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喚び寄せる声  作者: 若竹
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第36話 出現 7

 魔物達の鳴き声だけで、他の物音はかき消されてしまったかのよう。

 魔物はハクオウから攻撃を受ける以前よりも、圧倒的にその数を増やしてしまった。群れて蠢く魔物の羽ばたきや鳴き声は、耳に煩い程で不快感が募っていく。

 黒い霧と多数の魔物により日差しは遮られて陰ってしまい、夜の闇の中にいる様な暗さが辺りを包んでいる。気味の悪い鳴き声に夜のような暗い景色は、まるで王都が魔界にでもなってしまったかのような気持ちにさせられた。


「嘘……」

「ありえない。なんて事だ」


 驚愕の声をアルフリードとソレイユが漏らした。

 ソレイユのバルコニーに置かれた細い手が小刻みに震えている。表情には先程までのゆとりは微塵も無くなっていた。

 アルフリードの方はその眼を一杯に見開いて、顔色を失っている。二人共、今までには無かった動揺と、恐怖のない交ぜになった表情を晒している。


「これは、一体何がどうなっているんですか? このような事態なぞ、今までに見た事がありませぬ」


 ホルストが震えながら漏らした言葉は、この場にいる全員が抱いているものだろう。


「この数はあまりにも異常だぞ。あの亀裂から湧いて出た、黒い霧から出てくるようだが」

「倒しても倒しても、次々と湧いてくる。このままでは、我々人間は圧倒的に不利じゃないか」


 この部屋のバルコニーからは、城内だけでなく城下の街並みも眺望できる。いつもなら、その眺めは城の周囲を満たす美しい湖が見え、その向こうには城下が広がっている筈だった。けれど、今私達の眼に映っているのは、黒煙を至る所から上げる倒壊した街並み。裂けた大地の周りや壊れた街中を魔物達が蟻のように這いまわっていて、上空にも魔物が飛んでいる。騎士達の儲けた防御線の内側には、列をなして避難をして来た市民が次々と王城へ逃げ込んで行くのが見えた。

 城下では、防御線を守る騎士達が絶えること無く果敢に召喚を続け、連携を組んで攻撃をしている。

 シルフやサラマンダーや見た事も無い召喚獣が、次々と姿を現しては一斉に魔物達へと攻撃を放つ。

 放たれた力は、周囲の石畳や建物を巻き込み瓦礫へと変え、魔物達を蹴散らして行く。

 爆発音と共に赤々と燃える大きな火柱が何本も上がった。炎の竜巻が地上を舐めるように這い、魔物を一瞬で炭化させる。それは、見ているこちらまで熱が伝わってきそうな威力だった。

 また、上空ではかまいたちが飛行する魔物を鋭く切断し、血の雨を降らせている。血生臭い匂いが風に乗って漂ってきそうな程だ。

 美しかった街並みは、いまや見る影も無くなってしまった。

 

 騎士達の容赦無い攻撃により魔物は次々と退治されていく。けれども、魔物はその数を一向に減らしていく気配がない。それどころか次々と現れる魔物の数に押されて、騎士達は防戦一方となっているように見える。


「この勢いでは、防御線を突破されるのも時間の問題だな」

「レオン! そんなのって」


 レオンの言葉が示す通り、圧倒的な魔物の数によって遂に接近戦となってしまった。戦場は混戦して行き、こうなれば魔物の持つ特殊能力や破壊力は圧倒的で、騎士達は太刀打ちできない。血反吐を撒き散らしながら、倒されて行く騎士達は戦闘不能へ次々と陥り、死者を累々と積み重ねていく。

 

 レーザーのように光線が上空から地上へと縦に走った。魔物達を瞬時に蒸発させ、黒い空が裂ける。爆発が線状に起こると、ぐらぐらと私達の足元まで揺れた。上空からのハクオウの攻撃だ。その上空でも激しい攻防が繰り広げられている。カイルのグリフィンや、ヒエン以外のマンティコアの姿も見える。騎乗したカイルや騎士達が剣を振るい、召喚をしている。騎獣達は炎を吐き、切り裂き、噛みついていた。


「ハクオウがもう一度、あの攻撃をすれば。何とかならないの?」

「いや、ハクオウのドラゴンブレスは連射が出来ないんだ。一度使うと次のブレスまで、溜めの時間を取る」

「……もう、ここに魔物が押し寄せてくるのも時間の問題ですわね」


 ぽつりと、ソレイユが呟いた。その声は小さなものだったけれど、はっきりと私の耳には届いていた。


「わたくし、下で魔物を迎え撃ちます。たとえ結界が破壊されたとしても、父上が率いる部隊がいますわ。大丈夫、父上はお強いです。すぐにここまで魔物が押し寄せて来ることはありませんわ」

「よせ、ソレイユ。お前はここに居るんだ。僕が出る」

「いけません、アルお兄様。大丈夫、わたくしだって王家の血を引く者。こう見えて、わりと召喚は得意ですの。ですから少しは戦えるのですよ。それに、腕の立つ部下を連れて行きますわ」


 そう言うと、ソレイユは一度も振り返らずにこの部屋から姿を消した。

 部屋から出て行く時、ソレイユの堅く握りしめられた拳が震えているのが分かった。けれど、その後ろ姿は毅然として、とても美しかった。


 突然、何かが衝突した様な大きな重低音と共に、私達のいる建物が揺れた。いや、王城自体が揺れていたのだ。慌てて外を見ると、ゆらゆらと結界が揺らいでいる。またも続けて、先程よりも大きく揺れた。


「きゃああっ」

「うわっ」


 激しい揺れに、その場に居た全員の体が床へと投げ出された。私の体は、素早くレオンが受け止めてくれていた。

 アルフリードとホルストが床から体を起こしている。二人共怪我は無さそうだった。


「結界がっ。このままでは破壊される!」

「くうっ。この様な時が来る事態なぞ」

「ここまでか」


 レオンが私を抱えながら言った。新緑の瞳が私を真っ直ぐ見つめている。


「いいか、ユウ。何があってもお前は俺が絶対に守ってやる」

「レオン」


 私は頷いた。気付かない内にレオンの服を握りしめていた。まるで、子供のように。私は今の現状に強い不安を感じていたのだ。何も出来ない無力感と、再び経験する事になるだろう、死への恐怖を。

 ヴァルサスはどうなったのだろう。ハクオウが飛翔しているのが見えるから、生きているだろうとは思う。でも、どんな状態かは分からない。それに、他の皆や騎士達は?

 怖い。お願い、どうか無事でいて。

 私はどうしたらいいの? 今の状況で、こんな私に何が出来るというのだろうか。私の癒しの力など、たかが知れている。それに、あの大きな力だって、まるで最初から存在しなかったみたいに使えないのに。


 ガラスが破裂したような大音声が響き渡った。大きく王城全体が揺れ、城を覆っていた結界は遂に跡形もなく消滅してしまった。

 慌てて外を見れば、魔物が城内へと一気に押し寄せようとしているのが見えた。






今回も読んで下さいまして、ありがとうございました。

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