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喚び寄せる声  作者: 若竹
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第38話 記憶 5

 私は俯いて、ぎゅっとシーツを握りしめた。まるでしがみ付くかのように。手元の頼りないシーツに深いしわが寄っていく。

 突拍子もない私の言葉をヴァルサスはどう受け止めただろう。ただ、彼の反応がどのようであっても、動じないよう気を引き締める。

 覚悟を決めてヴァルサスへ向き直った。ベッドに凭れていた体を起こし、居住まいを正して背筋を伸ばす。ただ、途中ぐらついてしまったので全く格好がつかないけれど。


「今は無理するな。ゆっくりでいいから話してくれ」


 ヴァルサスが椅子から立ち上がってさっと支えてくれる。けれど大丈夫と告げてその手を断った。たったこれだけの事で上がってしまった息を整える。


「召喚獣としての姿、あれは私の前世。かつて月神と呼ばれていた頃の姿なの」


 ヴァルサスは口を開いて何かを言おうとした。でも、結局何も言わずに口を閉じて、私を見つめるだけだった。一体何を言い出すのかと思った事だろう。


「私の前世は女神だった。吃驚するでしょう? とてもじゃないけど、そんな柄では無いのに」

「……旧世界の神」


 眼を見開いて呟いたまま、固まったように動かない。私は立ち上がっていたヴァルサスへ椅子に座るよう促した。この話は長くなるから。


「今まで前世の記憶なんて全くなかったの。なぜ、私は召喚獣となって力が使えるのか? なぜこの世界に召喚されたのか今まで疑問だった。でもそれは、私の前世に関係していたの」


 ヴァルサスは音を立てて椅子に腰を下ろした。音を立てない彼らしくない。そのまま背もたれに身を預けると、髪をゆっくりと掻き上げた。おかげで整えられていた銀髪は一層乱れてしまったけれど、気にも留めていないようだった。

 俯いていた面を上げた時、いつもの表情が現れた。


「大丈夫だ、ユウを信じている。疑ってなどいないから続けてくれ」


 こんなにわかには信じられない内容の話を、疑いを持たず聞いてくれる。ヴァルサスの反応にじわりと胸が温かくなった。嬉しい。勇気づけられて、私は声を出し易くなった。


「滅びを迎えた旧世界でその名の通り、夜の世界を司る月の神だった。私には対となる存在の太陽神がいて、彼と共に旧世界を創造したの」




 甦った記憶が脳裏に浮かんだ。

 永久に続く無の空間。そこは光と闇さえも存在しない。あるのは冷たい寂しさだけで、対となる太陽神がいなければ孤独に耐えきれなかっただろう。

私達は互いにため息を吐いた。ぽろりぽろりと涙が零れる。すると、ため息から光と闇が生まれてカーテンのように広がると、涙の雫は星々となった。たちまちできた宇宙空間に私達は包まれた。

 その魂を吸い取られる様な光景に可能性を感じた。何処までも続く未知なる領域。ぞくぞくと全身を駆け巡る興奮と喜び。そして僅かな不安感。

 太陽神が黄金の髪を揺らして振り返ると満面の笑顔を見せた。その瞳はマグマを宿した色合いで、気分によって色が変わった。クルクルと変わる色合いは万華鏡のように美しく、その時明るい朱色を宿していた。広がる暗闇の中で、彼の姿は煌めく星々よりも尚輝いていた。


「僕達で新しく世界を創ろう」

「ええ!」


 私は一も二も無く頷いた。はち切れそうな程胸を躍らせながら。


 まず、私達は力を合わせて天地を創造した。その時地水火風の四大要素を生み出すと、一緒に精霊達が次々と生まれた。大地は炎と熱と風で活気づき、豊かな水と緑に覆われた。その影に小さな小さな、虚ろなものも生まれていた。それは、光と影、表と裏のような存在だったから、手を出さずそのまま見守る事にした。小さな存在で大した脅威も感じなかったから。

 私達は次々と生命を創造した。生まれ出でた動植物や人間は様々な色を内包してそれぞれ小さな輝きを一つ一つ放った。

 まるで、色とりどりの宝石を詰め込んだかのよう。

 地上の星々、小さな銀河だった。

 命の放つ美しさ。

 様々な感情と繰り広げられる生命の営み。

 太陽神と共に生み出した愛しいもの。 

 私達にとってかけがえのない宝となった。


 世界は刻々と姿を変えながら繁栄していった。気付けば我ら二人の手を離れて。けれど私達はそのまま見守る事にした。手を加えないからこそ、これ程までに美しく輝いたのだろうと。


