12話「お前のような危なそうな女、主のそばに居させてたまるか!」
光が収まり、そこに現れていたのは……やはりお姉さんだった。
容姿を簡単に説明すると、褐色で高身長、そしてその身長に応じた筋肉が凄い……なんというかマッスル。
女性で腹筋が割れてる人初めてみたかもしれない。
他の特徴をいうと、悪魔のような角と尻尾、羽を生やし、ビキニアーマーにマントといった実に痴女……魔王っぽさが全開だ。
あと付け足すと、胸が貧相で目つきが悪い。
「……何か良からぬことを思われた気がしたが、まぁいい。お前が私を呼んだのか小僧」
「……そ、そうだけど」
むむ、これは一筋縄ではいかないかも。
「主様に手を出したら許さないですよー?」
「……」
「……?」
ビクビクしながら反応を待っているが、何もしてこない。
顔を見上げると、そこには赤面した彼女がいた。
「……どうかしました?」
「なっ! なんでもない! いや、ただしかしまぁ幼いな。これでは旅路も不安だろう。仕方がないな、わざわざ私から手を貸すのだ。ひれ伏し喜ぶが良い我が主よ」
早口である。
「……別に私もいますし、間に合ってますよー?」
「お前のような危なそうな女、主のそばに居させてたまるか!」
「どの口が言ってるんですかぁ?」
「ケ、ケンカはやめて……」
「もちろんだ!」
「……主様〜、単純でつまらないです」
そうは言うが、こちらとしてはかなり扱いやすくて助かるんだけど。
「そういえば、契約してないじゃないですかー? キスしないんですかー?」
「キッキキキキッキスゥッ!? ……いや、分かっているとも。 わかってはいるが……むむむむむむ」
顔を真っ赤にして、もじもじし始めた。 魔王フォルムのくせに思ったよりも純情である。
しかし、キスをしないと契約を完了できないのは事実。
確かにこちらとしても恥ずかしいけど、してもらわないと困る。
とはいえ、キスの強要は倫理的によろしくない。
「……ま、まあ私からするのはともかく、主からしてくれるのならしててやらなくもなくもないこともない」
彼女はふとそう呟くと、両手で口元を覆うようにして照れを隠した。
魔王のくせに乙女。
というかどっちだよ。
「し、しかし条件だ! 悪魔との契約だからそれなりの覚悟を構えておけ!」
「……うーん、具体的にはどういうこと?」
「……キ、キスとはいえ初めてのことだ……せっ責任を取れ」
「……」
*****
屈んでもらい、触れる程度に唇を重ねると彼女は悶絶し、クールダウンしてから改めて話した。
「そういえば名前と種族は? あ、僕はアリス、この人は僕の召喚獣のレヴィアです」
「よろしくです〜」
レヴィアはそう言うと手のひらをヒラヒラした。 挨拶のつもりか追い払ってるつもりなのかは不明だ。
「……くくく、我こそ魔の世界を統じ、混沌の世を侍りし魔王バルログ、ルロである! 恐れ慄き喚き散らすがいいっ!」
ーーバルログ。
『指輪物語』に出てくる怪物で、人間よりも遥かに大きく炎の息を吐く。 中つ国に住んでおり、両手には鋭い剣と鞭を持っていると言われている。
アリスは堂々と名乗りを上げたルロに冷静に尋ねた。
「……えっと、魔王なの?」
「厳密には次魔王候補一位だが、同じ解釈をしてくれても構わない」
「魔王じゃないんですね〜」
「別にいいだろう!? それに実力でいえば現魔王よりも遥かに上だ!」
ほぉ、それはまた大きく出たな。
まあ現魔王を知らないから、どうも言えないけど威勢の通りに強いのは分かった。
「でも、まあルロさんとは仲良くなれそうですね〜」
「……どういうことだろうか?」
「主様を獲られることはなさそうですからね〜」
「なんだと……? どういう意味だ、それは」
うわぁ、やっぱり剣呑な雰囲気。
「け、喧嘩はよくないよ?」
「む、むぐぅ……」
