第9話 変身
h22.10/12 改稿しました。
結構な間、私は眠っていたらしい。
ヴァルサスは私が倒れてから2日間、ずっと眠っていたのだと教えてくれた。
成程、それほど長い間寝ていた為か体のあちこちが痛い。動かすと身体がぼきぼきいいそうだ。それに喉がとても渇いている。
水が欲しい。
私は強く口渇を感じている事に気が付いた。唇を湿らそうと舌で舐めたが、カラカラで、全く湿り気を帯びない。
「水を飲むか?」
ヴァルサスは私が喉が渇いている事を察してくれた様で、部屋に置いてある水差しから綺麗なガラス細工の青いグラスに水を注いで手渡してくれた。
「ありがとうございます」
感謝を述べて、私はグラスを受け取った。水はほのかに甘い香りがして、青いグラスは水のひんやりとした冷たさを私の指に伝えてくる。私は水を一口飲んだ。久しぶりに飲む水は微かに甘く、さらりと喉を撫でた。私はむせる事無く水を飲み込む事ができてホッとすると、次はごくごくと一気に飲みほした。
人心地が付いて、私はほうっと息が漏れた。
「ユウ、もう一杯いるか?」
「い、いえ、もう大丈夫です。落ち着きました」
「そうか。ならば、腹は空いてないか?長い間食べて無いからな。何か栄養を取らないと良く無いぞ。食事は何か食べれそうか?」
ヴァルサスはそう優しく聞いてきた。
死んだのにお腹が空くのだろうか?食事を摂るというのは生きているという証のように思われる。
私は死んでいるのか、生きているのか?しかし、現に今の私は生きて呼吸をし、水を飲んで会話をしている。
そういえば最後に食事を取ったのは何時だったか、思い出せない。最後は点滴の栄養だけで生きていた。
しかし、そう聞かれると自分がお腹が空いている事に気付く。何でもいいから食べたくなった。
「はい。お腹は空いてます。何でもいいから、何か食べたいです」
私は素直に返事をした。自覚すると空腹感が湧いてくる。
「そうか。ならば、何か適当に用意させよう」
「ありがとうございます!」
嬉しくて、思わず元気よく返事をしてしまった。
私は久しぶりの食事にワクワクと期待感が出てきた。どんな食事が出るのだろう。とても楽しみだ。
生前、入院中の私の食事は長い間ドロドロの流動物だけとか、味気ない食事とか、そんな物だったので期待感はなおさらだった。
私はベッドから抜け出そうとしてごそごそ動くと、掛かっていたシーツを自分の上から除けた。
そこで、私が身に付けているのは元々病院で着ていた寝巻きである事に初めて気付く。白い下地に紅と紺の子菊模様。服のサイズが大きいようで袖が随分余っている。
妙に袖が長いな。サイズが合ってないんだろうか?私は何時もと違う何かに違和感を感じるが、それが何なのかは解らない。
「体調は良さそうだな。この調子なら着替えは独りで出来るな?」
私の様子を見ていたヴァルサスは、私の体調が特に問題無く独りでも動けると感じたようだ。
どうやら着替えを手伝ってくれようと思っていたのだろうか?まさかね。私は其処まで動けない程の病人ではない。
この人、真面目な顔して何を言ってんだか。私は動けないわけでも、子供でも老人でもないぞ!!
凹凸は少ないが、これでも妙齢の女なのだ。恥ずかしいから着替えは独りにしてほしい。
「一人で大丈夫です。自分で着替えれます」
それを聞いたヴァルサスは立ち上がると、
「そうか、準備ができたら食事にしよう。それまでに着替えておいで。服はクローゼットの中に準備してあるはずだ」
まるで子供に言うように話しかけると、部屋を出て行った。
私はベッドからゆっくりと降りた。久しぶりに立ち上がった体は一瞬くらりと立ちくらみがしたが、それも直ぐに落ち着いた。
それにしても、大きいベッドだわ。
私は驚きながら、今居る部屋を見渡した。
20畳以上はあるだろうか?この部屋にはさっきまで私が寝ていたダブルサイズ以上かと思われるベッドと、明るい白色をした木目のローテーブルと椅子があった。椅子は上品な花柄をモチーフとした布で覆われており、心地よく包み込むように体を受け止めてくれる。
同じ木目の素材で出来ているチェスト。美しい金の化粧飾りが施してあった。大きなクローゼットを開けると何着か服が掛けてあった。
これに着替えればいいのかな。
クローゼットの中には服が何着か並んでいた。私はクローゼットの中を一瞥すると、窓の外へと眼を向けた。
窓の外から見える景色は暗くてポツポツと明かりが地上に見えた。夜空を見上げると星空と淡く輝く月が見える。元の住んで居た場所で見る夜空より、ずっと星々が良く見えて大きい。まるで宝石のように迫力をもって輝いている。それに月も倍くらいのサイズだ。そのせいか、夜空が近い様に見える。手を伸ばすと星々がこの手に掴めるような気がした。月は真ん丸と中天で淡く輝いていて、どうやら今が夜中である事はぼんやりと分かった。
窓から見えるこの景色は砦の内側なのか、住人の暮らしが窺える。
良く見ると、小さく見えている数々の窓から明かりに照らされて人が動いているのが見えた。
この部屋の照明は宙に浮いている丸い球だ。リンゴ程の球体がどんな仕掛けなのか、数個宙に浮いている。
私はクローゼットを覗いて用意してあった服を手に取った。
んん? この服のサイズ、何だか小さい。合わないんじゃないかな。それに、この服はどうやって着たらいいんだろう?
