていたのは、自分の実年齢よりも10年ほど若くみえる小学生くらいの少年の姿だった。
*****
「……ココも幼体化してる」
「……なに自分のパンツの中見てんのよ」
有栖はバニラの前だということを思い出し、顔を赤らめた。
「ステータス振り分けの所為ね」
「えっ?」
有栖は突然何かを言ったバニラにおうむ返しで問う。
「ほら、ティルスも言ってたでしょ? ステータス振り分けしたから不都合はないみたいなこと」
「はあ、そういえば……え!? それで!?」
「私もこんなケースは初めてみたわ。……全くどんなステ振りしたのやら」
「ステータスの確認ってできないの?」
有栖の問いにバニラは小さく首を横に振った。
「この世界でステータスの確認をするにはギルドカードっていうのが必要になるの。……作るにしてもギルドホールじゃないと作れないし」
「ギルドホール……どこにあるの?」
「この辺りだと、シアトゥーマかしらね? ここから東よ。ちなみに東はあっち」
バニラは手で一方向を示しながら、話した。
「ところで何キロくらい?」
「ざっと60ぐらいかしらね」
「……Oh」
*****
30分歩いたところで、見晴らしの良い河原に辿り着いた。
「ねえ……休憩しようよ……この身体じゃ全然体力ない……」
「……仕方ないわね。じゃあついでにチュートリアル始めましょうか」
「……チュートリアル?」
そう言われると、突如有栖の目の前に5つの石が置かれた。
「この石……私は神石と言ってるんだけど。これを魔法陣に乗せて召喚獣を呼ぶことができるの」
「それなんてソシャゲ」
「ちなみに一度呼び出したら名前言えばいつでも呼び出せるようになるから」
「間違って呼び出したりしそうだな……」
そう有栖が心配していると、バニラはその心配はないと顔を横に振ることで表した。
「呼び出そうという意識がない限りは呼び出すことはないわ。つまり、会話の途中で個人名として上げたり、間違って名前を言ってしまったりしても出てこないわよ」
「……なるほどね。で、魔法陣って?」
「これよ」
バニラが次に出したのは、魔法陣の描かれた用紙だった。
「一応これは使い回せるけど、もしものために覚えておいて。線の幅とかルーン文字の大きさとかは気にしなくても大丈夫だから」
「そこらへんは御都合主義なのね……」
「とにかく、この魔法陣に石を5つ置いて、サモンとやら召喚とやら我が眷属となりゆるものよとか言いなさい」
「……適当なんだ」
有栖が石を5つ置くと魔法陣と石が共鳴しあうように輝きだした。
「おー、これはライト代わりにもなるな」
「……そんな感想初めて聞いたわよ。ちなみに召喚する地形によって召喚獣が変わるから」
「例えばここなら?」
「山とか川関係じゃないかしら?」
有栖はバニラの答えに納得すると、早速始めることにした。
「じゃあ召喚」
「……あんたも適当ね」
有栖の声に反応して、召喚獣がSF映画の転送のように現れたのは……
18歳くらいと思われる茶髪の女の人だった。
彼女は召喚されると、身体を気にするようにくねらせていた。
「……どゆこと?」
「言い忘れてたけど、アンタが召喚すると何故か美少女に擬人化されて出てくるわ。まあ獣の姿にもなれるけどね」
「何その萌え系ソシャゲ」
とりあえず有栖は召喚した責任もあるため、挨拶をする。
「えっとこんにちは」
有栖の声に反応し、召喚された女性は有栖に身長を合わせるようにしてしゃがんだ。
「こんにちは。あなたが私を呼んだの?」
「(喋れるんだ)え、あ、はい」
彼女は有栖を舐めるようにして見ると納得したように頷いた。
「……悪くないわね。気に入ったわ、契約結んであげる」
「え、ちょ、なにを……むぅっ!!?」
彼女は有栖の頭部をガッチリと押さえ、強く唇を重ねあった。
舌を絡ませないとはいえ、唇の柔らかさが直に伝わり有栖は3度ほど体温が上がったような気がした。
「召喚獣とキスすることでアンタは彼女のデータをギルドカードで得ることができるんだけど……まだ少し早いっての。説明にも順番ってのがあるのに」
バニラの説明を聞いた有栖は顔を真っ赤にして俯いた。
女性に至っては、無知プレイと呟きながらムフフと笑いをこぼしている。
「……まあ召喚の手順はこんなもんね。石は旅の途中でポイポイ見つかると思うからジャンジャン使っていきなさい」
「……そ、その度にキスするの?」
「我慢しなさいよ。文句ならティルスに言いなさい」
バニラはため息をつくと先へと歩いて行った。
*****
「そういえば名前はなんていうの?」
「シルビアよ。呼んでくれたらすぐに行くわ。マスター」
「……年上の女性にマスターと呼ばれると変な感じだな」
シルビアは眠たそうなタレ目をしながらも大人っぽく笑みをこぼした。
「……」
「……」
「……えっと。町まで歩くの大変ですし、戻ってもらってもいいんですよ?」
「ううん。私、マスターといたい」
有栖は顔を赤らめるとシルビアはおもちゃで遊ぶようにニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべた。
「そういえば召喚獣としての個体名は何なんですか? ケモノ耳があるところからは動物系なのはわかるのですが」
するとシルビアは立ち止まり目の前を指差した。
「それは……また後で。ね?」
シルビアが指差す方向には壁に囲まれた街があった。




