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喚び寄せる声  作者: 若竹
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第39話 流言 1

 

「散歩には絶好の日和だわ」

「ええ、そうですわね。とても穏やかで気持ちの良い日ですわ」


 城内を歩きながら呟くと、私の後ろを歩いているフランが大きく頷いた。私にとって久しぶりに出る屋外だった。


「このところずっと地震が無いなんて、まだ夢をみているかのようですわ。ここ最近は毎日揺れを感じていましたのに。魔物も出現していないなんて信じられませんわ」


 大地の亀裂が閉じて以来、地震も魔物の出現も国内で見られていない。それは、今までの過去からは考えられない現実だろう。


「フランの方は忙しくなかったの? それでも今日は付き合ってくれて、ありがとう」


 フランには一人で出歩いても大丈夫だと伝えたのだけれど、「わたくしも丁度用事があるのです」なんて言って付いてきてくれた。

 体調の方は随分回復し、通常の日常生活を送る上で問題ない。漸くクリス先生の許可も下り、この通りうろうろしている。これもひとえに周りの人達のお陰だ。

 そのクリス先生といえば、奇病から回復し既に仕事へと復帰していて元のペースで働いているのだ。何とも熱心というか、エネルギッシュ。治療に対するその姿勢が彼女らしかった。

 無理をしてないと良いけれど、私には言われたくないだろう。


 今はリハビリを兼ねた散歩がてら、中庭の傍に作られた通路を通って図書館へと向かっている。

この王城から出て太陽神に会うために、まずは旧世界から大きく変貌しているだろう今の世界を調べておきたいのだ。

 長い通路には美しい彫刻や透かし彫りが施され、心地好い日差しによって複雑な陰影を石畳の床に落としている。それを楽しみながら昼を少し過ぎた穏やかな時間を過ごしている。

 ここは魔物の被害が及ばなかったので、手入れの行き届いた庭木は美しく花が咲き乱れている。

 特に被害を被っていたのは城の正面から中央までの部分で、主に政治を司る場だ。幸いにも住居部分にまでは被害が及んでいなかった。

 私がお世話になっているヴァルサスの居住区域は中央より東側にあたる。また、目指す図書室は中央部よりさらに奥まった場所にあった。 

 ふわりと撫でるように風が髪を揺らした。風に乗って城の修復作業をする音が届いてくる。この威勢の良い賑やかな音は何処の世界でもあまり変わりが無いようで、大小様々に聞こえるのは修復場所が一か所だけでは無く、また急ピッチで進められているからだった。


 春の日を思わせる穏やかな時間を過ごせるなんて、未だに嘘みたい。

 けれども、この修理の音があの悲惨な日を嫌でも思い起こさせる。魔物に襲われて恐怖に歪んだ顔。傷つき倒れ、苦痛にもがく騎士。親を亡くしてしまった子供の憐れな姿。

 こんな思いをするのもさせるのも、もう十分。これ以上の被害が拡大するのを食い止めるべく、私は次の行動を取らなければならない。

 取り敢えず体調の方は回復した。力は相変わらず殆ど戻っていなかったけれど、体力的にはここまで歩けるくらいなのだから、多少無理をしようが問題無さそうだった。

 


「この国の地震は落ち付いたんだよ」

「ええ、そうだといいですわね。地震があると、魔物に襲われたあの日の事を思い出しますの」


 含みのある物言いになってしまったが、フランは気付かなかったようで身体を抱きしめるようにして身を震わせていた。

 今だ忘れられないのだ、強い恐怖を。それはフランだけでないだろうけれど。


「これは人から聞いた話なのですが、国外でも地震が頻発しているそうですわ。先日中の国では大規模な地震と魔物の襲撃があり、イルメキスタから我が国へ支援要請に使者が来ているそうですわ」

「イルメキスタって確か、長年に亘って内政が安定していないところよね?」


 これは最近得た知識だ。その国は長年内乱と紛争に明け暮れていて、君主国であるが事実上軍部によって支配されている。きな臭く深い闇を抱えているので、できれば関わりたくはないのだけれど、いずれは避けて通れないだろう。

 このように、今後の為にもウィルベリングをも含めて他国の情勢について知っておかないといけない。


「ええ。それも今は幸か不幸か落ち付いているようですわ。争っている場合では無いのでしょう」


 イルメキスタとはこの大陸中心部に位置する大国である。この世界は海に囲まれた四つの大陸と大小様々な島から成っている。ウィルベリングがあるのは四大陸の中でも最大のもので、同じくイルメキスタも同じ大陸に含まれていた。


