見るからに怪しいヤツ
「あなたが皆藤善十郎さんですよね?」
俺はこんな怪しい奴に声をかけられる覚えも面識もない。
ましてや俺の名前を知っているとはいったいどういうことだ。
「…。」
「ええええ、見た感じ私がとても怪しいのは私とて存じ上げていますとも。しかしこれも我々の教団の方針。仕方がないのです。」
教団の方針…?
ますますもって怪しいではないか。
ここは無視して立ち去るという選択肢を取るのが吉…
「…!?」
身体が、動かない?
足だけではなく腕も頭も、全身が動くことを拒否しているような感覚。
「黙って立ち去られるのも私の心が痛みますし困りますので少々束縛をかけさせて頂きました。」
なぜこんな何の価値もないような人間を、何のために引き止めているのだろうか。
全くもってこの人の考えがわからない。
なんなんだよいったい。
早く帰らせてくれよ、お金を稼がないと家が保たないんだよ…。
今日から仕事するわけじゃないけれど仕事を見つけねばならぬのだ。
「なぜ頑なに喋ろうともせず嫌悪感だけをこちらに向けてくるのか。ああそうか、もしやあなた、お家のことを心配していますね。それなら大丈夫です。あなたが私に付いて来てくれると確約をしていただけるのならばあなたのご家族は私たちが責任を持って保護させて頂きます。」
「…は?
さっきから聞いてると滅茶苦茶言いやがって。テメェらの都合ばっか押し付けてんじゃねぇよ。最初からお前怪しすぎるんだよ意味がわからねぇよ。それになんなんだよ家族を保護って。お前ら教団とやらに何のメリットがあるんだ。ねぇだろ。だったら何故そんなことをする必要がある。全くもって、何度も言うが、意味がわからない。」
しまった、胸の内に溜まっていた鬱憤の約三割が口から出てしまった。
だがこれで印象は最悪、連れて行こうとするのを諦めてくれないものだろうか。
すると目の前の怪しい人が一つ、ため息を吐く。
「はぁ。やっと口を開けば、と思えばその饒舌な舌から紡ぎ出される罵倒の数々。いったい何故このような人間を王は連れて来いと命じたのか。全然全くこれっぽっちもわかりませんな。」
ブツブツとものを言う言葉の中から聞こえてきた“王”という単語。
今現在、名目上この都市を統治している人物。
王が今の王に変わってから一度も大衆の前に姿を現さなかった人物。
そんな得体の知れないというか実在しているかどうかも怪しい人物がいったい何故この俺を欲する。
いや、きっと王というのは聞き間違いに違いない。
「これは脅しみたい、というより脅しになるのであまり言いたくはなかったのですが仕方ありませんね。」
何の話だ。
まさか…!?
「これは王の意志です勅令です。背けばあなたは刑罰を受けることになります。わかりますね。」
ああやっぱり聞き間違いではなかった。
おおよそ推測出来たうちの、最悪の事態。
道行く人皆、自分たちのそばを素通りして行くだけ。
「いつだってそうだ。何かの上に立つ者はその権力を勝手な時だけ振りかざして従える者たちを混乱へと誘う。そんなことをして何になるというんだ。」
「私だってそれは思いますよ。だけど結果的には従うしかない。それがたとえ悪だとわかっていたとしても。人は基本、己の保身を優先してしまうものですからね。」
ならばどうして、と聞き返すのはやめておこう。
王の独善独断、それが可能にさせているのは火を見るよりも明らかだからだ。
「とにかく。あなたのご家族の安全と暮らしは保証しますので是非ともどうか我々の元へ来てくれないですか。いや、来い。」
雰囲気がガラリと変わり、狂気が露わになる。
これがこいつの本性なのかもしれない。
そんなことよりも先に決断をしなければ。
正直な話、母の安全と暮らしが保証されているのなら俺が意固地になって拒否し続けることもないだろう。
けどこっちにも意地がある。
今まであの家を守り通してきた努力。
そいつが水の泡になってしまうことを思うとなんとも許し難い気持ちになる。
「…断る。」
やはり決意は変わらない変えられない。
たとえそれが王の命令だったとしてもだ。
「あなたならきっとそう言うと思ってましたよ。
強制的にでも連れて来い、との命令でね。一応あなたに同意を得ておこうと思い聞いた次第なのですが最初から拒否権なんてなかったんですよ。」
そう言って右手を上に掲げる。
「拒否権がないと言っても俺がここでー」
パキンッ。
掲げられた右手から放たれた指パッキンの音。
これを聞いた途端、急に意識が遠のいていく感覚に襲われる。
「なっ…!?」
体がフラフラして立っているのも辛くなってきている。
それでもなんとか倒れてしまいそうになるのをこらえる。
「面白いですね。でもそれもどこまで保ちますやら?」
目の前の人の口がパクパクと動いているのは見えるが何を喋っているのかは聞き取れない。
更には視界が歪んできた。
「Good Luckですよ、善十郎さん。」
なぜかこの言葉だけは聞き取ることが出来たが、ここで意識が途絶えてしまった。
「く…そ……!」