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喚び寄せる声  作者: 若竹
7/70

第7話 過去との決別

ようやく名前が出てきました。


h22.10/12 改稿しました。

 ゆらゆらと周りの景色がゆれている。私は波に揺られて漂っていた。見た事のある景色が近付いては遠ざかっていく。

 まるで水面から水底を見下ろしているかのよう。

 見慣れた景色が私の目の前に広がった。

 此処は慣れてしまった病院の一室だ。けれど、心はいつまでも慣れないままでいた病室。

 もう一度、帰りたかった温かい自宅。けれど、帰る事が敵わなかった我が家。


 ああ、これは夢だ。だって私、病気で動く事すら出来なかった筈だもの。

 私は自分が過ごした病室に居た。病院独特のつんとした消毒の匂いや病人が持つ独特の匂いがした。部屋からはざわめきの様に音が聞こえてくる。

 夢にしてはやけにリアルだ。


 ピッ・ピッ・ピッ・ピピッ・ピピッ・ピッピッピッピ――――――――――。


 電子音がけたたましく鳴り響き、大きな音でアラームが警鐘を鳴らす。

 心電図の波形は激しい波の様に打った後、ぴたりと止まってフラットになった。

 でも、煩い程の警鐘はその時既にベットに横たわる私の耳には届いてなかった。いや、二度と届く事など無いだろう。先程から呼吸が止まっていた。


 家族のすすり泣く声が号泣へと取って代わり、悲しく響いてくる。家族は号泣しながら、音が届く事の無い私にすがって激しく私の名前を呼んでいる。


 虚ろな私の瞳には最早何の光も窺えず写していない。瞳孔が散大していた。その、光を失った私の瞳には天井から見下ろしている私が映っていた。


 一体どちらが本物の私なのだろう。今の私は何なのであろうか。胡蝶の夢か、あぶくとなって消えるのか?

 私は目の前の光景を茫然としながら、身じろぎすら出来ずに見ていた。


 家族は私の体に縋りつき、時に激しく私の体を揺すって大声で泣いている。そんなに大きな声で泣いてしまったら、部屋の外まで響くだろう。私の命が尽きた事を他の病人にも知らしめる。

 私は見下ろしながら、ぼんやりと他人事の様に思った。


 部屋には役割を失った波形を映さない心電図と、医師と看護師の姿。そして家族と色々なチューブに繋がれた、げっそりと痩せこけた青白い私。


 医師が死亡宣告をする。


「○時○分、ご臨終です……」


 私の鼻と口を覆っていた酸素マスクが外された。


 私は五人家族、三人兄弟の真ん中で、それぞれ2歳年の離れた姉と弟がいた。

 お父さんは仕事をしながら、毎日夜は病院に泊まり傍に居てくれた。心細い不安な夜を一緒に過ごしてくれるのだ。朝になると、そのまま会社に出勤する。

 お母さんはお父さんと入れ替わる様に朝から晩まで毎日付き添ってくれた。私が独りにならない様にいつも傍にいて、細々と世話を焼いてくれた。いつも手を握って、励ましてくれて。

 姉は未だに独身で、その原因は私であると何となく私は気が付いている。私の面倒を必死で見てくれたお姉ちゃん。ごめんね、沢山の迷惑を掛けて。

 弟の涼は生意気で、私より年下のくせに年上ぶってまるでお兄ちゃんのようだった。笑顔が眩しくて、頼りがいのある弟。


 私の看病をするのに皆体力の限界だったのではないかと思う。

 それでも笑顔で私に付き添って励ましてくれた。一緒に泣いて、お互い喧嘩して。

 私は自分の身体を思う様に動かす事すら出来ず、息苦しくて、痛くて。何度も癇癪を起した。自分の身を嘆いて。そんなみっともない自分勝手な私なのに、それでも傍に居てくれて。


