海の底で見る夢(1)
海の底に沈む貝殻を贈ろう。
陽射しが真上から照りつける僅かな時間しか光の届かない深海。
波に揺られた光を溜め込んだ貝の表面は、虹色に輝くという。
彼女の喜ぶ顔を想像すると、深い鈍色をした夜の海の不気味さも、いくらか和らいでいくようだ。
空には無造作に宝石をばら撒いたような星たちが、夜を彩っている。
足元からは、早く飛び込めと波の音が私を急かした。
私は大きく何度か深呼吸すると、肺に八割程度の空気を吸い込んで息を止める。
海にせり出した岩の上から、数メートル下の海へ飛び込んだ。
爪先が海の表面を突き破ると、凍える程の冷たさが身体の芯を打った。
私は全身の筋肉を弛緩させ、波のリズムに鼓動をあわせていく。
身体の隅々を海と同化させていく感じだ。
次第に海の体温と私の体温が等しくなり、冷たさは遠くなっていく。
思考は回転をやめ、 細胞に眠る海の記憶が脳裏に浮かぶ。
足の先、指の先にまで十分に意識が行き届くと、私は潮の流れに乗るようにして海底をめざす。
海面近くは、それでも月の明かりが僅かに海中を照らし、自分の輪郭くらいは感じることができた。
しかし、少し潜るだけで頼りない月光は海に飲まれ、真っ暗な闇が訪れる。
私は流れに手を引かれるようにして、深く深く潜っていく。
普通の人間にはここまで長い間、息を止めていられるものはいない。
私は普通ではなかった。
私の一族は昔から海との繋がりが深く、先祖は人ではなく海人という妖であった、とさえ伝えられている。
その海人が人間の女性と結ばれ、私たちの一族が生まれたというわけだ。
もちろん信憑性も根拠もないデタラメに違いないが、私たちが海に対して特別な能力を有する点では、無視することが出来ないのも事実だ。
私たちはそれを海と同調すると表現している。
波の揺れに鼓動を合わせることで海とひとつになり、長く海中に潜ったり、遠くの音を聞き分けたり、潮の流れに乗って早く泳いだりすることが出来る。
丸一日潜ることの出来る者も、かつてはいたそうだ。
今では一族の生き残りは、私と身体の不自由な父親の二人だけ。
滅びを待つだけの種だ。




