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太陽が昇る朝に  作者: 中村中
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少年は

とある大きな都市の小さなアパートに少年ら家族は慎ましやかに暮らしていた。


家族といっても、家には少年とその母しかいない。


父親はどこへ行ったのか、それを知る術を少年らは持ち合わせてはいなかった。


つまり行方不明。


そういえばいつから帰って来なかったんだっけ、と言うくらいには二人とも父親に関する興味がなかったりするのだが。



ところで、少年には夢があった。


それは彼が住まうこの都市で1年に二度周期で行われるイベントにおいてトップ、つまり一位を取ることであった。


イベント、というのは簡潔にいえば闘技大会である。


人同士が己の能力と戦略を尽くして戦う、トーナメント形式の大会である。


この大会に勝ち残り、見事勝利を収めたものには、勝利数に応じて賞金が出る。


また、10大会連続で優勝した者には都市の統治権が譲渡され、王という位をもらえるという。


それ以前に王だったものはその位を剥奪され、王になる以前の平凡な暮らしに戻る。


今の王は第79代目であり、五年ほど前にその位を得た、というのだが実際のところは定かではない。


というのも、王位を得てから今までに渡って一度も民の前に姿を現したことがないからだ。


しかしながらこのイベントにはある特徴があった。


この特徴があるが故に、参加したくてもできない者が続出している。


それは、これから話の中心となっていくこの少年にも当てはまるものである。


また、これがあるから学校でもいじめ問題が絶えず不登校になる学生が大半を占めるのである。


とまぁ色々あるが要は少年の行く先は前途多難だと、そういうことなのだ。



「母さん母さん。今日の晩飯は何なのさ?」


「その辺の雑草食べてなさい。」


「おっと育児放棄か?」


「うるさいわねぇ。あたしにも色々とあるのよいいでしょ。あと、もう育児っていう年齢でもないでしょ。」


「はぁ…。」


少年は一通りの会話の後、自分の部屋へと戻っていく午後6時30分のこと。


今日も晩飯抜きかねぇ、そう考えるのも無理はなかった。


かれこれもう二日も何も食べていない。


今までこのようなことはしょっ中あったのでもう慣れてしまってはいるが、やはり空腹は辛いものがある。


「こんな時は寝るに限るか…。」


自分の寝床に転がりながらつぶやく少年の姿を見て、哀れと思うかそうでないかは人次第であろう。


「もうすぐ大会だな…。でも俺には出れないし出られない。お金がないし出たところで勝てる見込みもない。クラスメートには無謀だなんだって笑いものにされて終いだろうし。いや、それはないか。暴力が加速するだけだろうな…。」


