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喚び寄せる声  作者: 若竹
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第38話 記憶 3



 そろそろ日差しが強くなってきて、中天から陽光が降り注いでいる。部屋の窓からは美しく整えられた庭が見え、心安らぐ何とも贅沢な眺めだ。この庭は魔物による被害をほとんど受けなかったので、私が居る部屋からだと変わった様子は見受けられない。

 木々が全身に光を受け止めている。小さな薄紅色の花をいっぱいに咲かせた樹が風に揺られて、赤みがかった葉が心地好い音を立てた。

 いつもならば人の来ないこの時間に、動けない間は読書をして過ごし、ここ数日間は筋トレをこっそりやっていた。

 何故こっそりなのかは病人であるというのに体力を消耗させて、無理しているのを分かった上でやっているからだ。

 ベットの傍にある装飾の施された台の上には水差しと本が数冊が置いてあり、一部はまだ読みかけのままになっている。そんな気を許せる一時。もう少ししたらフランが体を拭きにやってくる頃だ。


 なんて、現実逃避をしてみたくなる。何故かといえば、いつもは一人だけで過ごしている筈なのだけれど何とも運悪い事に、突如ヴァルサスがやってきのだ。

 そのヴァルサスは王都の復興に尽力する忙しい日々の為、疲労を滲ませている。しかし、今は緊張感のある無表情で部屋の中を見渡すと、私に問い正しげな視線を向けた。


「それで、どういう事だ?」


 ベットの上で固まったままの私を見下ろしながら、ヴァルサスは静かに切り出した。彼はただベットの傍に立っているだけなんだけれど、身長が高いのでこのような態度を取られると、尚更威圧感が増してしまう。

 どうしよう。こういう時に限って上手い言い訳って出てこないもの。適当な事を言って誤魔化せば、後から痛い眼に合いそうだ。


「それはあのですね。そろそろ落ちた体力を元に戻さないと、まともに動く事も出来ないから少しばかり運動を……」


 ヴァルサスは右側の眉毛だけを器用に動かして、一瞬呆れたような表情をした。

 眼差しが冷たい。


「……そうか」

 

 ヴァルサスはそれ以上何も言わず、黙ってしまった。

 そのまま沈黙が続く。

 あれ? 以外に何も言われずに済みそうかも。もしかすると同情してくれたのだろうか。それとも呆れ果てたのかもしれない。どちらにせよ予想外の反応で、それまで息を詰めていた所為でカチカチになっていた体は、少しずつ力が抜けていった。

 ヴァルサスは身を屈めベットに片腕を付いた。重みでゆらりとベットが軋むと、体が近付いていた。


「だが、分かっているな?」

「うっ」


 油断していた所に鋭く切り込みが入った。身構えていなかったので、これには堪えてしまう。


「今無理をしては、逆に治るものも治らないぞ。一体どのくらいの間意識が無かったと思っている。直ぐにでも回復すると思っていたのか? 大体、皆がどれほど心配したと思っている」

「……それは申し訳ないし、お世話になったと思っているんだけれど、でも」

「でも?」


 一層低い声で返ってきた。その鋭い眼光で私の体は穴が空きそうです。視線にこれ以上耐えられなくて、背中を向けるように寝返りを打った。何とも子供じみた行動だとは分かっているけれど。

 背中側にかかっていた重みがふっと消えた。ヴァルサスの気配が遠くなって、身を起したのが分かった。

 彼がこんなにも怒っているのは久しぶりで、こういう時は本当に怖い。ヴァルサスはいつも一見冷静なように振舞っているけれど、実はとっても情熱家なのは身を持って知っている。

 これ以上煽らないように気をつけないと、前回のように突拍子もない行動に出るかもしれない。


「いえ、それはですね、大変ご迷惑をおかけしまして誠に」私を遮るようにヴァルサスは少し大きな声を出した。


「心配した。今度こそ息をしなくなるのではと、何度も思った」


 最後の方は擦れていて少し聞き取り難い。

 はっとした。こんなにもヴァルサスに不安を与えていたのだ。どれ程心配させただろうか。

 いつもとは違う弱さを含んだ声音に背中を向けていられず振り返った。

 ヴァルサスは切なくなる様な力無い眼差しと表情をしていた。彼のこんな顔を見たのは初めてだった。

 私は身を起こそうとして体に力を入れたけれど、思うように動かない。苦労する様子に、彼はそっと手を貸してくれた。 


 私は枕に凭れかかるようにして身を起こした。


「……ヴァルごめんなさい。いつもありがとう」


 ヴァルサスは少し眼をみはった後、ゆっくりと微笑んだ。それは、はかなげな薄紅色の花を思わせた。


「なあユウ。一体どちらが本物の君なんだろうな?」


 ヴァルサスはベットの端に腰を下ろすと、片手で私の髪の先にそっと触れた。そのぎこちない動作はまるで、知らない相手を触れているかのように遠慮がちだった。


「今の少し頼りない小さな君と、召喚獣として絶大な力を振るう君。果たしてどちらが本物の姿なんだ?」


 ヴァルサスは弄っていた髪から手を外し、口元だけに笑みを浮かべた。軽い口調で冗談を装っていたけれど、心からの本音であろう事が解った。

 それはそうだろう。あんな人間離れした力を眼の前で見せつけられれば、見る眼が変わるに違いなかった。

 あの時私はしっかりと自我を保っていた。今迄のどこか違う意識という状態では無く。

 けれど、どんな状態であろうとも私は私でしか無い。支えという名の拠り所が無いと、自分というものを保てないちっぽけな存在。


「大きな力を振るう私も、今ヴァルの前に居る私も同じものよ。本質的な所は何も変わらないの」


 ヴァルサスが不思議な生き物を見るような眼をした。

 お願い、そんな眼をしないで。私という中核は何も変わっていない。

 

「確かに大きな力を使えるけれど、一人では何もできない只の存在でしか無いの」

 

 ヴァルサスは何も言わなかった。躊躇うように、指先だけで私の頬へと触れただけだった。






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