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喚び寄せる声  作者: 若竹
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第39話 流言 5



 光を纏うこの国で唯一の存在、現国王オルバルト・ウル・グランディオーブが眼の前にいるなんて。

 私は内心の驚きが表情に出ないように装った。

 今彼はその地位に似つかわしく無い、飾り気が無く機能重視のみの簡素な椅子に座っている。大柄な体格が小さな椅子に座る姿は、とても窮屈そうだった。


 これは決して偶然ではない。多忙極まるだろう、ウィルベリング国王が時間を割いて、わざわざここに来ているのだ。


 どうしてここへ現れたのだろう? こんな奇妙な格好までして。考えられる理由といえば、王がある程度私について何らかの情報を得ているという事。

 ヴァルサスやレオンが私の正体を話したとは考えられない。二人を私は信頼している。

 王自らが直々に変装して会いに来たというのが引っ掛かる。つまり公では無く、正体を隠した上でのごく私的な行動だ。

 過去に彼の肖像画を見る機会が幾度かあった。けれど、その顔には見事な銀髪に口と顎に生やした髭があった筈だった。その髭が綺麗さっぱり、つるりと無くなっている上、特徴的な髪の毛や眉毛も窺えないようにしている所といい、どう考えても変装しているんだろう。 


 ちなみに周囲は、王が眼の前に居るとは気が付かないのか、誰一人として反応しない。マリーでさえ一般人と同じ対応をしているくらいなのだから、余程上手に正体を隠せているのだろう。私からすれば、どうして見分けがつかないのか、不思議でならないのだけれど。


 それにしても、この格好はどうだろう? 

 流石、ヴァルサスやアルフリードの父親だと納得してしまう。奇妙な変装センスは父親譲りだったのね。うーん、こんな所で血の繋がりを感じられるのも凄いけれど、むしろこの方が怪しまれる事間違いなし。


 さて、どうやって対応したものか。相手の出方を窺いながら考えていると、向こうから口を開いてくれた。

 どうも、怪しまれているとでも感じたのだろうか? 王は少し首をかしげて苦笑したように見えた。


「どうも最近頭痛が続いているんだが、何か良い手立てがないかな?」


 砕けた口調で言うと、広げていた両足を閉じ姿勢を正した。たったそれだけで、身体がひとまわり小さくなった様に感じた。どうやらいつの間にか、随分と威圧感を受けていたようだった。


「頭痛ですか」

「ああ、そんなに大したものじゃないんだが、仕事以外の時でも頭痛がずっとしてな。それに、腕と肩が重く違和感があるんだが見て貰えないだろうか?」

 

 王は何気なく首筋を揉むように手を当てると、軽く首を振った。無意識のしぐさだろうか。

 そのターバンが重すぎるんじゃないですか? 等と思っても決して口には出来ないので心の内にしまっておく。私は王の態度に合わせる事とした。


「頭痛の方はどんな風に痛みますか? 例えば、鋭い痛みとか、重いとか。他にも眩暈や吐き気はありますか? 腕や肩は……」


 私は症状だけでなく日常生活に至るまで細かく話を聞き出し、原因を絞り込んで行く。

 頭部や肩などを打撲したり、受傷した訳では無いようだったが、元の世界のようにCTやMRI等の診断用医療機器があるわけでもない。代わりに治療士の能力が物を言うのだが、今の私には使えない方法だ。

 だが、推測する事はできる。まずは、緊急処置に当たるケースでは無さそうで、それは王を取り巻く加護の輪が正常に働いていることからも窺える。

 それよりもむしろ、度重なる精神と肉体的ストレス、不摂生からくる疲労ではないだろうか。とはいえ、彼の立場から言えば仕方のない事だろう。今程国中が混乱している時期は過去にも無いだろうから。

