いたりんのくりすます。~美少女イタコ いたりん 外伝~
いたりんの日常生活を垣間見る外伝。クリスマス企画として上げてみました。このお話では特に事件らしい事件は起きません。いたりんの揺れ動く気持ちを読み取っていただければ幸いです。
― 目覚まし時計が鳴り響く ―
… なに?何か鳴ってる。何処かで… 聞いたような気が…。眠い…。今日は何曜日だっけ?日曜… じゃない!!目覚ましが鳴っているっ!
私はやっとの事で目覚ましが鳴っているのに気がついた。私はベッドから跳び起き、急ぎ着替える。
もう、起こしてくれてもいいのにっ!住職のいけずっ!どうせ、朝のお勤めで早く起きているんだし、ついでに起こすぐらいいいじゃないっ!
私は自らの努力不足は棚に上げ、ひたすら人のせいにした。
わかっているのよ、私が悪いのは。でも、多少は起こすぐらいのことしてくれてもバチは当たらないし…。すいません。どーせ私が悪いのよ。えーえー、みんな私のせいですよっ。
しばらく私は自問自答したが、何の答えも出るはずもなく仕方なく台所へ向かう。台所へ向かうと、この寺の住職がすでに朝食を取っていた。この寺に居候している身で恐縮なところはあるものの、朝から多少気分の悪い私は軽く会釈しただけで、朝食の準備をはじめた。
「板梨 杏さん、おはよございます」
住職は慇懃無礼に挨拶してきた。しかたなく、私はバイトで鍛えた営業スマイルで返事をする。
「おはようございます、住職。早くからのお勤め、お疲れ様です」
「杏さんは随分ごゆっくりのお目覚めで、しっかり睡眠を取られた様子でなによりです」
や~な感じ…。わかっているわよ、どーせ私が悪いのよっ。…まったく。
私は愛想笑いを続けながら、トースターでパンを焼き、冷蔵庫の自家製ヨーグルトを器に移した。りんごジュースをコップに注ぎ、食卓へ運んだ。
「…… 朝のお勤めが忙しくて、起こしに来れないほどだったんですね。もとじめ」
「… 元締めはやめなさい。それに何度か起こしに行ったのに梨の礫だったんだぞ。朝はそれほど暇じゃないことは知っとるだろ?」
そう言われて、ちょっと自分の幼さに赤面した。目覚ましがガンガンなって初めて起きた身としては全く立つ瀬がない。それを冷静にさらっと指摘できるイタコ協会の元締め、さすが大人だわ。どー考えても私の分が悪いわ、これは……。
「…… すみません」
「まぁ、ええ。いつものことだ。それより杏、パン焼けてるぞ」
さすが元締め、嫌味までさらっと仰る。あっと、パンが焦げる。
私は焼けたパンにバターを塗り、適当な皿にのせる。その上にシナモンシュガーをふりかける。いつものようにシナモンの甘い香りが私の鼻腔をくすぐる。ふとクリスマスのことが脳裏を横切り、寺で何かするのか気になった。
「… クリスマスってお寺で何かするんですか?」
「何を言っとる。真言宗の寺でクリスマスの行事なぞあるわけなかろう。その時期は年末準備で大忙しじゃ」
ですよねー。やっぱ、お寺にクリスマスは無縁だわ…。仕方ない、さっさと学校へいこう。
朝食を食べ終えた私は食器をサッと洗って片付けた後、部屋へ帰ってカバンを取りに行く。カバンを取って、玄関へ走る。
「いってきまーす」
「気ぃーつけてな」
そう言うと私は外へ出た。外は初冬の冷気に包まれ、肌寒い。寺は町より少し小高いところにあって、町を囲む山々の山裾にあり、朝日を一番に浴びる。そして寺の南側に広がる海は朝日に煌めき、優しくまたたいていた。寺を包むようにそびえる裏山はまだ秋の名残の紅葉がちらほら散見できた。
私がこの町へ来て、何度目の冬の朝だろう?この町はみんな優しい。空も海も山も風も…人も。ただ、年末が近づくこの時期は少しばかり、センチメンタルになる。幼い頃、一緒にいた両親は今はもうそばにはいない。当然、家族で過ごすことなんて夢のまた夢になった私…。行き場のない私を居候として引き取ったのが住職だった。それまで漠然と修行していたイタコについても、一から鍛え直してくれたのも住職だった。本当に家族といっても過言ではないんだけど、枯れ葉舞い散る季節は、少し感傷的になる。…生まれた時から一緒にいるはずの家族がいないから。楽しいはずの家族一緒のクリスマスはもう随分ご無沙汰、テレビの中で見るぐらいしかない…。