少年は自分の身体を見回す。


その身体には生々しい傷、青アザが所狭しと刻まれていた。


おおよそ転んだだけではつかないような傷の量。


少年は今、高校一年生。


そして、ある理由から幼稚園からずっといじめを受けていた。


そのうえお金がないためにものも満足に食べられないので身体にほとんど肉はなく、見た感じからしてガリガリでやつれていた。


しかしいじめの理由はそんな軽いものではなかった。


この世界には大きく分けて二種類の人間がいる。


Human(ヒューマン)Noman(ノーマン)である。


分類のされ方は実に単純明快。


ただ、能力が使えるかどうか、である。


火を操ったり、大地から力を得たり、筋力を大幅に上昇させたりといったもの、それがすなわち能力と呼ばれるもの、Humanである。


逆にNomanとは何も使えぬ、能力のないものの総称をさす。


世の中の大半はHumanが占めており、Nomanの割合は年々減少傾向にあるとされているが定かではない。


能力が使えない、いじめが始まるのにはそれだけの理由で十分であった。


Nomanは絶対的にHumanの優位に立つことはない、これがこの世の理であり常識となっていた。


言わずもがな、少年もまた、Nomanであった。


これは体質的なもので、努力次第でどうこうできるようなものではない。


大会に出られない理由は主にこれがあるからである。


「明日も殴られるのか…。もう慣れたけどな。慣れって怖いよな…。やっべマジで腹減ったわ、寝よ寝よ。」


殴る蹴るの暴行、それが続いて既に10年以上が経過していた。


Humanは基本的にNomanを見下している。


それはいかにクラス担任の先生であれ、だ。


少年の母親もまた、Nomanであった。


父親はHumanであったと聞かされてはいる、が、いない。


そんな二人が結ばれ、少年が生まれたのだ。


HumanとNomanが結ばれた時に生まれる子供がHuman又はNomanになる確率は五分五分だと言われている。


両極端しかその存在はなく、つまりは少年はNomanの50%の確率を引いて生まれてきたということである。


兎にも角にも、頼る先がどこにもないのだ。


だから己が、己だけで耐えるしかなかった。


小学一年生の頃から少年は、いじめられることは仕方のないことだと、幼いながら割り切って過ごしてきていた。


歳を重ねるごとにそれはより過激になってくることも覚悟していた。


しかしそれでも少年は一日も学校へ行くことを躊躇いなど、ましてや休むことなどなかった。



次の日、やはり少年はいつも通り学校へと繰り出す。


ただ黙々と学校までの道のりを歩き続け、自分の教室へ自分の席へと辿り着く。


机には毎日のように落書きがなされている。


いくら消しても誰かが書いて行くのだろう、まったくつまらぬことしかできぬ連中だ。


少年の一日の学校生活はまず机の落書きを消すことから始まるのである。


「おい皆藤(かいどう)、お前なにやってんだよちょっとこっち来いよ。」


ニヤニヤしながら少年を呼ぶいかにもチャラい男が一人、教室の後ろの扉の方にいた。


ああまたか、また俺の作業を邪魔して殴りに来るのか。


皆藤、と呼ばれた少年は心の中で一人愚痴る。


少年の名は“皆藤 善十郎(ぜんじゅうろう)”。


皆藤は逆らうこともせず、ただ淡々と先導するクラスメートについて行く。


行き先は決まっている、もちろん校舎の裏あたりの人目につかない物陰だ。


着いた先にはいつも通り、さっきのやつの仲間が四人ほど待機していた。


バキィッ。


「ぶっ…!」


何の前触れもなく、拳が飛んでくる。


だがもう慣れた、いつものことだ。


皆藤は何度も何度も殴られ蹴られてもなお、倒れないし目を閉じない。


大抵の者は何かが飛来すると恐怖によって目を閉じてしまう。


皆藤は違った。


暴力を振るわれている間は絶対に目を閉じずに相手の行動を全て目で捉えると、そう決めた日から彼は一度もその誓いを破ることはなかったのだ。


故に皆藤はある一つの“能力”とも呼べる力を手に入れるに至った。


それは予知能力とも呼べるような力。


相手の拳、脚、その他の自分に飛来するものほとんどの軌道を読み取ることが出来る力。


そのような類稀なる力、皆藤には過ぎたものだった。


長年の、暴力に対する恐怖が積み重なり、また、逆らうことで余計ひどくなるなら今を甘んじて受け入れようという気持ちが彼の身体を反応させなくした。


というのも皆藤は飛んでくる拳の軌道が見え始めた頃、それを避けようとしてみたことがある。


しかしながら身体が動かず、結果、全ての拳を脚を受けることになってしまったのだ。


皆藤は理解した。


俺には見えても避けられない、と。


この見える力は何も役に立たない、と。


「あ、もうホームルーム始まっちまうぜ?

早く教室戻んねぇと遅刻になっちまう。」


一人が時計を見つつ声を上げる。


「マジかよ。ならとっとと行こうぜ。」


無条件に殴り続け蹴り続けていた輩たちが皆藤を放置し、教室へと歩を進めた。


そうして朝の暴力は終わりを告げる。


暴力を受け続けて培った力は何も軌道が見える力だけではなかった。


その体の耐久性も常人のそれとは格の違うものになっていた。


耐久性が高いわけだからあまり痛みを感じはしないが、やはり外傷はある。


所々青アザになったり切れていたりしている。


いじめグループが去ってすぐ皆藤は足を踏み出し教室へと向かう。


皆藤が教室に着いて間も無く、ホームルームが始まった。


もう痛みなど、暴力など、慣れた。



「えー、来月に闘技大会があるので、明日からは大会終了まで、学校は、休みになります。」


教師から告げられる連絡。


教室に響き渡る歓喜の声。


そう、大会開催一ヶ月前からはこの都市にある全ての学校及び会社等は休業となるのだ。


その理由は簡単だ、修行のためである。


皆、王位が欲しいのだ。


王位が取れなくても二勝以上すれば参加費より多くの金銭が手に入る。


ある意味ここの都市の人間にとって、闘技大会は第二の職業というわけだ。


無論、参加しなくとも観戦することもできる。


皆藤はこの大会で優勝するのが夢なのだ。


もちろん、飛び道具と殺傷能力のある刃物以外は何でもありなので、自身の持つ能力を思い切り出し切れる。


この大会にNomanが参加すれば、どんな能力が相手であれその元に一蹴されて終わるだろう。


夢など見るより現実を見つめて生きていくほうがよほど建設的であるということは彼自身が一番よくわかっていた。

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