「そうです。 ルロさん仲良くしましょうよ〜」
「レヴィアも怒るようなこと言ったらダメだよ」
「……はーい」
こうして統括とれるだけまだマシなのかもしれないな。
「さて、そろそろ戻ろうか。 悪いけど、ルロはまたちょっと戻ってくれないかな」
「な、何故!? やはり主は鋼のような肉体は敬遠するのか!?」
「いや……とりあえず部屋で詳しい話はしたいし」
依頼人に見られるとなんか面倒臭そうだからなぁ。
*****
「アルカさん、どうです?」
「アリスくん。 うん、かなり集まったよ。 でも、せっかくだしこの分は先に置いておいて、あの削れてる崖側の方も取りに行きたいな」
彼女が指差す先にあるのは、見るからに立地からして危険そうな場所だった。
「……えっと、その止めておいたほうがいいと思います。 転落とかこわいですし」
「でも、確かあそこにもっといい薬草があったはずなんだよね……」
子どもはこういうのを決めてしまったら意見を変えたがらない。
それを理解しているアリスは無理に止めることができなかった。
「……分かりました。 ついていきます」
「主様、もしもの時はお任せくださいね〜」
まあ、レヴィアがいるから大丈夫か。
*****
縄梯子を伝って降り、アリスたちは足場に気をつけながら進んでいった。
「わぁすごい! 高級な薬草がたくさん」
僕にはヨモギとトリカブトレベルに見分けがつかないが、彼女が言うならそうなのだろう。
「お母さんに見せたらびっくりするだろうなぁ」
「気をつけてくださいよ?」
とりあえず一言告げるとレヴィアがアリスを呼んだ。
「主様、あそこに洞穴があります。 もしかするとモンスターが湧いてるかもしれないですよ」
「え? そういうものなのかな」
「さあ? 私もこの世界の存在というわけではないので……」
サモナーが召喚した召喚獣は、殆どが他の世界から呼び出される存在である。
そのため、シルビアが用事があるのは異世界だし、ルロはこの世界の魔王とは関係ないと理解している。
というかこの世界に魔王がいるのかも定かではない。
アリスは既にそのことを知っていたため、深く聞くことはなかった。
「そっか、でもレヴィアの世界では暗いところに多いのが当たり前なの?」
「ですね〜。 人骨っぽいのとか存在自体あやふやな奴とかでした」
「なるほどね。 つまりはゴースト系といったところかな」
そういうのなら別に洞穴に入りさえしなければ襲われることはないだろう。
アリスはそう自分なりに答えを出して、アルカの護衛に戻った。
「どうですか?」
「うん順調だよ。 あとちょっと待っててね」
「はい、じゃあ何か手伝えることがあればやりますよ?」
「そう? じゃああの荷物を山頂と麓に繋がってる穴のところまで持って行ってくれるかな? 集めた薬草はあとで自分が持って行くから」
そこにあったのはポーションやら地図やらが入ったリュックサックだった。
「分かりました。 じゃあまた何かあれば呼んでくださいね」
そういうと、アリスはリュックサックを持ち上げようとした。
「……ふぎぎぎぎぎ」
「……アリスくん大丈夫?」
「はぁはぁ……これどのくらいの重さですか」
「えっと……20バリオンくらい?」
バリオンとはこの世界の重さの単位である。
あくまで3つのクオークの亜種分子が……とかよく分からないものではない。
「えっと1バリオンが約2kgだから40kgで……」
……どうやらこの少女は、40kgの荷物を一人でヒョイと持っていたらしい。
「……参ったな」
「どうしました、主様?」
「……」
*****
「あれ? 荷物は」
「えっと……召喚獣に頼みました」
というか、事情を話したら荷物を片手でヒョイと持ち上げて崖を飛び越えて行った。
「そのまま見張りもしてくれるらしいですけど」
「分かってるよ。 よし、じゃあ戻ろうか」