 ありがとう、お父さん、お母さん、お姉ちゃん、涼。

 本当にありがとう。

 こんな平凡な言葉しか思い付かない。

 この家族に生まれて来れて幸せだった。沢山の愛情を、優しさを、癒しをありがとう。


 私は自分の人生の終焉と家族を見下ろしながら、そっとつぶやく。

 皆、ありがとう、ありがとう。感謝の言葉は尽きないけれど…………さようなら、と。


 私はそのとき29歳。病名は左肺癌だった。看護師をしていた私が、まさかこの様な病気で死ぬなんて思いもしなかった。


 ――――死。すとんとそれは彼女に落ちてきて、私はすんなり受け入れた。すうと心に入ってくる。


 強い未練が無かったのは家族から受けた愛情のおかげだと思う。それに、恋愛だって経験できたし。結局別れて結婚は出来なかったけれども。

 私は、最後の瞬間まで家族の愛に包まれていた。


 感謝の気持ちが溢れ感極まって涙が零れた。

 泣きながらさよならを告げる私に、体の内側から誰かがそっと私を優しく抱きしめる温かな腕を感じた。

 ……怪獣クン?

 温かいなぁ……。


 ゆらゆらとしていた景色は白く染まり、温かな腕に包まれた私はやがて深い眠りに落ちて行った。





 眼が覚めると眼の前には見た事のない顔があった。

 吸い込まれそうな深い夜空の瞳。虹彩の部分には深い青色の中に翡翠色の虹彩がマダラの様に瞳孔をとりまいていて、まるで夜空に輝く星々のよう。

 その瞳から発せられる強い意志の光が更に美しく魅力を引き立てている。


 ぼんやりとその顔を見つめる。これは夢の続きなのかな?

 だって、こんなに綺麗な瞳は見たこと無い……。

 その瞳が嵌まっている顔立ちも整っていた。ふさふさと眼の周囲を縁取る鈍い銀色の睫毛。涼やかな眼元。彫の深い顔立ちだが深すぎず、すっきりと整った顔立ち。形の良い唇は若干ふっくらとしていて、官能的にも見える。


 一体誰なのだろうか。天使かもしれない。だとしたら、お迎えか。だって私は死んだのだから。

 私はじっと見つめ続けた。

 眼の前の瞳は不意に笑みを浮かべて細まった。あ、笑ったんだ。ん? 笑った?アレ??

 天使にしてはやけに現実的すぎる。目じりに皺が寄った。


 ……ダレ? ココ何所?

 私は急遽意識が現実に戻った。天使じゃないし!天国でもない!


「どうだ、体調は?大丈夫か?」


 そう、眼の前の男の人が話しかけてくる。

 私は反射的にかなり勢いよく跳び起きた。ガバって言う音が聞こえてきそうだ。


「あ!!お、おはようございます!!ええ、えっとー……」


 何だ、このシチュエーションは?? いきなり知らない男性の部屋で目覚めるとは!

 一体何がどうなっているのやらさっぱり理解できない。どういった経過で今、私はこの男性の部屋で目覚める事になったのか?

 これはゆゆしき事態、一大事だ。私は多少行き遅れ掛けているかもしれないが、まだまだ花も恥じらう乙女のつもりだ。

 嫁入り前の娘が何たる失態!


 私の頭の中は真っ白になっていて、何の言葉も考えつかない。こんな時一体何と言ったら良いのだろう。こんな経験の無い私は次の行動が解らない。

 何だか痛い子になったみたい。

 取りあえず、挨拶をしとこう。挨拶は人間関係の基本だ。社会人としてここはきっちりしといた方がいいだろう!


