第6話 琥珀の瞳
気が付かない間に主人公は子供の姿に変わっています。
h22.10/12 改稿しました。
彼は力無く閉じられていた瞼を開いた。其処には力強く爛々と青く光る瞳が現れる。
――私は生きているのか。助かったのか?
一体何故、生きているのだろう。召喚が成立した時点で自分の命は無かった筈だ。
……イレギュラーの所為なのか?それとも、私にも神の気まぐれな奇跡とやらが起きたのか?
彼は自分が生きている事が不思議でならなかった。
彼は体を起こした。先程までの強い脱力感は何処にも無く、むしろ身体が軽い位だ。
戸惑いを覚えつつ手足を動かしてみる。思いどうりに身体は動いた。
ふと、気が付くと眼の前には整った子供の顔があった。子供は彼の顔をとても心配そうに窺っている。顔中で心配していると書いてあった。
彼は子供を意識してその場にすっと立ち上がってみせた。もちろん、自分でも動けるか確認したかったからだ。
その動きは滑らかで力強い。彼は先程までの脱力感や体調の変化が最早感じられない事を自ら確認した。どうやら何処にも異常は無さそうだ。
彼の様子をじっと大人しく見守っていた子供は、漸く強張っていた表情を安心したかの様に和らげた。子供の顔にうっすらと笑顔が浮かんだ。余程心配してくれていたのだろう。大きな瞳にじわりと涙が浮かんで眼が潤んだ。頬に赤みが差す。
彼にはその表情がとても愛らしく思えた。
彼は改めて目の前の子供を観察する。子供はざっと見る感じでは4~6歳程度だろうか。
子供はとても小さく頼りなげだ。
まだ、親鳥の庇護を必要とする時期の愛らしい雛鳥。
この雛が彼に魔力を注ぎ生命力を分け与え、自分の命を救ってくれたのだろうか?馬鹿な。そのような事が出来るわけがない。不可能だ。
とても考えられない。しかし、彼の胸にそっと当てられた手があった事を思い出す。その小さな手が触れたとたんに身体が燃える様に熱くなり力が湧いた。
その手は繊細でとても小さなものだった事を覚えていた。
この雛にそのような事が出来たのだろうか。私の体に再び命を吹き込み助けてくれたのはこの目の前の子供で間違い無い様だ。信じ難いが。
生命力を注ぐという行為は大変危険なものだ。まずは、その能力が無いと行えないが、行えたとしても自分の命を削る行為だ。ましてや、自分はほとんど死んでいたも同然だったと思う。それを補おうとすれば子供の生命力では不足していたかも知れないどころか、下手をすればあっけなく死んでいても可笑しくはない。
子供の体には相当の負荷が掛かったはずだ。
彼は自分の身の丈の半分程度の大きさしかない子供の様子を窺うために、その場に跪いた。良く見ようと子供の顔にそっと手を当てて、上向かせる。表情や顔色を窺った。
「大丈夫か?」
驚いた様に眼を真ん丸にしていた子供だったが、一言問い掛けると子供はコクリと頷いた。
掌から伝わって来る子供の軟らかい頬は繊細で温かい。心地好い弾力を彼の掌に伝えてきた。
…………可愛い。
上目使いで自分をじっと見上げてくる。頷いた時に彼の指先を繊細な子供の黒髪がさらりと撫でた。
その仕草に思わず思考が止まりかける。
そのまま子供の様子を窺うが、体の動きや仕草、反応等から今の所は特に異常は無い様に思れた。しかし、まだ安心するのは早い。生命力を彼に分け与えた影響で、子供の体力は低下し弱っているかもしれない。
自分の所為でこの愛らしい子供に何かあったとしたら、自分自身が許せない。
「そうか、良かった」
ホッとして一言彼の口から言葉が零れた。子供の表情を見る為に顔を覗き込むと宝石の様な子供の瞳と自然に視線が合わさった。
眼の前にある子供の瞳はトロリと甘い蜂蜜を思わせる琥珀のようだった。
琥珀色の瞳の中には、まるで砂金を混ぜ合わせたかの様な黄緑がかった虹彩が瞳孔の周囲を取り巻いている。その瞳の美しさ、珍しさに一瞬眼と呼吸を奪われた。
吸い込まれそうだ……。
言葉も無くその美しい瞳に魅入っていた。
子供の瞳はまるで名匠が生みだした玻璃細工か、猫の瞳の様だと思いなら。……残念な事に、自分の表現力はこのくらいでこれ以上の言葉を思い付かない。
子供の髪は夜の闇を切り取ったかの如く漆黒で、艶めいている。
髪が肩にかかる程度に短いので男の子だろうか。顔付きはどちらのものとも言えない。この国ではある年齢ごとに子供の健やかな成長を願って祝い事する習慣がある。その時に女児は髪を結い上げるので髪を長く伸ばす風習がある。女児で髪が結えないほど短い者はほとんどと言っていいくらい居ないだろう。それも、何かの理由がある筈だ。
彼はそう考えながら子供を見ていると、子供は彼に眩しく感じる笑顔を向けた。
その笑顔は、まるで一輪の花の様だ。
普通、男の子にそのような表現は当てはまらないと思うのだが、この子供の整った顔と雰囲気には違和感が無くぴたりと合っていた。
彼はその笑顔を見た途端、心に何かが湧き上がるのを感じた。それは、まるでその美しい子供の笑顔が彼の心の壁を飛び越えて、直接心の中心に届いたかのようだった。
ほんの一瞬呼吸を忘れる。その笑顔に心が魅せられる。
何故、こんな処に子供が居るのか。何故、彼は契約の代償として命を奪われなかったのか?何故、こんな子供に彼を助ける事が出来たのか?
その思考は子供の笑顔によって奪われた。この雛鳥が無事であるのなら、その他の事などどうでもいい様に思える。
今の彼は戦闘が終わった事で気が緩んでいた為なのか、この状況で思考が鈍っているのかもしれないと頭の片隅で微かに思った。
笑顔のまま、子供は「良かった」と耳に心地好い鈴を鳴らすような声で呟くと、そのままゆっくりと倒れこんだ。気が付くと反射的にその細く小さい体を受け止めていた。
彼はまるで己の雛鳥であるかのように、壊れ物を扱うかの如く大切に子供を抱きしめた。
改めて自分の文章力の無さを感じていますが、コツコツやって行こうと思っています。今回も読んで下さった方、お気に入り登録して下さった方、ありがとうございます。