アルカがそう言って、麻袋の口を結んだその時だった。
警戒の必要がないと思われていた洞穴から何者かの呻き声のような音が聞こえてきたのだ。
音は低くて響いているためはっきりとは分からないが、明らかに人間のものではないことは理解できた。
「……ア、アリスくん、先に行ってて」
「えっ?」
「ここは、お姉さんがなんとかするから……」
「そんなっ!? ダメですよ!」
アリスに出されたクエストはアルカを護衛すること。 逆に守られるようなことがあればこの先何もできない。
そもそもこんな幼い少女を置いて逃げられるわけがない。
そんなことを考えていると、洞穴から何かが飛び出しアルカの肩を掠めていった。
「あっ……くぅ……」
「アルカさん!?」
「……ダメ……アリスくん……、逃げて……」
飛び出した何か……巨大なトラのような生き物は、身体に何か瘴気とかオーラと呼ばれるものを身に纏っていた。
どうやらアルカはそれにやられてしまったらしい。
「……スモッガータイガーは無闇に近づけない……けど、魔法攻撃は全く効かない……の……」
「分かりました。 とにかく無理にしゃべらないで休んでください」
ふと顔を上げると崖の上からこちらを見下ろすトラがいた。
正直なところを言うと怖いし、戦いたくない。
しかし
「……ルロ、早いけどまた来てくれるかな 」
「ああ、茶を飲む時間くらいはあったがな」
召喚されたルロはマントを翻し、トラを見た後アルカを一瞥した。
「主よ、その娘は?」
「僕の護衛対象だよ」
アルカは既に呻きながらも気を失っているようだった。
「私の相手はあいつか?」
「うん、戦える?」
「愚問だ。 主は娘を連れて下がってろ、少々手荒くなるからな……だから」
それだけ告げるとルロはニヤリと頬を歪めるとトラに突っ込んだ。
「一発で決めてやる」
トラが反応するよりも早く背中回るとルロは何でもないように
「なるほど強力な魔力を瘴気に変えて纏い、その魔力の瘴気から自分の身体を強化付与させてるというわけか」
とだけ推理を声に出した。
「だがそれだけだな」
そう言うと、ルロは襲ってきたトラにカウンターを取る形で頭部に強力な踵落としを轟音とともに決めた。
その衝撃は、地面を抉り巨大なクレーターを作り、元々脆い崖の殆どが崩れていった。
「……ふ、主よ。 落ちてはないか?」
「う、うん大丈夫」
アルカと薬草を持って下がってたアリスは少し呆然としながらも、理解した。
どうやらルロは魔王である分魔力はそこはかとなくあるが、結局のところ脳筋らしい。
*****
ルロにアルカを運んでもらって、出入口付近に着くと珍しくレヴィアがオドオドと尋ねてきた。
「主様っ先ほど凄い揺れがありましたが大丈夫ですか!? というか、なんでルロさんが出ているのですか!?」
「あ、えっと……」
「お前がいない間に主はモンスターに襲われてたのだ」
わざわざルロはこんな言い方をして、顔をにやかせた。
「なっ……くぅ……」
「さっきはなかなか言ってくれたな」
するとレヴィアはふぅとため息をつくと落ち着いたように話し出した。
「……いえ、まあここは貴方に花を譲ってあげましょう。 一度助け損なったところで主様は私を選んでくれるに決まってますから」
「貴様、まだ言うかっ!」
「当たり前ですよ〜。 ルロさんにはないところが私には揃ってますからね〜。 母性とか……胸とか」
「なぁっ!?」
するとレヴィアはルロの首筋からヘソに向けて流すように見ると鼻で笑った。
「そこまで身体に筋肉がついてその胸ですか。 もう成長のしようもないですよね」
「む、胸などなくても主を守る力があれば……」
「それなら私にも備わってますからね〜」
「もう二人とも喧嘩しないでよ」
「はい」「いいだろう」
……もう疲れるなぁ。