 私の慌てぶりと表情を見た眼の前の男性は少し驚いた様に眼をみはったが、クッと楽しそうに相好を崩すとベットの傍に置かれていた椅子に腰掛けたまま更に話しかけてきた。


「私の名はヴァルサス・シン・グランディオーヴ。君は?」

「初めまして。私は夕月沙耶です。あ、あの、此処は何処ですか?私、どうしてこのベットにいるんでしょう?」

「ユウーキ?……ん、ユウ?」


 どうやら発音し難かったのか、略してユウになったようだ。それ、名字が下の名まえになったみたい。しかし、訂正するという考えはこの時は思い付かなかった。


「ユウ、此処は砦にある私の部屋だ。君は私を救ってくれた後、倒れたのだ。どうだ?気分は。もう大丈夫か?」


 ヴァルサスの口調はまるで幼い子供に話し掛けるようにゆっくりと優しい口調だ。

 とても優しいけれど、何だか微妙な気分になる。だって私、29歳なのに。あと数カ月で30歳だ。それをこんな口調で話されては、あまり良い気分では無い。

 この人は私を一体何歳だと思っているのだろうか?


 ん?砦?もしや、石造りのお城の事だろうか?私は今、あのお城の一室にいるのか?

 あの、非現実的で不思議な出来事は夢ではなかったらしい。


 私はまじまじと眼の前にいるヴァルサスの顔を見た。

 そういえば私、この人を助けたかもしれない。


 記憶の中の彼は泥と埃にまみれてて、今の状態とは随分と印象が違っていた。ただ、あの力強い印象的な瞳は変わらない。


 良く見ると襤褸雑巾の様になってた人は確かにこんな瞳をしていたかも。強い意志の光を宿す、青の瞳は忘れようが無い。


 でも、前回見た時の髪の色は灰色だった筈だが今は違っていた。あの時は随分と汚れていたのかもしれない。まるで灰かぶり姫の様だ。ヴァルサスは男性だが整った容姿である為以外にもそういう表現も似合っていた。


 ヴァルサスの持つ本来の髪は鋼の様な鈍い銀色で金属の様な煌めきを放っている。

 日本では見た事の無い髪の色だ。とても珍しく綺麗だと思ったが、あまりに美しく芸術品の様な髪なので思わず本当の地毛か疑ってしまう。


 ……それ本当に地毛なのかしら。もしかして、新種のカツラなのでは?キラキラしてやたらと眩しい。

 あまりに綺麗過ぎる。


 ――――思わず私は目を逸らしてしまった。


 この眩しすぎる男性を助けた後の事は覚えてない。記憶はぷっつりと途絶えている。

 そうか、気絶しちゃったのか、私は。


 私はさらに俯いた。見知らぬ男性であるという事に警戒心を抱いていた。しかし、ちゃんと聞かれた事には返事をしないと。其処は社会人としての心得である。私は当たり障りの無い返事を返した。


「はい、もう大丈夫です。ありがとうございました。えっと、ヴぁるーすー・シ―さん」


 あれ?何だか自分の声じゃないみたいな子供の様な澄んだ高い声が出た。

 しかも、何だか舌っ足らずで上手く発音できなかった。まるで本当に子供みたいだ。


「……。ヴァルサス・シン・グランディオーヴ。ヴァルサスでいい」


 ヴァルサスは少し間を開けて返事をした。私が上手く発音出来ない事を、何と思ったのだろうか?しかし、何と長い名前なのか。ヴァルサスという名前でさえも長くて発音し難く舌を噛みそうだ。


「ヴぁるーすー、……ヴァル」

「……ヴァルでいい」


 私は難しい発音は、元々苦手なのだ。

 遂に省略してしまったが、ヴァルサスは嫌そうな表情を一切浮かべる事無く了承してくれた。

 ヴァルサスはククっと楽しそうに頬を緩めて笑うと、くしゃりと私の髪と頭を撫でた。青い眼が優しく細まる。その眼差しは、私の家族が与えてくれた物と似て重なった。

 私の心に届く優しい眼差し。 


 ヴァルサスが私にくれた優しい笑顔と眼差しは、いつの間にか私の抱いていた彼に対する警戒心を解いて行く。代わりに好感を感じるようになっていた。





 

いつも読んで下さる方、初めて読んで下さった方、有り難うございます。

本当に嬉しいです。

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