私は学校へ向かう長い下り坂を自転車で下りながら、感傷的な気分になっていた。初冬の朝日を浴び登校しながら、なぜかしら言い様のない寂しさに包まれていた。眼下に見える町は古く、昔の港町の風情を残している。寂しさを振り払うように自転車でそんな町を縫うように駆け抜け、私は学校へ向かった。
「杏ぅ~おはよ~」
「あ、まなみ、おはよぉ」
友人のまなみと挨拶する。まなみはクラスで一番の友達で、一緒にいることが多い。私は彼女と一緒に登校する。
「… 今日は朝からサイアクで…」
私は彼女と今朝の話をしながら、教室に入った。教室には他の友達がすでに座っていた。何の話かわからないけど、盛り上がっていた。
「… クリスマスどーする?…」
「… なんか集まる?…」
やだ…。クリスマスのパーティーかなんかの話をしている。こまったなぁ…。毎年どう聞き流せばいいのかわからないのよねぇ。
私は聞こえないふりをして、席につく。まなみも一緒に席につく。
「杏はクリスマス、予定ある?」
さっきクリスマスの話題で盛り上がっていた子が話しかけてくる。私はどう答えたらいいのかわからず、愛想笑いする。
「… ん〜今のところ、特には…。もしかしたら、バイト入るかも」
「そっか。わかった」
あまりにもアッサリした反応に私は苦笑いする。ホッとした反面、何だかさみしい気もした。少し誘われるかなと期待していたから。それにしてもずいぶんアッサリしてたな。最初から期待してなかったのかよ!んなら、聞くなよ、まったく。何か今日はムカつくことが多いな。私が何か悪いことでもしたっていうのかい。
私がむくれていると先生がやってきた。それまでざわついていた生徒達は自分の席へ戻り、授業の支度をする。こうして、今日の授業が始まった。
―放課後―
終わった。
何とか今日も無事学校が終わりました。毎度ながらこの瞬間の解放感が心地いい。さて、私は働く人にならなければ……。ん……?まなみさんいずこへ?
まなみは他の友達と何か話している。なんだか、込み入った話なの…かな?をーい、まなみさん、帰っちゃうよー。
帰ろうとする私に対し、まなみは他の友達と何か相談している。なんだろ、なんだか胸が痛い気がする…。なんかさみし…。
「ごめーん杏、先に帰ってて」
ほーい、帰ります。… 帰りますよ。帰りますって。帰りゃいいんでしょ… 拗ねてやる。
なんだかわからない気持ちを抱えて、私は一人後ろ髪ひかれる思いでバイトに向かった。自転車を漕ぎながらも何か胸の中にもやっとした塊を抱えたような感じで、すっきりしなかった。頬を撫でる風も、やさしい冬の夕日も今の私の慰めにはならなかった。いつも一緒だったまなみを他の友達に取られたようで悲しかった。そういう思いが私の心に重くのしかかっていた。そんな思いを抱えながら、いつもの喫茶店についた。
「おつかれ。今日は早いな」
マスターはいつも通りにこやかに迎え入れてくれた。…なんかホッとする。
「いつもどおり頼むね。んじゃ、早速着がえて」
はいっ。がんばりまっす。
少し機嫌がよくなった私は、いつもどおり愛想笑いを振りまきながら働いた。ふと見ると、マスターが電話を受けていた。結構長い間話をしている。メモもとっているから、予約が入ったようだ。
… あっと、お客さんが呼んでいる。まぁ、あとで何の予約かマスターに聞いてみよ。はーい、いまいきまーす。
いつもどおり喫茶店での時間が過ぎ、いつもどおり仕事終わりの時間になった。
「杏ちゃん、お疲れ。そろそろ時間だから上がってもいいよ」
「あ、はーい」
私は着替え帰り支度をする。帰る前にチョット気になっていたことをマスターに聞いてみる。
「… マスター、クリスマスは…?」
「あっ、そうそう杏ちゃん。悪いんだけど24日もバイト入ってくれるかな?貸切の予約がはいってさぁ。お願いね。あっそうそう、遅出でいいよ。予約入ったのは夜だから」