 しかし、それは長くは続かなかった。


「見てくれ、僕らの宝が大変な事になっている」

「どうしたのだ?」


 太陽神が慌てて呼びかけてくる。彼の焦った様な声を聞いたのは初めてだった。

 私は急いで地上を覗きこんだ。すると、そこには変わってしまった世界があった。

 それは、瞬く間だった。

 小さな銀河は光を失い輝く星々は暗く濁っている。あっという間に光は消滅し、まるで蝋燭の火を吹き消すように命の輝きが消えていく。


「内側から自滅していく」

「如何なる事が何が起こった?」


 それは、虚ろなものによって引き起こされていた。

 よもや、見守る事がこのような事態を招こうとは。その存在は世界の影であったので手を出さずにいたものを。

 矮小な存在であった筈がいつの間にこれ程育っていたのか。上手く我らの眼を欺き、此処まで強大になっていたとは。

 引き起こされた疫病と飢饉に内乱と戦争。蔓延る猜疑心と不安。死と恐怖と尽きない欲望。疲弊する生命。

 人間の助けを希う祈りが届いてくる。

 応えるべく力を振るうが相手は容易くそれを凌駕した。


「このままでは崩壊してしまう。あいつを滅するしかない」

「太陽神、待つのだっ!」


 振った力は相手を抑制するが、同時に世界をも傷つけてしまう。


「これでは逆効果、相手の思う壺となる」


 各地で頻発する地震、嵐、ハリケーンなどの異常気象。陽光さえも地上に届かない。

 生命が種としての滅びを迎え、豊かだった自然は見る影もなくなってしまった。

 虚ろは混沌と無を抱え大地を飲み込んだ。この世界を再び原始へと戻し、今世の終焉を迎えるために。

 私達は混沌を封じ込めることにした。それは、滅ぼす事より困難な事だったけれど、世界の影であるため消滅させる事もできなかったからだ。


 私達は死闘を繰り広げた。滅亡を目的とした混沌からの攻撃に対し、封印での対処ではこちらが部が悪かった。激しい戦闘の余波により大地は深く傷ついて行く。

 遂に終局を迎えることとなった。

 世界は崩壊を迎えようとし、大地が引き裂かれていく。私は最後の力を振り絞り混沌を地中深くに封じ込め、その身をもって大地を救った。結果身体は砕け散り、大地と同化したけれど。後に残った太陽神に全てを託し、神の死という代価を支払った。


 


「あとはヴァルが知っている歴史の通り、現存する神が支配する世界となったの」


 ヴァルサスは話の最中一度として否定したり呆れるような事は無く、真摯な態度で聞いてくれた。


「虚無とは一体何者だ? ユウの話からすると、滅ぼせない相手の様だが何故、虚無を封じ込める事しかできない?」

「それは、混沌は世界と共に生まれた初めから有る者だから。良くも悪くもあれもまた理であり、世界の影。だから滅すれば世界も同じ道を辿ってしまう」

「世界の裏側の顔とでも言うことか」

「ええ。そして、真逆の変化を求めている。今も昔も」

「今再び世界は滅びようとしているという訳か」

 

 ヴァルサスは腕を組むと眼を伏せた。


「ただ大人しくやられる訳にはいかないな。ならば、それに逆らうのみ。再び地中深く封じ込めてやるだけだ」


 そう言い放った彼は凛々しいけれど、どこか好戦的な表情をしていた。


「しかし、世界が相手とは何とも強大な相手だ。悔しいが我々人間だけではどうにもできない」

「勿論私も一緒に戦うわ」

「本音を言えば、今の状態のユウにそんな事を言わせたく無い気持ちもある。ただ、強大な相手を前に人間は無力だ。済まない」

「いいえ、それを言うのは私の方。これは私と太陽神を含む神々の戦いである筈なのに」

「いや、これは人も神も関係ない。種と生命の存在を懸けて戦うのみ」

「ヴァル、ありがとう。」


 胸がジンと熱くなった。相手を知ってなお、はっきりと言ってくれる事が力をくれる。出来る限り力を尽くそう。


「だが、ユウはどうして召喚獣としてこの世界に現れる事ができたんだ?」 


 私は元の世界で病死した。異世界で輪廻している存在が消滅した筈の女神として現れる事など不可能だろう。


「そう、私の魂は砕けた体と共に消滅するはずだった。でも、何故かそうはならなかった」


 もしくはこの世界の力無き生物として程度なら甦ったかもしれない。けれど、どのような事が起こったのか私は異世界にて人間として生を受け、輪廻を繰り返した。この世界に類似した異世界に。これには偶然など当てはまらない。


「私はヴァルサスに召喚されなければ、ずっとこの世界は戻ってくる事など無かったはず」

「成程。では、もしかするとユウがこの世界に戻ってきたのは必然だったのではないか?」

「ええ、そうかもしれない」


 確かめなければならない。この事を知っているだろうと思われる太陽神に。


「だが、そうなるとすればユウは何者なんだ。神なのか?」

「いいえ、私は古に滅びを迎えたかつて神であった者。今は、ただその成れの果て」

「成れの果て」


 私は頷くのみで返事を返した。途方も無い孤独が襲い掛かってくる。神でも無く人でさえも無い。何処までも中途半端な存在。それが私だ。

 果たして太陽神はどうしているのだろうか。力を失い眠りに付いているのだろうか? 彼に逢わないといけない。唯一真相を把握しているだろう彼に。


「実はこちらでも、召喚獣の時の姿から予測出来る範囲で調査していた。古代神の事も、旧世界の滅亡についてもな」


 ヴァルサスの行動は当たり前の事で、私は何ら疑問を感じなかった。けれど、何処まで調べる事が出来たのだろう。

 そう思った時、部屋にノックの音が響いてフランが入ってきた。丁度、体を拭いてくれる時間になっていた。


 話はまだ途中だったけれど、フランの登場で一旦この話は打ち切りとなった。




 

 

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