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太陽が昇る朝に  作者: 中村中
2/4

初戦

一ヶ月、皆藤にはそれ以外の選択肢はなかった。


バイトである。


どこの企業もストップしている、とはいえ新聞社などはいつも通り運営しているわけで、大会前には必ずと言っていいほど人手不足に陥るため皆藤のような見た感じ不健康そうな人でも拒むわけにはいかないのだ。


一ヶ月間働き詰め、手に入れた給料は全て家のために。


彼の暮らしはそれほどまでに貧困を極めていた。



そうこうしているうちに闘技大会開催前日になった。


大会に参加するには参加費が必要になるが観戦する分にはお金は必要ない。


誰でも気軽に見に行ける見に来れる、をコンセプトにした試みだった。


「母さん、俺ちょっと大会見てくるわ。母さんはどうする?」


「行くわけないでしょあんな血生臭いところに。私はね、あんな鍛え抜かれたようなガチムチの男よりも細くてすらっとした男の方が好きなのよ。そんなケダモノみたいな…」


「いや別にそんな男ばっかいるわけじゃないーってこの人もう聞いてねぇや自分の世界に入り込んでるし…。んじゃま、行って来ます。」


このおかん絶対頭のネジ外れてるだろ、などよく思ったりするが基本口には出さないのが彼の方針である。


大会開会式はAM10:00。


観戦者入場開始はAM9:30からとなる。


家からスタジアムまでは歩いて十数分。


正確に時間を計ったことがないのでよくわからない。


いや、そもそも携帯電話とか腕時計などというたいそう高価なものは例のごとく持っていないのだ。


なら家を出る前に時間を見て、会場に着いた時にも時計を見て時間を計ればいいといつも思う。


が、いつも忘れる。


スタジアムの大きさは、東京ドーム二つか三つ分だと聞いたことがあるが東京ドームがまずどんなものなのか知らない。


スタジアムへ近付くにつれ人がどんどんと多くなってくる。


だが皆藤の周りは自然と人が避けて歩いて行くため、歩きやすいスペースがある。


避けられるのはいつものことだ、慣れている。


スタジアム入り口には物凄い数の人が並んでいる。


これもいつも通り。


皆藤はその人の行列に臆せず進んでいく。


すると何故かしら人が先を譲ってくれる。


うん、これもいつも通りだ。


何故人が皆藤を避けて歩くのか、それは…。


得体の知れないみすぼらしい人間に関わってしまうくらいならいっそ順番を譲ってでも離れてほしいからであった。


おかげでほぼ毎回、皆藤はスタジアムまでゆっくり行ったとしても順番を待たずに中に入れるうえにいい席にも座れるのだ。


これはこれで割とまんざらでもなかったりする。


周りからの冷たい視線が痛いがもう慣れたし関係ない。


毎回、大会を観戦に来た時は観覧席の一番前の一番(だと皆藤が思っているだけの)いい席に座れるのだ。


ただ観戦に来たのだから周りの目など気にする必要はない。


時刻はAM9:51、そろそろか。



『レッディィィィスエェェェェンド、ジェントルメェェェェン!!!!!

そのうえボォォォォイズエンドガァァァァルズゥゥゥゥ!!!!!

よく来てくれたァァァァァ!!!!!

これより始まるのは皆様お待ちかね、今年一回目の闘技大会だァァァァァ!!!!!』


途轍もない音量でアナウンスが流れる。


それに呼応するかのように、観覧席からも途轍もない音量で雄叫びがあがる。


耳栓を持って来なければ、つけていなければ耳の鼓膜が破れていたのではないかと思えるほどに。


『必要はないとは思うが一応これもしきたりだ、ルール説明をしておこう!!!!!』


うおおぉぉぉぉぉ、とさらに大きな雄叫びが観覧席の方からあがる。


『まず、殺傷能力のある刃物などの武器の類の持ち込みは厳禁だ!とは言っても大概のものは全部使い方次第で相手を殺せてしまうので基本的には己の身一つで大会に挑めということだ!!!!!

この大会は相手を殺すことが目的じゃねぇ!だから自分の対戦相手を殺してしまった瞬間、お前は失格だ。いいな!!!???

持ち込みは厳禁と言ったが、自分の能力でその場で顕現させたものなら使用は可能だ!ただしこれで相手を死に至らしめても失格となっちまうので要注意だ!!!!!

試合は予選と決戦の二種類に分けて行われる!予選では1グループ四人で戦い、その中で残った1人が上のブロックへ進出できる!ある程度数が絞れたら決戦へと進むんだ!なにせ参加者が無駄に多いからな!!!!!

以上だ!!!!!

