1話「くそっ! 間に合え!」
「えっと有栖くん? これはちょっと教室では飼えないんじゃないかな……?」
「これとはなんですか。トクリくんです」
「名前つけたんだ……」
少年が先生らしき人物に抗議する傍らで水槽をチャプチャプと泳いでいる『アカウミガメ』。
おおよそタートルネックから『トクリ』と名付けたと思われるネーミングにはセンスのカケラもなかった。
「……えっと、そもそもどこにいたのこんなの。ここ、海から離れてるよね?」
「公園の池で泳いでいました。さすがに淡水にずっと暮らさせるわけにはいかないですし」
某都会にある一つの学校。
そこで少年は運命に惑わされることになる。
*****
「……で結局、警察を呼ばれたと」
「うん。今は水族館で元気にしてるらしいよ……」
その日の下校道。少年、有栖は遠い目をしながらつぶやいた。
一方、少女の方は呆れ顔でやれやれと首を横に振る動作を見せる。
「ったく、あんたの周りって本当にそういう目に会いやすいわね」
「……それにも関わらず幼馴染をしてる花笠もなんだよね……」
「なんか言った?」
「なんでもないですはい」
少女、花笠 伊佐美怒った顔でふんと顔を背けた。本当は聞こえていたらしい。
「そ、そういえば部活どんな調子なの?」
「そうね。 まあとりあえず廃部にならない程度には集まったわ。そっちは?」
「下剋上起こりまくり、まさに『青は藍より出でて藍より青し』って感じ。多分部員1人勝手にいなくなっても気にしないくらいだと思う」
「多くてもそれはそれで大変なのね」
皮肉っぽく言われてしまい、有栖は少し口籠ってしまう。
そんなとき、突然遠くを見た花笠が黙った。
「……花笠?」
「有栖、あれ」
花笠が指差す方を見ると猫が歩道の中央で鳴いているのが見えた。
「……やばい」
「まあ大丈夫よ。あんな町猫、人間社会のルールは分かってると思うし……」
「そっちじゃなくてっ!!」
「えっ!?」
突然声を荒げる驚き花笠は一旦有栖の方を見てから再度道路を見た。
そこには、真ん中で行き詰まっている猫のほか歩道であどけない声で鳴く子猫がいた。
猫は子猫の声に誘われるかのように、車道に歩き出そうとしている。
「くそっ! 間に合え!」
「有栖!?」
その瞬間有栖はカバンを肩にかけたまま信号の点滅する横断歩道に飛び出す。
有栖はそのまま猫の首根っこを掴むとボウリングの投球のような動きで猫を放り投げた。
しかし、見えない右側から突如鳴り響く轟音。そして、大型車特有のクラクション。
(まずい!! このままだと僕が……!)
そして、有栖は……
「……えっ?」
弾けるように魂魄共々この世界から消えた。