 内乱をする余裕などある訳が無い。魔物が増加する今、それに当たるだけで精一杯だろう。

 途端、胸がもやもやする嫌な感じがした。

 この感覚は一体……。 イルメキスタという言葉に反応するように出た感覚。あの国の位置は私にとって重要な場所に当たる。ふと、嫌な考えが頭をよぎった。


「ユウ、どうかなさいましたか?」

「えっ? ううん、何でも無いの」


 黙り込んだ私をフランが心配している。胸の不快感をこらえ、これ以上心配をかけないよう何でも無い風を装うと図書館へ向かった。


 図書館に入るとひんやりとした空気に古い本とインクの独特な匂いに包まれた。中は薄暗く、直射日光が差し込まないようになっている。代わりに天井には照明石がポツポツと浮かんでいて、読書程度は困らない明るさとなっていた。

 眼が暗さに慣れてくると広い館内が見えてくる。大きな円柱形の建物は天井が高く、正面に本棚が整然と並んでいる。壁にもびっしりと本が並んでいて、見上げるほどの高い天井まで続いた。まるで、本に埋もれているみたいだ。 これでは何が何所にあるかすらも分からない。私はフランに教えてもらいながら、目当ての本を探し出した。

 見つけた本は分厚く立派なもので、百貨辞典くらいだろうか。これでは二冊が持ち歩くので精一杯だ。

 付き添ってくれていたフランも、数冊本を手にしていた。どうやら本当に用があったようだった。


「良い本が見つかりましたか? わたくしも目当ての本が見つかりましたわ」

「フランも本当に用事があったんだ」

「ええ、殿下に頼まれていたんですの」


 ふわりとフランが笑顔を浮かべたけれど、その顔が何かに気付いたように変わった。

 どうしたんだろう? その疑問を口にする前に背中から話しかけられた。 


「あれ? ユウ、こんな所に居たのか。もう体調はいいの?」

「シリウス!」

「これはシリウス様」


 そこには腕を組み、首を傾げて立っているシリウスがいた。

 いつの間に私の後ろに立っていたんだろう? 驚いた私は思わず背筋が伸びてしまったじゃない。心臓に悪いったら。

 その元凶であるシリウスは、いつも着ている体のラインがはっきりと出る魔族の服装では無く、少しゆったりとしたウィルベリング風の服を着ていた。以外にも、それが良く似合っている。シリウスは爽やかな笑顔を浮かべると、微かに衣擦れの音をさせながら優雅にお辞儀をした。

 私から見ると、その笑顔がいかにも胡散臭く思えてしまうのだがフランにはそうでないらしい。

 フランが恭しくお辞儀をしているので、私もそれに倣って軽くお辞儀をした。

 

「うん、もうこの通りよ。色々と迷惑を懸けてしまったけれど、もう大丈夫。今迄ありがとう」

「ふーん、そうなの? フラン」

「ええ、クリス先生から散歩程度なら許可が下りたんですの」

「成程ね。でも、調子に乗ってあまり無理しないように」


 ……なにゆえ子供扱い? しかも、そこで何故フランに確認するかなぁ。意外とこちらの考えを読まれてそう。 


「んん? ユウ、変な顔してさ。もしかして、当たってたんだろ」

「やだ、そんなことないよっ」

「その手に持っている本は随分と重そうだね。……なになに? 『近隣諸国の情勢と動向』『大陸をめぐる歴史と文化』ねぇ」

「これはちょっと興味があっただけなの」


 思わず必死で否定してしまったけれど、これでは余計怪まれそうなので話題を逸らしておく。シリウスの視線が何となく痛い気もするけれど、気のせいだろう。うん、気にしない。


 どういう流れかフランの代わりにシリウスが部屋まで送ってくれる事となった。フランはこのまま用事を済ますようで、シリウスに酷く感謝しながら図書館から出て行った。何故だかフランはシリウスを信頼しているようなのだ。私が臥せっている間に何かあったのだろう。

 まあ、フランに対するシリウスの態度といったら愛想も感じも良い。私の時とえらい違うような。……せめてちょっとくらい、私に対してもその態度を取ってほしい。


 シリウスと並んで元来た道を帰る。隣を歩く彼の手には先程の本がある。重たそうだからと言って持ってくれたのだ。

 足元を飾る影が来た時よりも伸びている。先程よりも日が傾いていて、意外と長い時間を図書館で過ごしていたようだった。


 それにしても、あのシリウスに対するフランの態度が少し気にかかる。彼の今迄の言動や奇病の治療といい、シリウスは只の一般人、いや、魔族ではありえない。しかも、彼は一体何を何処まで知っているのだろうか?


 その時、突然シリウスが立ち止まった。


「どうしたの?」


 シリウスは返事の代わりに私を見つめると、まるで私の考えを読み取ったかのように、にやりと笑いを浮かべたのだった。






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