観客どもも選手どももルールを守って楽しい大会にしような!!!!!』


うおおぉぉぉぉぉ!


予選は、いつも通りなら約三週間はかかる。


参加者が無駄に多く、その数を絞り切るのに時間がかかる上に一試合にかかる時間も長かったりするからだ。


参加者は毎回6万人程度。


この都市の人口は10万人弱。


つまり人口の六割以上は参加者としてスタジアムの土を踏むことになるのだ。


皆藤は辺りを見回す。


「どうやら今回は来てないようだな…。」


時刻はAM10:20ほどになっていた。



『さぁて予選第一試合の準備が整ったぞぉぉぉ!!!!!

モニターにご注目ぅ!!!

モニターに表示されたナンバーを持つ者が予選の第一試合対戦相手だぁ!!!!!

行くぜぇ、スイッチ…オン!!!!!』


モニターはスタジアムの三方向に位置している。


まずは皆藤の真上にあるもの。


そして皆藤の右前と左前の向こうの方にあるもので三つだ。


この大会では選手同士の不公平をなくすため、対戦相手は試合直前まで決まらない。


『1人目の番号が出たぞぉぉぉ!!??名乗りをあげろぉ!!!』


自分の番号が表示されれば名乗りをあげるのが通例となっている。


「ナンバー:6784、藤藤(とうどう) 藤之藤(ふじのふじ)だ。よろしく頼む。」


そう言いながら1人の、侍のような姿成りの男がフィールドの真ん中へと立つ。


しかし刀は持っていない。


『おおっとぉ!いきなり優勝候補の通称:四ツ藤が出たぞぉぉぉぉぉ!!!!!』


観覧席の人たちは皆、一様に静かである。


選手が四人全て決定するまで静寂を保つ、というのが風習なのだ。


『続いて二人目ぇぇぇ!!!どいつだぁぁぁぁぁ!!!???』


「ナンバー:113、氏神(うじがみ) (つがい)。よろしくどーぞー。」


四ツ藤とは違い、今度はひょろひょろとしたいかにも遊び歩いてそうな男がフィールドの土を踏む。


『これはなんともひ弱そうだぁ!これは初戦敗退もあり得るなぁぁぁ!!!???』


「ちょ、その言い方ひどくない!?」


皆藤は氏神と名乗った人物に少しだけ同情した。


ああいう奴ほど何か強力な手駒を持っていたりする、かもしれない。


『続いて三人目ぇぇぇ!!!俺はこのテンションの高さを維持するのに疲れたぁぁぁ!!!』


それも仕事だろうが、と思ってしまう皆藤だった。


「ナンバー:51836、(はざま) (かなで)よ。みんな応援してね〜。」


まさかの着物姿の女性到来である。


おおよそ戦闘には向かなそうな。


『今回のラストナンバーはこいつだぁぁぁ!!!』


「ナンバー:12、トゥーベル・ハリーソン。」


気付けば既にそいつはフィールドの真ん中に立っていた。


観客は皆一様におどろき、声も出せなかったが選手たちは違った。


彼らは全員が全員、冷静であった。


…うおおぉぉぉぉぉ!!!!!


タイミングが少し遅れて観客たちの雄叫び。


『言うの忘れてたがぁ!試合以外での能力の使用は禁止だぁぁぁぁぁ!!!!!破ったら失格だからなぁぁぁぁぁ!!!!!』


いや、そういうこと言うの忘れてちゃダメだろ…。


『気を取り直して行くぜぇ!!!

今!ここに!戦う四人が出揃ったぁ!

藤の字がやたらと多い優勝候補、藤藤!!

彼の活躍にみんな期待してあげて、氏神!!

着物姿で登場紅一点、間!!

唯一の横文字名前、ハリーソン!!

勝つのはいったい誰なんだぁぁぁぁぁ!!!???

目の離せない予選第一戦、いよいよ開幕だぁぁぁぁぁ!!!!!』


うおおぉぉぉぉぉ!!!!!


「いや、ちょ、俺の扱いひどすぎない!?」


氏神の抗議の声は観客たちの歓声によってかき消された。


『チャイムの音でゲームスタートだぁぁぁぁぁ!!!!!

用意はいいか、野郎どもぉぉぉぉぉ!!!!!』


うおおぉぉぉぉぉ!!!!!


観客たちが一斉に声を上げる。


『観客どもに聞いてんじゃねぇぇぇぇ!!!!