頭から被る様に着る白くて広い襟ぐりの、7分袖の肌着のような服。その上から着るのだろう、白いリボンの飾り紐で襟をボタン代りに締める様になっている水色の服。裾が長く、短めのワンピースのようだった。
その下に着るのかウエストの所を紐で調節する黒い7分丈のズボン。
下着と思われるボクサーパンツの様な物。サイズが合わないと思った服は、着れば意外と合っていた。用意してあった服を適当に着てみてから、部屋に姿見が有るのに気付く。姿見で確認しようと鏡の前に立つと、其処には子供がいた。
「え?」
そのまま鏡に近付いて触れると、鏡の中の子供も同じ動きをする。
「ええ~?!」
なんと今の自分は子供になっていたのだ。茫然と鏡の中の自分を見て、掌をまじまじと見つめる。其処には可愛らしい子供の手があった。それに、髪はばっさりと切ってしまったかの様に短くなっているし、眼の色も変わっていた。
今まで黒目だったのに、琥珀色になっていたのだ。
体つきは凹凸の無い小学一年生か、幼稚園児のようになっていた。肌は透き通っていて弾力があり、瑞々しい。勿論、顔のシミも無かったし、腕や足に残っていた点滴の痕も無かった。眼は大きくて濡れた様に潤んでいて、頬は薔薇色。唇は花弁の様に血色の好いピンク色でプックリとしている。
「誰?」
鏡の中には見た事の無い健康的な女の子が立っていた。がりがりに痩せて血色の悪い青白い顔をした私はいない。自分の姿とは思えなかった。
変身しちゃってたんだ、私……。縮んでる。
いやいや、それだけでは無い。
道理で子供扱いな筈だ。
自分が自分である事をなんの疑いもせずにいたが、何度か感じた違和感はこのせいだったのだ。
自分はこうであるという自己認識、それが大きな音を立ててバラバラと砕けて行く音が私の耳に聴こえてくる様な気がした。
茫然と鏡の前で立っていると、コンコンとノックの音が部屋に響いた。
「入るぞ?」
そう言うと、返事を待たずにヴァルサスが部屋に入ってきた。
「どうだ?」
何の事?縮んだ事?
咄嗟に理解が出来なかった。
ヴァルサスは私に近づいて来て私をじっと見ると、やおら手を伸ばした。
「これは逆に着るんだ。後ろと前が逆だぞ」
「えっ?」
そう言うと、私が理解しようとする間も無くあっという間にリボンを解いて私の上着を脱がし、リボンが背中にくるように着せ変えた。
そして私の頭を撫でる。いや、なでなでだ。
服装の事だったのね。それにしても、いささか強引だ。ヴァルサスがこうやって接するのは私が子供の姿をしていたからだ。
「……ありがとうございます」
一応そう言ってお礼をする。社会人の心得は子供でも通用する。
体はオトナ、頭脳はコドモ、あ、逆だった。こんなアニメあったなー、等とどうでもいい事を考えているとヴァルサスがそっと私の肩を引き寄せた。
「こちらで食事にしよう」
「……はい」
ヴァルサスは茫然としている私を隣の部屋へと導いた。
混乱し、今だ頭が真っ白な私は食事という言葉に釣られてされるがままに部屋の外へと踏み出した。
とりあえず、お腹が空いた。
今回も読んで下さってありがとうございます。
改めて、文章の拙さを感じるこの頃ですが、コツコツやって行きます。