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喚び寄せる声  作者: 若竹
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第39話 流言 7

 浅黒い顔は青く脂汗が滲んでいる。呼吸は荒く、その視線はぼんやりと宙を見つめていて目はうつろ。だが、朦朧としてはいるが意識はあるようだ。

 男の傍には診察室からいち早く出て来ていたクリス先生が付いている。その後ろではマリーが邪魔にならないように少し離れた位置で様子を窺っていた。

 一瞬、奇病かと疑った。しかし、特徴的な魔力の流出がないので直ぐに否定する。

 私は「クリス先生」と呼びかけて協力を申し出る。一体何が起こっているのかまずは状況を把握したい。

 クリス先生はこちらを向いて頷くと、「動けるかい?」と男が返事をするのを確認し、肩に腕をまわして担いだ。付き添いの男と協力して診察室へと運び入れ、そのまま処置用の寝台へと移す。

 病人も付き添いも共に体格が良い。これは武術をしている者の身体つきだ。幾らクリス先生といえど、自分よりもひとまわり大きな相手を支えるのは苦労するだろう。


 クリス先生はかざしていた手を下ろすと思案顔で言った。


「うん、どうも奇病かと疑ったけど、これは単なる流行性の感染症のようだね」


 クリス先生の言葉に付き添いの男は疑うような眼差しをした。


「流行性の感染症? なんだそれは。今迄に聞いた事も無いが、一体どういう病だ。で、彼はどんな容体なんだ。治るのか?」

 

 強面の顔は一段と迫力が増している。まるで、サメみたいなどと傍から見て考えた。男は今にも掴みかかってきそうな雰囲気である。

 しかしクリス先生は負けていなかった。というよりは、動揺していなかった。流石と、妙に感心してしまう。自分なら迫力に気押されているかもしれない。


 流行性の感染症とは、この国では今の季節に流行るものだった。大概は子供のころに感染し抗体を獲得する。大人になると抗体を持っているので、成人してから感染しても軽い風邪程度の症状で済んでしまうものだ。しかし、抗体を持っていないとなると、話は違ってくる。症状が重度に現れるのだ。酷い場合は障害を残したり、死に至るケースもある。


「ほら、身体のあちこちに小さな赤い発疹が出ているだろう?」


 先生は服の裾をめくると腹を見せた。腕ほどに肌色が濃くないそこには、赤い1ミリ程度の斑点がポツポツと散らばっている。


「高熱に発疹。これは、この病気の特徴でしてね。この病気の抗体を持っていない人間には症状がより酷く現れる」


 言いながら服を元に戻すと、早速薬の指示を助手に出した。


「だが、ここには有効な薬と解熱剤もある。薬をちゃんと飲んで治療さえすれば、数日で落ち着くからね、熱さえ下がれば心配いらないよ。直ぐに良くなる」


 先生は男と付き添いの男を落ちつかせるように笑顔を浮かべた。


「ただし、今は安静にして水分をしっかり取るのが重要さ。取りあえず、熱を下げるとしよう」


 直ぐに運ばれて来た解熱剤を手早く調合して飲ませる。男は意識があるおかげで上手く飲み込めたようだ。それにしても、見事な手際だった。

 赤い顔をした男はわずかに規則正しい呼吸へと変わった。歪んでいた表情も心なしか落ち着いて見える。


 状態を見ていたクリス先生は、何を思ったのだろうかちょいと手招きをして私を呼んだ。なんだろう? 

 疑問を覚えながらも近付くと、顔をグイッと近付けてそっと耳打ちする。


「ユウ、済まないが私の代わりに治療薬を投与してくれないか。悪いが緊急の用事を他にも抱えていてね、これ以上は待たせられないんだよ」


 困ったような先生の視線の先を辿れば、扉の隙間からクリス先生の迎えだろう助手がいらついた顔で覗いていた。

「分かりました」と私が頷けば、クリス先生は幾つかの注意点とアドバイスをくれた。どうもクリス先生は、この感染症に対して私が何度か担当していた事を知った上で、問題無いと踏んだのだろう。

「申し訳ないのですが、ここからはこちらのものが担当します」と男たちに穏やかな態度で説明した。


「では、後をよろしく頼んだよ」


 そう言うと、私の肩をぽんと叩いてせかせかと姿を消す。クリス先生は今、眼が回るほどに忙しい状況にあるので仕方が無い。

 まあ、私自身この病気の対処法を分かっているので不安は無かった。気持ちを引き締めて笑顔を作る。


「引き続き、これからは私がクリスに代わって診させていただきますね」

 

 穏やかに語りかけると、赤い顔をした男はうっすら目を開けた。眼を伏せて微かに頷く。

 その弱々しい反応に心が痛む。彼はシュクト、付き添いの男がヴィンドゥというらしい。

 どうやら二人はイルメキスタの騎士のよう。ただし、今は城中に訪問中の為帯剣してはいないけれど。

 彼らがイルメキスタ人であろうが関係ない。今すべきことはただ、眼の前の苦しんでいる病人を助けるのみだ。


 だが、何らかの予感が頭をかすめる。

 記憶が戻ってからというもの、運命という神ですら抗えないものに対する予感が働く様になったのだ。

 彼らはフランの話に出てきた外交に付き添っている一団だろう。

 途端、心臓が引き縛られ、針で突かれたように痛みと苦しみが襲った。

 不意の事に思わず呼吸が止まる。息を飲んで胸を握り拳で押さえてじっと耐える。

 一瞬で何事も無かったように苦しみは消え失せ、ほっと息をつく。マリーが気遣わしげに「ユウ様?」と声をかけてくれたが、私は笑顔を浮かべて頷いた。患者の前で不安を感じさせるような姿は見せたくない。マリーは眉を潜めたが、それ以上何も言わなかった。

 私たちは眼の前の病人に集中した。




「さあ、これでもう大丈夫です。じきに落ち着くでしょう。今日はこのまま安静にして、水分をしっかり取っていただいたらいいですよ」


 薬を飲ませて少し経つと、呼吸が落ち着いてきた。眠ったようで深い呼吸になっている。

 シュクトをこの硬い処置台に寝かしておくのも気の毒だけど仕方が無い。しばらくはこのまま休ませよう。シュクトが眠ってしまい、ヴィンドゥが困惑したように切り出した。


「眼が覚めたら連れて帰るが、それまで少し休ませてやってもいいだろうか?」

「ええ、かまいませんよ。それに貴方も疲れたでしょう、少し休憩されてはどうですか」

「そうだな、では少しの間お願いするとしようか」


 彼は軽く頭を下げると、隙の無い身のこなしで部屋を出て行った。

 一瞬振り返ったその時、鋭い視線をこちらに向けて。その眼付きは抜け無い棘のようにチクリと心に引っかかった。




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