でもまぁ準備は良さそうだしいっちょ派手にいってくれや!!!』


キーンコーンカーンコーン…


「って学校のチャイムかよっ!」


チャイムに突っ込みを入れる氏神を放って他の三人はその場から離れる。


「出遅れたしっ!今回はめっぽう俺に優しくねぇなチクショウ!」


わめき散らしている氏神から四ツ藤の方へと目を向けると、彼は既に戦闘態勢に入っていた。


四ツ藤は思ったとおり侍であった。


彼がいつの間にか手にしている日本刀がそうではないだろうかという疑念から確信に変えた。


鞘に収めたままではあるが遠目からでもそれが日本刀だとはっきりわかる。


『うっせぇぞウジ虫ィィィ!!!』


「ウジ虫じゃねぇよ、氏神だよ!半分しか合ってねぇじゃねぇか!つかそれやめて!」


ナレーターと氏神はいつまで言い合いを続けるのだろうか。


「ほんと、空気読まないわね…。」


間も愛想を尽かし、ため息をつく。


「では、参る。」


刀の柄に手をかけ、抜かずそのままの構えで走り出す四ツ藤。


それに反応して雰囲気を尖らせ臨戦態勢を取る他三人。


狙いは恐らく、氏神。


「やっぱ俺ですか…、世知辛い世の中ですな。」


互いに距離が離れているとはいえ、ものの数秒で詰めてしまうほどの身体能力。


「…ふんっ!」


走る速度を落とさず、氏神を横目に抜き去る。


抜き去る瞬間、対象に向け刀を一閃。


居合切りである。


「ふぁがっ…!!!」


ここで試合開始後初めてハリーソンが動いた。


後方へと吹っ飛ばされる氏神に次々と追撃をかける。


タイミングを合わせ上手く脇腹に蹴りを入れる。


さらに獲物が吹っ飛んだ方へと先回りし、怒涛の拳の連打。


最後に思い切り空へ撃ち上げ蹴り落とす。


氏神の落ちた先に小さなクレーターができるほどの威力。


『やはり氏神は咬ませ犬だったかぁぁぁ!!??』


「空中なら動きは取れないわよね。」


ハリーソンへ向けて何かを投げつけるようなモーション。


日の光で軽くキラキラと輝くような細いもの。


ピアノ線である。


「…!?」


空中で動きを止められるハリーソン。


自重で徐々にダメージが蓄積されていく。


と思いきや、何事もなかったかのように地面に着地する。


「なっ…、そうか、あなたね…。」


刀を鞘に収める仕草をする四ツ藤がそこにはいた。


ハリーソンへと放たれたピアノ線を一本残らず斬り捨てたのだ。


「…っ!」


情け容赦なくハリーソンは四ツ藤に向かい蹴りを入れる。


ガキョン、と金属同士がぶつかり合う音が響き渡る。


四ツ藤は蹴りを抜き身の刀で防いでいた。


「なるほどその靴、金属製か。どうりで一撃が重いわけだ。私も刀を鞘に収めたままでは危ういということだな。」


完全に刀を鞘から取り出し、その刀身が露わになる。


能力で顕現させているとはいえ、美しいの一言に尽きる刀であった。


一度互いに少し距離を取り、再びぶつかり合う。


絶え間ない剣戟。


怯むことなく繰り出される拳と脚。


ハリーソンの着けているグローブも金属製のようで、金属同士がぶつかり合う音がしばらくの間、スタジアム一帯に響き渡っていた。


「くっ(割って入るスキが全くないわ)…。」


某然として立っていることしかできない自分が歯痒い間であった。


しかしそれも束の間、背後に気配を察知し振り返る。


そこには氏神が蹴落とされ出来たクレーターがあった。


「まさか…!?」


むくりと立ち上がる人影。


「いやぁ、効いた効いた〜。まさかちょっと間気ィ失うとはねぇ。」


首を回しながらこちらへと向かってくる人影。


紛れもなくウジ虫だった。


「そこぉ!!ウジ虫じゃねぇから!!!氏神だから!!!!」


誰に突っ込みを入れているのかし、ら…?


「きゃ…!?」


なんの前触れもなく身体がふらつく目が回る。


立っているのがやっと。


「な、に…よこ、れ…。」


身体を支えきれなくなり、その場に倒れそうになる。


「大丈夫かいお姉さん?」


それを氏神が抱きとめた。


「ここへ来てナンパなんて、ほんとあんた舐めてるわね…。どうせこれもあんたの能力のせいなんでしょ…。」


「あ、バレました?そうです僕の能力です。でもそれがわかったところであなたにはどうすることもできない。だからそこで倒れてな。女を攻撃するとか男として最低だからね。」


優しい手付きでその場に寝かされる間。


何をしたでもないのにもう立ち上がれない。


彼女の心は屈辱感でいっぱいになっていた。


間 奏、リタイア。

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