マスターは妙なテンションでにこやかに宣う。
… はい、ハタラカセテイタダキマス…。どーせ………。
なんだか、肩透かしを食らったような、後味の悪い思いを抱えて店をでた。
えーいどいつもこいつも!どーせ、あたしゃシガナイ勤労学生だわよ、えぇえぇ働きますわよ。働いて、働いて、働いて、働いて……。ぼろぞーきんのようになって捨てられてやるわよ。どーせ、そんな女だわよ。… 拗ねてやる。
私はどうにもやりきれない思いを更に胸に抱えながら、寺への帰途に着いた。空には冬の星座が瞬きだしていたが、仰ぎ見る気にはならなかった。夜になって山の方から吹き降ろす寒風が心に痛かった。乾いた冷たい空気の流れが心に染みた。
それからしばらく同じような日々を繰り返し、私は心の中のモヤモヤが晴れず、鬱々とした日々を過ごした。まなみも最近すこしよそよそしかった。なにやら、クラスの友達とずっと話をしていてあまり話をすることが無くなった。
… 私ってとっても不幸な少女なのね。今年ももうすぐ終わるというのに、こんな気持ちで新しい年を迎えるなんて…。嫌だな…。
そんな思いを抱えたまま、終業式を迎えた。クリスマスより前に終わったが、終業式が終わってクラスの友だちとは特に何も話すこともなかった。まなみとも…。みんなさっさと教室を出て、帰ってしまった。教室に一人残された私はなんとも言えない寂しさに包まれて下校した。
12月24日、私はバイトまで時間があるので一人自転車をこぎ、町を彷徨った。町は特にクリスマスの飾り付けが主張するわけでもなく、いつもどおりのたたずまいでそこにあった。ちょっと港へよって海を見に行った。夕日が海に沈みかけ、オレンジ色の光るみちを作っていた。空にはカモメが群れ飛び、港では何人かの人が忙しそうに作業をしていた。そんな風景を見ていたら、すこし心が軽くなった。悩もうと悩むまいと、時間は淡々と過ぎゆき、世の中は動いているんだという思いで救われた気がした。
… 考えても仕方ないか。やることをまずしよっと。
私は気分を変えて、喫茶店に向かった。
喫茶店に着いたもののなんだか、雰囲気がおかしい。貸切の予約が入っていたはずなのに、窓にはカーテンが引かれ、物音がほとんどしない。
… あれ?どうしたんだろ。何かあったのかな。予約のドタキャンとか…。とりあえず、入ってみるか。
私はいつもどおり、自転車を置き喫茶店に入った。戸を開けて入ると中は暗く、様子がよくわからない。誰かいる気配はあるけれど、よく見えない。
「マスター?いますかぁ?来ましたよ…」
私がその言葉を発した瞬間、店の照明が一気に点灯した。それと同時に綺羅びやかなクリスマスのイルミネーションが点灯した。私は訳が分からず、ただ立ち尽くした。
「メリークリスマス&ハッピーバースデイ、杏!」
店の中にはクラスの友達が何人かいた。まなみもいた。マスターも。
あれ?何事?ハッピーバースデイ?… あぁ、誕生日だった。すっかり忘れてた。寺住まいじゃそんな習慣と無縁になるしなぁ。
「おめでとう、杏。驚かせようと思って、秘密にしていたの。ごめんね」
私はまなみの言葉に返す言葉がでなかった。…なんだか一人相撲していた自分が恥ずかしくて、恥ずかしくて、そしてとても……… うれしくて、うれしくて。気づくと、私は泣きじゃくっていた。涙が止まらなかった。
「ま、今日は仕事抜きでパーティーを楽しみなさい。杏ちゃん」
マスター…。ありがとぉ。
私は久しぶりに心の底から笑えた。本当にこの町に来てよかった。こんないい人たちに囲まれていたなんて。よかった、これで今年は心地よく終えられる気がする。
よかった。
クリスマスさいこー!誕生日さいこー!
いかがだったでしょうか?
初めての一人称での作品になります。主人公の気持ちの動きを描写しやすいですが、主人公の状況の説明が難しくて、なかなか頭を悩ましました。そのあたりを含めて、いたりんの揺れ動く気持ちを表現できていたでしょか?ご意見ご感想お待ちしています。