 一言断ってから彼の体に触れる。案の定、随分と筋肉が硬くなっていた。


「随分と疲れが溜まっていらっしゃるようですね。無理をなさっているのでは?」

「ああ、確かに心当たりは無いとは言えんな。今は忙しくて自分の事さえ後回しだ」


 私は出来るだけ睡眠と休息を取るよう話した。必要ならばと、沈静効果のある薬草をも勧めたが、必要無いと彼は断った。

 代わりに肩から首の筋肉に緊張があり、血流を悪くしているようでもあったので筋肉を解しておく。これが腕や肩の違和感に頭痛を引き起こす原因となる事もあるのだ。


「では、こちらの寝台に移って下さい」


 座っている椅子から、狭い部屋の隅にある処置用の簡素な寝台へと移ってもらう。


「上着を脱いで、両腕と肩から胸元まで肌が出るようにしてください」

「脱ぐのか?」

「ええ、マッサージで血流を良くします」

「……マッサージか」


 寝台に座った王は私とマリーを交互に見て、面白がっているかのように眼を細めた。

 どうもこの状況を楽しんでいるらしい。


「女性から服を脱ぐように言われるとは」


 上着を脱ぎ始めた王をマリーが手伝っているが、その表情はつまらない冗談を聞いたと言わんばかりのものだった。マリーにターバンを取るよう促されていたけれど、彼はやんわり断っていた。

 まあ、そりゃそうでしょう。

 王が肌を露出すると身体を拭いてオイルを塗る。上半身の一部分だけだが、血流を促すようにマッサージを開始した。

 結局ターバンはそのままだ。王は難しそうに寝台で横になっているけれど、あえてそこには触れない。マリーはといえば眉を潜めていたが、結局諦めたようだった。

 マリーに手伝ってもらいつつ、凝った筋肉を手から始めに解していく。これが結構重労働で、一人ではとても出来やしない。


「ああ、これはいいな」


 王は眼を細めて呟いた。初め服を脱ぐように伝えた時は、一瞬戸惑ったようにも見えたが今は緊張を緩めている。けれども何かあれば、うつ伏せの現状からでも直ぐに反応する事だろう。

 王の身体は鍛え上げられている。過去に負った怪我の痕が所々に残っていて、筋肉は引き締まって厚みがあり、彼が今だ現役の武人であるのが分かった。


「治療士殿、こう見えても何かと忙しい身でな。王都が魔物の襲撃にあったあの日からは特にな」

「そうでしょう。今は誰もが、かつての生活を取り戻すのに必死に取り組んでいます。私も出来る限り何か力になりたくて、こうして治療院で働かせて貰っているんですよ」


 寛いだ様子を見せている王の腕から肩にかけて、じわじわと体重を掛けて指圧しながら返事をする。筋肉はしこりのように硬く盛り上がっていて、調節しながら何度も力を込めた。


「皆、かつての美しい王都を取り戻したいと感じている。なあ、治療士殿。今の王都をどう思う?」


 汗をかきながら、マッサージを続けていく。手を休める事無く声だけ返したけれど、王が私を凝視しているのが顔を見ないでも分かった。


「確かに、以前のような街並みに帰るのは困難でしょう。ですが、こんな惨状になってしまった今の王都も、私には美しいと思えるのです。この国で懸命に生きようとする人々の姿とその表情は、以前よりも眩しく輝いています」


 それ以上は無言で手を動かした。汗が額から滴り落ちて来るのをハンカチで拭うと、荒くなった息を整える。これ以上はお喋りしながら続けられるほど体力に余裕は無い。


「ありがとう、お陰でとても楽になった。頭がすっきりとして、頭痛も良くなっている。腕や肩も軽くなった」


 マッサージを終えると、王は微笑みを浮かべた。身だしなみを整えると、「また、なにかあればその時はよろしく頼む」と言って退室した。

 心なしか、ドアの向こうへ消えていく背中が、楽しそうに揺れたように見えた。

 これで、王は目的を果たしたのだろう。実際の私自身を見に来たのだろうか。王である彼にはヴァルサスに保護してもらった経緯等や流言についても、とっくに把握しているに違いない。


 診察を終えて、自分の部屋へと戻った時には疲れ切っていて、重い体を引きずるようにそのままベットへと突っ伏してしまった。


 


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