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悩める子羊

作者: 野暮三


 どうして何もかもうまくいかないのだろう!

 ああ、こんなことでは明るい未来なんて期待できない! 絶望的だ、お先真っ暗だ、ああ、私の人生は儚く散り去る--!


 主よ、どうかお助けください。悩める子羊をどうかお救いください。ああ、あなたは何故いつもいつも黙っておられるのですか。どうして何も教えてはくださらないのですか?

 私は将来が不安です、現在も不満です。どうか、どうか、哀れな私をお救いください。

 このミッション系の大学に入学してから、私はあなたに出会いました。それまで信仰心など欠片もなかった私が、あなたに出会い、心の安らぎを得ました。

 しかし今、私の心はまるで独り嵐の過ぎるのを待つ暗い晩の心持なのです。今まさに、人生の岐路に立っています。恐ろしいことに、本当に頭が痛むことに、大学卒業後の就職先が未だ決まらないのです!!


 就職活動は三年生のころからやっています。周りの学生は次々に内定をもらっています。けれど、私自身、魅力を感じる企業は少なく、しかも、魅力ある数社はどれも私の魅力に気づいてくれないという事態です。

 こうなって初めて、私は後悔をしました。もっと資格を取っておけばよかった、TOEICで高得点を狙えばよかった、もっと経験を積んでおけばよかった、と。

 試験会場にいる人たちがとても立派に見えます。頭も性格も良く見えます。こんなに立派な人たちと同じ職場を選ぶなんて、なんて私は場違いなんだろう、と、試験中そればかり考えてしまうのです。

 自己アピールのために自己分析をするのも気が滅入ります。ウジウジ、ウジウジ、悩む自分はなんて暗い性格だろう――、とつくづく悩みます。お酒を飲んでもハイになれません。泣き上戸なのです。


 「あなたの尊敬する人は誰ですか?」


 企業の面接でのその言葉に、すぐにあなたのことが思い浮かばなかったのは、あなたがもはや人という形を脱した形而上の存在だからでしょうか。私は咄嗟にこう答えました。


「中村智樹くんです」


 中村智樹くんは私の中学の同級生でした。あまり話したことはなかったのですが、彼が優しく心の強い人であるということを私は知っていました。なぜなら、いじめられている子にも自然に接し、そして教師に目をつけられている不良集団とも分け隔てなくつきあっていたからです。

 友人が好きなものは好きと言い、嫌いなものは私も嫌い、と常に追従していた私にとって、中村くんの毅然とした、平等な、優しい態度は尊敬に値しました。世の中にはこんなにも立派な中学生がいるのだと、ひどく感銘を受けました。


                   

***



 面接試験官が机上の資料に目を通し、「中村智樹くんって、右端の人のこと?」と訊いた。集団面接の一番右端には、見ると懐かしい顔がある。ちょっと照れたその顔は、まさしく話題に上げた中村くんだった。


「あ、履歴書に同じ中学って書いてあるじゃない。なに、きみら友達なの?」

「……いえ、友達ではありません」


 私はきっぱり否定した。将来の不安、現在の不満も、何の恐怖も今は感じない。面接官の品定めするような、いやらしい眼差しも気にはならない。なぜなら、私の中に、あのときからずっと変わらない、確かな思いがあることに気づいたからだ。


「友達ではありません」


 繰り返し言うと、私は横に並ぶ受験者たちを見通し、中村智樹ただ一人を射抜くように見つめた。


「けれど、中村くん、私は、あなたのことがずっと好きでした」


 私の尊敬する中村智樹くんは中学の頃と比べるとずいぶん大人になっている。私の幼かった恋心が再燃し始めるのを感じた。

 神は哀れな私に、中村智樹との出会いを与えたもうた。

 ウジウジしていた自分は、なんてくだらない。どれもたいした悩みじゃない。だって、そうじゃないか。


 悩むのは、恋をしたときだけでいい。


就職活動で困憊していたころに自分を励ますために作った作品です。


「悩むのは、恋をしたときだけでいい。」


--ちょっと極端な考えだけど、そう割り切ったら冷静になれたような……?

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